カラフル
阿部暁子(著)
/集英社単行本
作品情報
高校入学式の朝、荒谷伊澄は駅のホームでひったくり犯を捕まえた。その際に、犯人の前に出て足止めをしようとしたのが、車いすに乗った少女だった。その後の事情聴取で判明したのだが、渡辺六花というその少女も、伊澄と同じ高校の新入生だった。弁が立ち気の強い六花に、伊澄はヤな女だな、と感じたのだが・・・・・・? 夢を追い続けられなくなった少年と少女の挫折と再生の恋物語!
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商品情報
- シリーズ
- カラフル
- 著者
- 阿部暁子
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社単行本
- 書籍発売日
- 2024.02.26
- Reader Store発売日
- 2024.02.26
- ファイルサイズ
- 0.8MB
- ページ数
- 272ページ
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この作品のレビュー
平均 4.4 (29件のレビュー)
-
高校へと進学したあなた。そんなあなたが所属したクラスには『車いす』に乗る一人の少女の姿がありました。クラス最初のホームルームで担任はこんな言葉を語ります。あなたは、そこに何を思うでしょうか?
『…渡辺さんは障がいを持っていますが、それは個性であって、車いすだって何も特別じゃない。みんなと同じ高校生です。三十五人みんなで、明るく、楽しく、思いやりのあふれたクラスにしていきましょう』。
“障害者差別解消法”が改正され、2024年4月1日から『障害のある』方への”合理的配慮の提供”が義務化されます。このレビューを読んでくださっている方の中にも、その対応を会社で迫られている方も多々いらっしゃると思います。厚生労働省の調査によると身体、知的、精神に区分される『障がい者』の合計数は1,160万人にものぼり、これは国民のおよそ9.2%の人が何らかの『障がい』を有していることを意味します。この数をどう見るかは人それぞれだと思いますが、”合理的配慮の提供”が義務化された以上、この国に暮らす誰もが『障がいのある』方の存在をこれまで以上に意識する機会が多くなることは間違いないと思います。
では、”合理的配慮の提供”を受ける『障がいのある』方はこの国における『障がい者』が置かれた立場をどのように認識しているでしょうか?冒頭に記したクラス担任の言葉は『障がいのある』彼女の心にどのように響くのでしょうか?
さてここに、中学時代に罹患した病気によって『車いす』の生活を送る少女と、そんな少女とクラスメイトになった少年が主人公となる物語があります。『車いす』視点で見える世界を意識することになるこの作品。『障害がある』とはどういうことかを考える起点となるこの作品。そしてそれは、世界が「カラフル」に見えるということの意味を感じる物語です。
『お財布を盗られました!泥棒です、捕まえてください!』と『必死の形相で叫んでいる中年女性』、そして『ほとんど同時に、ニット帽の男が弾丸のように』『電車の中から』『とび出してきた』の見るのは主人公の荒谷伊澄(あらや いすみ)。『次々と人を突き飛ばしながら』『電車の一両目方向に走っていく』『窃盗犯』を見る伊澄の視線の先に『一両目の前方のドアから、水色の車いすに乗った少女が駅員の渡したスロープを伝って降りてき』ました。『濃紺のブレザーとプリーツスカートの制服』を見て、『伊澄と同じ宮城県立綾峰(りょうほう)高校のものだ』と思う伊澄。そんな次の瞬間、『車いすの少女は、あろうことかタイヤについたリングを握り、勢いよく泥棒に向かって前進』をはじめました。その瞬間、『中学三年の時に計測した百メートルのベストタイムは10秒94だった』と思いながら走り出した伊澄。そんな伊澄の『右手の中指の先っぽが男のジャンパーの後ろ襟にふれ』、男が『引っくり返』りました。