海鳥東月の『でたらめ』な事情
両生類かえる(著者)
,甘城なつき(イラスト)
/MF文庫J
作品情報
「財布? 携帯? ぜんぜん違うよ。私が盗まれたのは――鉛筆さ」仲良しのクラスの女子・奈良芳乃から突如、謎の相談を受けた海鳥東月。だがそれは奇妙奇天烈な事象の始まりに過ぎなかった。海鳥の自宅に現れた謎のネコミミパーカー『でたらめちゃん』。彼女によって引き起こされるトイレの貸し借り、裏切り、脅迫、掴み合いからの一転攻勢、そして全力の命乞い・・・・・・全てを終えた後、でたらめちゃんは海鳥に告げてくる。「海鳥さん。私と一緒に、嘘を殺してくれませんか?」海鳥は訳も分からぬまま『嘘殺し』に協力することになり!? 第17回MF文庫Jライトノベル新人賞〈最優秀賞〉作は奇妙奇天烈! だけど青春ストーリー?
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商品情報
- シリーズ
- 海鳥東月の『でたらめ』な事情
- 出版社
- KADOKAWA
- 掲載誌・レーベル
- MF文庫J
- 書籍発売日
- 2021.11.25
- Reader Store発売日
- 2021.11.25
- ファイルサイズ
- 14.1MB
- シリーズ情報
- 既刊4巻
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この作品のレビュー
平均 5.0 (1件のレビュー)
-
このレビューはネタバレを含みます
知人に勧められて、この小説を読んだ。しかし実のところ、ライトノベルというのは普段はあまり手に取らないジャンルであり、いわゆるエンタメ小説というのも殆ど通読したことがない自分にとっては完全に未知のもので、最後まで読めるかどうか不安だったが、いざ読み始めてみると非常に面白く、あっという間に読了することができた。はじめは学園ミステリーものかと思いながら読んだが、途中からサイコスリラー的な様相を呈しはじめ、そうかと思うと超能力バトルへと変貌する、そんな手を替え品を替え次々と展開してゆく物語の構成に強く引き込まれた。挿絵の影響もあったかもしれないがキャラクターや情景の描写もとてもイメージしやすく、そのため文章を読んでいながら頭の中でアニメの映像が流れているような感覚があり、その点も初めての体験で面白かった。以下に、印象に残った点についてごく大まかな感想を書く。思い当たるままに書き記した取り留めのない乱文であることについてあらかじめご承知おきを。
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まず、何よりこの小説の醍醐味は登場人物同士の会話であると思う。小説のキャラクター達は初めから最後まで殆どずっと話してばかりいるが、その会話が面白い。些細なことが大袈裟に、まるで大事件のように語られ、あるいは一見馬鹿げた屁理屈と思える主張をいつの間にか納得させられてしまうそのやり口に、なんとも言えない快感のようなものがあった。最初の奈良芳乃と海鳥東月の会話やでたらめちゃんと海鳥東月の攻防といったシーンがその例で、奈良芳乃が鉛筆泥棒をまるで殺人事件のように語るさまや、海鳥東月が自分は嘘をついてはいないと必死に弁明する場面には、ほとんど中身がないのだが、その中身の無さの拡げ方が面白いのだろう、読んでいて不思議と引き込まれた。とりわけ2章の「でたらめちゃんは語る」のでたらめちゃんによる、この世界にとって嘘とはどういうものか、ということについての、歴史を遡って貨幣制度や物理法則などを巻き込んでの長広舌は非常に読み応えがあった。嘘が大気中に存在していて人間はそれを吸い込むことによって嘘を吐く能力を得ている、という発想も面白いし、「嘘を吐けない人間なんて、飛べない鳥、泳げない魚と同じです」というでたらめちゃんの言葉は格言だ。それにこの荒唐無稽な弁舌そのものが、なぜ人は現実世界でこんなにも嘘を吐くのか、ということに対する皮肉にもなっているのも著者の巧みさを感じた。また読んでいると登場人物らの独白や会話にリズムがあって、これが読み手を先へ先へと運ぶような作用を働かせていることもわかる。読むというよりも読まされているという感覚に近いというふうに感じた。ふつう文章を読むときに覚えるストレスというのを殆ど感じず、これがライトノベルという呼称の意味に繋がるのかもしれないなどと思った。
