【感想】日本の思想

丸山真男 / 岩波新書
(111件のレビュー)

総合評価:

平均 4.0
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39
27
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ブクログレビュー

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  • raga-movie

    raga-movie

    國體(国体・こくたい)という非宗教的宗教、タコ壺文化とササラ文化、日本特有のイデオロギーが、権力者に通底する無責任体質とつながっている。その基盤に近代からの天皇制があるだろう。誰かのせい、もしくは先例重視に努めてしまうと、皆が保身に終始する社会となり決して向上しない。変わらない、変えないことを伝統・保守とうそぶく輩が台頭する限り令和のニッポンは進歩を望めない。続きを読む

    投稿日:2024.03.26

  • ltwrs

    ltwrs

    前半難しかった。
    講演をまとめた後半は急に言ってることがわかるようになる。
    たこつぼ型とささら型の例にもあるように日本の思想には軸とか根っこがないということを言ってるのだけど、本当にそうなのか、またではどうすれば良いか?などを考えるには本が難しかったのでまた読んでみたい。
    ひとまず考えるきっかけになる、という点で読んで良かった。
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    投稿日:2022.12.30

  • BRICOLAGE

    BRICOLAGE

    “右にのべたような状況、すなわち一方で、「限界」の意識を知らぬ制度の物神化と、他方で規範意識にまで自己を高めぬ「自然状態」(実感)への密着は、日本の近代化が進行するにしたがって官僚的思考様式と庶民(市民と区別された意味での)的もしくはローファー的(有島武郎の用語による)思考様式とのほとんど架橋しえない対立としてあらわれ、それが「組織と人間」の日本的なパターンをかたちづくっている。(p.52)”

     言わずと知れた、岩波新書を代表する名著である。書名の通り、日本の思想の特質とは何かについて述べており、現在巷間に流布している「日本論」の出典の一つといって良いだろう。2、3年前に夏の古本市で手に入れてからずっと積読していたのだが、今回漸く読み終えられた。

    1 日本の思想
     本書の中心となる小論である。理解できているとは思わないが、概略だけまとめておく。(以下、(?)を付けた箇所は僕の解釈なので、誤っているor言い過ぎている可能性大。)
     まず丸山は、日本的特質は、思想の軸を持たないがゆえに終ぞ内部に連関を持ちえなかった、思想の無秩序な雑居性にあると述べる。“…それらがみな雑然と同居し、相互の論理的な関係と占めるべき位置とが一向判然としていない…(p.8)” 西洋文化ではキリスト教が思想の軸としての役割を果たしていたため、例えばニーチェによる道徳の欺瞞性の指摘がヨーロッパ的伝統に対する強烈なアンチテーゼとして機能した。一方で日本では、仏教にせよ神道にせよ、宗教が思想上の軸として作用するような伝統を形成しなかったため、新しく外からやってきた思想は「伝統」との対決を経ず、なし崩し的に受容される。再びニーチェの思想を例にとると、文脈が大きく異なるにも拘わらず、日本人の生活実感としての無常観の一類型として分かったことにされてしまう(ことがよくある)。“いろいろな思想が、ただ精神の内面における空間的配置をかえるだけでいわば無時間的に併存する傾向をもつことによって、却ってそれらは歴史的な構造性を失ってしまう。(p.11)” 丸山はこのような特質が生まれた原因までは明言していないが、日本の歴史的な後進性・辺境性は一つの要素だろう(?)。つまり日本が、古代から中世においては中国文化を、近代以降においては西洋文化を、と、外からやってくる文化を受容する立場であり続ける立場であったことに由来するのではないだろうか。このようにして外来思想を尊び貪欲に取り入れる一方、その反動・自己防衛として(?)イデオロギー一般を拒否し、直接対象に参入しようとするもう一つの傾向も古くから根強い。その典型が、漢意(からごころ)や仏意(ほとけごころ)を斥け、儒仏以前の「固有信仰」を復元しようとした国学の本居宣長である。明治維新を機に国家として自らを画することになった日本は、上(=外)から注入される官僚的制度と、下から立ち昇る「村」共同体的同化思想が混合することによって、超近代と前近代が歪に同居する事態に陥ったというのが日本社会の問題点である。“…合理的な機構化にも徹しえず、さりとて、「人情自然」にだけも依拠できない日本帝国はいわば、不断の崩壊感覚に悩まねばならなかった。(p.49)”
     外山滋比古は“第一次的現実にもとづく思考、知的活動に注目する必要がある(『思考の整理学』p.195)”と述べたが、実は日本ではそれが二重に阻まれていたのである。一つは完成品を有難がり、手ずから思想を作り上げることを相対的に下に見る傾向によって、もう一つは生活実感を抽象化し思想にまで昇華させることを忌避する傾向によって。

    2 近代日本の思想と文学

    3 思想のあり方について
     社会の2類型として「タコ壺」社会と「ササラ」社会という対比を導入し、日本社会は、根底に共通した基盤を持たない「ササラ」社会であると述べる。

