なんくるない
よしもとばなな(著)
/幻冬舎
作品情報
相手が離婚を言い出さなければ自分から言い出したはずだった。なのにこんなに悲しくて心にしこりが残ったままなのは何故なんだろう――。堂々巡りの自分から抜け出すために決めた沖縄旅行。がじゅまるが運んできてくれた出会いによって、私は自分自身を許すこと、誰かを自然に好きになる尊さを知った。表題作「なんくるない」始め、「ちんぬくじゅうしい」「足てびち」「リッスン」を収録。沖縄を愛するすべての人々へ捧げる小説集。
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この作品のレビュー
平均 3.9 (190件のレビュー)
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『人間ってそんなにはがんばれないものだから…。そして、がんばるために生まれてきたわけじゃないから』。
この世を日々生きていくことは大変です。それは主として人と人との関係性によるものではないでしょうか…?もちろん、何もない無人島での暮らしが一番とも思いませんが、人と人とが関わり合う暮らしの中では常に利害関係から生じる軋みが発生してもしまいます。
学校で、職場で、そして家庭の中で、私たちはそれでも日々を生きていくために、さまざまに想いをめぐらします。その中で正しいと思う選択を日々繰り返していく私たち。とは言え、全てが思い通りになるわけではありません。どんなに思っても、どんなに願っても自分の力ではどうにもできない事ごとというものはあります。しかし、本当にそうでしょうか?どうにもできないと思うのが自分自身であるとしたら、それは自分こそがそれを解決することができる唯一の存在なのではないでしょうか?
さてここに、心に刻まれたつらい思い出を持つ人たちが主人公となる物語があります。『沖縄』を訪れる主人公たちを描くこの作品。リアルな『沖縄』の情景に心躍るこの作品。そしてそれは、「なんくるない」という『沖縄』の方言に込められた言葉の意味をしみじみと感じる物語です。
『宿の車が迎えに来てくれたのを、家族みんなで確認した』、『あ、あそこに見えてる』と『はしゃいで指さ』すのは主人公の『私』。『波は静かにゆらめき、真っ青な海の色をきわだたせた』中に『出迎える人々は郵便や物資を待ってにぎわってい』ます。『にぎやかな風景なのに、全体が奇妙な静けさに覆われていた』と感じる『私』は、そんな記憶を『今思えば、それが私の平凡だった少女時代最後の家族旅行だった』と思い返します。『宿の部屋にはぺったんこのふとんが無造作につみあげられていた』という部屋へと入り『こんなに陽があたったら布団を干す必要はないわね』と『畳に足を投げ出して母は言』います。それに、『あ、牛が見える。牛も暑そうだな』と『窓の外を見ながら』話す父親。そんな両親の『だらけたやりとりに退屈』した『私』は、『手を洗ってくる!』と廊下へと飛び出します。『じっと窓の外を見』る『私』は、そこに『白い風車』があるのに気づきました。『近代的な風力発電の、かっこいいデザインの風車』は、『同じリズムでぐいん、ぐいん、と回ってい』ます。『その光景は幻想的で、まるで夢で見る景色のように、私を一種の催眠状態にし』ます。『少し退屈で甘く切なくとんちんかんで、永遠に続くかと思われた平和な家族の夢。まだ子供の時だけに感じる独特の世界の味』。そんな時のことを『贅沢で無邪気な時期だった』という今の『私』は、『断片的にしかおぼえていない』、『その旅を象徴する光景は何よりもあの風車だった』と思います。そして、『島を去って本島についてから、私たちは父の妹、今は沖縄の人と結婚して那覇に住んでいるおばさんのところに遊びに行』きました。そして、『うわさ話で知ったすごくあたるというユタのところを興味本位でたずねていった』母親の一方で、市場へと出かけた父親と『私』。『ドラゴンフルーツ、マンゴ、パパイヤ…』と『海の中の魚のように色とりどりの果物の甘い味。おみやげにいくつも、持ちきれないほど買』った『私』。