宙ごはん
町田そのこ(著)
/小学館
作品情報
この物語は、あなたの人生を支えてくれる。
宙には、育ててくれている『ママ』と産んでくれた『お母さん』がいる。厳しいときもあるけれど愛情いっぱいで接してくれるママ・風海と、イラストレーターとして活躍し、大人らしくなさが魅力的なお母さん・花野だ。二人の母がいるのは「さいこーにしあわせ」だった。
宙が小学校に上がるとき、夫の海外赴任に同行する風海のもとを離れ、花野と暮らし始める。待っていたのは、ごはんも作らず子どもの世話もしない、授業参観には来ないのに恋人とデートに行く母親との生活だった。代わりに手を差し伸べてくれたのは、商店街のビストロで働く佐伯だ。花野の中学時代の後輩の佐伯は、毎日のごはんを用意してくれて、話し相手にもなってくれた。ある日、花野への不満を溜め、堪えられなくなって家を飛び出した宙に、佐伯はとっておきのパンケーキを作ってくれ、レシピまで教えてくれた。その日から、宙は教わったレシピをノートに書きとめつづけた。
全国の書店員さん大絶賛! どこまでも温かく、やさしいやさしい希望の物語。
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この作品のレビュー
平均 4.4 (701件のレビュー)
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あなたは、自分の親とどのような関係にあるでしょうか?
このレビューを読んでくださっている方にはさまざまな方がいらっしゃいます。年齢も性別もマチマチです。すでに自分の親を亡くしたという方もいらっしゃる…と思います。
一方でご存命であったとしてもその関係性は人それぞれだと思います。1990年代から顕著になったと言われる”友達親子”といった関係性にある方もいらっしゃるでしょうし、その反対に何らかの理由によって、二度と会わないと決めてバラバラの人生を送られている方もいらっしゃるかもしれません。他人の家庭の事情はその数だけあります。
そして、そのどの関係性が正解と言い切ることもできないと思います。また、そもそも自分の家族以外、他の家族の関係性というものはなかなかに覗き見することさえ難しいと思います。テレビドラマに描かれる親子の姿、そんな映像がファンタジーに見えてしまうのは、もう当然のことなのかもしれません。
さて、ここに物語冒頭に幼稚園児だった一人の女の子が母親との複雑な関係性の中に成長していく姿を描いた物語があります。その女の子はこんなことを言います。
『わたしには、育ててくれているママと産んでくれたお母さん、それぞれがいる』。
この作品はそんな女の子が『産んでくれたお母さん』と暮らすようになった先の人生を描く物語。そんな女の子が、『超ふわふわパンケーキの極意を教えてやる』と言われた先に、『レシピノート』を書き上げていく物語。そしてそれは、そんな女の子が小学生、中学生、そして高校生と成長していくその先に、
『悲しいとき、嬉しいとき、やるせないとき。いつだって宙を生かして育ててくれた』。
そんな思いを『料理』に感じる瞬間を見る物語です。
『宙ちゃん、どうしたの?』と『保育士の廣木』に訊かれたのは主人公の川瀬宙(かわせ そら)。『もうすぐ”母の日”という』タイミングに『ママの似顔絵を描きましょう』と『画用紙を配 』った廣木は宙の『まだ何も描かれていない真っ白な画用紙を見て「好きに描いていいんだよー?」と笑いかけ』るも『どっち?』と訊かれてしまいます。『ママとお母さん、みんなどっちをかいてるの』ともう一度訊く宙に、『受け持ちの子どもたちの中に特殊な事情の家があったことを、すっかり忘れていた』廣木は『はっとし』、『え、えっと。両方描いたらどうかなあ』と言います。それを近くで聞いていた大崎マリーが『りょうほうってなに。ひとりしかいないにきまってるじゃない』と声を上げます。それに『わたしには、ふたりいるもん』と返す宙は『わたしには、育ててくれているママと産んでくれたお母さん、それぞれがいる』と思います。しかし、マリーもおさまらず、いつも迎えに来ているのが『ニセモノ』だとつっこむと、周りの子たちが『ニセモノのママなんているのお?』と騒ぎ出しました。そして、『ニセモノのママと一緒にいるんだ。かわいそう』と言われたことに『わたしは、可哀相なんだろうか』と思う宙。