    4 「である」ことと「する」こと
     僕が丸山真男を知ったのは高校の国語の教科書だったが、その時に載っていたのがこの文章。或るものの価値は、そのもの自体であることから先天的に生じるとするのが「である」論理で、現実的な機能や効能から生じるのが「する」論理である。文化や学問の分野では「である」論理が、政治(民主主義)の分野では「する」論理が適用されるべきであるが、実際にはそれらが倒錯している点を丸山は問題視する。“…「『する』こと」の価値に基づく不断の検証がもっとも必要なところでは、それが著しく欠けているのに、他方さほど切実な必要のない面、あるいは世界的に「する」価値のとめどない侵入が反省されようとしているような部面では、かえって効率と能率原理がおどろくべき速度と規模で進展している…(p.176)”

     特に1,2が難解で、何度か読み直して丸山真男が何を言っているかがやっと分かってきたところであるから、実際にこの本で為された議論が現代社会に対してどの程度当てはまるかということはこれから吟味していかなければならない(このレビューも、大雑把な展開をまとめるだけのものになってしまった)。少なくとも、部分部分として見ると肯けるところが多かったように思う。
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    投稿日:2022.04.21

  • 1440612番目の読書家

    1440612番目の読書家

    ニーチェの反語は正を積極的に肯定するキリスト教社会において、現実と激しい緊張感を生むが、日本のように生活の中に無常感がある社会では、むしろテーゼとして受け入れられてしまう。
    本居宣長は儒学の為政者に都合の良い欺瞞性を看過し、儒仏以前の固有信仰を復元しようとした。しかしこの国の神道は時代時代の有力な宗教を習合して教義内容を埋めてきた、いわばのっぺらぼうである。
    戦前の国体という観念もまた無限定的な要素を包容する観念である。この無限定性は巨大な無責任への転落の可能性を内包している。
    維新後の急速な近代化を支えたイデオロギーは家族国家観である。決断主体の明確化や利害の露わな対立を回避する情緒的結合態である。
    日本人の精神性は雑居性と同質性に特徴がある。雑居を雑種に高めるため強靭な自己制御力を持つ主体を生み出すことが課題である。
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    投稿日:2022.01.16

  • arno

    arno

    数十年ぶりに読んだが、優れた内容であってもその時の思想体系に沿ったものは時代の流れとともに著しく陳腐化してカビが生えてくるとあらためて認識。

    投稿日:2021.11.02

  • yoshidamasakazu

    yoshidamasakazu

    丸山真男 日本の思想 

    ⅰ 日本の思想、ⅲ 思想のあり方について(ササラ型とタコツボ型)、ⅳ「である」ことと「する」こと 〜は 副読本で 理解済なので、ⅱ 近代日本の思想と文学 を中心に読んだ。


    ⅱ 近代日本の思想と文学〜知的共同体を形成するためのケーススタディとして、昭和の文芸復興論争(政治、科学、文学の三角関係) をテーマとした論考。


    他の論考と共通テーマがつながった。丸山眞男 の提言は未来志向的でいいと思う。もっと官僚的な文章だと思ってたが、比喩は独特で面白いし、小林秀雄はちょくちょく出てくるし、批判点は明確で読みやすい。


    キーワード
    *マルクス主義の総合性(政治、哲学などの相互関連性)
    *科学的トータリズム(過度の合理主義的科学観〜唯一の正しい諸法則)
    *政治的トータリズム(政治の非合理的要素と政治過程の軽視)
    *文学の自律性


    結文から考えると、知的共同体の形成が著者の提言なので、マルクス主義の影響を受けたプロレタリア文学や政治に対しては批判的な論調。小林秀雄の政治と文学を分離する決断主義に対しては、文学の自律性の自覚を求めながら、政治や科学との知的共同体づくりへ方向づけたかったように感じた



    小林秀雄「歴史は つまるところ思い出だ」は名言
    *過去を過去として、自覚的に現在と向き合わずに〜突如として思い出として 噴出する
    *過去に摂取したものの中から何を思い出すかは、その人間のパーソナリティ、教養目録による


    丸山の批判
    マルクス主義により 科学的トータリズムと政治的トータリズムが結びつけた=政治的なものと法則的なものを結びつけた「政治の優位」の思考

    マルクス主義が担った役割
    全体性を目指した最初で唯一のイデオロギー〜日本における個体性や歴史的個性の自覚を マルクス主義への反発により成立させた

    文学の自律性の欠如
    理論〜思想〜政治といった系列において前提とされる個人の主体性や人間的要素が見落とされる
    *ある理論や思想の立場に立つことが個々の対象の認識作業において一義的な解答を引き出すとは限らない
    *一定の政治的立場を選択したとしても、個々の政治活動をコントロールされるものではない



    ⅰ 日本の思想〜近代における日本の精神的雑居性についての論考

    日本の精神的雑居性を説明するために用いたキーワード
    *日本の思想的伝統の無限抱擁性(新たなイデオロギーと対決しない)
    *開国により流入した新思想の無秩序な堆積
    *天皇制(国体)の 異端排除性、同質性
    *キリスト教やマルクス主義が精神的雑居性を原理的に否認する性格

    結文「雑居を 雑種にまで高めるエネルギーを〜私達が生み出すことが、私達の革命の課題である」が 著者の問題意識や提言趣旨を見事に表現している
    *雑居=異質な思想が 内面的に交わらず 空間的に同時存在しているだけ
    *雑種=多様な思想が 内面的に交わり 新たな個性が生まれる


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    投稿日:2021.06.04

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