【感想】雨の島

呉明益, 及川茜 / 河出書房新社
(13件のレビュー)

総合評価:

平均 4.3
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ブクログレビュー

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  • 慎也

    慎也

    明晰で硬質な言葉によって書き留められた自然描写のなんと素晴らしいことだろう。
    自然は、うちに秘めた合理性と、完璧な精緻さによって僕等をいつだって驚嘆させる。

    それを柔らかく滲ませて、水彩絵の具を何層も重ねていったかのように透かして見える奥行きを与えるのは、ひっそりと降る雨ではない。

    季節や天候の移ろいに、動植物の営みに、人は意味や徴しを見いだし、記憶や自己を重ねてゆく。つまりそれは、物語りを付与するということ。
    そうやって人は、目に映るあるがままの自然から、己のためだけに差し出された特別な美しさを受け取ることになるのだ。

    それはまた、己が歩む道標を見つけるということ。
    泥土を喰む雨虫に導かれて辿りついた西の果ての地で、ルーツである台湾の山々に想いを馳せる。
    かつては唯一の言葉だった鳥のさえずりを、聴力を失ったのちの世界で手話という新しく獲得した言語 ー それは発せられることも書かれることもない詩のようだ ー で伝える。
    欠落を抱えて人々は自然の中へと深く足を踏み入れてゆく。揺れる巨樹の樹冠。雲海が湧き上がる高山。煌めく陽光が瞬く間に暴風雨へと変わる海洋。
    “昨日は過ぎ去ったが、明日がくるとは限らない”場所で、失ったものを探し求めるかのように。

    “クラウドの裂け目”が本当に意味するところは、僕にはわからない。美しくあれ醜くあれ、受け取ったkeyで開けられるのは他者の記憶であり、他者の目に映った自分だ。
    keyは旅の始まりの扉を開けるに過ぎない。扉を抜けて人は、自然の中に自分自身で己を見つけるのだろう。

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    投稿日:2024.05.18

  • kemukemu

    kemukemu

    草や木、海や山、鳥や獣や昆虫に混じって、人が物語を奏でる。
    背景ではなく物語のkeyとして……
    六つの中短編と挿し絵が一冊の物語としてまとまる。
    これは、「ネイチャーライディング(自然書写)とフィクションの融合」だそうです。

    でてくる自然は台湾由来のものを示すが、登場人物の名前は一様に漢字表記ではない。これも台湾という土地の歴史が物語ること。

    少し現実に引き戻される事柄として「クラウドの裂け目」「鍵」がどの物語にも登場する。
    主人公をもう一つ不思議な事へ誘うkeyとなる。
    ……正直、なんだか安易で、よくわからないかな〜

    お気に入りの作者だけに、やや不満。
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    投稿日:2024.02.07

  • agjmd

    agjmd

    雨が降らなくなってしまったために、餌となる虫を食べられなくなってしまった知り合いの鳥「胖胖」のために語った、とされる六つの物語が入った長編小説。
    人とうまくコミュニケーションを取れないミミズ研究者と鳥類行動学者。恋人を失ったツリークライマーと、無差別殺人で妻を失った弁護士。絶滅したクロマグロを探す男と、囚われた虎を解放しようとした青年。それぞれの物語では、対になる似た傷を負った人たちの傷が癒されるまでが語られる。

    プロローグでは、雨が多かった島に、雨が降らなくなってしまったことで、畑が死にかけていることが語られる。そのため、この物語において雨は、命を救う恵みの雨として描かれる。
    「雲は高度二千メートルに」では、妻を失った弁護士が、妻の書きかけた小説の続きを自ら書くことを決意する。「それは雲の上の雨で、雨の上の雨、往時が化した雨だった」という小説の終わりは、どことなく未来へと繋がる明るさを持っていて、好きだった。

    一番印象的だったのは「アイスシールドの森」だった。ツリークライマーだった恋人が、木から転落したことで植物人間になってしまったことに負い目を感じる主人公は、高所恐怖症でありながら、自分も恋人と同じツリークライマーとなる。植物人間となってしまった恋人を、再び木の上に吊り上げ、一緒に過ごすラストが、とても印象的だった。

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    投稿日:2023.09.25

  • mei2cat

    mei2cat

    図書館本

    台湾の作家さん。ご めいえき、ウーミンイー

    ネイチャーライティングというジャンルらしい。エコクリティシズムの本もあるようです。

    雨虫 ミミズが好きな女の子。サシバやクロマグロ。ウンピョウ、空気が抜けないようにクジラの口を縫うなどなど。
    イラストも緻密で美しい。
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    投稿日:2022.08.14

  • Fumi

    Fumi

    私が今まで読んできた小説とは違う、新しいもの、知らない感覚に触れた、という読後感があった。これは読書において私がとても大切にしていることだったのでとても嬉しかった。

    この作品だけでなく過去のさまざまな作品も、自分の内部や世界を見つめるために実験的に書いているのかもしれない。著者の後記を読んでそう思った。
    全てを理解することなんて到底できない「自然」という大きな存在だけれど、個人の物語の中にどうにか落とし込んだときに、彼の場合はこういう物語になるのだろう。表紙や挿絵の神秘的な雰囲気も作用して、読んで見て色んなことを感じ取ることができた、素晴らしい読書体験だった。

    ネイチャーライティング(・フィクション)という分野を初めて読んだが、これは新しいブームが私の中で始まるかもしれない。
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    投稿日:2022.07.16

  • 小さな図書室

    小さな図書室

    「自転車泥棒」「歩道橋の魔術師」を読んで惹き付けられた呉明益
    6の中短編はどれも愛するひととの関わりを自然の中でふたたび探ろうとする
    登場人物たちは幸福そうではないが幸福感を得ている
    この小説はネイチャーライティングというらしい
    メルヴィルの「白鯨」が引用されてる
    著者はあとがきで「小説家の責任は…生命の本質的な意義がどこにあるかという点から消滅を考えることにあると思う。」と書いている
    台湾の自然に深く興味をひかれた
    引用される作品、バルザック「あら皮」コーマック・マッカーシー「ザ ロード」も読みたい
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    投稿日:2022.06.20

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