タイムマシンでは、行けない明日
畑野智美(著)
/小学館文庫
作品情報
時空を超えて必ず出会う運命だった。
光二は、ロケット発射台のある南の島で育った高校生。いつか自分もロケットの研究をしたいと勉強に勤しむ一方、密かに同級生の長谷川葵に思いを寄せていた。
平沼は、仙台の大学の時空間の研究室で教授をしていた。過去を一切語らない彼を、周囲は不思議に思う。33歳の平沼を教授に抜擢したのは、齢90近くと噂される井神前教授だ。二人の間には誰にも言えない秘密があった。
別の人生を生きていると思っていたあらゆる人物達が一本の線上に連なる。時空を超えても人は出会うべき人と出会うようにできている。運命を信じたくなる物語。
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商品情報
- シリーズ
- タイムマシンでは、行けない明日
- 著者
- 畑野智美
- 出版社
- 小学館
- 掲載誌・レーベル
- 小学館文庫
- 書籍発売日
- 2023.02.07
- Reader Store発売日
- 2023.02.07
- ファイルサイズ
- 1.3MB
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この作品のレビュー
平均 4.5 (13件のレビュー)
-
あなたは、あの時あんなことをしなければ良かった…というような後悔の感情に苛まれることはないでしょうか?
朝起きて、夜にベッドに入るまで人間の一日の中にはさまざまなことが起こります。もちろん、その日の…おおまかな予定というものは朝起きた時点で決まっていたと思います。しかし、そんな朝の時点では全く予想もしなかった一日が待っていたというようなこともあると思います。
それはあなたの選択の結果が招いた結果であるとも言えます。私たちは朝起きた時から知らず知らずのうちに選択を繰り返します。目覚ましが鳴った瞬間に起きて、顔を洗って、朝ごはんを食べて、着替えて時間通りに出かけるという一日があったとします。一方で、目覚ましが鳴った瞬間に起きなかったとしたらそこには何が待つのでしょうか?目覚ましを止めてまさかの二度寝をしてしまったという場合、その先には、顔を適当に洗って、朝ごはんは抜き、大慌てで着替えて飛び出すという展開、なんとも残念な一日のはじまりが予想されます。しかし、現実には、結果として乗ったいつもとは違う電車の中でまさかの運命の出会いが待っていた、そんな未来もあるかもしれません。それをあなたは偶然だと思うかもしれません。しかし、それはあなたが二度寝という選択をした先に待っていた結果の先の未来と考えることもできます。
そうです。この世を生きることはあなたが無数の選択を繰り返していくこと、そんな選択による結果として展開していく未来を生きていくことでもあるのです。まあ、あまりそんな風に考え出すと何をするのも怖くなってもきます。なかなかに毎日を生きていくのも大変です。
さてここに、自身が行ったひとつの選択の結果に苛まれる一人の男性が主人公となる物語があります。『南の島』の高校に通う主人公が『ロケットの打ち上げ』にクラスメイトの女性を誘うこの作品。そんな誘いに現れた女性と良い雰囲気感の中に歩く主人公を見るこの作品。そしてそれは、そんな主人公が『僕が少しでも違う行動をとっていたら、長谷川さんは今も生きていた』という結果の先の後悔の未来を生きる物語です。
『一年の中で、一番苦手な日かもしれない』と『うちの高校の生徒だけで満席のバスの一番後ろに座り、身を小さく』するのは主人公の丹羽光二(にわ こうじ)。そんな中に『バスが止まり』『長谷川さんが乗ってきて、一番前でつり革につかまって立』ったの見て、『どこかで偶然に会え』ることを期待した夏休みを思い出す光二ですが、『偶然は起こ』りませんでした。そして、別の日、光二が学校に着くと小学校から一緒の斉藤が声をかけてきます。『光二は、好きな女子とかいないの?』と訊かれ、『いない』と返す光二は、『長谷川さんのことは、斉藤には』話していませんでした。『気になるというだけで、これが恋なのかどうかはまだよく分からなかった』という光二。そんな斉藤は『そういやさ、次のロケットの打ち上げ、十一月二十九日らしいよ』と島から『毎年一度か二度』打ち上げられるロケットの話をします。『見られるなら、見たい』と思う光二は、放課後、図書室で長谷川の姿を見かけ声をかけます。バスで何度か見かける中に話すようになった二人。そして、光二は『ロケットの打ち上げがあるから、一緒に見にいこう』と誘います。