【感想】鳥獣害 動物たちと,どう向きあうか

祖田修 / 岩波新書
(8件のレビュー)

総合評価:

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ブクログレビュー

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  • naluカズ

    naluカズ

    鳥獣と農家との向き合い方も勿論書いてあったが、歴史、宗教、肉食、ベジタリアン、更には地球温暖化まで話が広がっていって、置いてけぼりになった。最後の方は難しくて覚えてない。殺したら食べようと思った。

    投稿日:2021.12.21

  • ヤマザキ.from.Hell

    ヤマザキ.from.Hell

    農学系の本にありがちな原体験偏重の記述はあまり見られず、客観的な記述が多い。筆者が農業経済の研究者であることがよく現れていると思った。

    思想史のあたりもとても参考になる。かなり考察されていて、納得感もあった。ただし、多少農家さんの農業観に引きつけられた解釈と思うこともあった。

    このほか、具体的取り組みが豊富に紹介されてアイデアの種になる。狩猟法制の参考になった。
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    投稿日:2019.11.27

  • akiney

    akiney

    思わぬところでビーガンに関する謎の答えの一つが見つかった気がする。
    キリスト教世界では人間は神に似せられて作られた特別な存在と理解されていたのに、あるとき突然動物にも感情があることに気付かされてエコロジストはビーガンになってゆくという説。それでも植物には感情がないと主張するあたりは根本的に変わっていない。日本のアニミズムと結びついた仏教世界は万物に仏性が宿るという考えだから隔たりが大きいし、そんなことをわからない連中は・・・という気持ちになるわけ。
    害獣駆除をすべきかどうかという話からここまで展開してゆくのはなかなかヘビーではあって、興味のない人は読むのがつらいだろう。
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    投稿日:2018.10.29

  • 波瀬龍

    波瀬龍

    【由来】


    【期待したもの】

    ※「それは何か」を意識する、つまり、とりあえずの速読用か、テーマに関連していて、何を掴みたいのか、などを明確にする習慣を身につける訓練。

    【要約】


    【ノート】
    ・ザッと目を通した。動物に対して、妙にものわかりのよい偽善的なセリフがないのがよい。言ってることは当たり前なことなんだが、こういう本がもっと広く読まれて、無責任な動物愛護精神が啓蒙されるとよい。

    ・大学の図書館で人工知能関連本を読んでいるついでだったので、本書の中で、デカルト方法序説にある人間と動物の違いについての言及されているのが興味深かった。

    ・この本の書評なんかをうちのスタッフが書いてみるのもいいかも。

    【目次】
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    投稿日:2018.10.28

  • harmonixy

    harmonixy

    鳥獣害 祖田修 岩波新書

    日本中の里山にイノシシやシカやカモシカや
    クマやキツネやタヌキやサルに
    外来種のヌートリアやアライグマやヘビやカメや
    クモやトカゲ
    更にはインコやブンチョウやオオムなどが徘徊しだし
    街にまで出没して人に混じって信号を渡るようにまでなった

    無責任に餌付けして可愛いで済む間は問題ないけれど
    味をした野生の動物達が
    田畑を荒らし家畜を襲い家に入り込み
    人をも襲い持ち物を奪うようになるころには
    知恵がついて豊富な餌によって手がつけられない数に成長してしまう

    人間世界も物が溢れて退屈になり利己的な気持ちで
    エセリベラリストや自称有識者というインテリ−達が
    狭い視野で動物愛護運動などに夢中になって
    甚大な被害にやむを得ず農家や林業家が野獣を
    追い立てたり殺したり食べたりするとヒステリックに騒ぎ回る
    その上義務も責任も考えずに権利の主張ばかりで
    旅の恥はかき捨てといった感じに餌をやったりして弄ぶ

    西洋では大自然が人間のためにあるという選民意識にあり
    東洋では全てが対等な関係だとする共生観にあり
    依存心による支配欲の強い者が相手の固有の文化などお構いなしに
    侵略して来たのが有史以来の今に至る歴史である
    デカルトは動物が意識を持たまい機会であると主張し
    フェリはキリスト教の教えは
    人間が全ての権利を持つという人間中心主義だと発言している
    ダーウインも《人間の由来》や《種の起源》で進化論や突然変異に至り
    迷いながらも競争と自然淘汰を柱にした論理でまとめている
    それに対してピタゴラスは輪廻転生の思想と
    数の原理が存在の構成原理であるという二極の自然観を持っていたという
    又今西錦司は棲み分け共存の自然観を主張していた
    これに対して祖田修は現実の知識と技術において人間だけが特出しておる以上
    自然界の鉱物に植物に動物の全てを支配して依存搾取するか
    リーダーとしてお互いの対等性を維持する役目を買って出るかの
    どちらかにならざるをえないとする
    そして人間の生活と精算の空間と野生動物の侵入排除空間と侵入許容空間と
    野生動物の生活空間及び林業空間の四つからなる環境を推奨しているが
    少し誤魔化しているように感じる
    やはり円の全体観の中で力あるものが謙虚になって
    対等に棲み分けと食物連鎖による環境を用意して共生すべきなのだと思う
    人間社会が充実していれば動植物が侵略してくることなどないはずである

    一時にまとまって押し寄せて棲み分ける間もなく傲慢に侵略するのと
    謙虚な旅の者と文化交流するのとでは問題がまるで違う
    競争と切磋琢磨と同じように真逆の内容である

    この本の後半は全体観に添う調和を目指す大自然の摂理と
    浅知恵がつき過ぎて神に成り代わってこの世を支配する気になり
    視野を狭くして自滅に向かう部分感に溺れた人間の振る舞いの落差の現状に
    人間自らがどう気付き抜け出せば良いのかを模索する内容である
    とても深い気付きを持った意見である
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    投稿日:2017.02.15

  • sazuka

    sazuka

    冒頭、著者と野生動物の心温まるエピソードから始まる。

    だが野生動物はいつも人間の心を温めるばかりではない。実際に農作物を作ってみれば食害にあう。池に魚を放てば鳥や動物が食べに来る。

    都市と自然のバランスが崩れて、都市部にイノシシが出現するようになる。



    技術的な話よりも態度の問題がクローズアップされている。

    西洋では、動物は人間のためにある、という鳥獣観を持っていた。人間中心主義というやつだ。東洋では、人も動物もみな同じ、という鳥獣観が強い。



    というのは、少し前まで。



    近・現代になってくると、この両者は似てくるのだ。似ては来るけど宗教的な背景などから、同じにはならない。



    動物を人間が管理する、なんていうのはおこがましいかもしれないけれど、限界を考えつつ、怖れながら管理する、というのが求められるのでは、と著者は述べる。

    僕はこの手の話になるとお得意の自然主義誤謬が出て、放っておけばいいじゃない、と思うのだが…それでは問題は解決しないようだ。けれど、技術より態度・姿勢、というスタイルだとなかなか解決は難しいだろうから、本書は鳥獣害の対策本と見るのではなく、やはり鳥獣観の変化をつかんで楽しむものであろう。

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    投稿日:2016.11.20

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