ガラスの街(新潮文庫)
ポール・オースター(著)
,柴田元幸(著)
/新潮文庫
作品情報
「そもそものはじまりは間違い電話だった」。深夜の電話をきっかけに主人公は私立探偵になり、ニューヨークの街の迷路へ入りこんでゆく。探偵小説を思わせる構成と透明感あふれる音楽的な文章、そして意表をつく鮮やかな物語展開――。この作品で一躍脚光を浴びた現代アメリカ文学の旗手の記念すべき小説第一作。オースター翻訳の第一人者・柴田元幸氏による新訳!
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この作品のレビュー
平均 3.8 (81件のレビュー)
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「そもそものはじまりは間違い電話だった。」
雑多な人々が暮らすニューヨーク。そこで孤独に生きる作家クインの身に起きた、まるで万華鏡のような物語です。出だしはハードボイルド・テイストと思いきや、次第に…オカルト・ミステリー・テイストも加わって、これが映画ならぞくぞくするような展開なのですが、よほど上手く結末を持っていかないと、映画の観客には許してもらえないような・・・。(笑)
主人公のクインが様々な仮面を被り、幾重にもスライドする可能性がある個人という趣向はなかなか面白いです。また、人生を孤独に生きていると思いきや、お茶目ぶりや没頭していく様など性格設定的にもなかなか親しみが持てますね。(笑)それに登場してくる個性的な面々。破天荒な話ぶりの調査依頼主に加え、尾行対象の破天荒なふるまいにどんどんと物語に引き込まれていきます。そして深まる謎・謎・謎・・・。
繰り返される街の描写に、そこに行き交う人々、メシ屋の雰囲気にニューヨーク・メッツの話題など、書名のごとく透き通るように描かれる街・ニューヨークの片隅でクインが出くわした事件には、ジャズ・トランペットのBGMがよく似合っています。
物語の方はだんだんと錯綜の度合いを含めていき、ポール・オースター本人(?)が語るドン・キホーテ論とのパラレルな世界の中で、幾重にも施される主体の転回が読者を幻惑させ、一層、万華鏡の迷路の世界へ引きこまれていくかのようです。
世の中とそれまでの個から分離すると一体どこへ向っていけるのか・・・?謎なんてさして重要なものではないのかもしれない。続きを読む投稿日:2014.04.27
ニューヨークに暮らすダニエル・クインは、かつて探偵小説で名を馳せた作家だった。しかし今では、世間を驚かせるような作品を書く気力もなく、匿名でミステリーを書いて生計を立てている。そんなクインの元にある日…、助けを求める電話がかかってくる。「探偵のポール・オースター氏に事件を解決してほしい」という依頼だ。しかし、ポール・オースターなる人物には全く心当たりがない。間違い電話だと思って切ってしまうが、その後も何度も同じ電話がかかってくる。仕方なくクインはポール・オースターという探偵のふりをして、電話の主に会うことにする。
待ち合わせ場所でクインを迎えたのは、ヴァージニアという女性だった。彼女は依頼人のピーター・スティルマンの妻であると言う。スティルマンは幼い頃から外界から隔離され、暗い部屋で過ごした過去を持つ人物だった。そんな彼を救い出したのは彼の父親であるスティルマン氏だが、現在は精神病院に入院しているという。スティルマンは闇の中で育ったせいで他者とのコミュニケーションが困難で話も支離滅裂なありさまだった。そこでクインは妻のヴァージニアから依頼内容を聞くことにする。ヴァージニアの依頼は、間もなく退院する父親から夫を守ってほしいというものだった。
…‥‥・・‥‥………‥‥・・‥‥……
「そもそものはじまりは間違い電話だった」という書き出しから始まる本書は、いかにもミステリー仕立てという感じで、レイモンド・チャンドラーのようなハードボイルドな探偵小説の雰囲気を漂わせています。しかしそれも最初のうちだけで、探偵小説やミステリーの趣からは徐々に離れ始めます。というのも、ミステリー作家であるクインが、自分のペンネームの「ウィリアム・ウィルソン」と、小説に登場する探偵「マックス・ワーク」について思弁し、やたらと2人の人物を引き合いに出すことが増えてきて、雲行きがだんだん怪しくなってくるからです。クインにとってのウィリアム・ウィルソンはあくまで小説を出す時に名を借りる抽象的な人物であり、これに対しあくまで小説の登場人物に過ぎない探偵のワークが、なぜか実体を持っているかのように生き生きと存在感を増してくるわけです。ウィルソンがまるで人形遣いで、クイン自身は人形、そしてワークは次第にこの物語に目的をかのような生気に満ちた役回りを与えられるのです。
物語が進むにつれ、クインとウィルソンそしてワークという3人の人物によって、次第に錯綜し始める物語。このことから私は、自分自身や他者との継続的に変化し続ける対話のプロセスによって個人のアイデンティティは定義されるという、ミシェル・フーコー的なものを感じました。加えて、スティルマンに迫る父親が宗教学の権威の元大学教授というのも本書のディテールにまた彩りを加えます。スティルマン教授は自身の著書『楽園と塔』の中で、第二のエデンの園を来るべき新世界のビジョンとして描き、バベルの塔の崩壊の原因となった人々の言語の混乱を堕落したアダムと重ね合わせて論じます。そして、真の言語の復活により世界は新たな楽園として再臨すると綴り、息子への仕打ちは、エデンの園で人間が堕落する前の神の言語を発見するための実験であったという事が示唆され始めるのですが。
旧約聖書の引用からのビジョンを多分に含む本書は、象徴に富んでおり、ディック作品にみられるアイデンティティーの揺さぶりとも相まって、今までに味わったことのない不思議な雰囲気をもつ一冊と言えます。故にミステリや探偵小説を期待するとかなり面食らうことになり、決して読みやすい内容とは言えません。しかし、読んでいくうちにどんどん錯綜していくテーマだとか、主人公のアイデンティティが喪失していく(ネタバレになっちゃうのでこれ以上は書けない)展開を期待する人にとってはまたとない一冊になると思います。続きを読む投稿日:2024.01.22
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