私が語りはじめた彼は(新潮文庫)
三浦しをん(著)
/新潮文庫
作品情報
私は、彼の何を知っているというのか? 彼は私に何を求めていたのだろう? 大学教授・村川融をめぐる、女、男、妻、息子、娘――それぞれに闇をかかえた「私」は、何かを強く求め続けていた。だが、それは愛というようなものだったのか・・・・・・。「私」は、彼の中に何を見ていたのか。迷える男女の人恋しい孤独をみつめて、恋愛関係、家族関係の危うさをあぶりだす、著者会心の連作長編。(解説・金原瑞人)
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商品情報
- シリーズ
- 私が語りはじめた彼は(新潮文庫)
- 著者
- 三浦しをん
- 出版社
- 新潮社
- 掲載誌・レーベル
- 新潮文庫
- 書籍発売日
- 2007.08.01
- Reader Store発売日
- 2022.07.29
- ファイルサイズ
- 1MB
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この作品のレビュー
平均 3.5 (248件のレビュー)
-
さて、突然ですが、あなたは次のような言葉を聞いて話題に上がっている一人の人物をイメージできるでしょうか?
・『村川はいい加減ですが不真面目ではない』by 妻
・『父は決して…偉ぶることがなかった』by 息子
・『本ばかり読んで、夢見がちで自分勝手な男』by 義理の娘
・『先生はさびしくて繊細』by 浮気相手
それぞれの関係性から見た同一人物を表したこれらの言葉は、一見同一人物を表しているようにもそうでないようにも感じられます。
私たち人間には、さまざまな顔があります。悪い意味での表と裏ということではなく、それぞれの関係性に合わせた顔という意味です。そこには、長く一緒にいればいるほどに見えてくるものもあるでしょう。付き合い始めたばかりの恋人、初めは良いところばかりが目に入って熱を上げたものの、次第にマイナス面が目立ってきて結局別れに至る、そんなことは決して珍しくありません。また、本人が意識して特定の人の前ではある理想の姿で振る舞っているという場合もあるでしょう。その場合には、正体がバレてビックリ!という未来が待ってもいるかもしれません。人というもの、その人の本来の姿というものを理解するのもなかなかに大変です。
さて、ここに、一人の大学教授が影の主人公となる物語があります。妻と息子、娘の四人家族だというその男性は、やがて浮気相手とその子どもの元へと去ってしまう…そんな前提の物語が描かれるこの作品。そんな男性とさまざまな繋がりにあるさまざまな人物が視点の主を務めていくこの作品。そしてそれは、そんな大学教授に一度も視点が移らない中に、そんな人物の存在が読者の頭の中に徐々に浮かび上がっていく物語です。
『奥さん、いかがです。思い当たることがあったら、どんなことでもおっしゃってください』と、『ついに焦れて』『言葉を発した』のは、この短編の主人公・三崎。『それでも口を開く気配は』ない彼女に『思い当たることは…』と再び言葉を発すると、『たくさんありもするし、なにもないとも言えます』とようやく彼女は言葉を発しました。『彼女に会うのは、数年』ぶり、『もう五十に手が届く年齢』という彼女は『村川はなんと言っています?』と『私の持参した紙を手にとって』続けます。それに、『先生は何もおっしゃいません』と三崎が言うと『三崎さんもご存じでしょう… 私が村川の数ある女の一人になっていることを』と返されます。『どう答えたものなのか』と三崎は逡巡しますが、『先生はいま、非常にまずい立場に追いこまれています。その手紙…怪文書のせいで』、『このままでは先生は、大学を去らねばなりません』と続けます。それに『三崎さんも大変ですね… 村川の私的な厄介事のために奔走して』と言う彼女は『村川が大学を追われたら、あなたの学界での出世にも響きますか』と三崎の立場を気にかけます。『先生がいなくなったら、いまの大学で僕が講師の職に就くことは難しくなるでしょう』と返す三崎。そして、三崎は『滲んだインクで綴られた』便箋を開きます。『大学関係者ナラビニますこみ各位。○○大学文学部歴史学科東洋史専修専任教授村川融ハ教育者トシテフサワシカラヌ人物デアルコトヲココニ告発スル…』と始まる便箋には『修士課程二年倉橋香織ト一年半ニワタリほてるデ兎ノゴトクマグワイ続ケタ…』と綴られていました。『数社の週刊誌にこの手紙のコピーが送られて』いることを告げる三崎は、この手紙を書いた主が誰であるかの心当たりを村川の妻に尋ねに訪れたのでした。