
総合評価
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powered by ブクログ入門書としてすばらしく、非常に分かりやすい。 ただし、詳しいところまでは扱われていない。 まあ、入門書だし。
0投稿日: 2026.01.28
powered by ブクログ極力分かりやすく説明しようとされていますが「寝ながら」は学べないですね(笑) そんな簡単ではない。なんとなく分かった気になるには便利な本だと思います。 ちなみに構造主義者としてフーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンが登場してきますが、フーコーとラカンは構造主義なのか? フーコーは違うと思う。ポスト構造主義じゃないの?ラカンは前期だと構造主義的なところがあるけど後期は否定しているんじゃなかったっけ? ちょっとこの本ではフーコーの部分が特に分かりにくかったし私自身ほとんど理解出来ていないので別の本で改めて勉強しようと思います。
24投稿日: 2026.01.26
powered by ブクログ十数年ぶりに再読。 自分、自分の思索の独立性や独自性を根本から問い直す契機となる本です。 「自分こそが正しい」という感覚が少しでもある方、健全なバランスを己のうちに取り戻す処方箋は、この本かもしれません。 いろんな思想家の考え方が紹介されていますが、自分が今回最も引き寄せて理解しやすかったのは、ラカンに関する説明にあった下記の記述でした。人間の赤ちゃんが自己を認識する過程についての分析で、自分の子どもを見ていても首肯できる部分が大いにありました。 ―人間は「私ではないもの」を「私」と「見立てる」ことによって「私」を形成したという「つけ」を抱え込むところから人生を始めることになります。「私」の起源は「私ならざるもの」によって担保されており、「私」の原点は「私の内部」にはないのです。(p.172)
0投稿日: 2026.01.24
powered by ブクログ読みやすい箇所とわかりにくい箇所があった。あとがきにもあるように歳を重ねるとわかるようになるだろうか。
0投稿日: 2026.01.09
powered by ブクログ三宅香帆さんが紹介して売れ出していると聞き、自分のKindle書架から引っ張り出して再読。かつて読んだはずなのにすっかり忘れているのにも驚くが、相変わらず難しいことを簡単に分かりやすくしてくれる内田先生の面目躍如。さすがに寝ながら学べるとは思わないけれど、構造主義の要点はしっかりと理解できる仕掛けになっている。なお三宅さんについては寡聞にして知らなかったが、このことで面白そうな若手に出会えたことも収穫でした。
1投稿日: 2026.01.06
powered by ブクログ大学生以来の再読。 当時は理解できていなかったことが、分かる嬉しさ。 『「入門書がおもしろい」のは、「誰も答えを知らない問い」をめぐって思考し、その問いの下に繰り返し繰り返しアンダーラインを引いてくれるからです。』 構造主義というのは・・・ 私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。 構造主義について代表的な思想家の考えをぎゅぎゅっと濃縮して解説してくれる。 フーコーとレヴィ・ストロースを読みたい!
0投稿日: 2026.01.02
powered by ブクログまえがきに、専門書のしくみを簡単に書いてくれていて、構造主義云々の前に、新書ビギナーにも易しい このような新書を、体感を持って読めるようになっているのは、社会との交わりや普段の思考において、「考えたことのある」事柄が非常に増えているから 言説→本の中に出てくる例示(→自らの体験)まで思考ながら読めている 村上龍のインタビュー、読んだ本が繋がっていく感覚 なんらかの、誰かの、症候の寛解をめざした現実の再現でも想起でも真実の開示でもない、「創造行為」 ラカンは、鏡像のところは難しかったが、精神分析のところはすっと理解できた気がする 鏡像の部分を乗り越えると、自分の在り方やコミュニケーションに不調を抱えている人に対するカウンセリングともなりうる、非常に面白いラカンの解説が待っている この部分はいつまでも読み返す文章になるのでは あとがきにあるように、落語『千早ふる』のようなスタイルで、というのが内田樹のやわらかい語り口をわかりやすく表している メモ まえがき よい専門書は「私たちが知らないこと」から出発して、「専門家がいいそうもないこと」を拾い集めながら進む 根源的な問い(人はなぜ死ぬのかとか)に出会う可能性が高い その根源的な省察に基づいて、知識や情報がもたられる 第一章 構造主義前史 構造主義とは、私たちはある時代、ある環境のもとで生きていて、その条件が考え方やものの見方を決定している 自分が思うほど自由に主体的にものを見ていない この事実を徹底的に掘り下げたことが構造主義の功績 ・構造主義の源流にあるのはマルクス マルクスは、存在することに軸足を置いた伝統的な人間観から、行動することに軸足を置いた人間の見方を考えた 大切なのは「自分のありのままにある」に満足することではなく、「命懸けの跳躍」を試みて、「自分がそうありたいと願うものになること」である 人間は行動しものをつくり、その「作られたもの」が人間に向かって、自分が「何ものであるか」教えてくれる マルクスはこれをヘーゲルから受け継いだ 動物は「自己意識」をもたない(=「私の意識」から出られない 天動説的人間観から地動説的人間観 ・フロイト 無意識の部屋 抑圧のメカニズム 人間は、見たくないものから構造的に(無意識の部屋、番人)目を逸らし続けている マルクスは、人間は自由に思考しているようでいて、実は階級的に思考しているといった フロイトは、自分がどういうふうに思考しているか知らないで思考している、といった ・ニーチェ われわれはわれわれ自身が何者であるかを知らない その身になってみないとわからない 理想的な観客は「コーラス」 ギリシヤ悲劇の中でコーラスは物語を現実のものとして捉えている なぜ現代人はこんなにバカになったのか?を問い続けていた 大衆社会の人々は畜群 他の人同じように振る舞う みんなと同じであることに幸福な快楽を見出すものが奴隷 貴族はそれを助け出す、自由で無垢で気高い存在とした これを極限まで突き詰めたのは超人 ただし、それには畜群のような罵倒される存在が必要となるという欠陥があった 内田樹はこれが反ユダヤ主義的思想に繋がったとしている 第二章 始祖登場 ソシュール ことばとはものの名前ではない 聖書では、人間がいろんなものに名前をつけたというが それ以前からそれらは存在していて、ことばによって世界を切り分けているに過ぎない 私たちの心や内面や意識は、ことば(主に母国語)にのよって事後的に得られた言語記号の効果 日本語の「肩を凝る」と英語の「背中を折る」 また、持論というものも、その多くは誰かから聞いたことの繰り返し 私のアイデンティティは、「そのほとんどが外来から到来したもので構成された私」が語ったことばを通じて事後的に知らされる このことが、根強く西欧にあった(いまもある)自我中心主義に致命的なダメージを与える 第三章 いま ここ 私 を最高到達点とみなすこと = 人間主義 しかし、フーコーは、歴史は一直線ではなく、選ばれなかったたくさんのファクターがあるといった コロンブスの卵の例 たまたまいま、車は車の形をしていて、電車は電車の形をしているが、語られていない抑圧されている歴史や物語がある 狂人は市民と別枠だったので役割があったが、 市民の枠に入れられたことで、監禁された 狂人とか「をんなものぐるひ」とか 司法から医療が判断を下すように 体も社会制度 ナンバから矯正された歩行 軍隊の体操、体育座り(手足の自由がなく、浅い呼吸しかできず、前しか向けない)子供に対する暴力虐待 道徳の向上、近代的国家体制 森有礼が体操を教育に導入 山縣有朋が徴兵制を導入 王には二つの体がある 市民と同じ身体と、政治的身体 大逆罪に対して車裂きや火刑があるのは、王の政治的身体を犯す、弑逆者の政治的身体を殺すため 性に関する言説を含めて、 権力はあらゆる人間的活動を分類し命名し標準化しカタログ化する ストック趨向性 その営みが権力的 皮肉なことに、人文学者はまずフーコーを読まなければいけない、という権力=知、標準なの圧力・趨勢が生まれている (フーコーも予知していたはず) 第四章 バルトは記号学の大家 将棋中に歩がなくなった 「蜜柑の皮」を「歩」に見立てよう これが記号 自然的、社会的な結びつきがない トイレの入口にあるシルエットと紳士用トイレは、現実的な連想で結ばれているので、記号ではなく象徴である ラング(≒国語 完全にイコールではない) 日本人にとっては日本語 スティル = その人がもつリズム感や速度や比喩などの好み 私たちは自由に発想し書き物をしていると思っていても、この二つの不可視な規則に従っている ラングは外側から、スティルは内側から 第三の規則がエクリチュール = ことばづかい 書き手がおのれの語法の自然を位置付けるべき社会的な場を選び取ること 少年がいつしか一人称を「ぼく」から「おれ」に変えるように スティルはあくまで個人的な好みであるが、エクリチュールは集団的に選択され実践される好み 営業マンの・・・、医者の・・・、政治家の・・・ など様々 無徴候的な言葉遣いは危険 一見中立的で客観的だから 覇権を握った語法 また、再読すると見方や解釈が変わるのは、読み手が変化するから テキストと読者は双方向的 また、文学において作者の意図を読み取ることは徒労に終わることもある なぜなら作者が何もかも理解し意図して書いているわけではないから(例:村上龍のインタビュー つい最近読んだ河合隼雄の本にも同じ話が出ていた) テクストという概念 織り物 様々なファクターが混ぜ合わせられており、「純粋なことば」は幻想である Linuxがオープンソースにしたことと、このバルトの考え方は共通するところがある バルトはエクリチュールの零度として、日本の俳句を挙げた 「無根拠に耐えうる」「どこにも着地できないで宙吊りでいられること」を保存しているとバルトは考えたから 西洋の言語はどこまでも解釈をもとめる 第五章 サルトルの実存主義に志望宣告を下したレヴィ=ストロース 構造主義が名実共に始まった サルトルは、ハイデガー、ヤスパース、キルケゴールらの実存の哲学に、マルクス主義の歴史理論を接合したもの 生産=労働などを通じて自分を知る、と通ずる 実存は本質に先行する 我々は戦後生まれでも、南京虐殺のを追及されることがある これがアンガージュマン(≒参加、拘束されること) 参加する主体は、決断を迫られるが、正解を知らないはず サルトルは、主体は状況に応じて、政治的に正しい選択をおこなうべきであり、その正当性はマルクス主義的な歴史認識が保証するとかんがえた 神の視点 → 歴史 未開から文明へ、停滞から革命へ これが正しいと考えた レヴィ=ストロースはフィールドワークを経て、文明人と未開人においてその客観性や思考に優劣はないとした 未開人は歴史をもたないものもある 参加も決断もない 世界を自分たちの暮らしに合わせて思考するのは人間として当たり前であり、文明のあるなしや実存主義の歴史は正しいという考え方には誤りがある 音韻論と親族関係 世界中の言語の音は12ビットで表現できる 0/1の二項対立 親族関係も同じで、兄弟姉妹・親と子・夫婦の3種類 親族の基本単位 父と子が仲良ければ叔父とは仲が悪いなど、構造的に表現できるとした そしてその構造は、近親相姦(贈与)を避けるために成り立っている (贈与には反対給付が発生する) 人間社会は同じ状態であり続けることはできない 私たちが欲するものはまず他者に与えなければいけない 人間が社会構造を作り上げてきたのではなく、社会構造が人間を作り出す 人間は生まれた時から人間であるのではなく、ある社会的規範を受け入れることで人間になる 反対給付、負い目、義務感に見られるように、隣人愛や自己犠牲を否定するものではない レヴィ=ストロースは、隣人愛や自己犠牲を人間の余剰ではなく「起源」とみているのだから 第六章 幼児は鏡を見て私を認識する しかし鏡に映る自分を私と認識する=自分の内部にない私が原点となるため、この鏡像段階を通過することは、人間が私の誕生と共にある種の狂気をやむことを示している 精神分析は自我ではなくことばをたよりに進めていく 記憶を語ってもらうが、それは真実は違うことを認識しなければならない 満たされなさなどによって生まれることばをたよりに物語を紡ぎあげ、抑圧されたものを移転したり翻訳したり取り替えたりすることが治療 内部にわだかまる「何か」が「別のもの」に姿を変えて身体の表層に露出した、一つの「作品」 精神分析の使命は「真相の究明」ではなく「症状の寛解」 これは物語の使命でもあるのでは 自我と私の違い 自我は、ことばでなかなか言い表せられないが、あることはわかる 言葉を呼び寄せる自我のようなもの フロイトは自我を「ことばの核」とよんだ 私は、対話の中で自己同一化を果たす主体 自我と私の距離をできるだけ縮小するのが精神分析家の仕事 --- 分析家と被分析者のあいだの即興的で一回的なことばのやりとり、それは音楽の比喩を続けるなら、むしろジャズのインプロヴィゼーションに近いのかもしれません。 