本を守ろうとする猫の話
夏川草介(著)
/小学館文庫
作品情報
「お前は、ただの物知りになりたいのか?」
夏木林太郎は、一介の高校生である。幼い頃に両親が離婚し、さらには母が若くして他界したため、小学校に上がる頃には祖父の家に引き取られた。以後はずっと祖父との二人暮らしだ。祖父は町の片隅で「夏木書店」という小さな古書店を営んでいる。その祖父が突然亡くなった。面識のなかった叔母に引き取られることになり本の整理をしていた林太郎は、書棚の奥で人間の言葉を話すトラネコと出会う。トラネコは、本を守るために林太郎の力を借りたいのだという。
お金の話はやめて、今日読んだ本の話をしよう--。
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商品情報
- シリーズ
- 守ろうとする猫の話
- 著者
- 夏川草介
- 出版社
- 小学館
- 掲載誌・レーベル
- 小学館文庫
- 書籍発売日
- 2022.09.06
- Reader Store発売日
- 2022.09.06
- ファイルサイズ
- 1MB
- シリーズ情報
- 既刊2巻
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この作品のレビュー
平均 4.0 (131件のレビュー)
-
「まず第一に、祖父はもういない」
小説は冒頭の掴みの一文が重要であると思う。この一文で引き込まれるか、引き込まれないか、この先を読もうと思うか思わないかが分かれると思う。
凄いセンスのある冒頭の一…文に多く出会ってきた。町田その子さんや川上未映子さん、柚木麻子さん、村上春樹さんの小説。それからトルストイの「アンナ・カレーニナ」や夏目漱石の「吾輩は猫である」。
夏川草介さんのこの小説のこの「まず第一に、祖父はもういない」という冒頭の一文はシンプルで飾り気がない。けれど、その一文で主人公が祖父を亡くしたという事実と失望と悲しさと諦めとその事実に向き合おうとする強さとそして、何より主人公とこの作家の「誠実さ」が伝わってくる。
そして、もう一箇所とても好きな文がある。それは主人公夏木林太郎が亡くなった祖父を送り出したあとに残されていた
「負債と言うには当たらないが、遺産と言うほどの価値もない。
『夏木書店』という名のそれは、町の片隅にある一軒の古書店であった。」
遺産ってそういうものなのだろうなと思う。金額ではなくて、亡くなった人が心をこめて生涯をかけて築いて守ってきたもの。他人から見たら「負債」というほどではないが「遺産」とも呼べないそれを真正面から受け止めているこの文にも誠実さが感じられる。
夏木林太郎の両親は林太郎が幼い頃に離婚し、さらには母親が若くして他界したので、林太郎は古書店を営む祖父に引き取られた。そしてその祖父も林太郎が高校生の時に突然亡くなった。
もともと、冴えないルックスで勉強も嫌いで、運動神経も悪く、無口で友達も少なかった林太郎は祖父の古書店に引き籠もって本ばかり読んでいた。
だけどそんな林太郎を心配してくれる友もいた。一人はバスケ部のエースで3年生で成績トップでルックスもよく、生徒会長も務め、読書家でもある、秋葉先輩。そんな人気者のスーパーマンなのに彼は世間の流行り廃りを全く無視した林太郎の祖父のこだわりの古書のラインアップを見て「本当にここにはいい本が並べてある」と褒めてくれる。そしてその古書店の本に詳しい林太郎にも一目おいている。
そして、もう一人林太郎のことを心配しているのが学級委員の柚木冴夜で、彼女は不登校の林太郎の下へ学校からのプリントなどを届け、厳しくも爽やかな口調で林太郎のことを励まし続ける。
ある日、林太郎が落ち込んでいる時、言葉を喋る猫がやってきて、「本を助け出すために力を貸してほしい」と言った。
猫について店の奥に行くと、本当になら突き当りの壁があるはずのとこに奥深く通路があり、光が溢れ、ファンタジーの世界に来た。
第一の迷宮は本を「閉じこめる」暴君から本を開放すること。世界一本を読む忙しい人で、一ヶ月に100冊というノルマを達成し、読んだ本を次々にショーケースに閉じ込めていた。そんな暴君に林太郎は勇気を持って「本当に本が好きな人はそんなことはしないものです」「あなたは自分を愛しているだけで本を愛しているわけではない」と論破する。
二つ目の迷宮には「本を切り刻む」暴君がいた。大好きだというベートーヴェンの第九を大音量で流しながら、リズミカルに挟みを動かしていた。その本の内容が「要約された」一文だけを切り取ればいいのだと。そうすれば沢山の人が沢山の本を「読んだことに出来る」のだと。そこで林太郎は彼の聴いている「ベートーヴェンの第九」を早送りし、「こうすれば沢山聴けるけれどこれでいいのですか」と言う。本をゆっくり読むことの大切さを説得できたのだ。
