この作品のレビュー
平均 3.7 (400件のレビュー)
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あなたは、十五歳という時代に、何を考え、何を思い、そして何を信じて生きていたでしょうか?
このレビューを読んでくださっている方の年齢はマチマチです。なかには、ほぼリアルでそんな時代を生きている方もい…らっしゃるでしょう。しかし、多くの方はそんな時代をはるか過去に通り過ぎ、青春の想い出という言葉で一括りにした記憶の中に閉じ込めてしまっている、そんな方も多いのではないでしょうか?
未来というものはなかなかに、もしくは当然に見通せないものです。ドラえもんの秘密道具に頼れない私たちは、そんな見えない未来というものに漠然とした不安を抱きます。そんな思いの典型が、今や二十数年も前のこととなってしまった世紀末、『ノストラダムスの予言』ではないでしょうか?『あたしたち人類が一九九九年をこえて二〇〇〇年を迎える確率を、梨利は「よくてフィフティー、フィフティー」と見積もっていた』といった今や笑い話としか思えない会話も、見通せない未来だからこそ多くの人々は真面目に信じた、真正面から捉えた、そんな時代もあったのだと思います。
まあ、そんな世紀末の話は別としても、私たちは誰もが、未来に不安を抱く感情は持ち合わせていると思います。そして、そんな思いが最高潮に達するのが青春時代だと思います。特に中学生という時代は、少しづつ世の中が見通せるようになっていく分、それぞれが抱える漠然とした不安の感情も大きくなっていくのだと思います。
『あたしはちゃんとした高校生になれるのかな。ちゃんとした大人になれるのかな。ちゃんと生きていけるのかな。未来なんか、来なきゃいいのに』。
不安の感情は、未来というもの自体を否定したくもなってしまう、多感な青春の真っ只中にいるからこそ、そんな思いも極端に突き抜けがちなのかもしれません。
さて、ここにそんな十五歳の青春を生きる三人の中学生が主人公となる物語があります。『西暦二〇〇〇年の到来とともに高校生になる』という未来に漠然とした不安を抱く青春の日々が描かれるこの作品。そんな主人公たちが、『一艘の宇宙船に全人類を乗せよう』と『考えて苦しむ』一人の大人の男性に心惹かれていく様が描かれるこの作品。そしてそれは、そんな主人公たちがそれぞれの未来に手を差し伸べるその先に『月の船』がゆれ動く瞬間を見る物語です。
『将来のことを真剣に考える。そろそろみんなもそんな時期にさしかかっていると思うのは、先生だけかしら』と進路調査のアンケートを配布する担任教師。そんな中、窓際に座る『四十八日前までは親友だった梨利(りり)に目をや』るのは主人公の鳥井さくら。そんな さくらは『ケンカをしたわけでもないのに気まずくなって、おたがいを避けあうようになってからひと月以上になる』今を思います。そして、『進路希望欄には、結局、「不明」とだけ書いて提出した』さくらは、『それが原因で放課後、担任に呼びだされ』ました。そんな場に別のクラスの勝田の姿を見た さくら。担任から解放されて職員室を後にした さくらに勝田が『おたがい世渡りが下手だよなあ』と寄ってきました。『中園梨利と同じ高校に行きます』と書いて呼び出されたという勝田は、『いつまで梨利とケンカしてんだよ』と さくらに詰め寄ります。『勝田くんには関係ない』と言う さくらに『オレたち三人、あんなに仲よしだったのに』、『また三人で仲良くやろうぜ』と勝田は続けます。そんな勝田を振り切って教室に戻ると『あたしが所属していたグループの静香と秋江』の姿がありましたが、二人はすぐに部屋を後にしました。『四十八日前のあの日以来、あたしを無視しているのは梨利だけじゃない』という今を生きる さくらは『智(さとる)さんに会いにいこう』と学校を後にし『年季の入った二階建てコーポの上階』へと向かいます。『智さんに奥の和室へと迎えられ』た さくらは、とりとめもない話から入ります。そんな中、『仕事モード』に入った智は『彼らがさ、もうあんまり時間がないってせかす』、『船の体積はもう彼らが正確な値を出していて…』と言いながら『ある乗物の設計図』に向き合います。そんな『智さんの横顔をながめているのが好き』と思う さくら。そして、夜も七時を過ぎて帰途についた さくらは後ろから名前を呼ばれ、『ふりむくと、そこには勝田くんがい』ました。『さくらを尾行してた』と言う勝田は、『戸川って、だれ?』と訊きます。『さくらが入ってった部屋の、表札』と、さくらの行動を指摘する勝田。そんな勝田は、三日後『戸川智。二十四歳。独身…タツミマートってスーパーでバイト中』と突き止めた情報を さくらに突きつけます。『オレは梨利とさくらになにがあったのか知りたいだけなんだ』と言う勝田は、そんな戸川が勤めるスーパーで万引きがあり、『ひとりは逃げたけど、ひとりは捕まった』という事件が少し前にあったことを語ります。『捕まったのがおまえで、逃げたのが梨利だ。ちがうか?』と訊く勝田に『そうだよ』と返した さくら。そんな さくらは『あたしにとって最悪の一日となったあの日』のことを語り出します。そんな さくらが語るあの日の出来事の先に繋がる中学生三人のそれぞれの今と、『ある乗り物の設計図』を描くことに囚われた智の今が交錯していく物語が描かれていきます。