代替不可能の「コラボレーション」 私が自分の過去の出来事を「思い出す」のは、いま私の回想に耳を傾けている聞き手に、「私はこのような人間である」と思って欲しいからです。私は「これから起きて欲しいこと」、つまり他者による承認をめざして、過去を思い出すのです。私たちは未来に向けて過去を思い出すのです。 分析者と非分析者のやりとりは、一つの物語世界を構築してゆきます。 その物語がめざしているのは、楽曲がどのような意味でも「現実の再現」ではないのと同じように、現実の再現でも想起でも真実の開示でもありません。それは一つの象徴化作用にほかなりませんし、極言すれば、一つの「創造行為」なのです。 --- 他者とことばを共有し、物語を共有すること それが人間の人間性の根本的条件 ラカンが言う社会化=エディプス 父の否ー父の名 母親との癒着を切り離し、ものには名があることを伝える 切れ目を入れることと名前をつけることは、言語学的に言えば記号による世界の文節であり、人類学的に言えば、近親相姦の禁止 古くから伝わる物語は基本的に不条理なもので、「努力は報われる」ような話は誰かがリライトしたもの 瘤とりじいさんの不条理 そして鬼がどんなものであるかは問題ではない 世界の文節は私たちの到来以前に終わっている カインとアベルの話と似た説話構造 (追記:聖書のヨブ的な?) 我々は、理不尽な決定を下すものに恐怖を抱く だからいくら権力の座にあっても、アメリカ国民はアメリカ大統領を畏れない ヤクザの恫喝や昔ながらの警察の取り調べのようなものに恐怖を抱くように、我々は社会化される(それが社会化の教育的効果) 神話、民話、宗教、社会理論、政治的イデオロギー、科学 人間は人生で二度、詐術にあう 鏡像段階で、私ではないものを私と思い込むこと エディプスにおいて、おのれの無能と無力を、(精神分析でいう)父による威嚇的介入の結果だ、と「説明」すること(自己実現がうまくいかないことを理不尽が理由だと考えること、そしてそれを成熟だと思うこと) ことばそれ自体に価値がある 理解ではなく「返事」に意味がある 贈与と嘉納・返礼の往復に意味があり、それによってコミュニケーションの不調に陥っている非分析者をコミュニケーションの回路に立ち戻らせる これこそが、精神分析に限らず、私たちが他者との人間的「共生」の可能性を求めるとき、常に採用している戦略 「治る」というのは贈与と返礼の往還運動のうちにもどるということ
0投稿日: 2025.12.31
powered by ブクログ構造主義について、レヴィストロースだけでなく、様々な観点で概要を知ることができた 寝ながら学べる、とある通りページ数も少なく読みやすかった 反対に言えばあくまでカジュアルな内容なのだ、本格的に学ぶためには他の本が必須であろう
0投稿日: 2025.12.28
powered by ブクログ繰り返し読みたい本だった! 難しいなとハードル高く感じてしまいがちな哲学(構造主義)について、例も多用しながら分かりやすく書かれていた。 エクリチュールの話で、語り口の変更によって無意識的に外見、生活習慣までも変化していくという話がとても興味深かった。
0投稿日: 2025.12.28
powered by ブクログ正直全然寝ながら学べませんでした!笑 各論?は理解できるけれど、その上でつまり?が分からなかった。常に今のこの話はどう繋がっているのだろう?という疑問のもとにあり。。 わたしの理解力のせいな気もします。読みやすいのですが、構造主義とは、を理解できたとは言えない気がします…。ただ、読みやすいのと入門書であることは間違いないです。うーん、あと2,3周すれば掴めるのだろうか。
0投稿日: 2025.12.27
powered by ブクログこの本の印象に残った内容に、フーコーの歴史について考える際の問いである(以下引用)「これらの出来事はどのように語られてきたか?」ではなく、「これらの出来事は、どのように語られずにきたか」(引用終わり) という視点には成程と気づかされた。 哲学書は分かりにくい本が多い印象ですが、世に出てる本の中では読みやすい本だと思います。細かく読めば分からない部分はたくさんありますが。。。 構造主義と言うものの考え方、概要の理解はできたと思います。
0投稿日: 2025.12.25
powered by ブクログおそらく高校生の倫理の授業で、初めて出会った構造主義。それ以来、なんだかずいぶんと小難しく捉えて、道具として仕舞い込んでいた。 大人になったからなのか、この本が簡潔に使い方を説明してくれているからなのか。 やっと使える自分の思考ツールのひとつになった感はある。
0投稿日: 2025.12.22
powered by ブクログ「現代思想入門」からこちらへ。寝ながら読めるほど自分には優しくないが(むしろ頭が冴える?)、「現代思想入門」にもあったトピックをもう少し掘り下げてくれる。教科書的にというより面白いところを紹介してくれる感じで。 構造主義とは、人間は自分で判断や行動の「自律的な主体」であると信じているけれども、実は自律性はかなり限定的で人や世界の構造的な事実(時代、地域、社会集団の歴史や常識等の無意識なところ)に基づいて成り立っていると。その切り口として権力論のフーコーや言葉遣いのバルトや文化人類学のレヴィ=ストロースや精神分析のラカンを取り上げて説明している。特に後の二人の話はへーと刺激的。 歴史は文化によって違う。文明社会の常識だけが真理でないことをフィールドワークで導いた文化人類学に興味。人間が社会構造(家族を含めた人間関係含め)を作るのではなく、社会構造が人間を作る。贈与と反対給付(お返し)の義務感の連鎖が変化を引き起こし親族的構造が維持される。変化ないものは滅びる。振り子でも螺旋でもよい変化するものが生き残る。なぜ?の根本は分からなかったけど。へー。 精神分析でいくら語っても真実(自我)には辿り着けない可能性がある。記憶は確かではない。被分析者は自分ではない誰かについて語り虚構を作り上げる。本当の中心には触れられないから。でも治療(?)としてはそれでいいらしい。真相を究明することが目的ではなく、被分析者との対話を通じて抑圧された記憶の別のものへのすり替えて症候の寛解ができればよいと。へー。 フーコーの権力による統御の話は、心療医療も、刑罰も、ナンバ歩きも、体育座り、体操も怖い話である。当たり前だったことが、そういうことだったのと。へー。
2投稿日: 2025.12.13
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
構造主義自体については何の知識もないところで読み始め、やっぱり理解できなかったo…rz。 易しく書こうとしていることはよくわかるし、たとえ話は分かりやすいのだが、たとえ話から主題のフーコーやサルトルなどの○○主義などの話になったとたん、何を言っているのかわからず活字の表面を目が滑りっぱなしになってしまった。哲学や思想の用語に全然なじみがないゆえだ。その壁を越えれば理解は進むと思われる。多分この世界の言葉の慣れが必要なのだろう。 いや壁というより急な上り坂と言う気がするので半年くらいしてからまた読んでみたい。 あとがきにあるフレーズ(フレーズタブに記録)を頭に入れてから読むとゴールがわかってちょっとはマシがもしれない。
0投稿日: 2025.12.09
powered by ブクログ構造主義とは何か?ということを考えるにあたり、我々の中に常識としてインストールされているが故にもはや何かわからないんだなと。ある物事について、多様な視点から物事を考えるというのは、そもそも常識ではなかったんだなと。 構造主義の代表的な思想家として、フーコーが紹介されており、個人的に印象深かったのでメモする。 > 狂人は「別世界」からの「客人」であるときには共同体に歓待され、「この世界の市民」に数え入れられると同時に、共同体から排除されたのです。つまり、狂人の排除はそれが「なんだかよく分からないもの」であるからなされたのではなく、「なんであるかが分かった」からなされたのです。 なるほど。今でも精神病を抱えている人は、きちんと病名をつけられて常人とは違うものであると判断できるが故に、排除の対象になるのかと。 あくまでフーコーの視点であるものの、狂気は分かってしまうとそれは狂気ではなく、排除すべき対象に成り下がってしまうというのは鋭いなと思った。
12投稿日: 2025.12.04
powered by ブクログ作者の言うとおり、人生を積み上げるにつれ、深く納得していくような話なのかもしれない。 それでも若いうちに、大まかな道筋のようなものを提示してくれた先人とわかりやすく解説してくれる著者に出会えてよかった。 レヴィ=ストロースとラカンの解釈が特に腑に落ちた。
0投稿日: 2025.11.30
powered by ブクログ三宅香帆さんの動画がきっかけ。 今まで哲学のジャンルは読んだことなかったけど興味はあった。國分さんの暇と退屈の倫理学を立ち読みしておもしろそうと思って、積読したままになってる。 まえがきの「入門書ってお客さんを招き入れるものだよね」という考えにとても共感できたし、それだけでこの内田さんの他の本も読んでみたいと思えた。とても期待できた。ので読み始めて早々に日本辺境論も本棚の仲間に加えてしまった。 実際、読んでみて、そんな内田さんの配慮の上でも難解には感じた。 特に参考文献の引用はそれだけ読もうとしても厳しいので、読み飛ばして、そのあとの例え話に集中するのがいいかもしれない。 それでもページは200ページ程度でボリューム的にはそんな無いからなんとかなるかと思いきや、一文に話が凝縮されており、その文が連なると、話を理解するために要求されるテンポが尋常じゃなく感じて、結局読み切るのに3日かかった。最後、あとがきで、ああそういこと、だったのか?となる。 結局、理解しやすそうな読み方としては、 まえがき→あとがき→本文(例え話中心に読む)の順で読む、かな。 最近周りに精神科医に診断で病気判定された知人がちょこちょこいて、関わり方に苦労してるけど、ラカンの「コミュニケーションは言葉の往復でいい」という話で気が楽になれた。これが自分がこの本読めてよかったと特に感じられたところ。
2投稿日: 2025.11.03
powered by ブクログ・山形浩生の「翻訳者の全技術」を読んで、そういえば構造主義ってたまに聞くけどなんだろう…と思って買ってみた。人生初の内田樹。(たつるって読むんですね…人文系学生だったのにずっと勘違いしてた) 市民講座の講義ノートが元。 ・文章がわかりやすく無駄がなく、若干ユーモラスな箇所もあって読みやすい。 ・ある程度の知識は必要。マルクスやニーチェは高校で名前だけ、ソシュールは大学で少しだけやったから何となく分かってるけど、何も知らない状態で読んだら挫折するかも。 ・ある考え方を伝え、そのあと歴史その他のエピソードを例にして説明するというスタイルだが、それはあくまで作者の理解であって、例の正当性は担保されてなくないか。(後書きを読んだら編集者の意向らしい) 後書きに「各思想家の専門の研究者ではないのでご了承ください」とあって横転。謙遜と思っておく。 ・後半、各思想家の説明に終始し、構造主義とは結局なんなのか?に対する疑問に答えていない気がする。だいぶ失速した感。 ・家族構造や精神の成長を「父」で説明しようとするレヴィ・ストロースやラカンの思想に全く共感できない。21世紀の日本で「贈与」とか「女のコミュニケーション」という考え方はぴんとこない。 構造主義的に考えれば、「私はイエに囚われずに自由に結婚して生きている」という感性自体、今の時代のイデオロギーに影響されているだけで、本当は人間社会はずっと「贈与」の仕組みに沿っているし、人は精神において父的な存在を意識することで大人になってきたのか。 ここのところに疑問を覚える人はいないのか。その辺書いた本があれば読んでみたい。
0投稿日: 2025.10.25
powered by ブクログ"いい入門書は私たちが何を知らないかを問う。" "答えることのできない問い、一般解のない問いを示し、それを読者一人ひとりが自分ごととして引き受けて、ゆっくりと噛み締めることができるように差し出すことが入門書の最良の知的サービスである。" この導入から一気に引き込まれました。
4投稿日: 2025.10.17
