愛がいない部屋
石田衣良(著)
/集英社文庫
作品情報
誰もが憧れる高層マンション。そこに住む愛子は、幸せな結婚生活を送るはずだった。しかし、ある日「愛」は暴力に変わり――(表題作)。セックスレスの夫婦生活に疲れた、うらら。彼女はマッサージ店で働く15歳年下の青年に想いを寄せるようになる。だが、突然彼にホテルへ誘われて・・・(「指の楽園」)。切なくて苦しい恋に悩みながらも、前を向いて歩いていく女性の姿を描いた10のラブストーリー。
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商品情報
- シリーズ
- 愛がいない部屋
- 著者
- 石田衣良
- 出版社
- 集英社
- 掲載誌・レーベル
- 集英社文庫
- 書籍発売日
- 2008.06.30
- Reader Store発売日
- 2018.04.06
- ファイルサイズ
- 0.3MB
- ページ数
- 248ページ
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この作品のレビュー
平均 3.4 (134件のレビュー)
-
フリーマーケットで見つけ、石田衣良さんの本を読んだことがなかったので買うことにしました。
最近読んだ短編小説は、最後まで読むと実はすべてつながっていて…というものに多くふれていたので、今回のようなそ…れぞれ独立した作品を読むのもよいなと思いました。(舞台は神楽坂の高層マンションで共通。)
それぞれの主人公に共感できることがあったり、なかったりして、愛ってなんだろうと考えさせられる作品でした。続きを読む投稿日:2024.03.03
「IWGP」で有名な石田衣良氏の恋愛短編小説集。わたしはこれが初めて手に取った作品だったが、どうやら三作目らしいということを著者のあとがきで知る。率直に感想を言えば、とても好みの一冊だった。ぜひ次の機…会に他の二作も読んでみたいと思う。
神楽坂に建つ三十三階建ての高層マンション「メゾン・リベルテ」を舞台に展開される十篇の物語。日本語で「自由の家」と名付けられたマンションで暮らす人々の実情は、鬱屈とした不自由さに満ちている。経済的に豊かで、誰よりも空に近い場所で開放的な生活を送っているように見えるのに、そうではない。なんとも皮肉である。ごく一般的な庶民のわたしは、時折都心に聳え立つタワーマンションを見るとそこで暮らす人々の華やかな生活を勝手に想像して憧れたりしているが、「メゾン・リベルテ」の住民たちのように、実際は彼らにも彼らなりの不自由が存在するのかもしれないなどとも思う。
表題作「愛のいない部屋」は、DVを働く夫に悩む妻・愛子の物語。八歳になる娘は、父親が母親に暴力を振るうたびに泣きながら止めに入るが、当然のことながら彼女の力は及ばない。翌朝、昨夜の暴力の痕が顔に生々しく残る母親に、彼女はこう呟いて登校に向かう。「ママ、がんばってね。いってきます」。このシーンで描かれる、赤いランドセルを背負った娘を見送る母親の心情描写はひどく重たい。夫のDVは物理的なものばかりでなく、鋭い言葉でも愛子を責め立てる。「お前を生かすも殺すも自分次第だ。専業主婦のお前が、子供を抱えて一人で生きていけないだろう。誰のおかげでこんな家に住めると思っている。」……。物語の大半がそうした愛子の苦痛の日々の描写に割かれているからか、読んでいる最中はかなり胸が詰まる思いがした。
だからこそ、心身ともに疲労しきった愛子が、マンション内のロビーで出会った小粋な老女・咲との出会いによって希望を取り戻す展開に”救われた”気がする。「愛子さん、あなたは終わったと思っているけれど、まだ何も終わっちゃいないのよ。だってあなたは自分のことをかわいそうだと思っているだけで、何も自分で始めていないんだから。自分の力で生きる。女にはみんなその力があると思うんだけどね。」そう話す咲という女の人生もなかなかに波乱万丈だ。初婚でDV夫を引き当てて離婚した後、不倫関係にあった男との子供を出産し、一人で育て上げている。そのうえで再婚。連れ添った夫に先立たれ、今はリベルテで気ままな独居暮らしを謳歌している。”先人”の言葉ほど説得力のあるものはないだろう。
「由梨絵はこれからなにがあっても、ママと一緒にいてくれる?」と問う愛子に、賢い八歳の女の子はすました顔で言う。「なにいってるの。わたしがいなくちゃママはダメじゃん。」愛子と夫と娘の由梨絵、この三人が暮らす部屋には確かに「愛がいない」のかもしれない。けれど、これから新たな一歩を歩もうとする愛子と娘の帰る場所はきっと「愛がいる」部屋になるはずだ。そう思いたい。
以下、印象的だった話のメモ書き。
「空を分ける」
友人の紹介で知り合ったちょっとイケてる男性とルームシェアを始めることになった主人公。一昔前の月9のドラマみたいな設定だが、話自体もそんな感じで進む。悪く思っていない男性とひとつ屋根の下で過ごしているうちに好きになっちゃう。今まで男性側に恋人がいたせいで踏みとどまっていた一線を、酒に酔った彼が漏らした破局の知らせで踏み越えようとしてしまう……みたいな。ふたりが住まう十九階のベランダから見える空が主人公のお気に入りという設定があるのだが、それを受けて綴られる失恋の描写が綺麗なのでここで引用しておきたい。「この空をふたりで分けることは結局出来なかった。明日からはほんとうにただのルームメイトに戻るのだ。」
「いばらの城」
