ツミデミック
一穂ミチ(著)
/光文社
作品情報
大学を中退し、夜の街で客引きのバイトをしている優斗。ある日、バイト中に話しかけてきた大阪弁の女は、中学時代に死んだはずの同級生の名を名乗ったが――「違う羽の鳥」 失業中で家に籠もりがちな恭一。ある日小一の息子・隼が遊びから帰ってくると、聖徳太子の描かれた旧一万円札を持っていた。近隣の一軒家に住む老人にもらったというそれをたばこ代に使ってしまった恭一だが――「特別縁故者」 鮮烈なる“犯罪”小説全6話
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この作品のレビュー
平均 4.0 (110件のレビュー)
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『あん時の感染者数、覚えてるか?一日千人もいなかった。たった千人にビビりまくって、監視し合って…そのうち、一日何万人って発表されても、社会回せ、経済回せって無視するようになるのにさ』
2020年に突…如世界を襲ったコロナ禍。同年4月にはこの国では誰も経験したことのない”緊急事態宣言”が出されました。マスクが品薄となり、ネット上では高額で取りされ、さらにはトイレットペーパーが店頭から消えるというわけのわからない展開に誰もが右往左往した時代がありました。
マスクの正しい着用を互いに監視し、垂れるほどのアルコールを手に除菌し、そして人と人が接すること自体をリスクと考えたあの日々。今思い返してみても一体あれは何だったのだろう?一体何の意味があったのだろう?そして、一体何が正解だったのだろう?そんな思いだけが残りました。
とは言え、コロナ禍なんてもうウンザリ、聞きたくもないというのが多くの方々の正直な気持ちだと思います。あんな時代はとっとと忘れて、ようやく戻ってきた平穏な日常を楽しみたい、それは私も全く同感です。しかし、過ぎ去ったからこそ冷静に見れる、そういった視点はあると思います。過ぎ去ったからこそ、未来に同じ過ちを繰り返さないためにも、コロナ禍の世を第三者的に振り返ってみる。この姿勢はあるべきなのではないかと思います。
さてここに、そんな『パンデミック』の世を描いた物語があります。世に出た時期の違いから結果として『パンデミック』の初期から後期のさまざまな時代を背景に描き出されたこの作品。そんな背景にさまざまな”犯罪”が止まることなく描かれていくこの作品。そしてそれは、『先が見えない生活』の中に、それぞれの日常を生きた人たちを見る物語です。
『お食事お決まりですかあ』、『居酒屋お探しですかあ』と、繁華街でビラを配るのは主人公の及川優斗。『新しい感染症が流行り始め、繁華街の客足は明らかに鈍っていた』という中に『先が見えない生活』を送る優斗。そんな時、『ふと、視線を感じた』優斗の元に『ひょっとして、関西の人?』と『金髪、真っ赤なトレンチコート…』という『攻撃力が高そうな女』が近づいてきました。『案内してくれる?』と話が進む中に『仕事、何時まで?』と女に訊かれた優斗が『十時』と答えると、『十時過ぎたらこの辺で待っとったらええ?』と返す女は『「ほな決まり」と優斗の腰の後ろに柔らかく指を沿わせ』ます。『正直、半信半疑だった』優斗でしたが、『バイトを終え、裏口から店を出ると女は本当に待ってい』ました。『わたしの知ってる店でええ?』と訊く女は、『お給料巻き上げたりせえへんから安心して』と誘います。『東京に出てきて、いや人生で初めての逆ナンだった』という中に『女に連れられるまま小さなバーに入った』優斗は『カウンターバーのいちばん奥に通され』ます。名前を訊かれ、『大学生?』、『ずるずる行かんくなって一年で中退した』と会話する二人。『自分も名前教えてや』、『平仮名でなぎさ』、『名字は?』、『井上』と女の名前を知った優斗でしたが、『井上なぎさ』と、『フルネームを口に出さず唱える』と『手が強張』ります。