それに『うん』とうなずく長谷川を見て『ロケットの打ち上げを見た後に、告白しよう』と思う光二。そして、打ち上げ当日、道路の反対側に長谷川の姿を見つけた光二は道を渡れるところまで歩いていきます。そんな時、『赤い車』が『蛇行したまま猛スピードで走って』きます。『下がって!』と声をかけるもそんな長谷川に向かって突っ込んだ『赤い車』。そして、『車の下敷きになり』『曲がらないはずの方へ曲がっていた』長谷川の体がそこにありました。場面は変わり、『教授の机の横に』ある『銀色の円筒』を見るのは『博士課程一年目』の光二。『知り合いが誰もいない町に行きたい』と願った光二は『仙台の大学』に進みました。そんな光二の元に斉藤が尋ねてきました。『島に帰ってこいよ。高校卒業して、一度も帰ってないんだろ?』と言う斉藤に『いや、うん』と返す光二。そんな光二は『僕が誘わなかったら、長谷川さんは事故に遭わなかった』という思いの中に生きていました。そして、『僕が少しでも違う行動をとっていたら、長谷川さんは今も生きていた』とも思う光二。そんな光二は『時空間に関する研究』、『タイムマシンの研究』をしています。『過去に行ける可能性はゼロに近い』と言われているものの『ゼロではない』ということにこだわる光二は、『あの時の長谷川さんに会いたい』、『そして、事故が起きないように過去を変えるんだ』という強い思いを抱きます。そしてある日曜日に研究室へとやってきた光二。『時空間の研究で有名』だった、前の教授・井神から『日曜日の午前中は研究』を休むこととする教えが受け継がれてきた研究室。そんな研究室に入ると先輩の魚住の姿がありました。斉藤から話を聞いたという魚住は、光二の過去にあったことを聞いたと話します。そして、唐突にこんな提案をします。『とりあえず、過去に戻ってみたらいかがでしょうか?』そして、鍵を光二に手渡すと『銀色の円筒を叩』きます。『タイムマシンです!』と言う魚住に『はい?』と訊き返す光二に、魚住は井神前教授が作ったという『タイムマシン』の説明を始めます。そして、『タイムマシン』で運命の日へとタイムスリップした先に、『因果律』が揺らぐ、まさかの展開が光二を待ち受けていました。
“光二は、ロケット発射台のある南の島で育った高校生。いつか自分もロケットの研究をしたいと勉強に勤しむ一方、密かに同級生の長谷川葵に思いを寄せていた。平沼は、仙台の大学の時空間の研究室で教授をしていた。33歳の平沼を教授に抜擢したのは、齢90近くと噂される井神前教授だ。二人の間には誰にも言えない秘密があった。別の人生を生きていると思っていたあらゆる人物達が一本の線上に連なる。時空を超えても人は出会うべき人と出会うようにできている。運命を信じたくなる物語”という内容紹介の”時空を超えて”という言葉がとても気になるこの作品。書名に『タイムマシン』とある通り、あの『タイムマシン』がバッチリ登場するSF作品です。私、さてさては小説を読むことに限定した読書を続けていますが、それは一冊でも多くの”タイムスリップもの”に出会うためです。はい、私は”タイムスリップもの”だけでご飯十杯はいけるほどにこの分野の小説をこよなく愛しています。今までにも、垣谷美雨さん「リセット」、乾くるみさん「リピート」など”タイムスリップもの”のたまらない読み味を味わってきました。そして、この作品の作者である畑野智美さんにも「ふたつの星とタイムマシン」という作品の中に〈過去ミライ〉という短編があります。乾さんの作品も垣谷さんの作品も”タイムスリップもの”ではありますが、それを実現する『タイムマシン』については今ひとつはっきりしません。それに対して書名に『タイムマシン』とはっきりうたわれた畑野さんの作品では、外観、内観含め『タイムマシン』そのものが登場するのが一番の特徴です。『タイムマシン』と言うと、藤子・F・不二雄さん「ドラえもん」に登場する主人公・のび太の机の中に隠されている『タイムマシン』がなんといっても知名度ナンバーワンだと思います。畑野さんの作品ではそんな「ドラえもん」の機械とは似ても似つかぬスタイルが紹介されます。それは、畑野さんの両作品で全くおなじです。というより、この作品は「ふたつの星とタイムマシン」〈過去ミライ〉の続編なの?もしくは、こちらが本編なの?というのがこの作品「タイムマシンでは、行けない明日」の位置づけです。そして、この作品を読むには、先に短編〈過去ミライ〉を読んでいた方が良いというのが両作を読んだ私の感想です。
では、そんな書名にも登場する『タイムマシン』がどんなものかをご紹介しましょう。まず外観はこんな感じです。