“あの日、あんなことをしなければ…。心ならずも親友を裏切ってしまった中学生さくら”と内容紹介にうたわれるこの作品。そんな一文だけで、中学生を主人公とした名作の数々を生み出してこられた森絵都さんの直球ど真ん中な青春を描く物語への期待感に包まれるこの作品は、代表作「カラフル」と同じ年に刊行されています。そんな物語で気になるのは書名の「つきのふね」が何を指すかです。単純にそのまま考えるとそこにはファンタジーな物語が展開するようにも感じられます。結末に、お見事!と象徴的に描かれる『宇宙船』。内容紹介に”ある日人類を救う宇宙船を開発中の不思議な男性、智さんと出会い事件に巻き込まれる”と書かれてもいることもあり、もう少しだけこの『宇宙船』について触れたいと思います。
この作品には『どうやらあの宇宙船は全人類を救うことになるらしい』というそんな『宇宙船』の設計図を描き続ける智という存在が登場します。
『だれかが智さんに宇宙船の設計を依頼してる』
『その宇宙船はいつか全人類を乗せて飛びたつことになる』
『時間はあまり残ってないみたい。だから智さんはいそがなきゃいけない』
そんな さくらと勝田のやりとりに見られるロマン溢れる『宇宙船』にひたむきに取り組む智という図式が展開する物語中盤。『将来、人口が増えたときのために船自体の重量はもっとぎりぎりまでけずっておくべき』と、『重量の問題』を考えたり、『人や動物をどんな配置で乗せるか』という『配置の問題』にも頭を悩ませながら、設計図に向き合う智。そんな智の設計図を『2Hの鉛筆で緻密に描かれたそれは、プロの手による設計図にはおよばないまでも、思わず見入ってしまう』という さくらは、そんな設計図を黙々と描き続ける智の元へと通う日々を送ります。物語の全容が見えてくるまでのこの茫洋とした物語の描き方、『宇宙船』というどこか夢のある存在が中学生の日常の中の一つの風景として描かれていく展開は、智という人物像がはっきりしないこともあってなんともミステリアスです。そして、『こっちは重力コントロール室。船内にはもちろん人工重力が働いてて、それを手動で微調整する場合の部屋だよ』と語る智の優しさがどこまでも滲み出てくるこの展開にはとても魅せられました。
そんな物語は、一方で、”揺れる少女の想いを描く、直球青春ストーリー!”と内容紹介にうたわれる通り、最初から最後まで視点の主を務める主人公・鳥井さくらの中学生ならではの心の機微が鮮やかに描かれていきます。『再来年に高校受験を迎えることになる』という中学生の今を生きる さくら。そんな さくらは所属していたグループから抜け、かつての友人たちに無視される日々を送っていました。いじめを取り扱った作品?と思う中に描かれるのは、まさかの『万引き』行為に端を発することが さくらの語りによって明らかにされていきます。『お金を払わずにものが手に入るのは楽しいこと』という先に『万引きしたものを渡せば報酬をくれる』という男たちの誘いにエスカレートしていくその行為。そして、『万引きはもはや娯楽ではなくて一種の仕事だった』という先に『あたしは捕まり、梨利は逃げた』という友人二人の運命が待っていました。そして、さくらと梨利の『ふたりの関係がおかしくなった』一方で、智と出会うきっかけを得たさくら。このあたりが自然と明らかになっていく展開も見事です。そして、そんなこの作品の読みどころは物語後半へ向かって物凄い推進力で突き進む展開です。中盤に勝田が語った『真の友 四人が集いし その時 月の船 舞い降り 人類を救う』という『奇跡の予言』の先にまさかのファンタジーが展開するのか?、それともリアルな青春ドラマに落とし込む展開となるのか?このあたりは、どちらに転んでも作者が森絵都さんである以上どちらもあり得ると思わせるところがページを捲る手を止まらせない読書を生んでいきます。そして、そんな物語は、ある人物の手紙全文をもって終わりを告げます。
なんて優しい登場人物たちなんだろう、なんて優しい物語なんだろう、そして、なんて優しい世界観なんだろう。この作品には、読者である大人たちがそれぞれに歩んできた人生の中に眠る何かを呼び覚ます、そんな瞬間を感じさせてくれる物語があったように思います。
『人より壊れやすい心に生まれついた人間は、それでも生きていくだけの強さも同時に生まれもっている』。
そんな言葉に象徴される智という存在。『死ぬことと生きることについて考えてた』というその先に、『つらくても生きることを選ん』だ智という存在と出会うことによって、先の見えない人生に漠然とした不安を抱く中学生の青春を生きる さくらの心の内が鮮やかに描かれていたこの作品。
『あたしはちゃんとした高校生になれるのかな。ちゃんとした大人になれるのかな。ちゃんと生きていけるのかな。未来なんか、来なきゃいいのに』。
将来に不安を抱く十五歳の今を生きる さくら、勝田、そして梨利。乱暴に扱うとすぐに壊れてしまいそうな中学生たちの優しい心の内が描かれたこの作品。ひたむきに今を生きる主人公たちの人生の貴さに、とても心打たれた素晴らしい作品でした。続きを読む投稿日:2022.10.05
急に読みたくなって、再読。
たぶん前に読んだのは中学生か高校生の頃。
「自分だけがひとりだと思うなよ!」
「人より壊れやすい心に生まれついた人間は、それでも生きていくだけの強さも同時に生まれもってる…もんなんだよ。」
「それはきっとこの世には小さくてもとうといものがあってそうゆうものがたすけてくれるのかもね!といいました。」
「ぼくわ小さいけどとうといですか。」
「ぼくわとうといものですか。」
私の勘は、この言葉にまた出会うためだった。続きを読む投稿日:2024.03.23
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