物語の展開のさせ方も面白かった。この小説は発生と停止を繰り返す。ある事件が起きたかと思うと、また別の事件が、その事件が解決されないうちに発生し、そうかと思うと今度は別の登場人物が登場し、そうこうしているうちに話はある登場人物の過去へと遡り……というふうに次々と展開してゆく。そのスピード感や意外性が良かった。その展開のさせ方はいっけん感覚的に思えるが、実は中弛みをして読者を飽きさせてしまわないよう計算された構成になっているのも見事だと思った。しかもその構成の巧妙さが勿体ぶっておらず、わざとらしくもあざとくもなくごく自然なところにも好感を持った。
ところで、そのジェットコースター的展開に対して、この物語における「舞台」が殆ど変わらないということは特筆すべきことであると思う。物語の序盤から中後半にかけてまで、登場人物たちはずっと海鳥東月の部屋にいる。そして彼らが移動する代わりにその部屋に他の登場人物達がやってくる。だから海鳥東月の部屋はちょうど演劇の舞台のような役割を果たしていると言えて、これは登場人物による会話が大半を占めるこの小説の設定としてまさに適切なものだと思う。会話を中心とする物語で場所をしょっちゅう移動してしまうと、話の繋がりがいちいち途切れてしまいかねないし、新たな場所の描写などが挿入されることで情報がごちゃごちゃと渋滞してしまうからだ。しかし、ふつう小説において場所が変わらないと展開として単調になってしまいがちであるが、この小説では過去と現在を往復するという手法によって、すなわち登場人物の位置の代わりに小説上の場所の移動を繰り返すことによって、平板さに陥ることを逃れている。入念に仕組まれた見事なプロットだと思う。
また、場所ということで言うとこの小説の登場人物は神戸市に住んでいるということが明示されている。それはこのような現実との接点はむしろ邪魔になりそうな種類の小説には意外なことにも思えるが、一方で、地名を敢えて示すことによって見えてくる著者の企みというものもある。そしてそれは登場人物達の名前である。疾川いたみと敗という敵が途中から登場するが、それはおそらく兵庫県の伊丹市と養父市が由来となっているのだろう。奈良芳乃は奈良県と吉野桜から来ていて、羨望桜は千本桜、ということだろうか。唯一、海鳥東月という名前だけが良くわからなかったが、海鳥というのは物語の舞台である神戸の港をイメージさせなくもない。そのような作中の遊び心も想像力を掻き立てられ、面白かった。
そんな遊び心は言葉遊び以外にも小説の随所に表れており、とりわけ印象深かったのは食事や調理の描写だった。この小説には何度か食事の場面がある。最初の鉛筆の削りかすご飯、そしてモダン焼き、それから戦いの後に戦友たちが卓を囲んで食べたでたらめちゃんの料理。どの食事の場面も少し奇妙なほど熱心に描写されていて、はじめは何かの暗喩なのではないかとも訝ったが、たぶんそうでないのだろうと思う。おそらく、単に著者の食事への強い関心が描写の深さとして表れているのではないだろうか。いずれにしても、筆者はこれらの食事/調理の描写を正直なところダイナミックな物語の本筋よりもたいへん面白く読んだ。もっとも好きな箇所は海鳥の裏切りに憤怒した奈良がサラダ油で鉛筆を揚げる場面だ。この滑稽なシーンはなぜかとても丹念に描写されていて、最初に読んだ時にはどうにも可笑しく声をあげて笑ってしまったほどだ。とりわけ鉛筆の塗装が、熱せられた油によって剥がれてゆくディテールなどは非常にリアルだから、きっと著者は実際にこの鉛筆揚げを試してみたのではないかと思う。たいてい良い作品というのは、小説に限らず、本筋に伴ういわば余計な細部にまで魅力があるものだが、この小説における上に挙げたような食事や調理という細部は非常に面白く、物語の本体にも勝るとも劣らない魅力があった。