場面は変わり、『卒園パーティ』で『築八十年を超す』川瀬家へとやってきた宙を、『卒園おめでとう』と迎えるのは『産みの母』である花野(かの)。そんな花野のことを『カノさん』と呼ぶ宙は、『花野のみっつ下の妹である風海(ふみ)の手で育てられ』てきました。『ジェラート買ったの』と専門店で買ってきた『開店一時間で売り切れ』になる人気商品を花野が出すと、『姉さん、そういうもので子どもを釣ったらダメ』、『まったく、姉さんは子育てが分かってない』と風海に叱られてしまいます。一方で『カノさん、さいこーだよね!』と喜ぶ宙。そして『卒園パーティ』が終わるというとき、途中から参加したパパの康太が突然話しかけてきました。『なあ、宙… 宙ももう小学校一年生になるんだ。そろそろ母娘で暮らすときがきたんだよ』と語る言葉に『いま言わなくてもいいじゃないの』と咎める風海。『姉さんじゃ子育てなんてとうてい無理。宙が可哀相』と言う風海に『三人で話し合って、決めたことだろ?』と言う康太は『宙。僕たちはお前のしあわせを考えたんだ。あるべき姿に、戻ったほうがいいんだよ』と宙を抱きしめながら語りかけます。突然のことに『何が何だか分か』らない宙。そして、宙が育ての親である風海の元を離れ、『産みの母』である花野と暮らす新しい毎日が始まりました。
三年連続で本屋大賞にランクインするという快挙を果たされた町田そのこさん。そんな町田さんが本屋大賞2023に送り込まれたのがこの作品「宙ごはん」です。”今日を乗り越えてゆくための食卓を描きました”という町田さんの言葉と、「宙ごはん」といういかにもな書名をもってこの作品が”食”を何らかの形で取り上げた作品であることを予想させます。女性作家さんの作品には”食”を取り上げた作品が多々あります。泣き笑いの人生の中に”食”が如何に大切な役割を果たしているかを感じる井上荒野さん「キャベツ炒めにささぐ」、”食”に焦点を当てた物語が自然と登場人物の性格描写に結びついていく伊吹有喜さん「オムライス日和」、そして”ふぅ、幸せ”という一言が象徴する幸せな食卓を演出していく小川糸さん「あつあつを召し上がれ」など本を読んでいるのに無性にお腹が空いてくる見事な”食”の場面を作品中に登場させる作品はあげだすとキリがないほどです。
一方で、町田そのこさんと”食を描いた作品”というのは今ひとつピンときません。しかし、”食”を描くということは文字の力で食欲を刺激することが必須であり、作家さんの文章表現力が問われるものでもあります。その点からは、本屋大賞三年連続ランクインの圧倒的な表現力で読者を酔わせてくださる町田さんには大きな期待が沸くところです。この作品は、五つの短編が連作短編を構成していますが、そんな五つの短編それぞれに短編タイトルに記された”食”が登場します。では、そんな中から一編目で取り上げられる『パンケーキ』の描写を見てみたいと思います。
『よし、やっちゃんが超ふわふわパンケーキの極意を教えてやる』、『まずは、粉を混ぜてふるうところからな。これをしないと、粉がダマになって、出来上がりが不味くなるんだ』と指導を受ける宙。佐伯が『うまいうまい』と褒める中に卵を割り、メレンゲを作っていく宙。そして、『火にかけたフライパンに、十分に泡を保った生地を落と』すと、『バニラの香りが広がり、生地が焼ける香ばしい匂いが続く』という場面。ここで、『おまじないとして、お湯をちょっと足』 すことを指導される宙は、『宙のおまじないのお陰で、絶対美味いもんができるぞ』とも言われ『わあ』と声を出します。そして、『宙の握りこぶしほどの厚みを持ったパンケーキ』が出来上がり『バターを載せると、鋭かったバターの輪郭がすぐにやわらかくまるくな』ります。