そんな中で、彼女は『太田春美を知っていますか』と『意外な名前』を持ち出します。『太田さんは、結婚しています』と言う三崎に『私だって村川と結婚しています』と返す彼女は、『ほたるが盗み撮りした写真です』と、『昼下がりのホテルのロビー』を写した写真を取り出しました。さらに、彼女は『カセットテープを取りだ』し再生すると、そこからは、村川と女性の声が『衣擦れとベッドの軋み』とともに聞こえてきました。太田春美だと思われるその声。そして、彼女は『村川と私のあいだで離婚の話が進んでいることを知って、太田春美はこの時期に告発文を書いたのだと思う』と語ります。それによって『地位を失った先生を手に入れ』、『この町を去る覚悟なのだろう』という太田の考えを推測する三崎は、『あなたは悔しくはないですか』と彼女に問いかけますが、そこに『涙の影』はありませんでした。そして、『手紙は太田春美が書いたのだ。私は太田春美を訪ねるだろう』と思う三崎の姿が描かれる冒頭の短編〈結晶〉。各短編に名前のみ登場する村川融の妻が語る村川の人となりを朧げながらに知ることのできる好編でした。
“「私」は、彼の中に何を見ていたのか。迷える男女の人恋しい孤独をみつめて、恋愛関係、家族関係の危うさをあぶりだす、著者会心の連作長編”と、内容紹介にうたわれるこの作品。2004年5月に刊行された三浦しをんさんとしては最初期の作品の一つです。この時代の三浦さんは、主人公の翻訳家が訳す、はちゃめちゃな物語が”小説内小説”として登場する「ロマンス小説の七日間」や、”昔話”をコンセプトにしてそれを下地にした物語が創作されていく「むかしのはなし」、そしてBL世界を匂わす「月魚」など、実験的な作品が多々生まれています。そんな後、2006年には傑作「風が強く吹いている」が登場することを考えると、三浦さんの試行錯誤の時代だったのかなとも思います。そして、この作品にもそんな色彩が色濃く登場します。それが、物語の冒頭に唐突に記された『二千年以上前の話』です。
『寵姫が臣下と密通していることを知った若き皇帝は、まず彼女のまぶたを切り取った。これから自分がどんな目に遭うのかを、彼女がしっかりと瞳に映せるように』。
そんな風に始まる物語の内容は衝撃的です。『彼女の体中の穴という穴を、縒った最上級の絹糸で縫いあわせた』、『皇帝は、まぶたと舌を失い、穴を塞がれた女を、それまでどおり豪奢な部屋に置き、着飾らせておいた』と続く物語は、どんどんホラーな表現がキツくなっていきます。選書ミスをしたか?と冷や汗が出だす中に、いきなり『奥さん、いかがです。思い当たることがあったら、どんなことでもおっしゃってください』とこの短編の主人公・三崎の何のことはないセリフの登場によって現実に引き戻される読者。しかし、そんな強烈な印象は後を引きます。また、冒頭の物語が本編にどう関連するのか?その答えを読者は探しますが、明確な繋がりを見つけられない中に、物語は、謎の存在とも言える村川融という人物への関心に移っていきます。とは言えこの短編〈結晶〉には、冒頭の物語の世界観を引きずる文体が多々登場します。この短編で主人公を務める三崎が太田春美という存在の登場を妻に匂わされたことから戸惑う場面の描写を抜き出してみましょう。
『私の心は、何万年もかけて生成された氷柱に貫かれたかのように痺れた』と強烈に始まる一文は、『憎しみも恨みも凍結され、絶対零度で細胞を灼かれる痛みのみが、遠い宇宙から降り注ぐ電気信号のように私の神経にかそけく届く。私はもう泣くことも叫ぶこともできなかった』と、三崎の心情を劇画調の表現で描写していきます。『彼女にすがりつき、泣きながらこの絶望を訴えたい』と言う三崎は『私の四肢はむなしくソファに沈んだままだった』と自身の姿を俯瞰します。他にも『彼女は噴きあがる熱気にひるむことなく、かげろうのごとく摑みどころのない体と心で、業火の中にたたずむ』や『私は、蠍のように研ぎ澄ました毒の滴る針をもって、太田春美の言葉を殺す。そこに真実はないと断じるのみだ』といった、とにかく劇画調の表現の頻出は間違いなく、この作品を読み始めた読者を戸惑わせます。しかし、ご安心ください。この表現はこの短編〈結晶〉のみです。物語は、二編目以降別物に読みやすくなっていきますのでくれぐれもこの短編の途中で”挫折”されないようご注意ください(笑)。もちろん、こういった表現がお好きな方には逆にたまらない短編だと思います。
