浮遊霊ブラジル
津村記久子(著)
/文春文庫
作品情報
「死にたい。死んでるけど」
ユーモラスで優しい世界にたゆたう人々。
・給水塔と亀/定年退職し帰郷した男の静謐な日々を描く川端康成文学賞受賞作。
・地獄/「物語消費しすぎ地獄」に落ちた女性小説家を待ち受ける試練。
・浮遊霊ブラジル/初の海外旅行を前に急逝した私は幽霊となり旅人たちに憑いて念願の地を目指す。
(上記ほか4篇収録)
本書で第27回紫式部文学賞を受賞。
自由で豊かな小説世界を堪能できる珠玉の短篇集。
解説・戌井昭人
もっとみる
商品情報
- シリーズ
- 浮遊霊ブラジル
- 著者
- 津村記久子
- 出版社
- 文藝春秋
- 掲載誌・レーベル
- 文春文庫
- 書籍発売日
- 2020.01.04
- Reader Store発売日
- 2020.01.04
- ファイルサイズ
- 0.9MB
- ページ数
- 192ページ
以下の製品には非対応です
この作品のレビュー
平均 3.8 (30件のレビュー)
-
あなたは、〈地獄〉がどんなところか知っていますか?
悪いことをした人は、死んだら〈地獄〉に落ちる。だから、良い行いをしましょう。幼い頃からそんな教えの元に生きてこられた方は多いと思います。改めて思え…ば、刑罰というものが定められて、犯罪抑止という考え方が存在する、私たちの社会の有り様の原点がここにあるようにも感じます。
では、そんな〈地獄〉とはそもそもどんなところなのでしょうか?あなたは、見たことがあるでしょうか?まあ、そんな突飛な質問をしても、はい、見てきました。苦しんできましたという人もいないでしょう。ただ、〈地獄〉という言葉の先にある一つのイメージというものはあるように思います。私は幼い頃にお寺の軒下に掲げられている”地獄絵図”を見たことが未だに強く頭の中に焼き付いています。元々古くなってところどころ禿げたその絵は余計に恐怖感を煽ります。針の山、血の池、そして賽の河原で苦しむ人たち。音のしない絵の中から、人々のおどろおどろしい叫びが聞こえてきそうなその絵は私の中に強く焼き付き、しばらく夜中に一人でトイレに行けないという恐怖に苛まれる日々を送りました。
しかし、〈地獄〉に行ってそこがどんなところか見てきたという人がいない以上、それはその絵を描いた人の勝手な思い込み、勝手な想像に過ぎないとも言えます。そもそも〈地獄〉なんてあるのかな?という考え方自体当然にあり得ますし、また例え〈地獄〉があったとしても、それがどんなものかは本来は百人いれば百通りのイメージが浮かび上がるものだとも言えます。
さて、ここにそんな誰も経験したことのない〈地獄〉での日々をサラッと当たり前のことのように描いていく作品があります。『地獄は、かなり忙しい』、『一日に四〇〇ページのノルマを課せられる』読書の日々…と私たちが〈地獄〉に思い描く絵柄とは全く違ったイメージが描かれていくこの作品。それは、津村記久子さんが独特な筆致の中に自由のままに描いていく、奇妙奇天烈、摩訶不思議、前古未曾有な物語です。
七つの短編から構成されたこの作品。短編間に繋がりは全くありませんが、兎にも角にも個性的、というより個性的すぎる短編揃いです。では、そんな七つの短編の中から表題作でもある〈浮遊霊ブラジル〉の冒頭をいつもの さてさて流でご紹介しましょう。
『私はどうしてもアラン諸島に行きたかった』という七十二歳の主人公の『私』。しかし、『自宅で心不全で倒れているところを、ヘルパーの大園さんに発見され』『灰にされてしま』います。『妻のフキ江が亡くなって』五年の歳月が経ち、『特に思い残すこともなくフキ江のもとに行く予定』だったものの『この数か月の間に』『町内会で旅行に行こうという案が持ち上が』り、『アイルランドのアラン諸島に行先が決ま』りました。そして、『それから三週間後に、私は亡くなった』という展開となった一方で『思ったよりアラン諸島に行きたかった』『私』は『幽霊として現世にとどまることになってしま』います。『交通費もいらなくなったことだし、一人でもアラン諸島に行けるのではないか』と思ったものの電車も飛行機も『私をすり抜けてしま』い、『生前に徒歩で行けた範囲までしか浮遊できないということに気が付いた』『私』。一方で、『気晴らしに女湯に行ってみた』ものの、『風呂に入っている』のは、『同い年ぐらいかそれ以上の年のおばあさんなので、二、三回で行くのをやめ』てしまいます。そんな中、『町内会の』『副会長の仲井さんの耳元で』旅行に行くよう言い続けるようになった『私』に、ある時『不思議なことが起こ』ります。それは、『掃除機に吸い込まれるごみはこんな気持ちなんじゃないか』という体験でした。そして、『浮遊霊の私は、思わぬきっかけから、人に憑りつくという技術を身に付けた』のでした。