powered by ブクログ……うーん,いやあ,凄い本だった。 2002年(23年前)に初版発行か。 ちょうど大学に入りたての頃だっただろうから,その頃に読んでおきたかった。 少なくともその後,別の大学に再入学した際には,哲学を中心として,文化人類学でレヴィ=ストロースを学んでいたし,発達心理学ではラカンも学んでいたから,その頃に読めていれば,さらに理解は深まっただろうなと思うと,少し口惜しい気さえする(笑) さて,本書は構造主義という,20世紀フランスから発祥した現代哲学の思想をおおまかに,わかりやすく解説した本である。 主な内容としては,構造主義前夜として,簡単にマルクスとフロイトとニーチェの思想に触れた後,構造主義の始祖とされる言語学者ソシュールを紹介し,さらには中核を成している4人の思想家を四銃士(今風に表したら「四天王」になりそうだが)として,少し詳しく掘り下げて紹介している。 その四銃士の思想家とは,フーコー,バルト,レヴィ=ストロース,ラカンである。 構造主義とは何か?というのを,簡単に説明するならば,西洋の哲学史において,(特にデカルト以降)延々と語られてきたことである「わたしとは何者か?」「人間とは何か?」というものの見方を,"人間中心主義","自我中心主義"とみなして、徹底的に批判する考え方のことだと思う。 そして,世界の中心は人間にあるのではなくて,様々に形作られてきた結果として,偶然こうなっている世界の方にあるという捉え方をもとにして,世界や人間について新たに考え直す思想なのではないかなと思う。 本書最大の良い点としては,小難しい元理論の専門用語での説明に,とても馴染みやすいたとえ話をふんだんに用いることによって,やたらと記憶に残りやすい内容になっているところがあると思う。 例えばフロイトの無意識への抑圧は,狂言の『附子』に登場する太郎冠者の心の動きに合わせて説明されるし,レヴィ=ストロースの家族集団における法則は,映画『男はつらいよ』の,寅さんとさくら,寅さんと満男の関係に照らし合わせて説明されるというような具合である。 昨年に文芸評論家の三宅香帆さんがお書きになった,『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』において,今の社会では,読書は余計なノイズになる情報が多すぎるが故に敬遠され,ピンポイントで必要な情報だけが手に入りやすいSNSや,動画や,同じ本でもビジネス書のような本に,可処分時間をあてがわれやすいという話がなされていると,著者ご本人が説明されているのを見たが,(残念ながら現状では未読) 読書の醍醐味は,むしろ余計な情報の方にこそあるという,三宅香帆さんが主張したいことは,この本を読むだけでも,多くの人が痛切に感じとれるのではないかと思う。 それくらい,"授業中に先生がする脱線話"がもたらす面白さの威力は絶大で,その魅力には抗いがたい。 そしてこの感覚とそれがもたらしている事実,結果こそが,実は構造主義そのものを如実に表しているとも言える。 つまり,人は大元にあるものごとの原理自体を,そのままの形で理解したり,説明したりできている"つもりになっている"けれども,そうではなくて,そこには話者(著者,話し手)の解釈(あるいは妄想と言い換えても良い)が,絶対にある程度含まれてしまっている。 だからこそ,世界の根幹にある本質や真理(プラトン的に言うならば,それが「イデア」になるのだろう)には,絶対に到達できない。 何かを直観したところで,言葉を発して説明しようとした瞬間に,それはそのもの自体の本質や真理ではなく,その言葉を発する人の解釈になってしまうからである。 構造主義を学ぶと,ただ純粋に憧れ,希求し,信じていたかった,「世界の真実を知りたい!」という,哲学的な(知を愛する精神の)原点にある,"心のときめき"を否定されて,踏み躙られたような気持ちになり,心が重く,沈んでいくような気さえするかもしれない。 事実,私は読み進めていくうちに,だいぶ辟易させられてしまったので,途中からはだいぶ本書を開くのに気合いが必要になってしんどかった。 (内容と筆致は文句なく面白いのだけど。むしろ面白いにもかかわらず,だ。) だが,ラカンが言うには, ”大人になるというのは,この世のそうした不条理さを受け入れて,「自分は無力・無能である」という事実を味わうこと。そしてそのことを,「私以外の,私よりも強大ななにがしかの存在が,私の十全な自己認識や自己実現を妨害している」と説明する能力を身につけること” らしいので,こうして20世紀の偉大な思想家たちと,世界そのものと,それを私のような,無知・無学な人間に対してでさえも,わかりやすく伝えてくださっている内田樹先生という,"強大な存在たち"によって,むしろ,またひとつ私が大人になれたことをこそ,喜ぶべきなのではないかなと思う。 ……でも,ラカン先生さー,知に対する子どものような純粋さや,ワクワクするような"心のときめき"も,失いたくないし,大事だと思うよ?(笑)
0投稿日: 2025.10.16
powered by ブクログ構造主義とはなんだろうか。あまりにも現代人の思考に根付いているがゆえによくよく説明が難しい概念をわかりやすく流れに沿って解説されている。マルクス、フロイト、ニーチェを下敷きにソシュールへと繋がり、フーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンと言ったら構造主義の思想家たちを鮮やかに描く。常に変わりゆく価値観の速度が加速し続ける現代において、その態度がより重要になってゆくと言うことが実感できた。
0投稿日: 2025.10.15
powered by ブクログ各章ごとに具体例が書いてあって 素人の私でも感覚的に掴める感じ。 三宅香帆さんが評論の時の参考書籍として 紹介していた本。 個人的に気になったのは エディプスコンプレックスと言われる 父性との葛藤ってやつは、 人が社会に出てからもあるのかもと思った。 仕事はできるようになっても、 人の育成とか人間関係の悩みとかで 鼻をくじかれてこんな感じになる。 引用するとラカンについて述べた文章で 「おのれの無力と無能を「父」による威嚇的介入の結果として説明することです」
13投稿日: 2025.10.07
powered by ブクログやたらわかりやすいと言われている本だが、これを読破した人で構造主義が何なのか(というか構造主義が何で「ない」のか)を説明できる人がどれだけいるのか聞いてみたい。 一文一文とか段落単位の内容が読みやすいだけで、全体として「寝ながら構造主義を学べる」本にはなっていない。 特に後半、半分以上の分量が個別の論者の説を紹介する各論であり、構造主義としての共通点が何なのかも振り返ってくれないし、構造主義じゃなかったらどう違うのかも全く説明がないので、結局構造主義の概論説明になっていない。
1投稿日: 2025.10.07
powered by ブクログ気軽に読めば分かるような内容ではなく、ちゃんと読んで考えれば何となくそういうことかと理解できるような本となっており、それがいい塩梅にもなって読みごたえがあった。また、話題を無駄に下手に広げなく絞っていて論理的に説明しているのも伝わりやすく読みごたえがある。
0投稿日: 2025.09.21
powered by ブクログ構造主義という単語自体聞いたことくらいしかなかったのですが、なんとなーくふわーっとすこーし輪郭くらいは分かった気になれました。 1年に1回くらい読み返してみて、自分の成長具合を確かめてみたいと思います。
1投稿日: 2025.09.16
powered by ブクログそもそも構造主義とは何なのか、どの世界、分野、学問の話なのか、全く知らないまま、単に評判の良さから手に取った本。 冒頭の入門書に関する記述からして期待か高まる。 確かに易しい本ではないが、豊富な具体例のおかげで、なんとなくこんなことかなというイメージは湧く。そして、そのおかげで読み終えるのが寂しくなった。 もっと勉強してみたいが、まずは再読か。
1投稿日: 2025.09.12
powered by ブクログ人はどうしても自分目線で物事を考えがちだが、一旦冷静になって第三者目線で状況を判断することが大事だと感じた。
0投稿日: 2025.09.03
powered by ブクログこの類の本を読んだのは初めて 時折、読みながらウトウト(笑) 「寝ながら読む」みたいになってた。 けど、読み切ったのは 「うわ、確かに、そうかも」ってこの語彙だけをもって、読めるくらい例え話をしてくれてるからかな。 尊敬する人とか、逆に苦手意識のある相手...世の中は自分とピッタリ合う人は居ないから、色んな感情になって人疲れすると思う。 でも、構造主義の中で捉えると、「そんなもんか」と広い視野で見ることができるなと思った。 だから印象に残ったところは↓ 物事の考え方の幅を広げてくれたところだと思う。 そんな印象深いところは ① バルト 「語法」→「エクリチュール」 「教師のエクリチュール」は説教臭く、高飛車な人間になる。言葉づかいは、その人の生き方全体を密かに統御している ② 言語を語るとき、私たちは必ず、記号を「使いすぎるか」「使い足りない」のどちらか。「言おうとしたこと」が声にならず、「言うつもりなかったこと」な漏れ出てしまう。それが人間が言語を用いるときの宿命 ③ 過去の思い出を話すのは、聞き手に自分が何者か、知ってもらい理解してもらい、承認してもらうことができそうだと、希望が点火したから。その文脈で語られた「自分が何ものであるか」の告白は、「自分が何ものであると思って欲しいか」のバイアスが強くかかっている ④ フロイト 精神分析の使命は「真相の究明」ではなく「症候の寛解」
0投稿日: 2025.07.29
powered by ブクログ人がいかに環境の影響を受けているかをすっきり整理できて、とてもよかったです。 自分自身の発言や考え方を見つめ直すよい機会になりました。
3投稿日: 2025.07.11
powered by ブクログ構造主義が出てくるまでの流れとフーコー、ロラン、レヴィストロース、ラカンを個別に。全体的な流れ抑えるだけかと思ったら、案外いい塩梅で1人1人の研究も俯瞰していくので、取り上げられてる構造主義者の学びはじめとしてもいいかもしれない。あと、存外まえがきが面白い。
0投稿日: 2025.06.30
powered by ブクログ例えばなにか、くよくよと考えている事があったとき。 自分ではうまく言葉にできていない「こういうこと」を、とっくに昔の人は、言葉にして名前をつけて、うまく説明しているのだろうな、と思うことが、しばしばあるのですが。自分にとってこの本はその、とっくに昔の人は~ をだいぶんまとめて解説してくれる一冊でありました。 構造主義と言う現代思想について、その代表的な論者の説を、平易、と言うか、まるめておおらかに「だいたいこんなかんじ」と言うような語り口で説明していく一冊。この「だいたいこんなかんじ」感が大変な持ち味で、あとがきで三行くらいで全部まとめてたのにはひっくり返りそうになりました。 二十年くらい前に出た本ですが、二十年くらい前に読みたかった本であります。
0投稿日: 2025.06.17
powered by ブクログ寝ながら学べませんでした。 語り口は優しい感じやし、読み始めたときは結構ついていってたのに、バルトの辺りから雲行きが怪しくなってきて、ラカンの章からは完全に置き去りでした。 何となく書いてある事は分らんでもないけど、理解できたかと問われれば、即答で「いいえ」と答えます。 ふぅ。。。 僕には早かったのかもしれません。 ちょっと調子に乗っていたみたいです。
1投稿日: 2025.04.06
powered by ブクログ実に興味深い(福山雅治風)本でした。 理系の私からしたら現代思想や哲学なんて『自明の現象に名前をつけるだけの退屈な学問』と思ってました。少し違いました。 構造主義が自明となる(覇権を握る)までの成り立ちを整理することと、その過程で生まれた負の遺産(超人主義→ナチス、マルクス主義→ソ連崩壊etc...)を学ぶことは実に興味深い体験でした。 本を読むということは自明の真実に対して読書という体験を通して説得力を持たせる作業でもあるのかもしれません。
1投稿日: 2025.03.21