そうです。この作品が描く”食”の特徴は、主人公の宙が、料理人である佐伯の指南を受けてさまざまな料理を学んでいく姿が描かれていくところにあります。物語が進むに連れて幼稚園児から高校生へと大人の階段をかけ上がっていく主人公の宙。そんな宙は、『小学校一年生のときにパンケーキの作り方を教わって以来』、『佐伯に料理を教わってはレシピをノートに書き留めて』います。『ノートにせっせと書いては、数日後に自宅キッチンやサエキのキッチンで復習を』するという宙。
『小学校一年生から始めたレシピノートはいまでは二十冊を越したが、油がハネたシミや、慌てて書いたせいで乱れた文字を眺めているだけで、そのときの空気まで鮮やかに思い返すことができる』。
短編を読み進めば読み進めるほどにノートはどんどん増えていきます。そしてそれは宙がさまざまな料理をマスターしていくことも意味します。また、そんなノートにその時々の思い出が刻まれていくように読者の中にも”食”のシーンが物語と共に刻まれてもいきます。では、そんな風にしてできた料理を食べるシーンをみてみましょう。メニューはもちろん、ここで取り上げた『パンケーキ』です。
『ふわふわしたたまご色の生地を大きく切り分けて口に運ぶと、表面は少し硬めでかりっとした食感。中は雲を口に入れたかのようにすっと溶けて消えた』という『パンケーキ』。『最後に残るのはバターの豊かな香りと、イチゴジャムの爽やかな酸味』という中に『おいしい…』としみじみ呟く宙は、『一口食べては感嘆のため息をつき、二口食べては頰が緩む。美味しい。とても美味しい。こんなに美味しいパンケーキ、どこにも売ってない』と思います。『やっちゃん、わたしこんなおいしいパンケーキ、はじめて』と言う宙に、『そりゃ、自分が一所懸命作ったもんだから美味いのさ』と返す佐伯。
いかがでしょうか?美味しそうに感じられましたか?私はもう、『パンケーキ』が食べたくて食べたくて食べたくて仕方がなくなってきました(笑)。『パンケーキ』が登場する作品というと寺地はるなさん「今日のハチミツ、あしたの私」などでも食欲を散々に刺激されましたが、いずれもこの絶品の文字表現があってこそです。この町田さんの作品は、『パンケーキ』を描いた作品として、そして”食”を取り上げた作品として、新たに私の中に刻まれました。
そんなこの作品は上記した通り五つの短編が連作短編を構成しています。それぞれの短編を簡単に見てみましょう。
・〈第一話 ふわふわパンケーキのイチゴジャム添え〉: 『わたしには、育ててくれているママと産んでくれたお母さん、それぞれがいる』という宙。小学校入学を機に産みの母である花野の元で暮らし始めます。そして、花野を慕う佐伯を『とてもいい人』と親しくなり、料理を教えてもらいます。そんな中、花野から『あたしの恋人なの』と、柘植という『初老の男』を紹介された宙。
・〈第二話 かつおとこんぶが香るほこほこにゅうめん〉: 『今日の献立、最悪』と、『好き嫌いが激しくて、いつも献立に文句をつけている』クラスメイトにうんざりする宙。『叱らない教育』をモットーにする担任の元、『纏まりのない雑然とした』『六年三組』での時間を過ごします。一方で、『あまりに柘植に頼っていることに、呆れ果て』て花野のことを見る宙。
・〈第三話 あなたのための、きのこのとろとろポタージュ〉: 『小学校一年生から始めたレシピノートはいまでは二十冊を越した』という宙。一方で、花野は突然、『絵が描けなくなった』という苦しみの中にいました。そんな花野を心配する中に、『クラスのムードメーカーで、いつもひとを笑わせている』という鉄太と付き合い始めた宙は、彼が抱えているものの存在を知ります。
・〈第四話 思い出とぱらぱらレタス卵チャーハン〉: 『どこもかしこも老朽化していた』という『築八十年を超える川瀬家』の『大掛かりなリフォームをすることに決めた』花野。それに向け、モノを『景気良く捨てて』いく花野を心配する家政婦の田本。『ママが来るまで処分は待った方がいいんじゃないかな』と宙が進言するも『これはあたしの家のことだもの』と聞かない花野。
