【感想】ある町の高い煙突

新田次郎 / 文春文庫
(14件のレビュー)

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ブクログレビュー

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  • sagami246

    sagami246

    ウィキペディアで「日立鉱山の大煙突」と検索すると、本書の基になった実話が出てくる。
    現在の茨城県日立市の日立鉱山では、銅の採掘と精錬を行っていた。銅を精錬する際には、有害なガスが発生し、周囲の集落の作物や木々を枯らす等の深刻な被害が出ていた。それは、日立鉱山ばかりではなく、他の鉱山、例えば、足尾銅山や別子銅山でも同じであり、日本で最初の公害問題である。各銅山では、会社側が周囲の住民が被った被害に対しての賠償を行っていたが、その賠償の方法や額をめぐっては、少なからぬ摩擦が生じていた。日立鉱山では、賠償に加え、被害そのものを軽減するために、高さ156メートルの大煙突を建て、有害な煙を広範囲に拡散させることによって、煙害問題の軽減を図ろうとした。大煙突が建てられ実際に稼働を始めたのは、1915年3月のことで、今から100年以上前のことである。
    他の鉱山では賠償が焦点であり、その内容をめぐって深刻な対立が生じていたのであるが、ここ日立鉱山では、煙害を軽減するという解決に向けての取組が行われたこと、また、日立鉱山側と住民側が対立するばかりではなかったこと等が、異なっていた。
    本書はこういった実話をもとにした小説である。

    この小説は、1968年に「週刊言論」という雑誌に連載されたものである。単行本としての発行は1969年。
    日本では戦後の工業、特に重化学工業の発展に伴って、各地で水質汚染や大気汚染といった、いわゆる公害問題が深刻化していった。それは、例えば、イタイイタイ病、水俣病、四日市ぜんそく等であり、大気汚染では、自動車の排ガスを原因とする光化学スモッグ等の問題も深刻化していった。
    1967年になり、ようやく公害対策基本法、1968年には大気汚染防止法が成立、更には1971年に環境庁の発足等、遅ればせながら国も対応を取り始めていた。
    本書の発行年である1969年というのは、そのような時代背景を持っており、公害問題が耳目を集めていた時期のことである。

    本書のベースとなった日立鉱山の煙突の話は、よくよく考えてみると、有害ガスを大気中に「薄めて」排出するだけの話であり、有毒ガス自体をなくすものではなく、今の時代の考え方からすれば、対策としては非常にプリミティブなものではある。しかしながら、一方で、それは100年以上前の話であり、足尾銅山や別子銅山といった他の公害問題への対処の仕方とは、明らかに一線を画しており、より本質的な解決に向けての努力がなされている。筆者の新田次郎は、そのことに注目したのであろう。
    公害問題(現在では環境問題と言った方が良いと思うが)は、時代の認識の変化、技術の進歩などによって、焦点が時代とともに変化してきている。そういった中で、より本質的な解決を目指そうとした、本書に書かれた話は注目されて良いものだと思う。
    続きを読む

    投稿日:2023.06.19

  • rai8

    rai8

    現存する日立の大煙突をモデルにした作品。
    周辺住民と企業が互いに理解し合い、合理的に公害問題へ取り組んでいく姿勢は現代でも見習うべき形であると感じた。

    投稿日:2021.01.14

  • ohgi

    ohgi

    久しぶりの新田次郎作品。かつて日本で起こった銅精錬の煙害事件の実話を基にして昨年映画化。日立グループ社員は全員読むべきである。一農村と企業とが誠意を持って公害に立ち向かった歴史。近年あの煙突は取り壊されたが、日立市の歴史象徴だったことがよくわかる。続きを読む

    投稿日:2020.08.16

  • hazelnuts2011

    hazelnuts2011

    煙害問題解決の象徴ともいうべき「大煙突」。環境問題解決の先駆者というだけでなく、当時「世界一の高さ」「日本人だけで建設」というオプション肩書まで付いてるから市民の大煙突愛もハンパない。でも自分は田中正造愛がハンバないし、足尾銅山鉱毒事件がどうしても重なってしまい、手放しで美談化できない。正の歴史と負の歴史。どちらも煙害。史実を知れば知るほど深みにはまっていく。続きを読む

