【感想】この世界の片隅で

山代巴 / 岩波新書
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  • ぽんきち

    ぽんきち

    編者の山代巴は広島出身の作家。自身ももちろん作品を遺したが、被爆市民に「被害者の会」への入会を勧める傍ら、手記を書くよう励まし、原爆文学の広がりに役割を担った人でもある。
    本書は編者の山代も所属した「広島研究の会」による、市民の被爆体験に関する追及の成果である。メンバーはいずれも、被爆広島と深い関係を持ち、偏見の中でなかなか声を上げられぬ被災者に心を寄せる者たちだった。

    本書の初版は1965年だが、『この世界の片隅に』(こうの史代;コミックス、のちに映画化)のヒットを受けて、2017年3月に復刊が決まった。タイトルはよく似ているが、こうのの作品の原作ではなく、内容的にはかなり異なる。広島出身のこうのはもちろん、本作は知っていたようだが、本書と自身の作には直接の関係はないと言明している。

    個人的には本作は復刊で話題になったときに知った。リストには入れていたのだが、この夏、読む気になったのは、映画『ひろしま』や関連テレビ番組を見る機会があったためである。

    1965年。惨禍から20年の広島。
    復興はなったかに見え、だがしかし、被爆の傷跡を抱え、苦しい割り切れぬ人生を送るものも多かった。
    「広島研究の会」のメンバーは、市井の人の中に入り、それまで大きくは取り上げられることがなかった片隅で生きる人々の声を丹念に拾っていく。
    原爆スラムと呼ばれたバラックに住む人々(「相生通り」文沢隆一)。
    被差別部落に生まれ、被爆と差別の両方に苦しむ者たち(「福島町」多地映一)。
    胎内で被爆し、重い知的障害を負うことになった小頭症患者(「IN UTERO」風早晃治 *「子宮内で」の意)。
    原爆症という、それまでは未知のものであった一連の疾患と対峙する病理学者(「病理学者の怒り」杉原芳夫)。
    さまざまな困難を乗り越え、明日に進もうとする家族たち(「あすにむかって」山口裕子)。
    原爆の閃光を浴びた子らの20年(「原爆の子から二十年」小久保均)。
    原爆から7年後に見た、忘れえぬ一組の母子の姿、そして彼らのその後(「ひとつの母子像」山代巴)。
    遠く離れた沖縄で苦しむ被爆者(「沖縄の被爆者たち」大牟田稔)。
    8編いずれも、それぞれの執筆者が、深く丁寧に原爆禍と向き合う。
    生の声がずしりと重い。

    原爆はそれまでになかったタイプの兵器である。
    広範囲に影響を及ぼす、高温の熱線と激しい爆風、そして強い放射線。
    瞬時に大量の人が命を落とし、ひどい火傷や急性の放射線障害で苦しみながら亡くなった人も多かった。加えて、当初はさほど重症に見えなかったのに、何年もの後に突然、原爆症を発症し、亡くなる例も後を絶たなかった。

    原爆がどのような健康障害を起こすか、広島・長崎以前には十分に知られてもいなかった。本書にも何度か出てくるが、46年に設置された原爆傷害調査委員会(ABCC(Atomic Bomb Casuality Commission))は、文字通り、「調査」を目的とした施設で、治療は行われなかった。被爆者の中にはここに何度も呼び出され、採血をされたり、写真を撮られたりして、モルモットのように感じ、憤る者もいた。思春期の女子が全裸に近い状態で前後左右から写真撮影された経験談もあるので、その怒りにも無理はない。

    胎内被曝で知能障害を負った子を持つ親の中には、他にもそうした子が生まれていることをまったく知らなかった人もいた。
    前代未聞の戦争被害で、また影響の出方が多岐にわたり、時間を置いてから発症する例もあることから、診断・治療も当初は手探りであったのだろう。

    戦後直後は占領下でもあり、原爆被害について大っぴらには話せない空気があった。
    そもそもが原爆被害自体を「思い出したくない」「語りたくない」被害者も多かった。
    当時激しかった共産主義への反発も事を難しくした。原爆問題に関わる者には「アカ」が多いというのだ。
    被害者の団体ができても、運営の考え方の違いから、内部分裂を起こす例もあった。
    善意から被害者の支援に邁進してきたが、疲弊し、自死を選んだ活動家もいた。
    さまざまな困難の中で、こうして「片隅で」生きた市井の被爆者の声が残ったことには大きな意義があろう。
    戦時とはいえ、突然、身に降りかかった想像を超える理不尽。しかしそれでも前を向く人々はおり、そうした人々に差し伸べられる手もあった。そのことを如実に示す貴重な記録である。
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    投稿日:2019.08.27

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