【感想】プーチンのロシア 法独裁への道

袴田茂樹 / NTT出版
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  • magnoliagarden

    magnoliagarden

    プーチンさんが来日しはったので記念読み(笑)
    ロシア連邦は面白いと思います。いや、どこの国も面白いですけどね。
    去年がカンボジアとベトナムがマイブームだったのですが、
    今年はなんだかロシアとイギリスが気になるようです。
    本書はプーチンについて8章から構成されている政治本。

    【第一章 プーチン政権の歴史的位置】
    ロシア政府は一般的に「法の独裁」で法治国家を作ること、
    地方の知事や共和国大統領の権力を抑えて効率の良い中央システムを作ること、
    それが現在求められていると言われています。
    現在の状況からしてラディカルな市場経済の導入は不可能なため、
    国家の強化と、市場経済の効率的な機能化という矛盾しかねない要素を
    どちらもきっちりしなきゃいけないってのが難しいところです。
    ソ連崩壊後の混乱期、民主主義が生活力の向上に繋がると信じていた民衆が、
    落ち着き、魔法から冷めた現在、ロシア連邦は方向性を誤れないですし。

    【第二章 ロシア史への実感的視点】
    ロシア連邦と言う国は中国と同じく封建社会を経験しなかった歴史的背景から、
    フランシス・フクヤマの言うところの低信頼社会です。
    そのため生じる無秩序の再来を回避するため、民衆は強い指導者を求めています。
    帝政ロシアの崩壊で凄まじい無政府状態を体験していますしね。
    独裁者スターリンが現在でも強い人気を保っているのもこのため。
    そのため、プーチンも強力な指導者という印象の演出が必要不可欠とされていました。

    また、低信頼社会における経済(バザール経済)では、
    余剰資金が発生しても生産投資にでなく非生産的な方向にしか資金が流れず、
    近代的な産業の育成を阻みます。数年先の投資より、目先の儲け重視ですね。
    こういったバザール経済において数年先への投資を求めるためには
    当然他国とは違った政府の市場へのアプローチが必要とされます。

    ・経済のコントロール(国家と大企業が密接に結びつく開発独裁)
    ・プライベートネットワークによる共同体の形成(信頼関係重視による大型投資)
    ・国境を越えた企業の連合体を形成し、大きな力でリスク回避する

    最後の連合体スタイルは日本も絡んで現在実施されています。
    サハリンの石油開発におけるパイプライン建設などですね。

    【第三章 ゴルバチョフからエリツィンへ】
    ゴルビーについて。
    ソ連の発想の原点には「大きな領土・大きな視元・大きな軍事力」がありました。
    けれど西側の資本主義体制を知っていた改革派は
    体制の効率や機能といったソフト重視へと、発想の転換をしていたんです。
    しかし、民衆の気持ちは短絡的で
    共産党批判が生活水準の向上に直結すると考えていました。
    ゴルバチョフは社会主義体制の枠内での民主化や市場化をしていたので、
    民衆の求める共産党の特権廃止との間にズレが生じ失脚に繋がったと言われています。
    その点、エリツィンはそういう民衆感情に敏感だったとも。
    まぁ結局エリツィンも民衆に見放されて失脚するんですけど。

    そのソ連時代とエリツィン時代の一番の違いについて。
    私もああそうかって思いましたが民衆のメンタリティですね。
    共産党やソ連国家の崩壊を経験したことで、権力への恐怖心を失ったということ。
    ただロシアで特異だったのは、
    通常であれば近代的な市民社会と民主主義がこの経緯で発生するところが、
    権力の空白状態と無秩序だったというところ。
    これが認識不足であり大誤算をうんだわけです。カオスですよ、カオス。

    おかげでエリツィン時代の社会と経済は大混乱しました。
    犯罪も激増するし。ロシア国民は警察を信用しなくなったのはこの頃からですね。
    本書でも英語で民営化を意味する「プライバチゼーション」は
    ロシア語で本来なら「プリバチザーチャ」といわれるはずですが、
    ロシア民衆はあろうことか「プリフバチザーチャ」と理解したと書かれています。
    プリフバチザーチャとは略奪化。誤解にも程がある。でもロシアを見てるとまさにこれ。

    おまけにエリツィン政治はファミリーという取り巻き中心の政治で、
    財閥と癒着する金権政治的な側面もあり、民主主義からは遠い政治でした。
    で、当然野党が力をつけてきて議会選挙でも共産党の躍進が起きます。
    そこで取った行動があんまりよくなかった。
    エリエィンは下院との闘争の中で、上院議員を味方につけようと譲歩をし始めたのです。
    地方の州知事や、共和党の大統領たちですね。彼らの特権を増加させたのです。
    おかげでロシアは連邦国家なのに、国家連合のようになってしまいました。
    そのため、資源や特権を有する独立性の強い地方を従わせることも、
    プーチンロシアでは重要な課題のひとつに挙がることとなっています。