毒親(母親)から自立し、バリキャリウーマンになってもなお囚われている主人公・美広の話。女性一人で内見に行くと不動産屋にナメられるって聞いたことあるけどあれってマジなのかなあ。終生住まう”城”(マンション)の購入を決意した美広。理想の住まいを求め、恋人を引き連れて候補の物件の内見に向かうが、恋人は終始浮かない顔。一通り内見を終えた美広は、最後に見学した「メゾン・リベルテ」の奇妙な魅力に取りつかれてしまう。購入への気が逸る美広に、恋人は言う。「美広、ぼくと結婚しないか。ぼくたちは付き合って二年になるし、二人ともいい歳だ。共働きならもっといいマンションが買えるよ。」思いがけないプロポーズに心が打ち震えるものの、「女王」である母親の呪縛から逃れられない美広は、やはり恋人との結婚を選べず、独身でのマンション購入を選択するというもの。母親から「価値がない」と言われ続けて育ったせいで、好調な製薬会社で役職を持ち、人が羨む裕福な暮らしをしていてもなお、美広は自分を認めることができない。誰かを愛し、愛されることへの実感がない。それがとても切なく感じた。生育環境ってやっぱり大事だよ。
「ホームシアター」
出世街道からすっかり外されて窓際社員となり、定年までのカウントダウンを細々と過ごしている五十代の父親と、十七歳で高校を中退し、四年間ニートになっている息子。互いに場所は違えど、閉塞感に満ちた現状を過ごしている。父親はさておき、息子の描写を見ている限りは心の病っぽくて、ホームケアの限界を感じた。正直なところ、一度福祉に繋げたほうがいいような気がしてしまった。
「興味のあることならまじめに集中できる。無理してでもやり遂げる気持ちもある。でも、誰か他人とうまく調子をあわせることが僕にはできないんだよ。人から見たらどうでもいいことで引っかかったりして、全然先に進めなくなったりする。誰にどんなふうに見られているかって想像するだけで、胸が苦しくてたまらなくなるんだよ。」健常者からしたら何を甘えたことを、とぐずついているように聞こえるかもしれないが、これが多分本人の包み隠しのない本心なのだ。先行きのない子供の将来に親が苦しむように、子ども自身もきっと自分のにっちもさっちもいかない現状に苦しんでいる。
部屋の外で嘆く母親を他所にして、父親が最後「働かなくても、学校に行かなくても、仕事を探さなくても別にいいじゃないか。なにがニートだ。要するに全部、経済のものさしで人を計っているだけだろ」と開き直ったのが清々しい。「おまえはゆっくりと自分の生き方に悩めばいい。五年でも十年でも、とうさんが元気なうちはいくらでも迷って苦しんでいい。おまえがくうくらいならどうにかなる。日本の経済に役立つ人間になんかならなくてもいい。すすむ道が決まったら、金にならなくていいから、自分が満足できるだけ働くといい。おれはいつだっておまえのそばにいてやるからな。」問題の解決には何一つ至っていないけれど、くよくよ悩み続けるよりはいい。少なくとも、行き詰った子供にとってはこれほどない救いの言葉であったと思う。
「落ち葉焚き」
お互いにパートナーに先立たれた高年齢の男性と女性の恋愛の話。男性の娘(既婚・子あり)が主人公の家に押しかけてきて「ふたりともいい歳してみっともない!お父さんはお母さん一筋の真面目でいい人だったのに、あなたのせいで狂ってしまった!」と泣きながらまくしたてるシーンは「おお……」となってしまった。ちなみにわたしも数年前までは高齢の男女の色恋についてはちょっと否定的な見方をしていたが、今は別にいいんじゃないか、とどちらかというと肯定派に立ち返っている。とにかく人生は長い。(むしろ長すぎるくらいに思う。)なので、他人に迷惑をかけない範囲であれば、どのように過ごそうと各々の自由なのではないかと思う。しかも今回のように夫や妻と死に別れ、子どもも既に独立しているようなパターンだったら、よりしがらみなく第二の人生を歩める気がするのだが、どうだろうか。
「本のある部屋」
スナックで出会った高給取りのおじさんの愛人をやっている主人公。メゾン・リベルテの一室を与えられているが、そこは不義に満ちた愛の部屋……なんて色っぽいことは全くなく、借主の趣味の本に囲まれた一室だ。主人公がここですることは一つだけ。帰宅してきた家主をスーツで出迎え、そして、彼が選んだ本「モンテーニュ随想録」を朗読する。彼女の声質は癒し効果があるようで、おじさんは彼女の朗読を聞くと日々の苦痛を忘れ、リラックスできるとのこと。斬新な関係である。こんなアルバイトだったらちょっとやってみたいかも。
余談だが、名越康文氏の文末の解説も良かった。日本人は明治期以降、外国から飛来した「愛」という言葉や概念にひどく毒されているのではないか、という問題提起が含まれている。「愛」というものが輸入される前の日本人は、そうではない言葉で自身の気持ちを伝えようと、そして他人と心を通わせようとする努力を怠らなかった。しかしその中身をよく考えようとしないまま、今では「愛してる」というセリフ一言でインスタントに語ろうとする。また、その「愛」そのものだって、いつも正しく清純で素晴らしいものだとは限らない。それは時に支配であったり、不安であったり、呪縛であったりといかようにも変容する。ただ、日本人は「愛」をいつも正しいものであろうと信じようとする。それこそが「愛」という言葉に考えを支配されていることにも気づかずに。……そうした鋭い指摘が続くが、中でも『「愛」を免罪符のように振りかざし、自身の未熟さをごまかし、相手との関係を編みなおそうとする努力を放棄している。』これがかなり痛烈な一文であり、痺れてしまった。
「愛のいない部屋」とは言うけれど、そもそもその「愛」の中身ってなんなのか?考える余地がまだありそうだと思う。続きを読む投稿日:2024.02.20
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