P+D BOOKS 幼児狩り・蟹
河野多惠子(著)
/P+D BOOKS
作品情報
中年女性の屈折した心理を描く「蟹」他6篇。
外房海岸を舞台に、小学一年生の甥と蟹を探し求めて波打ち際で戯れる中年女性の屈折した心理を描き、第49回芥川賞を受賞した「蟹」。
ほかに、知人の子供や道端で遊ぶ子供に異常な関心を示す、子供のない女性の内面を掘り下げた「幼児狩り」。
夫婦交換による男女の愛の生態を捉えた「夜を往く」、「劇場」など、日常に潜む欺瞞を剥ぎ取り、その“歪んだ愛のカタチ”から、よりリアルな人間性の抽出を試みた、筆者初期の短篇6作を収録。
もっとみる
商品情報
- シリーズ
- P+D BOOKS 幼児狩り・蟹
- 著者
- 河野多惠子
- 出版社
- 小学館
- 掲載誌・レーベル
- P+D BOOKS
- 書籍発売日
- 2017.03.01
- Reader Store発売日
- 2017.03.10
- ファイルサイズ
- 0.5MB
以下の製品には非対応です
この作品のレビュー
平均 3.5 (6件のレビュー)
-
このレビューはネタバレを含みます
自らのための備忘録
レビューの続きを読む
「幼児狩り」
一行目から「キタ! ブンガク」と久しぶりに感動しました。言葉の魔術師。文学とは言葉と想像力で何をやっても良いのだということを知らしめてくれた一作です。
男の子がシャツの裾を摑んで脱ぐところを想像する描写、また西瓜の種を指先で掘りだす仕草の描写、もうむしゃぶりつきたくなるほど可愛らしい。そして「凧揚げ」のシーン(p.27-30)。これを形容する言葉は持ちませんが、河野多惠子が異才の文学者だということがよくわかりました。
《あてがはずれて、彼女はたかぶりはじめていたのである。そんなとき、彼女はよく不思議な世界の訪れを受けた。彼女がなおもそんな風にしているのは、その訪れを待ちうけているからだった。もう兆してあるのかもしれない。/その夢想の世界がひろがりはじめ、そこに身を投じ去るとき、晶子はいつも恍惚として、われを忘れた。心臓を波打たせ、たらたら汗を流しさえした》(p.26)
「劇場」
《あの「リゴレット」の劇場へこのせむし男と美女を配してみたくてたまらなかった日出子の要求は、今ここで、それをあまるくらいにかなえられた。せむしの夫に人前てリゴレットを歌われ、それを黙って見ていなければならない美女が羨しくってしようがない。が、その羨しさは日出子を嫉妬の快楽へと誘うのだった》(p.69)
《しかし、日出子はそんな吟味をすることさえ忘れていた。そこを出る頃にはもう満ち足りてしまっていて、それどころではなかったのである》(p.71)
《その人達を知るようになってから、彼女ははじめて男を見、女を見たような気がした。これまで見てきたのは皆、人間ばかりであったような気がした》(p.72)
「嫉妬の快楽」「満ち足りる」という言葉の意味がよく伝わってきます。
「塀の中」
相変わらず男の子の描き方が秀逸。
いくつか、河野多惠子節とでもいう表現を。
《指導にあたっていた看護婦がそれを調べた。手当ては完璧だった。だが、場所が違っていた。 「上膊骨折でしょう、このひとの負傷は……。ここ、上膊ですか?」 「いいえ。下膊です」 武子は素直に誤りを認めた。が、先方が、 「上膊と下膊の区別くらいできないじゃあ、いざというとき役には立ちませんよ」 そう言ったとき、彼女はその素直さを引っ込めてしまったのだ。 「どうしてでしょう」 と彼女は言いはじめた。 「いざというときこそ困らないと思いますが。いざというときには、真っ赤な血が噴きだしたり、骨が突きだしたりしているんでしょう。それッ、とそこを縛ればいいんです。上膊か、下膊か、その区別ができなくて困るのは、今みたいなときだけだと思います」──》
《彼女には、トンボの浴衣まで妬ましくなった。折柄仕上った手拭の洋服を、手荒く畳んで後へ押しやると、子供に言った。 「シン坊。おばちゃん、もうすぐいなくなるのよ」 彼女は漸く近づいてきた、報告当番のことを言っていた。 「どこへ行くの?」 子供は驚いて、踏むのをやめた。確かに利き目があった。 「お家へ行くの」 「ほんとに行ってしまうの?」 「そう」 みるみる子供の眼には涙が溜ってきた。 もういいのだ、おばちゃんたる確証を得たのだから。が、正子は意地悪くいった。「シン坊がきらいになったから」 子供はわっと泣いた。それを眺めながら、彼女は、はじめて胸がすうっとした。 「からかうもんじゃないわよ」 咲子がたしなめた。》
「雪」
もの凄くおもしろかった。母の死、夢、鼻血、二歳違い、雪。《母は片手で早子の頭を抱え込んだ。顔を仰向けさせ、 「雪だなんて、二度と言えないようにしてあげる」》《早子が自分の存在にはじめて疑問を感じたのは、彼女に対する母の態度によるのではなかった。自分の遇せられ方について吟味などし得ない程小さい頃から、彼女は自分の存在が心もとなくて仕方がなかったものである》《ふと口を衝いて出た自分の願いを一層切実なものに感じさせた》
ストーリー、表現、何をとっても素晴らしかった。河野多惠子、いい。
「蟹」
男の子が出てきてから、文章が華やいだ。河野多惠子の描く男の子の可愛らしさといったら比類ない。とにかく文章が上手い。