    【第四章 ロシアはプーチンをどう迎えたか】
    2000年にモスクワ市民に対して行われたアンケート。
    「プーチン政権へ期待すること」という内容に対しての民衆の回答は
    経済危機からの脱出、犯罪・汚職への対策、チェチェン紛争の解決。
    生活水準の向上と、社会秩序の確立が求められていると分かります。
    あと現在のロシアで深刻な問題になっているのが医療と教育。
    所得格差も地域によっては10倍にもなっており、教育水準向上は必須です。

    あと私も知らなかったんですが軍部の弱体化も大変らしいです。
    改革時代、軍備時支出は最優先削除項目であり、
    その結果、将校ですら給料がまともにもらえず、秩序崩壊に拍車をかけています。
    新鋭原子潜水艦クルスク号沈没の際も、
    国内の軍ではまともに救助もできず、
    ノルウェー潜水夫やイギリスの特殊潜水艇に救助を要請したりしています。
    民衆の半数以上が地方政府や警察を信頼できないと答える国なのに・・・。
    こんな課題山積のなか、プーチンは大統領に就任しました。

    【第五章 プーチンのロシア】
    プーチン、フー?
    これがプーチンが首相に任命されたときの一般的な民衆の反応です。
    そんなプーチンが短期間で最も人気のある政治家になった背景について。

    まずは国際的要因。
    1997年、NATO(北大西洋条約機構)は範囲を拡大し、
    将来的にはバルト三国などへの拡大の動きも見せていました。
    おまけにNATOはコソボ問題への介入、ユーゴ空爆まで実施します。
    人種的、地理的に親密な相手であるユーゴだけに、当然ロシア人は苛立ちます。
    しかしソ連崩壊、経済崩壊でボロボロのロシアに対抗手段はありませんでした。
    ここで傷つけられたナショナリズムが、強い指導者を求める民衆の意識をうんだのです。

    次に国内的要因。
    ゴルバチョフからエリツィン時代にKGBというとアレルギー反応をされるのが一般的でした。
    けれどこの情勢ではKGB出身という経歴は寧ろプラスに作用し、
    プーチンの取り巻きたちも強い指導者というアピールに専念することで支持を煽りました。
    また、チェチェンに対する強硬姿勢もカードのひとつとして使われました。
    ただチェチェン問題ではテロが政府によって仕組まれたのではという疑念も起き、
    次第に国民から批判的感情が噴出し、プーチンの頭を悩ませることになりますが。

    しかしプーチンにとって幸いだったのは就任した時期がロシア経済の回復期だったことでした。
    長く低調だったエネルギー資源が3倍ほどにまで上昇し、
    輸出の多くを資源に頼るロシア経済に明るい日差しを浴びせたのです。

    【第六章 プーチンの内外政策を読む】
    プーチンのふたつの機軸。

    ひとつは「戦略研究センター」というシンクタンクの打ち出し。
    財閥バックで発足し、政治経済改革プロセスに関わらせようというものだ。
    ただ所属者の方向性は統一化されているわけではなく、
    潜在力を重視し急激な市場改革には慎重な穏健改革派・イワンテルと
    当面の生産力を犠牲にしてでも体制改革を求める急進的なヤンコフが
    一緒になっていたりします。大丈夫かしらん。

    もうひとつはプーチンの政策論文、通称「ミレニアム論文」の公表。
    先人が欧米モデルをそのままロシアに移植して失敗した歴史から、
    普遍主義的な価値と、ロシアの伝統的な価値を結合させるという方向のもの。
    ロシアの伝統的な価値ってのは愛国主義・偉大で強い国家への志向など。
    まあ言うのは簡単だけど、どんな政策でどのように実行するかが大変です。

    ロシアの混乱と諸問題の根本的原因について。
    ロシアの国民総生産は米国の1/10、中国の1/5に過ぎないです。
    しかも産業の中心はエネルギー産業や鉄鋼業であり、
    おまけに設備投資がされないので老朽化も深刻であります。
    ついでに近代化に欠かせないハイテク部門が致命的に弱い。とにかく弱い。
    プーチンはこの原因を旧社会主義国家特有の負の遺産としてますが、
    たぶん帝政ロシアの専制体制、一党独裁体制、崩壊後の混乱も当然で
    この認識を欠いている点はよろしくないです。

    ロシアの混沌は、
    近代的な市場経済や市民社会が形成できない無秩序な感覚、
    エリツィンが知事や大統領に与えすぎた特権による統一秩序の歪み、
    そしてプーチンが述べた社会主義の負の遺産、
    この3点が複雑に絡み合って起こっているのです。
    せっかく国家機構がガタガタってのには気づいてるんですけどね。

    法の独裁の意味するところ。
    そんななかプーチンが打ち出しているのが以下の考え。
    「国家が強力なほど、個人は自由である」
    逆説的ではあるけど、ロシアではこれが真実なのです。
    警察や検察の暴走を秩序化できる強力な国家を作るというもの。
    ゴルバチョフ時代に掲げられていた「統制こそが混乱を呼ぶ」という
    自由主義の理念とは180度反対ではありますが正論。
    現在、例えば実際不合理税制下で横行していた脱税に対して、
    武装した徴税組織が立ち入って力ずくで税を奪う従来の対策でなく、
    税制法規を是正し、バザール社会からの脱却を目指しています。