『その名前を知っている』と『まじまじと女の顔を見つめ』る優斗。『どしたん?』、『いや、何でもない』という会話の中に、『特に変わった名前でもない。単なる同姓同名や、と自分に言い聞かせる』優斗は、『だって、井上なぎさは』と動揺を隠せません。そんな優斗が『なぎさちゃんは何歳さなん』と訊くも『やや、そんなん訊かんとってよ』とはぐらかされます。今度は『ほんなら、何してる人?』と訊くと『愛人』と『直球すぎる回答』を返す なぎさ。『愛人歴はどんくらい?』、 『東京来てからとおんなじくらい』と会話する先に今度は『都市伝説みたいなやつやねんけど、知ってる?』と『唐突になぎさが尋ね』ます。『K駅におる「踏切ババア」』と続ける なぎさに『背中のうぶ毛がぞぞっと逆立』つ優斗は『まさか。何やこいつは。誰や』と思います。そして、『どういうつもりや』と返す優斗は『俺は、井上なぎさを知ってる』、『ふざけんな』と『カウンターにどんっと拳を押しつけ』ます。『井上なぎさは死んだんや、線路に飛び込んで。お前の言うてる「踏切ババア」って、井上のお母さんやないか。ネタにしてええことちゃうぞ』と思いをぶつける優斗は『最初から知ってて俺に声かけてきたんか?… あれは、俺と井上しか知らんはずや』と戸惑います。そんな中に『二階で、落ち着いて話そ?』と場所を変える なぎさ。『うちら、どこで知り合うたっけ?』と訊く なぎさに『中三の、選挙管理委員会』と答える優斗。『優斗くんとどんな話したっけ?』と続けて訊く なぎさに『裏アカ』、『ー からの、「#家出少女」』と答える優斗に『…ああ』と『ショットグラスを一気に空け』た なぎさ。そんな なぎさを見る中に中学時代を振り返る優斗の過去に隠された井上なぎさの秘密が読者の前に明らかにされていきます…という最初の短編〈違う羽の鳥〉。過去に隠されたまさかの出来事の先にミステリー?を見る好編でした。
“2023年11月22日に刊行された一穂ミチさんの最新作であるこの作品。”発売日に新作を一気読みして長文レビューを書こう!キャンペーン”を勝手に展開している私は、2023年9月に青山美智子さん「リカバリー・カバヒコ」、10月に原田ひ香さん「喫茶おじさん」、そして今月初にも小川糸さん「椿ノ恋文」…と、私に深い感動を与えてくださる作家さんの新作を発売日に一気読みするということを積極的に行ってきました。そんな中に、2022年の本屋大賞で第3位にランクインした代表作「スモールワールズ」で有名な一穂ミチさんの新作が出ることを知り、一年ぶりに一穂さんの作品に是非触れてみたいと思う中、発売日早々この作品を手にしました。
そんなこの作品は、内容紹介にこんな風にうたわれています。
“先の見えない禍にのまれた人生は、思いもよらない場所に辿り着く。稀代のストーリーテラーによる心揺さぶる全6話”
“思いもよらない場所”という記述がまさかの展開を予想させるこの作品は「小説宝石」に不定期に掲載された、それぞれに全く関係性を持たない6つの短編が収録された短編集となっています。
そんな作品は「小説宝石」への掲載時期の関係もあってかコロナ禍の描写が登場します。コロナ禍を扱った作品と言えば島本理生さん「2020年の恋人たち」、寺地はるなさん「川のほとりに立つ者は」、そして瀬尾まいこさん「私たちの世代は」などがあります。2020年に突如世界を襲ったコロナ禍。人と人との接触が悪いこととされた極めて特殊だったあの時代は、一方でその時代を写しとり小説に仕上げる作家さんにとってもそれをないものと扱う方が違和感があったのだろうと思います。そんなコロナ禍の日常が舞台となるこの作品では、コロナ禍で生活が困窮していく人たちの姿が描かれるのが印象的です。幾つか抜き出してみましょう。