powered by ブクログ「構造」とは?の私的例え ジャンケンの構造は世界中にある。三つどもえである事が超重要であり、ニつや四つではダメ。 人間が、できるだけ平和的に解決したい生き物である以上、この構造は各地で愛用される。 物事を争いだけで解決する生き物や、意思疎通が完璧な生き物(アリとか)なら、無用の長物。 もし、もう一度、人類史を繰り返しても、人間である限り、ジャンケンの構造は生み出されるだろう。そのくらい、「構造」は強力。 第一章 前提の話が、極めておもしろい。 「構造主義の思考方法があまりに深く私たちのものの考え方や感じ方に浸透してしまったために… その発想方法そのものが私たちにとって自明なものになってしまった時代」 構造主義的な思考方法が常識になった時代を我々は生きている。 ウクライナ戦争の報道で、ロシアから見た侵攻の理屈と、ウクライナから見た理屈と、両面を伝えるのは、現代のスタンダードだが、そのような態度が構造主義以降のものの考え方なのだろう。 ニーチェは「人間がいかに堕落しており、いかに愚鈍であるかについてだけ、火を吐くような雄弁をふるっているのです」 これ、めっちゃおもろい。ニーチェの入門書を読もう。 大衆は畜群、奴隷。「みんなと同じであることそれ自体のうちに幸福と快楽を見出すようになった」 対極にある「貴族」、それをつきつめたのが「超人」。 第二章 ソシュールについて 「自分たちの心の中にある思いというようなものは、実はことばによって表現されると同時に生じたのです」 本当に人間はことばでしか、考えることが出来ないのか?? ことば=意識という考え方は、教養人のおごりではないのか?? むしろ、意識(言語化されたとみなされるもの)と無意識の境界線にこそ、探究すべき本質的な問いがあると思う。 第三章 フーコー 社会史 フーコーは、社会史を用いて、私たちの思い込みを粉砕する。 知と権力は近代において人間の標準化を目指してきた。 「狂人は理解され、命名され、分類され、そして排除されたのです」 このような力を、フーコーは権力と呼ぶ。 その権力は身体にもおよぶ。江戸時代までのナンバ歩きを禁止し、軍隊行進。農民を徴兵、国民皆兵化。体操。体育座り。 「精神を統御しようとすれば、まず身体を統御せよ」 逆に考えれば、心を自由にするには、まず身体を自由にせよ。セックスと暴力が、政治運動に重要な理由だろう。 抑圧からの性の解放を称号する言説も、フーコーは疑う。それは、あらゆる人間活動を、分類し、命名し、公共の文化財とする、標準化・カタログ化であり、それこそが、権力=知が生み出す圧力である。 第四章 バルト 記号学 ソシュール曰く「言語学は、記号学の一部分」 「記号」とは、ある社会集団が取り決めた「意味するもの」と「意味されるもの」のセット。人為的な取り決め。機能的関係のみ。 結びつきがある「象徴」とは別。 記号学は、文学・映画・宗教儀式・ファッションなど、あらゆる分野に展開できる。 ラング(国語)と、スティル(自分の文体)は、見えざる規制として、我々の言葉使い(思考)を統御している。 さらに、エクリチュール(帰属集団の言葉使い)が、思考を規制する。 ビジネスシーンの言葉使い、ヤクザの言葉使い…。 ボクから、オレへの変化…。 一見、価値中立的な語法にこそ、社会集団が無意識に共有しているイデオロギーが潜んでおり、要注意。 社会的・公共的な「自然な語法」とは、「男性中心主義の語法」ではないのか。 歴史上、為政者の半数がずっと女性だったら、我々は、現状とまったく違う語法で話しているだろう。 批評の変遷。 作者=創造主の真意を探る。 ↓ 意図せず作者から漏れ出た動機(起源・背景環境)を探る。 だが、創作物はあらゆる無数のファクターの絡まりであり、それが収斂する場所は、作者ではない。読者である。 作者の死・読者の誕生。そしてオープンソースへ。 バルトの俳句への偏愛、日本文化へのあこがれ。 「ただそこに屹立する純粋な言葉」という夢をみる。意味にまみれた思想から解放されたかったのか。「意味が剥落する瞬間」へのあこがれ。 第五章 レヴィ=ストロース 文化人類学 実存主義を粉砕→構造主義の時代へ サルトルの実存主義 西洋哲学がそれまで積み上げてきた知見の到達点・結節点。 「ハイデガー・ヤスパース・キルケゴールらの実像の哲学に、マルクス主義の歴史理論を接合したものです」 ありありとした現実存在に、積極的・主体的にコミットする・参加(アンガージュマン)する。決断と責任を引き受けることにより、自己の本質を構築してゆく。人間の営みの成否は、歴史によって判定される。 歴史をおって成長していく・進歩していく人間観・社会観を前提にしている。 しかし、実際には、歴史観など持たない民族がたくさんおり、哲学・数学・科学などは用いずとも、西洋文明と比肩する社会構造を生み出している。というより、比べるものでさえない。単に、違う思考様式があるだけ。 この事実を突きつけられたことで、実存主義は幕を下ろす。 「親族の基本構造」 なぜ人間は近親相姦を禁止するのか? それは、女を贈与する・されることを通じての無限に続くコミュニケーションのため。 反対給付→贈り物を受け取った者は、心理的な負債感を持ち、お返しをしないと気が済まない、という人間に固有の気分に動機付けられた行為。 知られる限りのすべての人間集団に観察される。 ↓ たしかに、この感覚がなければ、取り引きや交渉が成り立たず、協力するということができないのではないか? 贈与と返礼の往還が、絶えず不均衡を再生産し、同一状態にはとどまらない。変化をし続ける。動的な平衡。 社会集団ごとに感覚や価値観は驚くほど多様であるが、それらが社会の中で機能している仕方はただ一つ。祖先たちは、無意識のうちに暗黙のルールに則って親族制度や言語を構築してきた。 人間的な感性・感情が社会構造を作り出すのではなく、社会構造が(ふだん自然にそう思い込んでいる)人気的な感性・感情を作り出す。 構造こそが優位→構造主義 第六章 ラカン 精神分析 「フロイトに還れ」と言ったラカンは、フロイトの理論を掘り下げた。 「鏡像段階」 幼児が鏡像を見て、自分を発見すること。 しかし、鏡像は、私そのものではない。 「私ならざるもの」によって担保された「私」。 これが、根本的な狂気、ずっと付きまとう人間の勘違いの原因になる。 私そのものは、直視出来ない。 精神分析とは、 自我を治療の拠点にしない。言葉・対話・物語の水準を足場にする。 いわゆる「本当の自分」を追い求めない。偽造記憶はありふれている。 「本当の自分」でなく、対話の中から生まれた・語り直された自分にフォーカスする。 症状を治すのでなく、別の軽症に変える。 「本当の自分」でなく、分析家とのJAZZセッション的な対話によって、両者間に橋渡しされ、生まれた自分像にする。それは、事実・真実の過去でなくて良い。 「言語化」による「見える化」で、(ウソでもいいから)扱いやすくする。 例えば、突然の発作・パニックが、本当はそうでなくても、幼少期の虐待によるフラッシュバックだとすることで、暗中模索の状態から、対処法を考えられるようになれば良い。 それまでの、いかにも哲学的な、自分の内側にある自我の探究を、ポンと外側(他者との架け橋)に出してしまう発想が、後々の哲学に大きな影響を与えたのだろう。 エディプスとは 人間の社会化プロセス。 子供が言語を使用するようになること、母親との癒着を父親によって断ち切られること。 父性の威嚇的介入のふたつの形、実は同じ機能のふたつのあらわれ。 私の知らないところで、すでに世界は分節されているが、私はそれを受け入れる他ない。 この世界に、人間として参加するためには、抗えないもの、不条理であっても従うしかないもの、がある事を解らせる機能が「父」。 それは、弱さも含めた私を説明し、根拠づける機能でもある。 世界に人間として参加しないのであれば、このような機能は必要ないだろう。例えばアリの社会には無いだろう。 ラカンによれば、人間は二度大きな詐術を経験して、正常な大人になる。 一度目は、鏡像段階において、私ではないものを私と思い込み、私を基礎づけること。 二度目は、エディプスにおいて、おのれの無力と無能を、父による威嚇的介入の結果として、説明すること。 そして、贈与と返礼の往還運動を続ける(コミュニケーションする)のが、人間社会。
1投稿日: 2025.03.12
powered by ブクログ平易な言葉で書いてある 素人の私には一回では難しいところも 気になったところを中心にもう一回読まないと
0投稿日: 2025.03.11
powered by ブクログ内田樹さんが、昔の自分が解読するのに大変苦労した「構造主義」をそのときにあったらいいなと願った読みやすい「構造主義についての入門」を記した本。 その名の通り、ちょこちょこ寝ながらだったが、「構造主義」を学ぶことができた笑 現代人がもはやその主義に染まっているとも意識できないくらいに普遍化した思考方式である「構造主義」を、構造主義以前の世界観から、ソシュールの言語論へ、そして、構造主義の4銃士、ミシェル・フーコー、ロラン・バルト、レヴィ・ストロース、ジャック・ラカンへと暗闇にゆっくりと光が指すように構造主義のベールを剥がしていく。 「あらゆる知の営みは、それが世界の成り立ちや人間のあり方についての情報を取りまとめて「ストック」しようという欲望によって駆動されている限り、必ず「権力」的に機能する」(本書から抜粋) →すべての言説に権力が存すること が導かれる ここは目から鱗であった。
0投稿日: 2025.02.28
powered by ブクログ2025年2月22日、YouTubeで「本を読むこととお金持ちになること」と検索して出たショート動画「保存必須!賢くなれる本3選」のコメ欄で、皆がおすすめしてた本。 コメ欄より:最近寝ながら学べる構造主義を買いました!通学時間に読んでます https://youtu.be/zW1jx6LS4ko?si=EpTXRbzGwUm9u9fN
0投稿日: 2025.02.24
powered by ブクログ「構造主義」が何であるかをまるで知らないまま、知人の勧めで読み始めました。ニーチェやマルクスなど、名前はよく聞くけど、どんな考えを持っていたのかは知らないという人から、フーコーやフロイトなど、こちらも名前は知っているけどの人たちまで、構造主義という軸で面白く読むことができました。地動説的な自我論を盲目的に信奉していたのを自覚したら、自分の気持ちや考えに対する疑惑を持てるようになったことも興味深いです。また時間が経ったら読みたい本なのでした。
0投稿日: 2025.02.17
powered by ブクログ寝ながら…は学べなかったが、挫折しがちだった構造主義思想についての本を最後まで読むことはできたくらいには読みやすかった。 構造主義者たちの思想の前段階の思想も丁寧に説明されており、また例えも分かりやすく挿入されていた。 自分のことばで語っていると思っていても、それはほぼ外部要因に影響されたものであって、「他人のことば」と大差ない。私たちが考えることや行動は、私たちが身を置いた世界の決まりごとの範囲で行なわれる… といったことが構造主義なのかと思ったけれど、やっぱり全体像や深い理解は曖昧なままなので、本書を再読したり、他の構造主義の本を読むなりして、理解を深めたいところ。
11投稿日: 2025.02.10
powered by ブクログ構造主義というものをネット検索しても 「私たちの思考や行動は、所属している社会や文化によって決められている」という文言に肌感覚的にピンとくるものがなく、初心者でもわかりやすい書籍は無いかなと探してたら、これを見つけたので購読。 読み進めていくうちになんとなーく構造主義というものが見えてくるし、 現代思想に疎い私でもわかりやすく書かれていると思う。 私の理解では、人間が生きているうちに獲得した概念や言語、習慣により身に着けた文化や想いにはカテゴライズされた名前(記号)が付けられていて、人間はその「構造」に左右されて考えさせられているため、その「構造」から外れて物事を考えることができないということかなと。 そのため人は外的要因により自己を形成していくし、外的反応により自己を認識できるのかと思う。 新しい価値や教養を獲得すれば世界が広がり、ある特定の「構造」に囚われれば心理的盲目になる。 生活習慣を改めれば体調がよくなり、心も洗われるなんてことがよく言われるが、それも「構造」の力かも?と思ってみたり。 部屋がきれいな人は落ち着いている人が多いとか(笑)
14投稿日: 2025.01.09