    【第七章 プーチンの政治改革】
    経済改革よりも政治改革。
    理論的にも市場経済が機能するための国家秩序を作るのは正しいし、
    プーチン個人としても権力の確立に関心があるというのは当りまえなので。
    でもここにはパラドックスがふたつも存在しています。

    ひとつは国家権力の強化。
    ロシアの国家機構は、上から下まで、中央から地方まで腐敗と汚職まみれ。
    戦後日本のように外部から強制的にされる例外を除き、
    自ら既得権益を否定して自己浄化をし、権力強化するのはまさにパラドックス。
    もうひとつは法治国家の形成。
    ロシアにはそもそも自立的な秩序に対する意識が欠けています。
    正しいかでなく、バレなきゃオッケーやったもん勝ちのメンタリティ。
    これはかなり強制的なスタイルを長期に実行するしかないのです。
    どちらも避けては通れない道なのでプーチンも大変です。
    しかもこれが達成されても次は経済改革が待っているという現実。

    プーチンの政治改革。
    既存の権力を削ぎ、新しい権力を投入することを実施しています。
    具体的に削がれたのは中央でのエリツィン派などですね。
    また地方知事には任命権や独裁権といったアメをちらつかせながら、
    彼らの解任権をプーチンが握ることを認めさせました。
    ただ、これって失敗すればプーチン独裁の恐れもあるわけで。
    ロシア民衆は「今の無秩序よりはマシ」って思っているようですが。

    プーチンの司法改革。
    従来の制度では地方の行政機関のトップが上院議員でした。
    でもこれって行政と立法の独立を否定していますよね。
    そのためプーチンは地方のトップを上院から引き剥がし、
    癒着していた司法も独立させようという政策を進めました。
    これを支持したのが下院。
    ロシアでは本来下院が国会のはずなのに、
    エリツィンが地方に大きな特権を与えたことで
    上院が下院より強くなっていたんです。
    その現状を誰より苦々しく思っていたのが他ならぬ下院だったので。
    このため上院でこの方針は否決されますが、
    下院で2/3以上の賛成を得て、かなりしっかり進められています。

    プーチンとメディア財閥。
    グシンスキー逮捕とかね。クリントンにも批判されましたけど。
    ロシアにはオリガルヒヤという振興寡占財閥ってのがいまして。
    プーチンは噛み砕くと国家が市場経済を管理すると考えています。
    しかし彼らは国家は国家・経済は経済・社会は社会と考え
    独自の強い経済力を持っていますし、
    政治に関心を持っている人もいるしで両者は合わないんです。
    こういうのもあり、更には地方知事の不満もあり、
    ベレゾフスキーがプーチンの政治改革の批判をし、
    実際に政治グループも立ち上げましたが
    意外にオリガルヒヤは乗ってきてはいないようです。
    ただプーチンにされるままの勢力でも無いですし、
    うまく折り合いをつけていくのではないかというのが現状です。

    【第八章 プーチンの対外戦略と日露関係】
    対・中国。
    NATOやEU拡大に対してロシアは
    中国や北朝鮮などの社会主義国との連携を強めています。
    特に中国は米国やNATOの「力による支配」に対して
    戦略的に共通の利害を有している上に
    ロシア唯一の国際競争力のある兵器産業分野にとって
    最大の輸出市場のため重要視せざるを得ない相手です。

    対・北朝鮮。
    スターリン主義の象徴とも思えた北朝鮮とは長く断絶状態でした。
    が、ロシアにとってはゴルバチョフ・エリツィン時代に失った
    アジア外交の発言権のため関係修復は重要であり、
    北朝鮮にとっても対米関係や南北対話の駆け引きに
    ロシア・カードは重要なため親密化が進んでいます。

    日本の対ロシアスタンス。
    欧米志向のロシア人は日本を欧米とは認めていません。
    しかも領土問題が解決しないうちにアクションは起こせません。
    対中国、対朝鮮半島、対米国で友好にロシア・カードを利用するには、
    極東開発や対外政策でロシアにとって有益な日本カードの要素を作り
    領土やスパイ疑惑などを改善する他ないようです。
    技術力とかはある国ですしねー、うちの国。

    【面白かった!】
    最近いろいろプーチン関連を見たり読んだり聞いたりしてますが、
    今年では一番広く勉強できたし面白かったです。
    どうなるんでしょうかね。
    作者は今後のロシアについて4つの展開がありえると言っています。
    ・大統領及び中央の権力が強くなりすぎ、独裁国家になる
    ・政治改革が成功し、なんとか経済・社会の秩序ができる
    ・政治改革が中途半端に終わり、官僚が肥大化するだけになる
    ・大統領全権代表の力が強大になり、分離主義が強まってしまう
    この本は2000年刊行なので、もちっと最近のも一度読んでみます。
    現代ロシア、今はどの状態なのでしょうか。
    続きを読む

    投稿日:2009.12.28

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