・『教授の机の横には電話ボックスぐらいの大きさでドアがついた銀色の円筒がある…重くて動かせない』。
・『中には、ブラウン管型ではない薄型の液晶モニターとキーボードとマウスが置いてあった』。
※ 元は『ブラウン管型』だったが、魚住が交換した
・『壁には、何もない。下の方に三センチくらいの丸い穴が一つ開いていて、黒いコードが一本出ている。コードはモニターに繫がっている』。
では、次はそんなマシンの操作方法です。
・『時間設定というアイコンをクリック』
↓
・『白い画面が開き、真ん中に年月日と時間を入れる欄が出てくる』
↓
・『キーボードを使って、日付を入力する』
↓
・『ドアを閉めて、中から鍵をかけて、エンターを三回押』す
どうでしょうか?「ドラえもん」の『タイムマシン』もやはり日付を指定するシーンがありましたよね。そして、「ドラえもん」の『タイムマシン』と半分同じ考え方が登場します。
『タイムマシンで行っていいのは、日曜日の午前中、この研究室に人がいない時だけ』
お分かりになりますでしょうか?「ドラえもん」の『タイムマシン』では行ける日付は自在ですがこの作品の『タイムマシン』は日時に制約があります。しかし、これは『タイムマシン』の秘密を守るために研究室に人がいない時間帯のみということと絡んでいるからです。そして、「ドラえもん」と同じなのが、場所は動かないという点です。時間の概念と位置の概念は異なるものなので、それを同時に移動することはできないという制約がここに入ります。この制約があるが故の物語展開は「ドラえもん」でも見られますが、この作品でも場所が変わらないからこその必然としての物語展開がドラマを作っていきます。それが、大学の研究室は仙台にある一方で、光二が戻りたいと願うのは故郷の『南の島(ロケットの打ち上げがされるので種子島だと思いますが、作品中ではあくまで『南の島』と記されます)』であるため、そこに物理的な移動が発生してしまうという点が結果的に物語の展開を変化させていきます。この辺り「ドラえもん」同様、設定勝ちという気がします。
そして、そんなこの作品にも登場するのが”タイムスリップもの”のお約束ごとです。
『分かってると思うけど、未来や過去を変えたら駄目だからね』。
「ドラえもん」でも時空間移動による犯罪を阻止するために活動する”タイムパトロール”の存在がありました。この作品ではそんな存在はもちろん登場しません。つまり、”タイムスリップ”した先で歴史を変えてしまうということが結果だったとしてもできてしまうのです。このあたり”タイムスリップもの”に慣れていらっしゃらない方にはちんぷんかんぷんというところがあるかもしれません。少し引用が長くなりますが、この作品ではこのことについてとてもわかりやすい説明がなされていますのでご紹介します。
『たとえば、駅に行くのに二本の道がある場合に、AとBのどちらかを選んだ時点では大きな差はないように感じる。駅に着く時間が少し変わるぐらいだ。けれど、その「少し」が次の変化をもたらす。Aを選んだことによって駅に早く着き、急行に乗れる。Bを選んだことによって駅に着くのは遅くなったが、各駅停車で座れる。その先でどちらかが事故に遭うというような大きな出来事はなくても、選択と結果を繰り返すうちに、人生は大きく変わっていく。誰かと誰かの選択と結果が重なり、そこからまた多くの選択と結果が生まれる』。
どうでしょうか?この例の延長で勝手な想像を入れると、例えばBを選んだことで電車に座れたのは良かったもののうとうとしてしまい乗り過ごして遅刻をしてしまった、そして面接時間に遅れ、結果は…と展開する未来。一方でAを選んだことで急行で早く着いたことで会社の周囲を下見でき、面接で思わずそのネタが使え、結果は…と展開する未来、と考えるとほんの些細な選択の違いによって未来というものが大きく変化する可能性があることが改めてわかります。この作品では、意図しない行動でもその結果が及ぼす影響の大きさが一つの鍵になります。
そして、そんな物語ですが、上記で触れた光二が主人公となる物語の前に、実は〈1〉として、主人公・平沼昇一が登場する物語が描かれるところから始まります。平沼は「ふたつの星とタイムマシン」にも登場した人物です。そして、2016年の今を生きる平沼は『銀色の円筒』へと入り、昭和三十七年の過去へと”タイムスリップ”します。そこで手にするのが三島由紀夫さん「美しい星」です。この作品の存在がこの作品では一つのキーとなり、もう一人の主人公である丹羽光二と繋がってもいきます。『銀色の円筒』の『タイムマシン』を作った井神元教授の研究室を舞台にこれら二人の人物がどう繋がっていくのか、これが物語前半部分のひとつの読みどころです。