powered by ブクログ『寝ながら学べる構造主義』は、その親しみやすいタイトルとは裏腹に、現代思想の重要な潮流である構造主義について、深い理解を促す野心的な著作です。内田樹は、難解とされる構造主義の本質を、日常的な経験や具体例を巧みに用いながら、読者を導いていきます。 本書の最大の特徴は、構造主義の考え方を「からだで理解する」というアプローチにあります。内田は武道家でもあり、その経験を活かしながら、構造主義の抽象的な概念を、身体的な経験や実感と結びつけて説明していきます。例えば、合気道の「受け」の動作を例に、「差異のシステム」という構造主義の基本概念を説明する箇所は、特に印象的です。相手の動きに「反応」するのではなく、あらかじめ用意された「型」の中から適切なものを選択するという武道の考え方が、言語システムの働きと本質的に同じだという指摘は、目から鱗が落ちる思いがします。 また、本書では構造主義の基本的な考え方を、ソシュールの言語理論から丁寧に解き明かしていきます。例えば「言葉の意味は差異の体系の中でしか存在しない」という考え方を、「猫」という言葉が「犬」でも「兎」でもないという関係の中でしか意味を持たないという具体例で説明します。さらに、これが単なる言語の問題ではなく、人間の認識や文化全般に関わる根本的な原理であることを、様々な例を通じて明らかにしていきます。 特に興味深いのは、構造主義的な思考が持つ現代的な意義についての考察です。内田は、私たちが何気なく「自然」だと思っている物事の見方や感じ方が、実は特定の文化的な枠組みの中で形作られているということを、説得力をもって示していきます。例えば、日本人が「空気を読む」という感覚は、決して普遍的なものではなく、特定の文化的な構造の中で形成されたものだという指摘は、私たちの日常的な経験を新たな視点から照らし出すものです。 本書のもう一つの魅力は、構造主義の考え方を現代社会の問題と結びつけて考察している点です。例えば、メディアや消費社会の問題、教育の問題などについて、構造主義的な視点からの独自の分析を展開しています。それは単なる理論的な考察にとどまらず、現代を生きる私たちの実践的な課題にもつながっていきます。 内田の文体は明快で、時にユーモアを交えながら、複雑な概念を分かりやすく説明することに成功しています。しかし、その「分かりやすさ」は決して内容の矮小化を意味するものではありません。むしろ、構造主義の本質的な洞察を、より多くの読者に開かれた形で提示することに成功しているのです。 本書は、構造主義やその後の思想の展開に関心を持つ読者はもちろん、現代社会における「当たり前」を疑ってみたい人、人間の認識や文化の仕組みについて考えてみたい人にとって、格好の入門書となるでしょう。また、教育や文化の問題に関わる実践者にとっても、新たな視座を提供してくれる示唆に富んだ一冊だといえます。
1投稿日: 2024.11.27
powered by ブクログ自分の理解力不足からか、なんだか全体的によく分からなかった。 体育座りのことは驚き。 子どもに話を聞かせ、手遊びさせないのにはもってこいの姿勢。 このようにしなければならなかった時代があるとは恐ろしいと思ったのと同時に、今もさせている日本は怖いと思った。
1投稿日: 2024.11.10
powered by ブクログ独学の技法の推薦図書として読んだ。 高校時代に課題図書として出ていたけど、その時は全く分からなかった。 10年の歳月をかけて、再び出会うとは。
0投稿日: 2024.10.14
powered by ブクログ「寝ながら学べる」と題しつつ、そもそも本書で紹介される構造主義の論者たち(ソシュール、フーコー、バルト、レヴィ・ストロース、ラカン)が語った事が難解だと思ったし、本著の著者が解説て用いた比喩もややわかりにくく(わかり易さを重視して比喩を多用したのだと思うが)、200頁弱の薄さながら読了に少し労を要した。 それでも、難解な構造主義のいくつかの入り口くらいには立てた気がする。 現代的な思想に片寄ることなく、ひたすら上記の論者たちをフラットに解説されており、入門書としてオススメされるのも頷ける。
1投稿日: 2024.09.30
powered by ブクログわかりやすいというのは危険なことかもしれないが、構造主義のエッセンスを知るとき、それを実生活に活かそうとするときには最適な本なのではないか。それくらいにわかりやすくて面白い。
0投稿日: 2024.08.23
powered by ブクログ「構造主義」とは何か、全く知らない状態で読み始めました。 旧Twitterのたらればさん(@tarareba722)がおすすめしていたので、手に取ってみただけでした。 それなのに、何とも引き込まれてするする読んでしまいました。 面白かったです。 構造主義とは、 属した時代、地域、社会集団によって視点を固定されており、我々が信じているほど自律的主体として判断、行動できているわけではないよ? という考え方なのだそうです。 当然でしょ、と思うと同時に、少し悲しい気持ちにもなります。 特別な何者かでありたい、そんな私が周囲に流されているなんて信じ難いと。 でも、おそらくそこまで卑下する必要もないのでしょう。 みんなそんなもんです。 そして、それを踏まえた上で、自分がかけている色眼鏡はどんなものかな、と顧みることができれば上出来なんだと思います。 そんなことをつらつら考えながら読ませていただきました。
6投稿日: 2024.08.21
powered by ブクログ構造主義の入門書。扱われているのはフーコー、レヴィ=ストロース、バルト、ラカン。 レヴィ=ストロースとサルトルの論戦はいままで何度か読んだが本書の解説が一番わかりやすかった。
0投稿日: 2024.06.26
powered by ブクログ構造主義的な考え方を知って、主体性というものはないんだなと感じたし、それに幾分か救われた。 ある種の諦めというか、限界があることを理解しつつ、それでもちょっと足掻いてみよう、頑張ってみようと考えるようになった本。 (筆者に失礼かもだけど)おじいちゃんみたいな優しい文体が好き。読みやすい。
0投稿日: 2024.05.28
powered by ブクログ人が多様であることは、アフリカ大陸から移動をはじめた12万年前からずっと変わらずに目の前にあったのに、なぜ私たちは最近になってそのことに気づいて、あたふたと考えだすようになったのか・・・。 もっと身近な例で考えると、私は、子供のころに某お笑い番組で、某お笑いタレントが同性愛者の男性を可笑しくキャラクター化させたコントを、家族と一緒に居間で笑いながら見ていたわけだけど、そこにはなんの悪意もなかった。 まさか、それで誰かが傷つくなんて考えもしなかったし、差別をしているという意識すらなかった。 そんな私も、令和6年の現在では、愚かしく浅はかで配慮のない態度であると考えている。 「私」は年齢を重ねたけれど、特別に変わったという意識はない。 一緒に見ていた両親だって笑っていたのだから、子供だから、大人だからは関係がなさそうだ。 それはつまり、こういうことだったのかな?と本書を読んで納得できた。 私たちは、自分が属している「ある時代、ある地域、ある社会集団」が受け容れたものだけを選択的に思索の対象としている。見て、感じて、考える。そういったもので感受性をつくっていく。自分の社会集団が無意識的に排除してしまったものには、そもそも私たちの視界に入ることもないので、私たちの思索の主題となることもない。 そして、これがつまり、構造主義の考え方であるらしい。 「哲学する」ということは、つまり、他人の眼鏡をちょっと借りてみることで、それはたぶん人間を知るってことなんだと思う。
0投稿日: 2024.05.11
powered by ブクログ次の一歩を踏み出したくなる分かりやすい書き方で、とても面白かった。構造主義を知るほど、「私」なんていないんじゃないか、と思えて、安心と恐怖が押し寄せてくる。
1投稿日: 2024.04.04
powered by ブクログ構造主義って聞いた感じ何それ難しそうって感じだったけど、構造主義自体の基本的な考えは難しくないんだなってこれ読んで思った。
0投稿日: 2024.03.31
powered by ブクログ随分前に買ってあったけど何故か読んでいなかった。 内田樹さんの本はまえがきとあとがきが面白い。 入門書は専門書よりも「根源的な問い」に出会う確率が高い、そう言われると、この本で根源的な問いに出会えるかもしれない、という期待が膨らむし、何より「私が知っていること」より「私が知らないこと」を中心に描かれている、のだ。 寝ながらわかった、とは言わないが、楽しく読める本だった。
0投稿日: 2024.01.20
powered by ブクログ特に「構造主義」なんてものには全く興味がないのですが、 ちょっとしたきっかけでこの本を読む機会を頂いたので、 ナナメ読み。 タイトル通り「寝ながら」読んでみました。 が、そのまま「寝てしまう」くらいの難易度。 決して、歯が立たないってことはないですし、 著者が素人でもちゃんと理解できるように 工夫/努力をしている痕跡は感じましたが、 それでも自分にはちょっと難しかったです。 とは言え、自分なりの発見もありまして、 この手の本は深井龍之介さんが「歴史思考」で語ってる 新しい視点の獲得(自分の常識を疑う心)のことなのかな、 ということです。 ※世界史を俯瞰して、思い込みから自分を解放する 歴史思考 https://booklog.jp/users/noguri/archives/1/4478112274#comment そういう意味では、哲学も歴史も似通っているのかな。 面白くはなかったですが、気づきはあった本です。
24投稿日: 2024.01.18
powered by ブクログ構造主義の入門書です。まず、現代思想の源流となったマルクス、フロイト、ニーチェについて、簡単な説明がなされたあと、構造主義の源流とされるソシュールの言語論が紹介されます。その後、構造主義の思想家であるフーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンの4人がとりあげられ、それぞれの思想についての解説がおこなわれています。 ただし、本書は単なる概説ではありません。著者の目を通して、構造主義的な「ものの見方」が説明されており、いきいきとしたたとえを用いて、読者が構造主義に特有の考えかたを具体的に理解できるようになっています。 著者は、難波江和英との共著である『現代思想のパフォーマンス』(2004年、光文社新書)も執筆しており、そちらでは「解説編」でそれぞれの思想家の基本的な考えかたを説明したあと、「実践編」で小説や映画などを例にそれらの考えかたをじっさいに作品の分析につかってみせるというスタイルが採用されていました。本書は、「実践編」として独立の章立てがなされているわけではありませんが、前著と同様のねらいをもった入門書ということができるように思います。
0投稿日: 2024.01.13
powered by ブクログ構造主義が現代思想のひとつということも知らず勢いで手に取りました。「寝ながら」はもってのほか、1回では分からなかったので読み直しながら書いてまとめるまでしました。 大枠がぼんやりわかったところで、もしや非常によくまとめられている本なのでは?と感じました。何もわからないのにもう一回読んでみよう、まとめてみようと思わせてくれたこと自体、良書なのだと思います。 追記 他の本を読んでいて、この本で書かれていたなと思い出すことが多々ありました。自分にとって新しい視点をくれた本だと思います。
0投稿日: 2023.09.10
powered by ブクログ構造主義という今では当たり前となった見方考え方について、平易に分かりやすく書いてくれている。だが正直、内容はスッと入ってくるレベルのものでは無い。「寝ながら」では難しい。けれど、分かりやすい。 また時間をおいて読んだら、自身の経験も生き、別な理解が深まると思う。
0投稿日: 2023.09.04
powered by ブクログ構造主義前夜のマルクス、フロイト、ニーチェの要点、代表格四銃士のそれぞれの功績といった展開でポイントが掴みやすい。 人間の内在的な主体性から、外因との関係性から自己や人間とはを問う。なんとなくではあるが、現代の思考や価値観に(個人的なのかも)通底する考え方かなって我が事として引き込んで理解しやすい。
3投稿日: 2023.06.24
powered by ブクログそもそも構造主義の定義について曖昧でしたが、「構造主義」前からはじまり、4人の思想家の話にコンパクトにまとめられていたので、とても分かりやすく理解できました。 人名が記憶に定着しませんでしたが笑
0投稿日: 2023.05.13
powered by ブクログ寝ながら学べるということだったので、平易に読めるのかと思い手に取ったのですが、確かにスラスラ入ってくるパートもありました。 サルトルとの対比が重要なようなので、その点についての記述もありましたが、基礎知識がなさすぎて、さっぱり。 哲学の基礎をある程度知っていると理解ができるのかと思います。 レヴィ・ストロースのところはコテンラジオのおかげでなんとなく理解できました。 結局は自分自身でコントロールしていると感じていたことの多くは構造、関係性によるものが大きく、個人の努力だけではなく組織構造を作っていくことが重要だと感じました。 組織論を考える際の前提にしたいと思います。 哲学を学ぶには何から始めるのが良いか悩みます。
0投稿日: 2023.05.07
powered by ブクログ流石に寝ながら…は学べないけど、なんとなくで見知った点を、わかりやすく線で繋げてくれると本だと思う。連綿と受け継がれるひとつの命は、その属する世界に大きな影響を受けて、脈々と受け継がれていくのだな、と、壮大な風景が浮かんだ。