一方、勢いのついた伊澄は車いすのハンドルに手をかけ、『男から遠ざけよう』と引っ張ります。そして、『確保とか通報とか、そういうのお願いできますか』と『少女の降車を手伝っていた』駅員に声をかける伊澄。程なく他の駅員もやってきて警察への通報が行われました。そんな時、『あの、放してもらっていいですか』と『車いすの少女』に声をかけられた伊澄。『初対面の人に、いきなりこういうことを言うと気分を悪くさせるかもしれないですけど』と切り出した少女は『なんの声かけもなしにハンドルを引っ張ったり、車いすの向きを変えたりするのはやめてください…』と話します。『それは悪かったけど、あんたもどうかと思う…あんた車いすなのに』と語る伊澄。それに『私が、車いす?…あなたには私が車いすに見えるんですか?…人間であって、車いすじゃない』と返す少女は、『それは単なる言い間違いで』と焦る伊澄に、『助けてくれてどうもありがとう』と『それ以上の反論を封じるように』『にこりと笑』う少女。そして、警察の取り調べに付き合うことになった二人は、名前を聞かれます。『「渡辺立花(わたなべ りつか)です」と歯切れよく答える少女でしたが、その後時間がかかる取り調べに『今日は入学式なんです…どうしても今日の式に出なくちゃいけないんです』と警官に伝えます。そして、先に学校に向かうことになった立花に『何組?…担任の先生に事情があって遅れるって話しておくから』と聞かれ会話の中で同じ『C組』であることを理解した二人。聞き取りも終わり学校へ向かうとする伊澄は、先ほどの駅員に『あの渡辺さんって、ひとりで電車に乗ってきたんですか?』と訊きます。そして、電車の到着時間には毎日、スロープを出して対応することになる等聞いた伊澄は『毎日って、かなり大変ですよね』と驚きます。
場面は変わり、学校へとたどり着いた伊澄に『荒谷くん?』と声をかける女性。『私、一年C組の担任、矢地めぐみです』と挨拶され、入学式が開かれる体育館へと案内された伊澄は、『保護者席の後ろにぽつんと置かれたパイプ椅子』に座ることになりました。『続いて、新入生代表挨拶にうつります』という司会の声に『入学式で挨拶をまかされるのは、入学試験でトップの成績をとった生徒だと聞いたことがある』と思う伊澄。その時、『体育館のそこかしこで小さなざわめきが起き』ます。『ステージの下にマイクをセット』する矢地の姿を見て、『低い。あれじゃまるで子供用だ』と思う伊澄。その時『やわらかい雨音みたいな車輪の音が聞こえ』、『生徒たちの列から』『車いすの少女が』進み出ます。『ハンドリムを操作して生徒と保護者たちのほうに向き直』る少女。『新入生代表、渡辺立花』と司会に呼ばれた立花は『暖かな春の風が吹き始めた今日…』と語り出します。そして、『自分の名前で締めくく』る挨拶。『雨の降り始めみたいにパラ、パラ、と拍手が起こり、すぐにそれは大きな音のかたまりになって体育館に響』きわたります。『本気にならない。それが高校に入学するにあたって決めた三年間の目標だ』と思う伊澄が出会った『車いすの少女』立花。二人の運命の出会いの先に、「カラフル」という言葉の意味を理解することになる伊澄の高校生としての日常が始まりました。
“2024年2月26日に刊行された阿部暁子さんの最新作でもあるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、2023年11月に小川糸さん「椿ノ恋文」、一穂ミチさん「ツミデミック」、そして先月には恩田陸さん「夜明けの花園」…と、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを積極的に行ってきました。そんな中に、昨年、まるで”純文学”を思わせるような書名と表紙が印象的な「金環日蝕」がブクログでも話題になった阿部さんの新作が出ることを知り、これは読まねば!と発売日早々この作品を手にしました。
そんなこの作品は、内容紹介にこんな風にうたわれています。
“夢を追い続けられなくなった少年と少女の挫折と再生の恋物語!”