そして、『おばさんの家に戻ると、母はなんだか興奮した様子で必死におばさんに話しかけて』います。ホテルへと戻り、『おなか一杯になって』『寝てしまった』『私』でしたが、『何かいやな気配を感じて』目を覚まします。『前から思っていたのよ、あの、庭先の、池がね、全部いけないっていうの』、『すごくぴったりきたのよ』、『自分ではどうしようもないことって、あると思うの、目に見えない法則が…』と興奮する母親。『何の話かよくわからな』い中に『いやなことが始まっているのだけはわかった』という『私』。そんな『私』は、『トイレに行って、ふたりの話を中断させようか、それとも…』と逡巡する中に寝てしまいます。翌朝、『何事もなかったかのように笑』う両親でしたが、『母の中にくすぶっていたある雰囲気が、形を得てしまってどんどん力をつけてい』きます。東京へと帰ると『ボランティアのようなことをはじめ』た母親。やがて、『いつのまにか母は私たちの手の届かないところに行ってしま』いました。『この世の今目に見えている姿は全部まぼろしで、自分にはほんとうのところが見えていると言い張』る母親。一方の『私』は、『ものを食べなくなっ』ていきます…そして…と描かれていく最初の短編〈ちんぬくじゅうしい〉。沖縄への家族旅行の先に待つまさかの展開、『里芋の炊き込みご飯』という意味を持つタイトルの先に穏やかさと緊張感が同居する好編でした。
“沖縄には、神様が静かに降りてくる場所がある ー。なんてことないよ。どうにかなるさ。人が、言葉が、光景が、声ならぬ声をかけてくる。なにかに感謝したくなる滋味深い四つの物語の贈り物”という内容紹介が絶妙にこの作品を言い表しています。書名の「なんくるない」とは、”挫けずに正しい道を歩むべく努力すれば、いつか良い日が来る”といった意味合いの沖縄の方言だそうですが、書名にそんな方言が使われることから想像される通り、この作品は主な舞台を沖縄に描かれていきます。”絶対、よしもとさんは沖縄好きですから!”と新潮社の方に声をかけてもらった先に沖縄へと旅し、この作品の成立へと至ったという展開。吉本ばななさんというと、「まぼろしハワイ」でズバリ、ハワイの地も描かれていますし、南の島に相性が良い作家さんなのだと思います。
では、そんな吉本さんが描く沖縄の描写、せっかくですから食べ物の描写を見てみましょう。『安里にある有名な小料理屋さん』へと出かけた主人公の食の風景です。
『名物の「魚のマース煮」を頼んで、ていねいに食べた。大味な魚なのに、夢のように繊細な味がした。塩と昆布だけで煮ているのに、甘くて、ふっくらとしていた。私は骨をしゃぶりつくして、汁もみんな飲んだ』。
恐らくは、吉本さんご本人が注文して味わわれたそのままの光景なのではないかと思いますが『魚のマース煮』という塩水で蒸すという沖縄ならではの料理、私も食べたことがありますが、これはいきなり食欲を掻き立ててくれます。一方で、さらにメジャーな食はこんな風に描写されています。
『オリオンビールを飲みながら…海ぶどうをつまんだり、おいしい!と言ってはサーターアンダギーをほおばった』という母親の一方で、『亀せんべいと塩とかつお入り味噌でのもろきゅうで泡盛を飲み始め』た父親。
メジャーどころはさらっと一気に表現してしまう吉本さん。誰もが知るものばかりですから、これだけで一気に沖縄ですね!食ばかりではなんですから有名な観光地も見てみましょう。『いつまで見ていても飽きない、光の中の熱帯魚たち』という『水族館』です。
『ジンベエザメが行ったり来たりしてるだけなのに、私は口をぽかんとあけて、いつまでもそれを見ていた。優雅なその姿はまるで空をゆく飛行船みたいだった。まわりでひらひらしているコバンザメはまるでかもめのようだった』。
海の生物を空に飛ぶものに比喩するという絶妙なセンス。なかなかこのようには比喩できないと思いますが、なんだかとてもワクワクしてきます。嗚呼、『沖縄』に行きたい!そう、一冊丸ごと『沖縄、沖縄、沖縄』どっぷりな本を読むのは、そうは言ってもとても行ける状況にない…という身には強毒ですね(笑)。