0投稿日: 2023.03.06
powered by ブクログ精神分析がそもそも目指しているものは何かについての解説は、カウンセリングを過去に数回受けた時に感じた違和感(自分が期待していたものとは異なる)を払拭してくれるものでした。
0投稿日: 2023.02.14
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
構造主義とはひとことで言えば、私たちは「自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられている」」のであって、「私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない」という考え方だと筆者は言う。
0投稿日: 2023.02.10
powered by ブクログタイトルから想像のつく通り、構造主義の基本的な流れと代表的な論者について手っ取り早く知れる本。 内田氏は構造主義の専門家ではないし、そもそもページ数や読了コストの少なさを考えれば内容の高度さは望むべくもない。実際、本書のメインとなる「構造主義の四銃士」についての記述はかなりの駆け足にとどまる。 しかし、(学界の通説的理解かはは別として)構造主義というものをこう捉えればいいんじゃないか、というような概説にはしっかりとページ数も割かれているし、ポイントはしっかりと抑えている印象。 加えて、「構造主義前史」として置かれた1章はヘーゲルからマルクス、フロイト、ニーチェに繋がる「20世紀的知の枠組み」の見取り図を提供してくれる興味深いものだった。 総じて、これからより詳しく構造主義を知りたい人には1冊目としてお手軽、この本1冊で構造主義の勉強を済ませてしまおうという人にはもう1冊読んでみようかという気持ちを起こさせる、そう思いもしない人にとっては必要十分量の記述だと思う。 その意味で、万人にお勧めできる本。
0投稿日: 2023.02.09
powered by ブクログ用は足さないけど、トイレで本読むの結構好きだし不思議と捗るんですよね これは、私の中では「トイレ」が無意識下で「リラックスできる場所」という「意味」をもっている、つまり「トイレ」というシニフィアンと「読書に適した快適な空間」というシニフィエとが一つの「記号」を成しているということなんですよ (以下常体) 前半部の「構造主義に至るまでの歴史」に関する記述は、平易な説明に加え丁寧な具体例が都度都度紹介されているため非常にわかりやすく、現代思想や構造主義、哲学一般についてほとんど知識がなくても読み進めることは十分可能だ 必要なのは、世の中や自己に対する違和感、すなわち哲学の源流の意識だけと言っていい 逆に後半部、特にラカンの思想に関する記述で一気に抽象的で多くの読者にとって解りづらくなると感じている そして内田氏が用いる例もいまいち核心を核心を突いているとはいえなくなってくる(ちょうど執筆に疲れてきたところなのかもしれない) この辺りで「こんな少ないページ数でラカンやバルトの思想を浚えるわけがない」ということにも気づき他の入門書や専門書を読み出そうという気になってくる その流れを作り出すことこそが本書の価値であると感じる 「寝ながら」構造主義のきっかけを掴み、 「立ち上がって」本を買いにいき、 再び「寝ながら」専門書を読み耽る 読了一回目は終盤での怒涛の専門用語・観念ラッシュで放心状態だった故、 二回目に突入、先ほど読了 誤差程度の理解の前進、不甲斐ない
2投稿日: 2023.02.05
powered by ブクログ人間はどういうふうにものを感じるかとの問いに答える入門書的な本。 名前がつくことで、ある観念が思考の中に存在することになる。 【関連書籍】 史上最強の哲学入門
1投稿日: 2023.01.28
powered by ブクログ構造主義という言葉自体を知らずに読んだが、現代人の思想を支配する哲学について簡単学ぶことができた。 哲学について知ってみたいと思うきっかけになった本でした。
0投稿日: 2022.12.19
powered by ブクログ今回は感想ではなく、覚書に使わせて頂きます。 マルクス:労働ーーー人間の個別性はその人が何者であるかではなく何事をなすかによって決定される。「人間は、彼によって創造された世界の中で自己自身を直感する」 フロイト:抑圧ーーー構造的な無知「人間は自分自身の精神生活の主人ではない」 ニーチェ:畜群・奴隷/貴族・超人、距離のパトス ソシュール:一般言語学講義ーーー「あらかじめ定立された観念は無い。言語の出現以前には、判然としたものは何一つ無いのだ」 フーコー:人間主義的進歩史観の否定、出来事の零度 バルト:記号学、エクリチュール レヴィ=ストロース:音韻論の理論モデルによる研究。親族の基本構造、近親相姦の禁止とコミュニケーション欲求 ソシュールの構造言語学は特にグッとくる。 構造主義的思考の、その断片だけでも、ひとりでも多くの人に知って欲しい。世界のあり方がきっと変わると思う。
1投稿日: 2022.12.01
powered by ブクログ夢中で読んでしまった。 これくらい自分を入れてくださっているほうが、見る視点が変わって理解が進むような気がしました。 他の本でも構造主義を語るときは熱量が違うように思っていましたが、レヴィ=ストロースのあたりなどは特に夢中で読みました。
0投稿日: 2022.09.03
powered by ブクログ母親:入眠までの時間がいつもより短くなった。学べているかは知らない。 僕:寝る直前に読むには少し内容が難しかったが、他の哲学書よりも随分読みやすかった。
0投稿日: 2022.06.26
powered by ブクログソシュールの言葉が物事を規定するというのにはトータルアグリー。 フーコーは歴史の大切さ、神の代わりの歴史の蓄積という考え方。 レヴィストロースは近親相姦の禁止から贈与の大切さを解く。ラカンは物事が真実かどうかではなく、その認知において何が起こるかぁ大切だと解く。 何を知っているのか?を教えるのではなく、何を知らないのか?なぜ知らないのか?を明確にする。 それは知りたくないからである。
0投稿日: 2022.05.04
powered by ブクログ難解な話が本当にサラサラと読める本です。まさに寝ながら読みました。本の内容の一割も吸収できていませんが、また、再読することで、もうちょっと、理解が進むのではと期待させられます。
0投稿日: 2022.04.30
powered by ブクログこの本は最高の眠り薬!すごく良く眠れます。寝ながら学べるはずなのに、枕元で本を開くと二〜三行で抗えない瞼の重さがやってきます。気が張って寝付けない時におすすめです。 私は、この本のあとがきが全ての本のあとがきの中で一番大好きです。すんごい小難しそうな西洋哲学観を「なーんだこんなことだったのか」と身近にしてくれました笑。
5投稿日: 2022.03.10
powered by ブクログ言葉を獲得した人は、テキストと同じく、言葉によって編まれた存在となる。私は小説と同じ成分で作られていた。ファイアボールや文字禍に通ずるところがある気がする。残像に口紅を、に至ってはフィクションという名の現実かもしれない。どちらも言葉によって「作られた世界」であることに変わりないのだから。
0投稿日: 2022.03.06
powered by ブクログ「自分が見えている世界が相手にも見えているわけではない」 「自分が育った環境によって、物の見え方・感じ方が変わる」 といった考え方が構造主義。 正直「そりゃあそうでしょ」というのが感想である。 しかし、私がこのように感じたことからもわかるように、構造主義というのは現代の人々の考え方の基礎になっており、あらゆるものに応用できる、現代社会において抽象度が最高に高い哲学なのだ。 具体的なものの方が抽象的なものよりもわかりやすいため、構造主義は分かりづらいと思われがちで、私もこの本を最初に読んだときは「で、結局、なに?」が正直な感想だった。 しかしこれも何かの縁か、細谷さんの「具体と抽象」を読んだ後、この本の内容を思い出すと「そういうことなのね!」と理解。 これからこの本を読もうとしている人は、「具体と抽象」とセットで読むのがいいかも。
1投稿日: 2022.02.12
powered by ブクログ[メモ] 我々が思考する時、思考パターンは既にそれぞれの文化背景などに影響を受けている。 よって、自己の思考を疑う癖をつける必要がある(その結論は他者にも共有され得るものか?)。 [感想] この本をきっかけに読みたい本がまた増えました。 本書の本筋とは離れるけど、ラカンの章を読んで「悪魔」というシステムを造った先人の知恵に感心しました。 わからないところも多々有ったので、また読み返すと思います。 2023/01/11再読 まえがきが素晴らしすぎます。
0投稿日: 2021.12.30
powered by ブクログ「 なぜ、私たちはあることを「知らない」のでしょう? なぜ今日までそれを「知らずに」きたのでしょう。単に面倒くさかっただけなのでしょうか? それは違います。私たちがあることを知らない理由はたいていの場合一つしかありません。「知りたくない」からです。 より厳密に言えば「自分があることを『知りたくない』と思っていることを知りたくない」からです。 無知というのはたんなる知識の欠如ではありません。「知らずにいたい」というひたむきな努力の成果です。無知は怠惰の結果ではなく、勤勉の結果なのです。」 」 内田樹が構造主義を解説した本を書いてたなんて迂闊にも今まで知らなくて、珍しいもの見たさに電子書籍で入手して読んでみたら、これがなかなかの拾いもの!!! 「まえがき」の中にあった上掲の文章のインパクトにまずやられて、そして本文を読み進めるうちに、構造主義という知の闘いが人間精神の何をめくろうとしてきたのか、なにを切り開いてきたのか、それを鮮やかに描き出してくれた。 すごくとっつきのよい、題名のとおりに「寝ながら読める」のだけど、ここから得られる精神覚醒の揺さぶりは相当のもんだった! 強くお勧めしたい。
1投稿日: 2021.12.28
powered by ブクログ構造主義を噛み砕いて説明していただいた。読み終わって分かったことは、構造主義は検索くらいでは理解できないということ。例え話でわかったつもりになるしかなかった感がある。
0投稿日: 2021.12.04
powered by ブクログ知識が少ない自分にとってはまだまだ難解な部分も多かったが、例えが多用されているのでイメージがしやすかった。レヴィ=ストロースの終わりなき贈与の章が特にわかりやすかったです。
0投稿日: 2021.11.13
powered by ブクログ構造主義は、主体を重視するのをやめて、既にある社会システムを重視し、なぜそのシステムがあるのかを考えていくことだと認識した。そもそも主体なんてない。生まれた瞬間から分節された社会システムの中にいて、その構造上の中で生きていく以上、その人の思考もそのシステムの影響を受ける。よって、それはその人の主体ではない。構造主義での主体とはシステムを作った瞬間にしか存在しない。それを零度と呼び、構造主義の目的はこの零度の探求である。ポスト構造主義がポスト構造主義と呼ばれる理由がわかった。構造主義から逃れられないからか。
2投稿日: 2021.08.08
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
構造主義とは、、、 要するに、自分がやっているや思っていることは、実は、自分以外の別のものに大きく影響を受けているというのが、構造主義的な考え方。 ある時代、ある地域、ある社会集団に属していることからものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。それはかなり社会集団が受け入れたものによって選択的に「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられている」。自由や自律性はかなり限定的。 物事には両面あるのであって、主体性そのものが全く認められないという話でもない。その意味では、自分の思い込みを相対化するためのベースとして、理解しておくべき考え方。 この本自体は、非常に理解しやすく説明されているので、おすすめ。
0投稿日: 2021.07.27
powered by ブクログレヴィ=ストロース〜中沢新一あたりしか知らなかった自分としては、構造主義の概要が歴史的順を追って噛み砕いてもらえていて助かった。ロラン・バルトが好きだったし、ラカンは考えがまず難しかった。エクリチュールってそのことだったんだ!等「聞いたことがあったけど知らなかったこと」を穴埋めしてもらえた。