『仲井さんに憑りつくことで』、『電車やバスなどの交通機関を利用できるようになった』『私』の『行ける場所は増え』ました。一方で、『二人羽織のような状態なので、仲井さんに私の言葉は届かな』いという状態。しかし、当初面白がっていたものの『だんだん仲井さんの生活にも飽きてきた』『私』は、『仲井さんからの乗り換えを考えるようになっ』ていきます。そして、『人から人へと乗り換える方法』を模索する『私』は…と続く表題作〈浮遊霊ブラジル〉。まさかの『浮遊霊』が主人公となる奇想天外な展開に当初は戸惑ったものの、あまりに絶妙に繰り広げられるその物語にすっかり夢中にさせられる傑作短編だと思いました。
“死にたい。死んでるけど。ユーモラスで優しい世界にたゆたう人々“と内容紹介にうたわれる七つの短編からなるこの作品。〈給水塔と亀〉、〈アイトール・ベラスコの新しい妻〉といったどこか不思議な短編タイトルが気になるところです。どれも一癖二癖感じる読み味ですが、その中から気に入った三編についてその内容をご紹介したいと思います。
・〈うどん屋のジェンダー、またはコルネさん〉: 『人はうどんが好きだし、私もうどんが好きだ』という主人公が通う人気のうどん屋は初めての客に事細かに接客をする『店主がこってりしている』店です。そんな店にコルネさんという客が通っていますが、ある時『あんたこの店初めて?』と訊く店主に何故か『初めてです』と告げたコルネさん。さて、その理由は如何に?
・〈地獄〉: 『私と同級生のかよちゃんは、温泉に行った帰りのバス事故で、同じ日に死んでしまった』という衝撃の展開。そんな『私とかよちゃん』は『地獄』に来てしまいました。『地獄は、かなり忙しい』という『私』は、『起床から就寝までに、一日最低三回は殺され』るなど、『試練の日々』を送ります。そんな中『別の地獄』にいるかよちゃんと偶然に再会をはたします。
・〈浮遊霊ブラジル〉: 『どうしてもアラン諸島に行きたかった』という『私』ですが、心不全により死んでしまいます。そして、『アラン諸島に行きた』いという強い思いが勝ち『幽霊として現世にとどまることになっ』た『私』ですが、色々なものを『すり抜けてしま』い、移動もままなりません。そんな中、町内会の『副会長の仲井さん』に取り憑いたことをきっかけに人に取り憑くことの可能性を見出します。
上記で取り上げた三編のうちの二編は、なんとまさかの死後の世界がさらっと当たり前のように描かれていきます。この当たり前さがなんとも強烈です。天国と地獄というのは分かりやすい死後の世界の対になるイメージです。私は幼い頃にお寺に飾られていた”地獄絵図”に強い衝撃を受けました。針の山、血の海、そして賽の河原という阿鼻叫喚の世界、それが私の中に染み込んで抜けない〈地獄〉のイメージです。〈地獄〉という短編タイトルから、私にはやはりこのイメージが頭に浮かびました。しかし、津村さんの描く〈地獄〉とはそんなある意味で通俗っぽい〈地獄〉とは全く異なる世界をそこに描き出します。それが、『「その人に合った地獄」とか「その人らしい地獄」を提供するというポリシーが、地獄運営側にはある』という考え方の先にあるものでした。『地獄運営側』という発想自体、いかにも現代社会的です。”地獄絵図”をかつて描いた人には発想さえ浮かばないと思います。ただ、現代社会に生きる私たちからすると、さもありなんという考え方でもあります。そして、そんな『地獄運営側』が『私』に課した『その人らしい地獄』が、小説を読むというものでした。いかにもこの作品を読んでいる本好きの読者を念頭にした発想です。しかし、ここは〈地獄〉です。主人公の『私』は『一日に四〇〇ページのノルマを課せられ』ます。一方で、さてさては五〇〇ページまでは一日で読み切りますので、この『ノルマ』はへっちゃらです。でも、次が強烈です。『すべての本の最後の数ページが破かれていた。それをわかった上で読まされたのだった』というこれこそ本好きに対しての一番の試練です。生前、小説家だったという『私』は、『最後がわからないのはつらい』と苦しみます。『ミステリーなどを読まされた場合は、犯人が絶対にわからないようなところから破かれていた』となると、あなただって耐えられないでしょう?このような感じで〈地獄〉が描かれていく中に、いつしか私が幼い頃に恐怖した”地獄絵図”が上書きされていくのを感じました。人によって思い描く〈地獄〉は当然に変化する、なるほどなと思いました。