阿部さんというと2014年に映画化もされた「アオハライド」や「どこよりも遠い場所にいる君へ」に代表されるように”青春物語”、”学園物語”に親和性の高い作家さんという印象があります。この内容紹介はまさしくそんな阿部さんのイメージそのものを連想させます。一方でこの作品の表紙には、あまり小説の表紙には見たことのないイラストが大きく登場します。『車いす』とそれに乗る少女です。そして、そんな作品の書名は「カラフル」とつけられています。さて、これは何を意味するのでしょうか。順に見ていきたいと思います。
まずは、”青春物語”、”学園物語”の側面からです。この作品は『宮城県立綾峰高校』の入学式に向かう主人公・荒谷伊澄が最寄り駅で『車いすの少女』渡辺立花と偶然出会うところから始まります。二人は同じクラスになりますが、入学早々クラスの中で生徒たちが自分の居場所を探す姿が描かれていきます。それこそが、『俺たち友達にならない?』と学級委員になった伊澄に話しかけてきた謙信が語る言葉です。
『おまえは昨日の大仕事をうまくやって、今じゃクラス内ランキングの上位にいるわけだ』。
なんのことか分からず聞き返す伊澄に謙信はこんな風に語ります。
『別の言い方するとヒエラルキー?なんとなーく、ぼんやり、そういう人間の格付けって見えるもんじゃん?…俺ね、快適に高校生活を送るためにも、ちゃんとしたポジションにいたいわけ…』
『ヒエラルキー』という言葉で表されるのは、まさしく”スクールカースト”です。”スクールカースト”を描いた小説というと柚木麻子さん「王妃の帰還」が有名ですが、他の作品含め、学校内の女性社会を舞台に描かれる場合が多いと思います。一方でこの作品では上記で挙げた通り男性視点で『ヒエラルキー』を見る中に『快適に高校生活を送るためにも、ちゃんとしたポジションにいたい』と、そんな『ヒエラルキー』のある場をある意味で前向きに捉える、もしくは当たり前のものとして、その中で自分の居場所を求める生徒たちの姿が描かれていくところが新鮮です。また、”学園物語”としては『創立時から続く伝統行事』である『青嵐強歩(せいらんきょうほ)』という一大イベントが描かれていくところが一番の読みどころです。『毎年新緑の五月の第二金曜日から土曜日にかけて』、『綾峰高校から市郊外の綾峰展望台までの四十キロ近くを踏破する』という『一大イベント』。これを聞いて私の頭に思い浮かぶのは恩田陸さん「夜のピクニック」です。それは、夜を徹して80キロを歩き通すという、高校の伝統行事である「歩行祭」を描く物語はまさしく”青春物語”の醍醐味を感じさせてくれるものでした。一見、この作品も恩田さんの作品に似た展開?と思わせますが、ここにこの作品が「カラフル」であるという、この作品の一大テーマが意味をもって重ねられていくのです。
では、次にそんな「カラフル」を見ていきましょう。あなたは、「カラフル」と聞いて何を思い出すでしょうか?本好きなあなたの頭に瞬時に思い浮かぶのは真っ黄色の表紙が印象的な森絵都さんの小説「カラフル」だと思います。”いきなり見ず知らずの天使が行く手をさえぎって、「おめでとうございます、抽選に当たりました!という言葉の先に、人生の再挑戦の機会を得た”ぼく”の姿が描かれていく物語には”この世があまりにもカラフルだから、ぼくらはいつも迷っている”という感覚の先に熱いものが込み上げる結末が待っていました。一方で「カラフル」という言葉は2021年末に放映された第72回NHK紅白歌合戦のテーマとしても使われています。そして、この作品に阿部さんが付けられた書名「カラフル」。そこにまず登場するのは『車いすの少女』の存在です。私は今までに800冊の小説を読んできましたが、『車いす』が登場する作品を読んだ記憶はありません。もしかすると”小道具”のような形で登場したことがあったかもしれませんが、この作品は小道具などではなく『車いす』を中心に描かれていきます。それは、今まで『車いす』を特に意識したことのなかった主人公の伊澄視点で描かれていきます。立花と一緒に歩く中に『車いす』を利用する生活とはどういうことなのかを知っていく伊澄。まずは駅の改札です。
『伊澄は一番人が少ない列に並び、モバイル定期券を入れてあるスマホを自動改札機にピッとかざして通過した』
→ 『六花は改札の端に一カ所だけある車いすユーザー用の列に移動しなければいけなかった』。
次は『地下道にはエレベーターがない』という中に、『地上の横断歩道を渡って対岸に移動する』という場面です。
『片側二車線道路ともなると横断歩道もかなり長くなる。六花がまだ横断歩道を渡り終えないうちに歩行者用の信号が点滅し、赤に変わってしまったので、伊澄はちょっとひやっとした』。
さらには、『細い道路をはさんでまた新しい歩道に入ろうとしたところ』で声を詰まらせる立花。
『道路と歩道の間にある三センチくらいの段差に、車いすの前方についている小さなタイヤ ー キャスターというらしい ー が引っかかったのだ』。