第三の迷宮には「本を売りさばく」暴君がいた。「売れる本」を売らなければ、本屋や出版社は潰れる。売れる本を作ってどんどん売りさばいて、利益をあげるのが良い。「本は消耗品」だと言って、売れなくなった本をどんどん窓から放り投げていた。そんな暴君に林太郎は「あなたはいくら儲かれば満足するんですか。祖父が言ってました。お金の話を始めると際限なくなる。だからお金の話はやめて今日は本の話をしようって。本当に本が好きな人は本が消耗品だなんて言ってはいけないんです」と論破した。
三つの迷宮の暴君は林太郎に論破されて、心を入れ替えるが、読んでいるとモヤモヤした気持ちも残る。
何故って、どの迷宮の暴君も正しくはないが、間違ってもいないと思えるからだ。
本が好きな人は世界中の本を読みたいと思うし、一冊丸ごと読むことが時間的に無理なら部分的にでも読みたい、そして美術品のように美しい本を飾りたいと思うから第一の迷宮の暴君の気持ちは分かる。また、流石に本を「切り刻む」ことはいけないが、色んな本のダイジェストを集めた本もあり、それらを読んだことをきっかけにして、一冊の本を読む人もいるから、第二の暴君も間違ってはいない。
また、実際に本が売れなくて出版社や本屋が潰れたら、結局本好きの人が困るので「売れる本」も作ってほしいと思う。それに、「売れる」ライトや本をきっかけに読書にはまって、次第に難しい本を読むようになる人も多い。だから、売れる本ばかりをつくる第三の迷宮の暴君も本を残すことに貢献している。
ではこの三つの迷宮の暴君が「間違ってない」のに不愉快なのはどうしてか。
その秘密は最後の迷宮で明かされる。最後の迷宮では本ではなく、柚木冴夜という友達を助けに行く。目立たない、パッとした取り柄もない、ただの無口で本ばかり読んでいる引きこもりの高校生、林太郎。こんなに自分に自信のない林太郎のことを本気で心配してくれる学級委員の冴夜。人の地味な長所を褒めてくれる人には本当に心がある。その冴夜を林太郎は助けに行ったのだ。
この本に出てくる世界の歴史に残るような名著を殆ど私は読んでいないのだが、夏川さんによるとそれらには立派なことではなく、人間の普遍的なことが書かれているのだそうだ。昔からの普遍的なことが書かれているからこそ、後世に残さねばならない。とここまで書いて、残すならお金のかかる紙媒体でなくても「電子書籍」や「オーディブル」があるではないか。となる。大いに歓迎。「オーディブル」をきっかけに文学に目覚める人もいるであろうし、「保存」するには紙媒体よりも電子媒体のほうが安全で場所も取らない。
けれど、電子書籍やオーディブルで済ます現代人は、食べることを我慢して、古本屋で本を買って読んでいた林芙美子のように読書が血肉となっているだろうか。
林太郎の祖父は「本を読むことは山を登ることと似ている」と言った。「読書はただ愉快であったり、わくわくしたりするだけではない。ときに一行一行を吟味し、何度も同じ文章を往復して読み返し、頭をかかえながらゆっくり進めていく読書もある。その苦しい作業の結果、ふいに視界が開ける。長い長い登山道を登りつめた先に視界が開けるように」
そういう読書はやっぱり、紙の本だなと私は思う。そして、林太郎の祖父はそんな富士山やエベレストやヒマラヤ級登山に似た読書感を得られる「売れない本」を売る古書店を大切に守ってきた。
世界の普遍的なことを書いてきた先人達が亡くなってもその言葉が「本」という形で遺っているように、林太郎の祖父が毎日掃除し、地味に大切にしてきた古書店も祖父という人そのものとして遺った。その古書店を林太郎が受け継いでいくことにして良かった。
続きを読む投稿日:2024.04.21
続編「君を守ろうとする猫の話」を読んだことがきっかけとなり再読。7年前に単行本で初読、今回は加筆修正され著者の解説があとがきとなった文庫版で再読。ブクログにも登録した。
本を読むことの是非を論じるの…は苦手だ。けれどこの本を人に薦めることはできる。心にも栄養は必要。善く生きるために。
臆さず難解な名著にもチャレンジしたいと思う。
文庫版はあとがきにて著者の執筆に至った想いが語られていて、答え合わせのような気持ちでそれを知ることができて良かった。
続きを読む投稿日:2024.06.16
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