そんなこの作品には四つの短編が収録されています。それぞれに関係性はなく、また表題作の「なんくるない」が全体の半分を占めるなど作品によって分量もバラバラです。そんなバラバラな作品を一つにまとめていくのが上記した『沖縄』の描写でもあります。では、四つの短編をご紹介しましょう。
・〈ちんぬくじゅうしい〉: 『今思えば、それが私の平凡だった少女時代最後の家族旅行だった』と親子三人で『沖縄』へと旅した過去を振り返るのは主人公の『私』。『沖縄』の美しい自然とゆったりした空気感を満喫する三人でしたが、母親が一人で『うわさ話で知ったすごくあたるというユタのところ』に行ったことで空気感が変わります。『私たちの手の届かないところに行ってしまった』母親、そして家族は…。
・〈足てびち〉: 彼と『ちょっとしたハネムーン気分で沖縄旅行を決め』たのは主人公の『私』。ホテルで目が覚めると、『海と浜は一面の男子高校生で埋め尽くされていた』という中に歩き始めた二人は、『隣の浜にある私の友達の家』へと赴き、夫婦と『息子がわりだと紹介された』『若い青年』と時を過ごします。そして、今の『私』は『あの午後に戻れるなら何でもすると彼も思っているだろうか?』という時を生きていきます。
・〈なんくるない〉: 『離婚してから一年たった頃、やっと生活が落ち着いてきた』というのは主人公の『私』。『イラストの仕事を細々と続け』、『姉の家に居候』している『私』は、彼が『私と別れて数ヶ月後に』『再婚した』ことを知ります。『会いにくくなるのが淋しかった』という『私』。『離婚から来る、ぐるぐるした堂々巡りの考えから抜け出す処方箋を真剣に考え』た『私』は、『沖縄』へと旅立ちます。そこで…。
・〈リッスン〉: 『特に目的もなく浜を横切っていた』というのは主人公の『僕』。『人気の少ないビーチに出た』『僕』は、さらに先へと進み、『ひと泳ぎして浜に上がると』、『木陰でごろりと横にな』ります。そんな中に『向こうから女の子が歩いて』来るのに気づきます。『薄汚い女の子』、『顔はいかついけどわりとかわいかった』という『女の子』に『どこから来たの?』と声をかける『僕』。
四つの短編は最後の〈リッスン〉のみ、男性が主人公を務めますが、他は女性主人公の視点で展開していきます。それぞれの主人公たちは何かしら心に傷を負っています。それは、『手の届かないところに行ってしまった』母親であったり、『離婚』であったり、さらには『不慮の事故で死んだ』人への思いであったりします。そんな主人公たちの心を、その思いを沖縄という特別な地が癒していく。この作品には『沖縄』が見せる独特な空気感によって、そんな物語の展開を全く不自然に感じさせない物語が描かれています。しかし、そこには単に時の流れが解決するという物語が描かれるわけではありません。上記した通り、書名の元となる「なんくるない」という言葉は”挫けずに正しい道を歩むべく努力すれば、いつか良い日が来る”という意味であり、その過程にある挫けない、努力するということを重視してもいます。そんな過程の先に安らぎを見る物語。
“沖縄という場所が私の人生に入ってきたことは、とても大きなことだった”
そんな風に語る作者の吉本さん。この作品には吉本さんの『沖縄』への深い思いが詰まっているからこそ万人が納得できる物語の姿があるのだと思います。『沖縄』のあんなこと、こんなことが鮮やかに描き出されていくこの作品。吉本さんらしく美しい言葉の数々が紡がれるこの作品。
『沖縄』という地の魅力を再認識させてくれる、吉本さんの想いを強く感じた、そんな作品でした。続きを読む投稿日:2024.02.21
沖縄の自然とあたたかい優しさを感じた。夕暮れ近くなるとなんとも言えない海辺の癒しの雰囲気。
人懐っこい島人や観光客^ ^。サービス精神満載のタクシー運ちゃん。
よしもとばななさんの沖縄愛を感じた本。
…孤独で不安で寂しい…孤独じゃ無いよー深く思い詰めるな大丈夫なんくるないさー(なんとかなるさ)
続きを読む投稿日:2024.03.31
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