0投稿日: 2021.07.18
powered by ブクログとても面白かったです。 また時間をあけて読み返したい本でした。 構造主義に至る哲学としてニーチェ、 畜群道徳の概念が面白かったです。 それぞれが善悪ではなくて 大衆と同じか同じでないかと言う 価値基準で動いている。 構造主義者としてレヴィストロース、フーコー、 ラカンなどの考えが、わかりやすい例を交えて述べられています。 構造の中で人間が価値判断をしている。 と言うことがよくわかりました。
0投稿日: 2021.06.17
powered by ブクログ面白かったしわかりやすかった。最後にラカンが出てくるまでは。 でもラカンはどっちみち誰が説明しても分からないので仕方がない。内田樹は悪くない。
1投稿日: 2021.04.12
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
ワークショップ等の業界で良く言われる「もやもや」するの原因は何なのかと説い続けた結果として行き着いているのが今の所「(ポスト)構造主義」である。これはそれをとても分かりやすい例で示している。「ぶす」の話は最高である。 「私たちがあることを知らない理由は…「自分があることを『知りたくない』と思っていることを知りたくない」から」という「まえがき」からガツンとやられる。このつかみがすでに「構造主義」になっているというところが何とも奥深い。 ビジュアル・ファシリテーションやグラフィック・レコーディングをしていると話題になるのはイベントの参加者の腹落ちと成果物のわかりやすさ。この手の議論をする時に構造主義に立つか、実存主義に立つかは大きな分かれ目だ。かつ実存主義者同士もそれぞれの原点を持っていて正しさを主張するものだから厄介だ。どうやら話を合わせているらしいのだがどうもピントがボケていると言うか言葉尻だけの類似で同じであると判断している場合もよくある。 自分に振り返って考えると構造主義の本をどうやらそれなりに読んでいるらしいのだが、毎回忘れてしまっているようだ。ブクログの感想を書こうと思ってこの画面を開くとすでに感想がある。構造主義を実践すると自分の「ダメ」と向き合わざるを得ない。「ぶす」の話も自分に置き換えれば「平然とウソをつく」「誤魔化す」「相手を蔑み偉そうに話す」などの悪癖が自分にあることをそれこそ「知りたくない」から自然と忘却の方向にいくのだろう。 さて、この感想も忘れてまた書こうとしてしまうのだろうか。。。楽しみだ。
1投稿日: 2021.02.28
powered by ブクログ内田樹による構造主義の入門書。構造主義に繋がるまでの背景から、構造主義の父と呼ばれるソシュール、そして「四銃士」フーコー・バルト・レヴィ=ストロース・ラカンまで。 先ずはあとがきから引く。 “そういう年回りになってから読み返してみると、あら不思議、かつては邪悪なまでに難解と思われた構造主義者たちの「言いたいこと」がすらすら分かるではありませんか。 レヴィ=ストロースは要するに「みんな仲良くしようね」と言っており、バルトは「ことばづかいで人は決まる」と言っており、ラカンは「大人になれよ」と言っており、フーコーは「私はバカが嫌いだ」と言っているのでした。 「なんだ、『そういうこと』が言いたかったのか。」(p.200)” ここまで単純化(俗化?)されると構造主義も形無しだが、専門家でもない僕にとってはこう言い切って貰えるととても分かりやすい。 結局構造主義というのは、「立場によって見方は変わる」という、極々常識的なことを主張しているに過ぎない。しかし、まさにこの構造主義の考え方から、この常識というものも単に現代の私たちにとっての「常識」でしかないことが従うわけだ(このことすらも(メタ的な!)常識かもしれない)。実際、このようなものの見方は40年ほど前には見られなかったらしい(p.22)。構造主義的発想が自明なものとなってしまった現代は、筆者の述べるように「ポスト構造主義期」にある(p.17)。そして、哲学が、自明なものにクエスチョンマークを付ける営みである以上、当たり前になっても、いや当たり前になったからこそ、構造主義は依然として重要なのだ。 フーコーは、「監獄」や「狂気」、「学術」といった現在当たり前に思われている存在の起源=バルトの言うところの「零度」にまで遡って考えるという系譜学的思考から、制度が人間を作ってきたことを見出した。 バルトは、人々はあるエクリチュール(社会集団や立場にローカルな言葉遣い)を選択し語ることでそのエクリチュールによって規定される型にはめ込まれてしまうと言い、語り手の主観の介入を完全に欠いた「エクリチュールの零度」(日本語!?)を追い求めた。 レヴィ=ストロースは、文化人類学の視点から文明社会を相対化すると同時に、人間社会に普遍的な贈与と返礼のダイナミズムを発見した。 ラカンは、精神分析の対話における「私」の現れ方と、私が「私」であることに根源的な二つの詐術について語った。 解説の合間に挟まれる例え話が分かりやすく、それだけ読んでも面白い。原著を読むにしても、まず本書を読んでから挑戦すると、かなり見通しよくなるのではないだろうか。筆者には似たコンセプトの『現代思想のパフォーマンス』があるが、それよりも本書の方が好み。
9投稿日: 2021.02.27
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
構造主義とは、人間の考え方は、その人が生きる社会構造によって無意識的に形づくられてしまっている。という考え方。 この本では、構造主義の代表的な人物を簡潔に解説してくれている。 社会史専攻のフーコーは、「いまある制度とか常識って昔からそうだったわけじゃないよね」と考えて、その常識の起源まで遡ってみると、権力によって歴史が作られてきた側面があることを発見した。 例えば、体操って健康的な行為だと思っていたりするけれど、歴史を遡ると、そこには管理しやすい兵隊作りのために、国家が国民を統制するために作られた制度であったことがわかった。 記号学専攻のバルトは、「言葉遣いを変えたら、人ってその変えた言葉遣いを使っているイメージに似るよね」と考えた人。 例えば、僕から俺に一人称を変えたら、発音も、語彙も、髪型から嗜好品までも「俺」っぽくなったりするということ。 文化人類学専攻のレヴィストロースは、「世界中の全ての言語音が12ビットで表せるのなら、世界中の全ての親族構造にもパターンあんじゃね?」と考えて、家族間の親密さは2ビットで表せることを発見した人。 これはつまり、人間が家族関係において相互の感情に基づいて親族制度を作ったわけではなく、親族制度が感情や論理に先立って既に存在しており、事後的に感情や論理を事後的に構成していることを意味する。 精神分析専攻のバルトは、「大人になるということは、理不尽を受け入れるということである」と考えた人。 赤ん坊が大人になるためには、言語活動を用いた他者とのコミュニケーションが必要不可欠で、そういった社会化プロセスの中で理不尽や理解不能な事態に直面し、受忍したひとだけが大人になれると考えた。
3投稿日: 2021.02.21
powered by ブクログ久々に哲学書を読んだが、改めて実用書との違いを強く実感した。 マルクスやニーチェなどの思想の構造主義へのつながりから始まり、ソシュールによる構造主義思想の根本の開拓が説明され、その後の四銃士(フーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカン)のそれぞれの思想の特徴についてかなりわかりやすく解説される。 哲学書の一つの特徴として、「だからどうすべきなのか?」については一切語られない。あくまで、読者に今の自身の生き方や取り巻く社会を振り返り解釈するための契機を与えるのみにとどまる。どう活用するかは読者次第。何か行き詰まったり、モヤモヤと感じることがあれば、もう一度読んで構造主義の立場を自分の中で整理してその物差しで解釈してみる、ということなどはしてみてもいいかもしれない。 少なくとももう一度読み直してみたいと思う本だった。
0投稿日: 2021.01.17
powered by ブクログ私たちの意識というものは、うまれながらの自分固有のものではなく、すでに言葉のない時期から所属する社会的にプログラミングされていて、その内容は構造主義の四銃士にてある程度が解明されてしまっている。 私とは?社会とは?というものを考え始めると止まらないので、「寝ながら学べる構造主義」を読み始めると、まったく眠れなくなってしまった。
1投稿日: 2021.01.09
powered by ブクログ人間はどういう風に考えて、感じ、行動するのかが構造主義。 実はもうその考え方に染まっている。 見方は立場によって変わる、という考え方が構造主義。 言葉がものをつくるのであり、ものに言葉がついたのではない。 私が自分の過去の出来事を思い出すのは、いまの私と回想に耳を傾けている聞き手に私はこのような人間であると思って欲しいからです。私はこれから起きて欲しいこと、つまり他者による承認を目指して過去を思い出すのです。私たちは未来に向けて過去を思い出すのです。 この言葉が印象的だった。過去を振り返ることは未来の承認欲求
0投稿日: 2020.12.27
powered by ブクログ浪人生時代に初めて読んで、それから4年後に再読しました。 ソシュールやマルクス、構造主義四銃士の思想は現代人が無意識に使っているが故に現代思想の中では馴染みやすく、また自身の物事の考え方を理解するきっかけにもなりました。
0投稿日: 2020.12.25
powered by ブクログ構造主義とは 私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。 だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。 むしろ私たちは、ほとんどの場合、自分の属する社会集団が受け容れたものだけを選択的に「見せられ」「感じさせられ」「考えさせられている」。 そして自分の属する社会集団が無意識に排除してしまったものは、そもそも私たちの視界に入ることがなく、それゆえ、私たちの感受性に触れることも、私たちの思索の主題となることもない。 私たちは自分では判断や行動の「自律的な主体」であると信じているけれども、実は、その自由や自律性はかなり限定的なものである、という事実を徹底的に掘り下げたことが構造主義という方法の功績なのです。
0投稿日: 2020.12.22
powered by ブクログようやく読み終えた。 内田樹さんが書いている、ということ、「寝ながら」「入門編」という謳い文句に釣られてしまったけれど、なかなかに難しかった。 特に、肝心の四銃士の部分は、それまでとは突然風向きが変わったように感じて、私の基礎知識が乏しかった分、かなり手こずった。 とはいえ、ひとつひとつのことを、例えを使って分かりやすく書いてあるので理解はしやすい。分からない部分は調べながら、時間をかけて読み終えた。 私たちは自分の考えを述べているつもりでも、自分の所属する環境に大いに影響を受けているため、語っている言葉は、元は他の誰かの言葉に過ぎないという。「記号とはこういうものだよ」とか、レヴィ=ストロースが『野生の思考』で言っていた未開人と文明人の見ている世界が違う話とか、「それをわざわざ言葉にしたところで何?」というところがモヤモヤが残る要因であるのかもしれない。 もちろんその、何の意味もなさないような部分も含めて、面白いのではあるのだが…。 なんとなく「改めて言われてみればそりゃそうだよね」と思うことばかりだったが、得てして思想家とは皆そんなことばかり唱えているものだろう。 目新しい大発見というものでもなく、なんとなく肩透かしというか期待外れだったような気持ちも拭えない。 これはもちろん著者のせいではないので悪しからず。 むしろ読み終えた後の著者のあとがきに救われた気分だった。 理解が深まればまた変わるかもしれないので、また再読したい。
2投稿日: 2020.10.03
powered by ブクログなんと、非常に読みやすくて、分かりやすくて、読み進めたくなる本で、なんと、時にクスッと笑える。(不安になったり、どうしたらいいんだ、とおもったりもするが) すごい。こんなに簡単?に、構造主義の基礎の基礎を知れるだなんて。 と、書いているこの言葉さえ、私、から作り出されたものではない。
0投稿日: 2020.08.15
powered by ブクログ私たちは、自分の考えが正しく、自明なものであると無意識に思っている。だが、私たちのものの見方、考え方は、ある時代、地域、社会集団によって影響を受けており、いわば偏見である。 これらを受けて、現代に生きる我々は何を教訓とすべきなのか?