思い通りにいかないどころか頤使され、《武に蟹を探してやることに示した執心ぶりが、梶井に知れるな、と知った瞬間、悠子が顔まであかくなるほど羞恥を覚え》てしまうのだから、読んでいてぞくぞくしてしまう。
第47回芥川賞を受賞した際の選評から幾つか。
《文章がうまいがうますぎる感じで、話もうまく(ことに終りの部分で)つくりすぎていますが、才の有る人という印象をうけました》中村光夫。彼の賛否は不明。
《女の特異の感情を美しく見せたものだが、抽象化されて、きれい事のようで、恰も美術人形のようで、僕は採れなかった》瀧井孝作。彼は積極的反対派。
《いいと思った。新風といったものは感じられぬが、何かゆたかなものもあり、読後の印象のいい作品で、こうした作品の少い現在、充分珍重さるべきものであろう》井上靖。賛否不明。
《私は当選させたかった。だんだんと種明かししていくあたり、心にくい技巧だが、推理めいていると評したひとがある。」「作者はそのことをすてても気にすることはいらないのだ。この作者は本質的に何かがある。豊かな情感をあたえる。文章もよろしい》丹羽文雄。積極的に賛成。
「夜を往く」
やはり上手い。思わせぶり。
《よく見ると、立看板が倒れているのである。〝夜間の墓地は危険です。入ってはいけません〟──傍の家から射す明りで、微かにそう読める。福子は自分が大分前から、今夜はこのまま村尾と歩き続けて、ふたりで思いがけない犯罪をおかすか、おかされるかしてみたいような気分に陥っていたことを、はじめて知らされたように感じた》と、このようなことをサラリと言ってのける。お見事です!
この小学館のP+D BOOKS シリーズは素晴らしい。河野多惠子は、講談社文芸文庫(高いのが難点!)にもあるようなので、図書館で借りてきてこれからも読んでいきたい。投稿日:2023.02.14
小川洋子さんのラジオで「蟹」が紹介されていて、昭和文学全集を図書館から借りて読んだ。大庭みな子の作品もおさめられていた。どちらも芥川賞作家。「蟹」も「幼児狩り」もグロテスクで気色悪さがあるのだが、また…覗いてみたいと思わせる力がある。続きを読む
投稿日:2023.02.24
新刊自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
※新刊自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新号を含め、既刊の号は含まれません。ご契約はページ右の「新刊自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される「増刊号」「特別号」等も、自動購入の対象に含まれますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると新刊自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約・新刊自動購入設定」より、随時解約可能です続巻自動購入は、今後配信となるシリーズの最新刊を毎号自動的にお届けするサービスです。
- ・発売と同時にすぐにお手元のデバイスに追加!
- ・買い逃すことがありません!
- ・いつでも解約ができるから安心!
- ・優待ポイントが2倍になるおトクなキャンペーン実施中!
※続巻自動購入の対象となるコンテンツは、次回配信分からとなります。現在発売中の最新巻を含め、既刊の巻は含まれません。ご契約はページ右の「続巻自動購入を始める」からお手続きください。
※ご契約をいただくと、このシリーズのコンテンツを配信する都度、毎回決済となります。配信されるコンテンツによって発売日・金額が異なる場合があります。ご契約中は自動的に販売を継続します。
不定期に刊行される特別号等も自動購入の対象に含まれる場合がありますのでご了承ください。(シリーズ名が異なるものは対象となりません)
※再開の見込みの立たない休刊、廃刊、出版社やReader Store側の事由で契約を終了させていただくことがあります。
※My Sony IDを削除すると続巻自動購入は解約となります。
お支払方法:クレジットカードのみ
解約方法:マイページの「予約自動購入設定」より、随時解約可能ですReader Store BOOK GIFT とは
ご家族、ご友人などに電子書籍をギフトとしてプレゼントすることができる機能です。
贈りたい本を「プレゼントする」のボタンからご購入頂き、お受け取り用のリンクをメールなどでお知らせするだけでOK!
ぜひお誕生日のお祝いや、おすすめしたい本をプレゼントしてみてください。※ギフトのお受け取り期限はご購入後6ヶ月となります。お受け取りされないまま期限を過ぎた場合、お受け取りや払い戻しはできませんのでご注意ください。
※お受け取りになる方がすでに同じ本をお持ちの場合でも払い戻しはできません。
※ギフトのお受け取りにはサインアップ(無料)が必要です。
※ご自身の本棚の本を贈ることはできません。
※ポイント、クーポンの利用はできません。クーポンコード登録
Reader Storeをご利用のお客様へ
ご利用ありがとうございます!
エラー(エラーコード: )
ご協力ありがとうございました
参考にさせていただきます。