立花と歩く中にさまざまな気づきを得ていく伊澄。小説の中で、”あること”にこのような気づきを描写していく作品は珍しいと思います。そして、主人公の伊澄視点の物語において、読者が伊澄に感情移入すればするほどに、伊澄の気づきは読者自身の気づきとなって迫ってもきます。そんな中に、立花が『綾峰高校』を選んだ理由を聞く伊澄。
『綾峰は、駅から学校までの間に私が通れない坂道や段差がないんだ。受験前に県内の色んな高校に見学に行ってみたけど、私がひとりで通えるのは綾峰だけだった』。
『高校を選ぶという時』、『偏差値や通学時間』などさまざまな判断材料があるとは言え、『坂道や段差の有無なんてものは考えたこともなかった』と驚く伊澄。これは、『車いす』を利用しない読者にとっても同様だと思います。物語の中では、他に『…同性を愛するんだけど、仕草や言葉遣いは女性的な男の人の話で』、『トランスジェンダー?』といった視点が顔を出す箇所もありますが、この作品の「カラフル」の中心はやはり『車いす』だと思います。物語は、さまざまな気づきを得た主人公の伊澄の中で、立花への思いを描くことで、単に目に見える『車いす』の世界への気づきだけで終わらせない、その先の物語が描かれていきます。
それこそが担任の矢地がホームルームでクラス全員に向けて語った言葉を起点とするものです。
『渡辺さんは障がいを持っていますが、それは個性であって、車いすだって何も特別じゃない。みんなと同じ高校生です。三十五人みんなで、明るく、楽しく、思いやりのあふれたクラスにしていきましょう』。
あなたはこの言葉を聞いてどのように感じられるでしょうか?担任の矢地は『障がいを持ってい』ることを『個性』だと説いています。そして、それが『特別じゃない』と言い切ってもいます。一見、理解ある担任、『思いやりのあふれた』クラスのスタートに相応しい言葉にも感じます。しかし、そんな言葉を向けられた当事者である立花はこんな思いを抱えています。
・『私をポジティブに受け止めて使ってくれた言葉なのはわかってるの。その気持ちはすごくうれしい。けど、それでも、私はこれを個性とは言わないでほしい』。
・『私はやっぱり、自分の足で歩けるようになれるなら今すぐそうなりたい…だから私はこれを、個性なんていいものには思えないの』。
・『個性っていう言葉で見えにくくしないでほしい』。
一見、説得力があるように見えて『個性』という言葉が当事者にとってはそうは響いていないという現実。伊澄視点の物語はそんな思いを立花からダイレクトに聞く伊澄の心の内を描いていきます。この作品は立花視点だけなく、そんな立花を身近に見る伊澄視点でも描かれていくところに物語の奥行きが大きく広がっていくのを感じます。そして、そんな伊澄自身、過去に何らかの出来事を起点とした複雑な思いを背負って生きていることが匂わされていきます。
『本気にならない。それが高校に入学するにあたって決めた三年間の目標だ…誰とも競わないし、何も目指さないし、本気になる必要もない』。
作者の阿部さんは、この作品のことを”がんばるのが好きじゃない俊足少年と車いすユーザーの少女が色々な人たちと生きることについて悩んだり挑んだりする話です”と語られています。そんな阿部さんがおっしゃる通り、この作品では主人公の二人を中心にクラスメイトたちがそれぞれの思いをぶつけ合う、まさしく”学園物語”、”青春物語”が雰囲気感たっぷりに描かれていきます。そこに、上記した『創立時から続く伝統行事』である『青嵐強歩』が一つの山場となって物語を演出してもいきます。そんな中に伊澄がさまざまな気づきの中にある決意をする瞬間が訪れます。
『扉を閉ざされ、それでも窓を探す彼女が、彼女であり続けるための闘い。考えよう。そんな彼女に、自分は何をできるのか』。
そして、さまざまに用意された伏線が一つに繋がっていく結末。主人公の伊澄が自分がなすべきことに気づいていくその結末。そこには、「カラフル」という書名を付けられた、阿部さんの深い思いを感じる、清々しいまでの”青春”を見る物語が描かれていました。
『あれから、なんか俺の世界、カラフルになったんだ』。
そんな言葉をふと呟く主人公の伊澄。『車いすの少女』を描いた表紙が物語を象徴的に表してもいくこの作品。そこには、『障がい』を語ることを『個性』という言葉で逃げない、阿部さんの強い意志を感じる物語が描かれていました。『車いす』視点の登場人物を中心に据える物語の中にさまざまな気づきを見るこの作品。単なる気づきにとどまらずその先の一歩を大切に考えるこの作品。
このレビューでこの作品のことを知ってくださった一人でも多くの方に是非読んでいただきたい素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2024.03.02
夏休みの作文の本としていいかも。
病気で車椅子生活を強いられた女子高生。陸上の短距離選手として強豪校の推薦が決まっていたのに怪我で挫折した男子高校生が入学式の日に電車でちょっとした事件に遭遇するところ…から物語がはじまる。高校生とは思えないくらいみんなしっかりしていて、自己分析もできてる。
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