そして、なんと言ってもこの作品のど真ん中を貫くのが、上記もした丹羽光二と長谷川葵の関係です。上記の通り、『ロケットの打ち上げ』に誘った光二の目の前で長谷川は帰らぬ人となりました。あまりに衝撃的な物語のはじまり。そこに光二は決して消えることのない思いを抱きます。
『僕が誘わなかったら、長谷川さんは事故に遭わなかった。僕が守れなかったから、長谷川さんは事故に遭った。待ち合わせを違う場所にすればよかった』。
そこに、『時空間の研究』に執着していくことになる光二の思いが見え隠れします。
『あの日に戻るために、研究をつづけてきた。今はまだ、諦められない』。
そんな光二の前に魚住によって提示された『タイムマシン』。これで光二の後悔の思いが解き放たれる!しかし、そこに上記もした『未来や過去を変えたら駄目』という”タイムスリップもの”の掟が立ちはだかります。そんな”掟”を前に逡巡する光二。
『魚住さんは、未来や過去を変えたら駄目だと言っていた。けれど、僕は過去を変えたい。過去を変えたら現在や未来も変わるということは分かっているが、それで僕がいなくなるわけじゃない。他の誰かの未来がどうなってもいい』。
物語はそんな光二の思いの先にどんな未来を見せるのか?光二は長谷川さんを救えるのか?そして、光二の思いの先に歴史を改竄する行為は何をもたらすのか?どうでしょう。こんな興味深いシチュエーションを提示する作品が面白くないはずがありません!そして、物語は実際にはここまで述べたような説明からは予想もつかない、もう見たことも聞いたこともないストーリー展開へと進んでいきます。丹羽光二と平沼昇一が繋がるその先の物語こそがこの作品の究極の展開、それはあなたがここまでの私の説明がミスリードであることに気付く瞬間でもあります。そう、あなたの予想の三段上をいく空前絶後の物語展開がそこにはあります。この作品、凄いです。凄すぎます。レビューを書いていても興奮が抑えきれません!はい、もう間違いなく面白いです!そして、
『因果律を壊したのは、僕だ』。
そんな言葉の先に見るそれからの物語。そこにどんな世界が開け、物語はどう決着していくのか。まさか、こんな風に繋がるの?嘘でしょ!と驚くしかないその全てが繋がる衝撃的な結末とある意味あっけないまでの幕切れ。そこには、畑野さんが得意とされる”恋愛物語”の要素も散りばめられながらある意味で行き着くべき結末を見るものです。しかし、この結末を想像できる読者は絶対にいないです。もしいたとしたら、あなたはこんなところで私のレビューなんか読んでいないでSF作家として明日にでもデビューすべきです!私が全力レビューで応援します(笑)
さて、まさしく直球ど真ん中の“タイムスリップもの”の物語の詳細を、これ以上書き連ねることはネタバレ以外の何ものでもありません。残念ですがレビューはこのあたりにさせていただきたいと思います。
『人と人の出会いは奇跡のように見えて、最初から決められているのかもしれない。運命と言える相手と出会うため、僕達は明日に向かって生きていく』。
『南の島』で育った主人公の光二。そんな光二が目の前で大切な人を失い、『時空間の研究』に邁進していく先に、まさかの『タイムマシン』に乗り込んだ結果論の世界が物語を作り上げていくこの作品。そこには、今まで出会ったことのない斬新な”タイムスリップもの”の世界が描かれていました。畑野さんの緻密な物語設計に読む手を止められなくなるこの作品。そんな中に畑野さんが得意とされる”恋愛もの”の要素も光るこの作品。
“タイムスリップもの”はやっぱり面白い!改めてそう感じさせてくれた、これぞ傑作でした!続きを読む投稿日:2023.09.11
「ふたつの星とタイムマシン」は散漫として面白くなかったのだが、この作品のための序曲(準備)だったんだな。
巷によくあるタイムトラベルが現実をひん曲げてしまう危険を孕むというものでなく、パラレルワールド…で話を膨らませていた。そして平沼教授が校舎の窓から祭りに賑わう人々を見て、「SNSを通すことで一人でいることも大事だが、その自分を肯定して寂しいことに慣れないでほしい」と呟く。まさに現在、そして未来に、人との触れ合い、繋がりの大事さを訴えて、体温を感じる関係が必要と警鐘を鳴らしている。時空を超えてスッキリするような解決はないのだが、それぞれの異なる世界での立ち位置をそれぞれが確立していく。続きを読む投稿日:2023.12.21
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