0投稿日: 2020.08.14
powered by ブクログ今は「ポスト構造主義」の時代。 これは構造主義が終焉したあとの時代ではなく、「構造主義が常識である時代」 構造主義とは…私達は、自分のことを判断や行動の「自律的な主体」だと信じているが、実はその自立性は、ある社会集団が受け入れたものだけを選択的に「見せられている」にすぎない。 私達は社会集団から影響を受けている。自分の属する社会集団が無意識に排除したものは、私達の視界には入らない、という思想が構造主義である。 ヘーゲルとマルクスは、「自己意識」を、「いったん自分のポジションから離れ、自己を俯瞰的に振り返ること」と定義した。そして、そのポジションから離れることは、生産(=労働)に身を投じ、他者との関わりの中に身を投じることによってのみ達成されると考えた。 他人のネットワークにいる自分を眺めることでしか、己が誰であるかを知ることはできない。 主体性の起源は、主体の「存在」にではなく、主体の「行動」のうちにある。 フロイトの無意識…わたしたちは、生きている限り必ず「抑圧」に巻き込まれいる。抑圧とは、ある心的過程を意識することには苦痛が伴うから、それを考えないようにすることだ。そして、ある心的過程から眼を逸しているのを「知らないこと」が、私達の「個性」や「人格」の形成に影響を及ぼしている。 私たちは、自分が何者であるかを熟知していない。 また、自分から自由で意識的に行動しているわけではない。 ニーチェ…大衆を「他の人と同じ行動をすることが幸福だと考える人間群」と定義した。大衆に対する嫌悪感から、大衆を超えた先にある「超人」を提唱したが、超人とは何かについては語っていない。 ニーチェの思想…過去のある時代における社会的感受性や身体感覚のようなものは、「いま」を基準にしては把握できない。過去や異邦の経験を、まるでそこに生きていたかのように語るためには、緻密で徹底的な資料的裏付けと、大胆でのびやかな知性が必要とされる。 ソシュール…「言葉よりも先に物が存在するわけではない」と説いた人物。 彼は、「言語活動とは、もともとは切れ目の入っていない世界に人為的に切れ目を入れて、まとまりを作ることだ」と言った。 すなわち、あるものの性質や意味や機能は、それが含むネットワークの中で「事後的に」決定されたものである。 【構造主義四天王】 フーコー 人間主義に異議を唱えた。 人間主義とは、「いま・ここ・私」を全ての基準とし、歴史はつぎつぎと「よりよいもの」が連続的に顕在し、未来に向かってまっすぐ進行するプロセスである、という考え。 彼は、「歴史の流れが「いま・ここ・私」に至ったのは、様々な歴史的可能性が排除されて、どんどんやせ細ってきたからではないだろうか?(歴名はまっすぐに進化したのではなく、あり得たであろう歴史を排除しまくってできたものではないのか?)」と考えた。 歴史的事象に向き合うためには、歴史を「生成した現場」にまで遡って考察する必要がある。 知と権力は近代において、人間の「標準化」を目指してきた。国民の体を標準化し、操作可能な「管理しやすい様態」に置くことが、最優先の政治的課題であった。 それは軍隊における兵士のように、身体の支配を通じて精神を支配することを目的としていた。 また、支配される側が支配されていることに気づかず、むしろ自ら進んで支配に応じる態度を取るよう仕向けられていた。 フーコーは、「あらゆる知の営みは、それが世界の成り立ちや人間のあり方についての情報を取りまとめて「ストック」しようという欲望によって駆動されている限り、必ず「権力」的に機能する」と言った。 【バルト】 ソシュールは、「記号とは、ある社会集団が制度的に取り決めた「しるしと意味の組み合わせ」のことである」言った。 また、「しるし」と「意味」の間には、いかなる自然的な結びつきもなく、「人為的な取り決め」があるだけだと言った。 ここから様々な文化現象を読み解いたのがバルトである。 「エクリチュール」の概念 エクリチュールとは、端的に言えば言葉遣いのことである。私たちは、自分達が属する集団や立場によって、様々な言葉遣いを選択している。(友達の言葉遣い、ビジネスマンの言葉遣い、恋人の言葉遣いなど…) 注意すべきは、エクリチュールがあまりに広く受け入れられ、覇権となった(その社会で標準となった)ものである。これは一見価値中立的にみえても、予断や偏見を含んでいるからだ。 例えば、フェミニズム批評の例である。 これは、「私達の社会における自然な語法とは、実は男性中心主義的な語法であり、男性の優位性を正当化する言葉遣いである」といった論説である。 私達は実に簡単に、「テクストを支配している主人公の見方」に同一化してしまうのだ。 バルトが目指した「無垢のエクリチュール」 →バルト「見事に説明し切ることや解釈をもたらすことよりも、俳句のような、言葉を惜しみ、意味の根源そのものに触れることが重要だ」。 【レヴィ=ストロース】 サルトルは「参加する主体」を提唱した。これは、「主体は与えられた状況の中での決断を通じて自己形成を果たすが、ある決断が正しかったかどうかを判定するのは歴史であり、人間性の全ては、人間の取りうる様々な歴史的あるいは地理的な存在様態のうちのただ一つに集約されており、歴史を貫く鉄の法則性を知っていれば、正しい判断を下せる」という主張である。 しかし、レヴィ=ストロースは、「歴史の名において全てを決定づけるのは、自己文化の歴史を唯一決定的に正しいと決めつける傲慢である」と、サルトルを非難している。 レヴィは、世界の民族によって、親族の仲の良さを2ビット(4通り)のパターンで表せることに気付いた。人間が何らかの人間的感情に基づいて社会構造を作り上げてきたのではなく、社会構造が感情の形を事後的に作り上げて来たことを発見したのだ。 人間が他者と共生するためには、2つのルールがある。 1つ目は、人間社会は同じ状態にあり続けることができないこと、2つ目は、私達が欲するものは、まず他者に与えなければならないことだ。 【ラカン】 精神分析において、被分析者が語る過去の話は、決して事実通りとはならず、昔のままの記憶が語られるわけではない。非分析者は、自らの記憶を頼りに語り尽くしても、「あるもの」に触れられないという「満たされなさ」から逃れることはできない。 しかし、そこから逃れることができなくても、「ことばが届かない「あるもの」が、そこにある」という事実を確認し、無意識的なものを意識的なものに翻訳することができれば、治療は成功なのだ。病因となっている葛藤が解決されるなら、極端な話、何を思い出そうと構わないからだ。 エディプスというプロセスの教育的効果は、「怖いもの」に屈服する能力を身につけることである。 私の外部に神話的に作り出された、「私の十全な自己認識と自己実現を抑止する強大なもの」のことを、精神分析は「父」と呼ぶ。 精神分析の目的は、症状の「真の原因」を突き止めることではなく、「治す」こと。 そして、「治る」というのは、コミュニケーション不調に陥っている被分析者を、「物語を共有すること」で再起動させることに他ならない。 これは精神分析に限らず、私達が他者との人間的「共生」の可能性を求めるとき、常に採用している戦略である。 【感想】 寝ながら学べる構造主義 を読んで この本は、構造主義の四天王とも言えるフーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンの著作と思想を紹介している。 現代思想というのは、解説書さえも難解で分かりづらいものだが、この本はたとえ話や比喩表現を巧みに織り交ぜており、抜群に読みやすく楽しかった。 構造主義の特徴をざっくりまとめると、「自分の知識を絶対視しないこと」である。 人は当然、自分の頭で物事を考える。 このとき、自分の思考は、「自分を取り巻く社会」「思想」「他者の考え」などから、無意識のうちに影響を受けている。 そのため、いくら哲学者のように脳内で考えを詰めたとしても、それが真理であり自明の理であると結論付けることは早計である。 本書の中で、レヴィ=ストロースがサルトルに対して異議を叩きつけていたように、 歴史の名において全てを決定づけることは、自己文化の歴史を唯一決定的に正しいと決めつける傲慢である。 こうした思想は、文化相対主義が一般的になった現代社会にとっては当然の考えのように思われるが、この源流は構造主義から生まれたまだ幼い思想というのだから驚きである。 価値観が多様化していく現代社会において、今、構造主義を学ぶことはかなり重要ではないだろうか。 個人の自主性と自立性が高まるに従って、「私たちの考えは、自らが主体的に考えた結果生まれたものではなく、社会集団が受け入れたものだけを選択的に見せられているにすぎない。」という考え方は見過ごされがちになる。しかし、これこそが構造主義の考えなのだ。 「絶対的に自明なモノも、絶対的に正しい視点も、両方とも人は持ち合わせていない」。これを肝に銘じておかなくてはいけない。さもなくば、多様な考えによって対立が激化し、最終的には一方が他方の存在と歴史を抹殺することになってしまうだろう。こうした傲慢なふるまいを避けるためにも、構造主義を学ぶことが必要になるのだ。
0投稿日: 2020.08.02
powered by ブクログ最高に面白かった。 現代(今)の考え方がいかに「構造主義」の影響を受けているかが分かる本。 本の構成としては、構造主義に大きな影響を及ぼしたマルクス・フロイト・ニーチェの話の後に、構造主義の始祖とされるソシュールの思想と、構造主義の四銃士とされるフーコー、バルト、レヴィ=ストロース、ラカンの思想について述べられている。 本書では、できるだけ解り易く噛み砕いた説明が試みられているが、「寝惚けた頭で理解できるほど簡単な話がなされている」というわけではないので、寝ながら読むのではなく座って読むのがいいと思われる。 (※読書メーターに載せた感想の再掲)
0投稿日: 2020.07.11
powered by ブクログ構造主義の入門書という事だが、なかなか難解。 結局のところ レブィ ストロースは「みんな仲良くしようね」、バルトは「言葉遣いで人は決まる」、ラカンは「大人になれよ」、フーコーは「バカが嫌い」と言っているらしい。
0投稿日: 2020.07.08
powered by ブクログ「まえがき」が素晴らしい。 著者は「入門者のための」解説書や研究書をよく読む、理由はおもしろい本に出会う確率が高いからだという。この本は入門者のための、平易に書かれた構造主義の解説書。よい入門書は、「私達が知らないこと」から始めて、「専門家が言いそうもないこと」で進むという。新しい分野に取り組むときは、そういう本を探したい。 無知というのは、「知らずにいたい」というひたむきな努力の成果。親のお説教など、知りたくない、目を逸らしたい、と不断の警戒を怠らない結果。 この本は、「複雑な話」の「複雑さ」を温存しつつ、かつ見晴らしのよい思想史的展望を示すことをめざした、とある。概ね、見晴らしのよい話だったと思えたので、著者の意図通りに読むことができたのか。 本題の「構造主義」とは、「私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している」という考え方。「自分が思っているほど自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない」とも。 人と社会や他者との関係に関する考え方かと、読む前は想像していたが、もっと哲学的、心理学的な要素も強いらしい。
1投稿日: 2020.06.27
powered by ブクログ題名からして簡単に構造主義と言うものが理解できる本かと思いきやそれなりに難解な本でした。難解と思われる構造主義者たちの言わんとしているものがおおよそわかる本です。もともと私たちにとって使いなれた言葉、当たり前の常識として受容されている思考方法や感受性のあり方が実はある特殊な歴史的起源により、歴史的状況の中で育まれたものだと言うことがわかってきます。偏見ということがどのような積み重ねで培われてくるのかの感情認識が明確に精細に描かれています。レヴィ・ストロース、バルト、ラカン、フーコーとそれなりの有名な哲学者、精神分析者たちによる考え方のおおよその要約と現実的な実存世界に応用されている実態が理解できてきます。現実的な認識と言うものは、このような理解認識から積み重なってきて今に至るのだなと、、歴史的な解釈ができた。
0投稿日: 2020.05.07
powered by ブクログこのレビューはネタバレを含みます。
・自分なりの”構造主義”の解釈 「絶対的な自己が世界の中心に存在し、それらが万物を認知する」という構図ではなく、「自己は周囲の環境(時代、地域、所属している社会的集団等)によって後から規定される」(=脱ー中心化、非ー中枢化)という考え方。 近代に広く普及した考え方。 それまでの哲学は絶対的自己が世界の中心に存在していることを前提としていた。 ・印象的な話(一部) 構造主義の始祖とも言うことができるソシュールによれば、「存在しているものに名前がつけられるのではなく、名前がついて初めて存在を認められる。」例えば、「肩が凝る」のはそのような言語表現を持つ日本人だけであり、英語には「肩が凝る」という表現はなく、「背中が痛む」という表現になり、英語で思考する人の「肩が凝る」ことは無いと言える。 功利主義者は野生の自然状態にある人間が利己的に振る舞い、自己保存に努めることは本来的な権利(自然権)であると考えた。自然権を万人が行使すると、「万人の万人に対する闘争」(byホッブス)が起こり、結果的に一部の強者を除いて多くの人が自己保存を実現できないという状況に陥る。これを阻止するため、社会契約に基づいて創設された国家(共同体)に自然権の一部を委ねるというのが社会契約説。 人間は生まれた時から「人間である」のではなく、ある社会的規範を受け入れることで「人間になる」。(レヴィ=ストロース)←社会的規範が異なれば価値観は異なる。 ”こぶとり爺さん”から得られる教訓は「差別化=差異化=文節がいかなる基準に基づいてなされたのか理解を絶しても受け入れるしかない」ということ←基準が分からないものを人間は最も恐れる ・気づき 自分が身を置く環境を主体的に選ぶことで、なりたい自分になれる可能性が高められるかもしれない。 自分から見えている世界は「自分が見たい世界」だけということを意識して思考する必要がある。 行動を変えることで意識は変えられる。
0投稿日: 2020.05.03