そんなこの作品は六つの短編が連作短編を構成しています。そして、そんな六つの短編全てに登場し、物語を一つに繋げていくのが大学教授、村川融(むらかわ とおる)の存在です。六つの短編はそれぞれに視点の主となる主人公が登場しますが、六つの短編全てに登場する村川融に視点が移ることはありません。そうです、この作品は影の主人公・村川融に何らかの関係を持つ人たちがそんな村川融の存在を匂わせながら、それぞれの人生を語っていく中に物語が展開していくという体をとっているのです。似たような体裁としては、川上弘美さん「ニシノユキヒコの恋と冒険」、柚木麻子さん「伊藤くんA to E」があります。これら二作品は書名に影の主人公の名前まで登場させるこだわりを見せます。一方で三浦さんの作品では『彼』と匂わすところにミステリー感が漂います。
では、六つの短編タイトルおよび視点の主と関係性、そしてそこに語られる村川融という存在、さらには印象的に登場するこだわりの存在をまとめてみましょう。
・〈結晶〉: 三崎(大学の研究室の助手)、『村川の魅力は、ある種の女にはたまらないもの』、『村川の専門でもある、古代の朝廷』、『村川の誕生日は、二月四日』、『村川はいい加減ですが不真面目ではない』、『エゴイストですがロマンティスト』
※こだわり: 二千年以上も前の話
・〈残骸〉: 賢司(浮気相手の夫)、『先生はさびしくて繊細』、『村川は哀れで愚かな男』、『口当たりのよい夢の果実ばかりを求める』
※こだわり: うさぎ
・〈予言〉: 村川呼人(息子)、『世の中のなんの役に立つわけでもないのに、古代の中国について調べ続ける父をすごいと思っていた』、『父は自分の脳みそと研究にかける情熱だけを頼りに、俺たちを食わせていた』、『父は決して偉ぶることがなかった』、『父はなんで俺たちを捨てたんだろう』
※こだわり: バイク
・〈水葬〉: 渋谷俊介(義理の娘の隣人)、(義理の娘の)村川綾子は『週に一度は父親宛に手紙を書き、これまた週に一度、必ず父親から返信が届く』
※こだわり: ぬか漬け
・〈冷血〉: 市川律(義理の娘の婚約者)、『本ばかり読んで、夢見がちで自分勝手な男』『あなたは冷たいところが父と似てる』
※こだわり: 化学
・〈家路〉: 三崎(大学の研究室の元助手)、『先生にかかわる女たちは、時を止める魔法を知っているのかもしれない』、『だれもが、先生に一番愛されたのは自分だと競いあった』、『先生は女たちに愛を求め、女たちは先生を愛した。だが、先生を理解したものはなく、先生に理解されたものもいない。だれ一人として』
※こだわり: 徘徊老人のアナウンス
義理の娘の隣人という予想外な人物まで登場させて物語は予想外な内容に展開していきます。しかし、影の主人公・村川融に関する描写は当然に関係性が近い人物の登場回の方がより具体的です。上記で抜き出した表現だけ読んでもどことなく村川融という人物が思い浮かんでもきます。物語は、そんな村川融という存在によって人生が何らかの形で影響を受けていく様が描かれていきます。そして、それは短編の中でその展開が匂わされてもいくため、ある短編を読んだ読者は、前の短編の結果が、その短編に登場する主人公にこんな影響を及ぼしたんだということが朧げながらに伝わってきます。そして、最後の短編〈家路〉で全てが決着し、『彼』=村川融という存在の大きさを感じる中に物語は幕を下ろします。
“私は、彼の何を知っているというのか?彼は私に何を求めていたのだろう?”
人というものは、誰であれ、その存在によって他の人に影響を及ぼしていくものです。この作品では、村川融という存在が彼の人生に何らかの形で関わっていくそれぞれの主人公たちの人生に影響を及ぼしていく様が描かれていました。短編ごとに語られていく村川融の存在が短編を経るごとに大きくなっていくのを感じるこの作品。短編ごとに『バイク』や『ぬか漬け』、そして『うさぎ』などを短編世界に意味を持って登場させることで、物語に不思議と深みを与えていくのを感じるこの作品。
美しく綴られていく物語の中に、今の三浦しをんさんらしさに繋がるこだわりの感情を見た、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.01.05
三浦しをんさん初読みだったかも。不倫を繰り返す大学教授とその不倫相手たちに振り回される人々を主人公に書かれています。不思議展開も多く、あまり好みではなかったです。息子さん視点の話が一番良かったかな。他…の作品も読みたいとはあまりならなかった。続きを読む
投稿日:2023.05.07
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