『新しいバイト探さな、飲食以外で何か…。 先が見えない生活は今に始まったことでもないが、未知の病という、去年まで思ってもみなかった不確定要素が不安に拍車をかけていた』
コロナ禍は特に飲食業界に大きな傷跡を残しましたが、その末端でアルバイトをしている人たちには影響がダイレクトに出ていたことがよくわかります。それは、お子さんを保育園に預けていらっしゃる家庭にも大きな影響を与えました。
『再開したって、いつまた休園になるかわかんないじゃん。先生が感染した、園の子が感染したってきりないし、預かり保育の状況だって読めないよ』。
リアルな夫婦の会話がそこにあります。自らの感染、お子さんの感染だけじゃなく、保育園の先生や他のお子さんの感染が自身の生活に大きな影響を及ぼすという異常事態。本当に大変な時代だったと改めて思います。そんなこの作品にはコロナ禍の中での状況の変化も描かれます。
『確かに俺はルールを破ったよ…でも、あそこまで叩かれるようなことだったのか?中傷の手紙が届いて、殺害予告までされて…あん時の感染者数、覚えてるか?一日千人もいなかった。たった千人にビビりまくって、監視し合ってアホらしいにも程があんだろ。そのうち、一日何万人って発表されても、社会回せ、経済回せって無視するようになるのにさ』
2020年4月の緊急事態宣言に、この国はどうなるのかと誰もが恐れた時代がありました。一穂さんが書かれる通り、そこに訪れたまさしく監視社会の到来はそこから少しでも逸脱する者を厳しく貶めていったのは事実だと思います。そして、時が経ち、当時貶められた人たちのそれからには誰も興味を示さなくなった一方で、その人たちの人生は続いているという現実があります。そこに何があったのか、この作品では、同じようにコロナ禍を描いた他の作品には描かれていない部分が多々描かれています。当時のリアルな空気感を捉えていく物語は、過ぎ去った過去だからこそ第三者的に見ることができるとも言えます。振り返ればさまざまな過ちが浮かび上がる私たちのあの三年間。コロナ禍は過去になって良かったと思いますが、その総括は私たちそれぞれがきちんと成すべきことなのではないか、特に〈さざなみドライブ〉を読んでそのように強く感じました。
では、そんなこの作品について6つの短編から私が気に入った三編をご紹介しましょう。
・〈ロマンス☆〉: 『ママ、自転車くる』という さゆみの声に顔を上げたのは主人公の百合。その前を『颯爽』と『ものの数秒』で過ぎていく男を見て『夢を見ているのかと思うほど、現実離れした容貌』と思う百合は『Meets Deli』と書かれた『バックパック』を見ます。『ステイホーム』で普及した『フードデリバリー』の『Meets Deli』。場面は変わり、同じマンションの耕平ママと『Meets Deli』の『イケメンの配達員』のことを話題にする中に『初回千五百円オフクーポン』のことを教えてもらいます。そして『Meets Deli』を利用し始めた百合は『イケメンの配達員』がくることを『ガチャ』と考えていきます。
・〈憐光〉: 『あたしは、気づいたら松の木の下にいた』というのは主人公の松本唯。『高校の教職員用駐車場だと気づ』いた唯は『全員マスクしてる』という生徒たちの姿に『違和感』を感じます。そんな中に『ちりりんと軽やかなベルの音が』します。『うそ、間に合わない』という『次の瞬間、痛みでも衝撃でもなく、かたちのないものが身体の中をさあっと通り抜け』ていきました。『そうだ、あたし、死んでた』と『唐突に理解』する唯。『天国でも地獄でもなく、十五年ぶりの地元にやってきた』という唯は『とりあえず帰ろう』と自宅へと向かいます。そんな中に親友だった つばさと担任だった杉田に遭遇した唯…。