そして、表題作の〈浮遊霊ブラジル〉では、『幽霊として現世にとどまることになっ』た『私』視点の物語が描かれていきます。『幽霊』となった主人公が描かれる作品というと、私が読んできた中では加納朋子さん「ささらさや」が強く印象に残っています。”まだ新婚ホヤホヤって言ってもいいくらいの可愛い奥さんと、首もすわらない赤ん坊を残して”、”俺は気がついたら死んでいた”と、まさかの交通事故に遭遇して”俺”が死んでしまうところから始まる物語は、切なさを感じる結末を見るとても優しい物語でした。死者が『幽霊』となってこの世に残るという考え方の先には、このイメージが私には強くあります。1990年に大ヒットしたアメリカ映画「ゴースト」もこれと似た世界観でした。一方で津村さんはそんな『幽霊』のイメージをこれまた鮮やかに突き崩します。七十二歳で亡くなった『私』は、『幽霊』というものがなんでも『すり抜け』てしまうことに気付きます。そんな『私』がそれを逆手に赴いたのが『女湯』でした。しかし、『風呂に入っているのがだいたい自分と同い年ぐらいかそれ以上の年のおばあさんなので、二、三回で行くのをやめた』と残念な結果に終わった『私』は、あきらめきれず『より若い女性の集まる女湯を探』そうとしますがインターネットが使えないというオチ。そんな中で『スーパー銭湯に行けばいいんだ!』と思いつく『私』…と展開する物語は、これまた私が抱いていた『幽霊』の概念を大きく突き崩すものです。人が『幽霊』になったからといって急に神妙になったり、恨み辛みばかりの思いでいるのではなく、俗っぽさもあるんだということを描いていくこの物語。津村さんの筆にかかると『幽霊』もたじたじだなあ、と改めて感心させられました。
『酸から身を守るために、きょうだいたちの中ほどにもぐりこんで、私はほとんど彼らに挟まれたまま好き放題に翻弄されて進んだ』、『私と同級生のかよちゃんは、温泉に行った帰りのバス事故で、同じ日に死んでしまった』、そして『葬式や何やがあった後、私は灰にされてしまった』と、当たり前のことのように書かれた文章が、よくよく考えると疑問符がつきまくるという中に展開していくこの作品。ひたすらに真面目に徹した文体の中に、いやここ笑いどころでしょう?というツッコミ感のある設定が自然に組み込まれている摩訶不思議感。シュールといった安っぽい言葉で言い表せない独特な世界観の中に展開される七つのかっ飛んだ物語からなるこの作品。あまりの掴みどころのなさに、読中不安に苛ませそうにもなるこの作品。
それこそが面白い、それこそが楽しみどころ、そしてそれこそが津村さんの何よりもの魅力!そんな風に感じたインパクト最大級の作品でした。続きを読む投稿日:2022.07.13
ちょっと不器用とか、ちょっと人生うまく立ち回れないとか、そういう人の生活を描くのが抜群だなあ。
と津村記久子さんを読んだあとはいつも思い、まるっと自分も許された感が広がる。
「うどん屋のジェンダー、…またはコルネさん」
「地獄」
「個性」
が特に好き。
続きを読む投稿日:2024.03.29
新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
※新刊自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると新刊自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
- ・優待ポイントが2倍になるおトクなキャンペーン実施中!
※続巻自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると続巻自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能ですReader Store BOOK GIFT とは
ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。
贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK!
ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。※ギフトのお受け取り期限はご購入後6ヶ月となります。お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。
※お受け取りになる方がすでに同じ本をお持ちの場合でも払い戻しはできません。
※ギフトのお受け取りにはサインアップ(無料)が必要です。
※ご自身の本棚の本を贈ることはできません。
※ポイント、クーポンの利用はできません。クーポンコード登録
Reader Storeをご利用のお客様へ
ご利用ありがとうございます!
エラー(エラーコード: )
ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。