また、その物語の本筋というところで言うと、疾川と敗が登場した辺りから、様相が一変する。でたらめちゃんと海鳥東月のスリリングではあるもののどこかコミカルなやり取りは超能力を持つ悪役との緊張感のある勝負へと移行し、鉛筆泥棒である海鳥東月の変態的行為という形によって表現されるサイコスリラーは敵の攻撃という、より直接的な暴力にとって代わる。敗と疾川と、その背後に仄めかされる巨悪の存在の登場によって急遽一致団結した海鳥・奈良(羨望桜)・でたらめちゃんのチームは、ようやっとアパートの部屋を脱して、悪の組織との命懸けの戦いというより大きな物語へと向かっていくが、そこにはカタストロフの明らかな予感があり、それに伴う期待と高揚に満ちている。そして実際に「決戦の児童公園」の章では、壮絶かつ知略的な戦いが繰り広げられ、やがてその文字通りの死闘が決した後にはさまざまな意味での解放というものがそこにはある。最近、筆者は青春小説というものについて述べた文章を読んだのだが、その中で良き青春小説というのはどのようなものかという問いに対して、それは「何かしらの悩みを抱えた主人公が物語という冒険を通じて、最後には自己の更新という出発地点とは別の地点へと移動しているものである」という旨のことが書かれていた。この『海鳥東月のでたらめな事情』もその内容にじゅうぶん当てはまっていると言えるのではないだろうかと筆者は思う。主人公である海鳥東月はでたらめちゃんとの邂逅や敗らとの戦いという冒険を通じて、最後にはそれまでの「処世術」的な人間関係というコンフォートゾーンから脱する覚悟を決めているからだ。そしてそのような「更新」は奈良芳乃やでたらめちゃんにもそれぞれの形で起こっていて、つまりそうするとこの小説は彼女ら三人の青春群像劇という風にも捉えられることになるわけだが、これは物語序盤の変態的なキャラクターの印象とはだいぶ違っており、出発点からずいぶんと遠いところに着地したものだと思う。しかしその飛距離というのは、小さく纏まってしまわずに大きな物語を創出できるという著者の才能であるとも思う。作中では「ノブレス・オブリュージュ」というフランス語が出てくる(これは直訳すると「貴族は義務を負う」という意味の言葉で、社会的に地位を持つものはそうでないものの為に相応の奉仕的行為をしなければならないという社会的義務、もっと砕いた言い方をするならばボランティア活動の責務の意であり、奈良芳乃のような取り方は厳密に言うと、たとえ比喩としての拡大解釈だとしても誤読ではないかと思う)が、だとするとこの著者にしてもその才能を持てる者であり、「才能の責務」というものが発生すると思う。著者には、是非ともその才能を存分に発揮して、素晴らしい作品を生み出し続けるという使命をこれからも全うしていただきたい。
最後に、正直なところ、この小説のキャットファイト的な部分やあまりにバイオレンスな部分(足が切り取られる描写など)については辟易したことを白状しておきたい。あるいは、そういった要素はライトノベルでは常套的な手法であり、また魅力でもあるのかもしれないが、ジャンルの門外漢である筆者にしてみれば少し受け入れ難いところがやはりあった。この『海鳥東月のでたらめな事情』はこれからもシリーズとして続いてゆくのではないかと思うが、もし今後まったく別の世界観の小説を著者が書くのであれば上に挙げたような要素のない作品というのも読んでみたいと思った、ということをシーンの外側にいる人間の小言として記しておく。とはいえ、そういった点を踏まえてもこの小説は非常に面白かった。純粋に物語を楽しめ、文章を読み進めてゆく素朴な楽しさがあった。このライトノベルという未知のジャンルに鮮烈な出会いをもたらしてくれた著者には感謝したい。投稿日:2022.01.09
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