    投稿日:2020.05.04

  • 源氏川苦心

    源氏川苦心

     新田次郎が他界して早くも40年。中高生の頃、わたくしは吉村昭・城山三郎・有吉佐和子そしてこの新田次郎を秘かに「ストオリイテラア四天王」と呼んでゐました。単にわたくしの好みです。
     で、何故『ある町の高い煙突』か。随分前に(30年位前か)、公害関連の書物を色色漁つてゐまして、その中に紛れ込んだのがこの一冊。富国強兵時代の日本で躍進したある鉱山と、その煙害に苦しむ地元農民たちの物語であります。これはフィクションですけどね。
     フィクションといつても実話が元になつてゐます。明治から大正にかけて発展を遂げた日立鉱山がそのモデル。日立製作所の母体となつた企業であります。

     公害を垂れ流す企業と地元住民との関係といふと、とかく泥沼化いたします。企業は因果関係を証明せよと主張し、謝罪や補償を嫌がります。住民は何かと感情的になり、理性的な交渉が出来ず暴徒化しがちであります。しかし日立鉱山をモデルとした「木原鉱業所」では、被害調査を村民と協力して、とにかく補償金は惜しみません。田圃も全滅、山も枯れ、村の財政は逼迫するのですが、その一年間の被害額を算出し、それを補償するのですから、とりあへず住民側はぐうの音も出ません。
     しかし、これでいいのか。鉱山との交渉を一任されてゐた関根三郎は、ある日村の女が発した言葉につまる。鉱山との交渉といつても、いかに煙から逃げるか、補償をどうするかの話ばかりで、肝心の煙が出なくなるやうな交渉は出来ぬのか、と。

     鉱山側も、通称「百足煙突」や「命令煙突」(これは、あまりの大失敗振りに「阿呆煙突」と呼ばれるやうになつた)などを作るなどの手を打つのですが、解決にはなりません。村民側もいくら補償金を貰つたとて、農作物の育たない死の土地に住み続けることは難しいでせう。煙のせいで馬も、人も死んでゐます。村を捨てて、丸ごと別の土地に移転する案も出て、それは俄かに現実味を帯びてきました。関根三郎は、最後の望みとして、スウェーデンで成功したといふ高い煙突の建設を鉱山側に依頼しました。しかし効果が未知数の、しかも巨額の資金を必要とする工事を鉱山側は承諾するでせうか。

     が、木原鉱業所の社長・木原吉之介(久原房之介がモデル)は傑物でした。社内の反対論を退け、社運をこれにかけたのです。156メートルもの常識外れの煙突。これに失敗すれば、恐らく会社はつぶれる。しかしこれ以上高騰する補償金を払ひ続けるのも限界にきてゐました。文字通りの賭け。
     結果、大煙突は期待通り煙害から鉱山と村を救ひました。この成功がなければ現在の日立製作所は無かつたかも知れぬと思へば、感慨深いのであります。

     無論現在の目から見れば、それは自分の村を救つただけで、結局煙は別のどこかへ、しかも広範囲に行くのだから解決とは申せません。しかし煙が高所へ流れる事で、気象台との連携で、風向きなどで被害が大きくなりさうな時は精錬を一時止めるなどの、事前の対策が可能になつたといふことです。当時としては、精一杯の施策と思はれますので、責める気にはなれません。そもそも、ここまで企業の責任に於いて対策を施す実業人はどれだけゐることか。
     
     この大煙突を中心に、新田次郎は実在人物を元に、眞に魅力的な人物を造形いたしました。 主人公の正義感・関根三郎、その許婚のみよ、先述の木原吉之介、鉱山の技師・加屋淳平、その妹で三郎と淡い交情を交はす千穂、大煙突の現場監督として大車輪の活躍をした尾田武、煙害問題を最初に三郎に知らせたチャールス・オールセン......夫々が有機的に物語に絡み、この小説に彩りを添へました。

     読後爽やかな気分になる一作でございます。デハまた。
    続きを読む

    投稿日:2020.04.29

  • よっしー

    よっしー

    日立鉱山の煙による公害が解決されるまでを描いたノンフィクション小説。村を束ねる主人公のほか、日立側も公害解決に向けて尽力していく。
    たまたま日経新聞の夕刊で紹介されていた一冊。村、公害の描写が非常にリアルで、平易な説明で今読んでも古臭さは感じない。それぞれのリーダーが声を聞き、立場を超えて協力していく姿勢は、なかなか実践が難しいが学ぶものがある。続きを読む

    投稿日:2020.04.06

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