・〈さざなみドライブ〉: 『あ、ひょっとして、ツィッターの…?』、『初めまして。わたし、マリーゴールドです…』、『で、あとひとり…』と『ひと気』のない『郊外の駅』に集まった五人はミニバンに乗り込みます。そして、自己紹介をする中、『ああだこうだ話してんの、おかしいですよね』、『今から死ぬのに』という一人の言葉で『車内の空気が急に重たくな』りました。『一緒に自殺をするということ』を目的に『ツイッター上でつながり、集まった』『年齢も属性もばらばらな』面々。『寂れた駅から、さらに人が来ない山中の林道を目指して走る車のトランクには』『練炭と七輪が積んであ』ります。そして…。
三つの短編を取り上げましたが、他の短編含めこの作品はいずれも全く異なるシチュエーションの中に物語が展開していきます。そして、そんな物語には昨今ニュースで取り上げられるさまざまな”犯罪”が登場します。そして、物語の背景にあるのは上記もしたコロナ禍です。
『世界じゅうがパンデミックに陥って、この先どうなるんだろうと不安になればなるほど…』
そんな空気感の一方で”犯罪”は止むことなく続いてきた現実もあります。ニュースに恐怖を感じる私たち、それも一種の『パンデミック』とも言えると思います。そんな中に、この作品の書名を思い出します。「ツミデミック」という奇妙な書名は調べてみてもそういった言葉があるわけではないようです。一方で『ツミ』という言葉と『パンデミック』という言葉が繋がります。
“犯罪”+『パンデミック』= 「ツミデミック」
なるほど、そういうことか、書名の意味に納得する一方で、この作品は表紙から受けるインパクトもとても大きなものがあります。赤地の表紙に大きく描かれた黄色の菊の花。天皇家の御紋章でもある菊には基本的は悪い意味はないようですが、黄色い菊には”破れた心”という意味もあるようです。そう、この作品に蠢く不穏な空気感、そこに展開するさまざまな”犯罪”を匂わせる物語には読む手を止められなくなっていきます。
中学時代に死んだはずの同級生との再会?を描く〈違う羽の鳥〉、息子が臨家の老人から旧一万円札をもらった先にまさかの”犯罪”を見る〈特別縁故者〉、そして十五歳で妊娠した娘と対峙する父親の姿を描く先に自身のまさかの真実を知る〈祝福の歌〉などそれぞれの物語は全く異なる背景のもとに描かれていきます。そして、その先にえっ?という展開が描かれていく物語は、若干強引なストーリー展開を感じさせる部分があるものの一つの読み物としてはとても良くできていると思います。そして、基本的には読後感良い結末を迎えるこの作品。コロナ禍の日常にそれでもなくならない数多の”犯罪”、そしてその背景にある裏事情を描いたこの作品。代表作「スモールワールズ」含め短編にとても相性の良い一穂さん。この作品にはそんな一穂さんの読ませてくれる物語がありました。
『マスクを求める人々が薬局の前に列をなし、転売が横行…今となっては「馬鹿馬鹿しい」のひと言に尽きるが、あの頃は誰もが切実だったのだ』。
三年間にわたって続いたコロナ禍の世を背景に、それでも止まらない”犯罪”の数々を描き出したこの作品。そこには、『パンデミック』ならぬ、まさしく「ツミデミック」な物語が描かれていました。コロナ禍の始まりから終わりまでを一冊に描くこの作品。そんな中にメジャーどころな”犯罪”が重なってもいくこの作品。
“稀代のストーリーテラーによる心揺さぶる全6話”という紹介が伊達ではない、ぐいぐい読ませる物語が詰まった素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2023.11.25
コロナパンデミックに絡めて描かれる6つの短編。
最初はちょっとホラー的要素やゾッとするような作品3つ、そのあとは心温まる系が3つ。
パンデミックにこじつけた感も否めないが、大きく心を動かされることも…なく読了。
で?って感じの短編集。
一番好きなのは「特別縁故者」かな。続きを読む投稿日:2024.06.09
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