・〈第五話 ふわふわパンケーキは、永遠に心をめぐる〉: 『遠宮廻が退学したと聞い』ても『誰のことだか分からな』い宙。『ワケアリ父子家庭』と聞き『ワケアリ母子家庭』だと自身を思う宙は、『親のせいで人生狂った感じだよね』と遠宮を噂する友人の言葉に『人生』と呟きます。そんな宙は買い物に出かけたスーパーで『ちょっとこっち来い』、『万引きじゃねえか』と小学生の少年が連れていかれる場面に出くわします。
五つの短編の視点の主は宙から動くことはありません。しかし、それぞれの短編で光が当てられていく人物は変化していきます。それは、一編目の花野から始まり、宙の身近な人物に順に光が当てられていく中で、次第に宙自身が置かれている境遇が明らかになってもいきます。そこに宙が幼稚園児から高校生へと成長していく縦の軸が重なります。物語を読む読者はそんな物語の中で次第に宙の中にある変化が訪れていくのに気づくはずです。上記した通り、この作品では、”食”が描かれていきます。食べるだけでなく、作り方の指導を受けて短編タイトルにあるような”食”を作る側にも回っていく宙。しかし、物語が進むに連れて、「52ヘルツのクジラたち」や「星を掬う」と同じテーマが顔を出します。それこそが、『うちのママって、すごくすごーく、面倒なひとなんだ』という言葉の先にある『自分が子どものことを振り回してるなんてこれっぽっちも思ってない』、『構ってあげている自分ってのに満足すらしてる』という自身の親を見る感情が募っていく物語です。
・『親のせいで人生狂った感じだよね』。
・『毒親って、実はどこにでもいるものなのかな』。
昨今、”毒と比喩されるような悪影響を子供に及ぼす親、子どもが厄介と感じるような親を指す俗的概念”でもある『毒親』という言葉がよく使われるようになりました。小説でそんな『毒親』を取り上げた作品も多々あります。そして、その代表格とも言えるのが町田さんだと思います。過去に本屋大賞にランクインした「52ヘルツのクジラたち」や「星を掬う」でも取り上げられたこのテーマを再び取り上げる町田さん。この作品では、作品中に『愛が重いっていうか、束縛が強いんだよ。あと、恩着せがましい』という説明とともに、『そういうの、日本では「毒親」って呼ぶんでしょ?』とこの言葉自体を作品中に登場させる町田さんは、”食”の描写に重ねて『毒親』をとりあげたこの作品をこんな風にも語られます。
“食べることは前に進むことで、人は何があっても命を明日に繋ぐために食べなきゃいけない。その食事を最も一緒に摂るだろう母娘が食を通じて成長する、家族小説”
そんな町田さんの意図通り、極めて町田さんらしい物語となったこの作品。本屋大賞三年連続ランクインは必然だと思える読み味の物語はそんな町田さんの家族を見る深い思いあってこそ誕生した物語なのだと思いました。
『わたしには、育ててくれているママと産んでくれたお母さん、それぞれがいる』。
そんな境遇の先に大人の階段をかけ上がっていく主人公・宙の成長を描くこの作品。そこには、”食”の描写と『毒親』に象徴される親と子の関係性を描く物語が描かれていました。人が生きていく中に”食”は欠かせません。それは、どんな関係性の家族にあっても変わらないものです。この作品では、町田さんの作品に定番となっている親と子の関係性が描かれていく物語の中に、”食”を作り、食す場面が織り込まれることで、作品が重くなりすぎるのを中和する絶妙な効果を生んでいました。町田さんならではの美しく綴られていく文章に心地よい読書の時間を味わえるこの作品。美味しそうな”食”の描写の数々に、食欲が刺激されもするこの作品。
本屋大賞常連となった町田さん。そんな町田さんが生み出す物語の数々に、今の世の人々が思う家族の悩み苦しみ、そして喜びを見た、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2023.02.27
このレビューはネタバレを含みます
後半にかけて、よく小説の題材にされるような不幸の数々が続き…お話全体に真新しさを感じなかったのでこの評価にしました。
レビューの続きを読む投稿日:2024.06.17
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