街への鍵
ルース レンデル(著)
,山本 やよい(訳)
/ハヤカワ・ミステリ
作品情報
メアリは白血病患者のために骨髄を提供した。だが、それが恋人の男の怒りをかう。彼女の美しい肌に傷がついたと、身勝手な理由で男はメアリを責め――暴力をふるった。家を出た彼女は、過去をふりきるように大胆な行動に出る。素性もよくわからぬ骨髄の提供相手に会うと決めたのだ。そこにいたのはレオという優しく繊細な男性。メアリは次第に彼に惹かれていくのだが、それが悲劇の始まりだった。その頃、街では路上生活者を狙った殺人が起き・・・・・・不穏さを物語に練り込んだ〈サスペンスの女王〉による傑作。
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商品情報
- シリーズ
- 街への鍵
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 早川書房
- 掲載誌・レーベル
- ハヤカワ・ミステリ
- 書籍発売日
- 2015.08.07
- Reader Store発売日
- 2015.08.14
- ファイルサイズ
- 0.7MB
- ページ数
- 424ページ
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この作品のレビュー
平均 3.2 (11件のレビュー)
-
便利になったものだ。机上のモニターにグーグル・マップでリージェンツ・パーク界隈を開いておいて、作中に現れる場所を打ち込んでいくと、人物たちの移動ルートが手に取るように分かる。特に主人公が住んでいるパー…ク・ヴィレッジ・ウェストなどの高級住宅地では、建っている建築物の写真が見られ、なるほどこんな感じのところなんだな、と分かる。おそらく、作者もその辺を分かって書いているのだろう。異様に詳細に移動経路を示している。
紙の地図で、登場する通りの名を調べようとしたら、多分すぐにあきらめてしまうだろう。人物が角を曲がるたびに、次から次に出てくるアベニューやレーンの名前は地図ではなかなか見つからない。一度や二度ならロンドンにも行ったことはあるし、リージェンツ・パークも歩いて横切ってはいる。記憶に残っているのは、広い緑地を小径が走り、ところどころにベンチが設けられていて周囲は木立で囲まれているといった景観だ。野生の栗鼠が足もとで木の実を食み、リードもついていない大きな犬が走り回っていた。
謎解きミステリではない。無論、連続殺人は起きるし、犯人は最後に逮捕される。ただ、それを追うのがストーリーの中心ではない。犯人の目星を付けるための必須アイテムである、例の、主な登場人物の紹介もない。主人公は、メアリという若い女性である。DV男と縁を切るため、それまで住んでいた家を出て、長期のバカンスをとる祖母の友人の家の留守番をしようとしている。男は未練たらたらで、後を追ってくるのは見え見えだ。
メアリは、過去に骨髄移植のドナーになった経験がある。団体から手紙が届き、移植を受けた相手の名が分かり、偶然、留守番先の近くに住んでいることが分かる。当然二人は出会い、恋に落ちる。三角関係のもつれで殺人事件が起きるかと思いのほか、殺されたのはホームレスだ。植え込みや、草地の多い公園内は、夜間は施錠されるが、ホームレスが夜を過ごす絶好の場所になる。ところが、それを憎む者がいたのだろう。死体は、わざわざ公演を囲む鉄柵についたスパイクに串刺しにされていた。二人目の死体が出るころには犯人には<串刺し公>という異名が付いていた。
ある意味、主役はメアリではなく、リージェンツ・パークそのものではないか、と思えてくる。それというのも、この公園を根城にしたり、そこを毎日の仕事場にしている複数の人物が、事件に絡む。その人物たちをつなぐのが、公園という、身分の上下、階級の差を問うことなく、誰もが利用できる公共の<トポス>である。メアリは、公園の東に隣接する高級住宅地パーク・ヴィレッジ・ウェストから北西に位置する仕事場まで、公園を抜けて通勤している。そこで、よく目にする一人のホームレスがいる。
青い目に顎髭を生やし、Tシャツにジーンズ、くたびれたスウェットシャツ姿の男の名はローマン。オックスフォード訛りが残るのも当然で、かつては近くで友人と二人出版社を経営していた。交通事故で、妻と二人の子をなくしてからというもの、思い出が染みついた家を売り払い、ホームレス暮らしを続けていた。そんな自分に普通に挨拶をしてくれるメアリのことが気になり、ひそかに彼女を見守っていたのだ。
もう一人、メアリの家の持ち主が犬の散歩に雇っているビーンという男がいる。もとは、資産家の家に勤めていたが、SM狂いの主人が、彼に遺産としてその家を残してくれたので、今でもそこに住んでいる。ただ、年金だけでは家を維持していけないので、資産家の犬の散歩を何軒も抱えて、運動を兼ねてアルバイトしていた。公園の周囲に住む顧客から犬を預かっては公園内で運動をさせる。コースを考えれば、無理なく運動ができるのだ。ただ、この男は悪党で、弱みを握ったら相手をいたぶることを厭わない。
最後に、麻薬を買う金欲しさに、人に金をもらっては相手を傷めつけるのを仕事代わりにしているホブという男がいる。コカイン中毒で、公園の柵を乗り越えては、茂みに隠れて吸引し、ハイになったところで仕事にかかる。これらの怪しい男たちが、金や自分の嗜好のために、相手を利用し、使い捨てる。本邦の二時間ドラマのように、深い怨恨や愛憎ばかりが殺人の理由ではない。
さすがにルース・レンデル。普通なら交わらないだろう階層にある人物を、その人物がそれまで送ってきた人生の中で、すれ違うようにして持つに至った極めて薄い縁を巧妙に生かして話を組み立てている。あまり重要でない、と読み飛ばしそうな、つまらないうわさ話や、ふと目に留まる情景のなかに、丹念に手がかりを埋め込んでいる。祖母の遺産を相続することになるメアリの財産を狙う男の首尾を見極めるのに汲々として読み終えた後、もう一度、今度は連続殺人事件の真相を最初からたどらなくては気が済まなくなる。
ええっ、こいつが犯人?とぼやきたくなる真犯人に、突っ込みの一つも入れたくなるが、ミステリの常道をあえて無視した展開も、サスペンス小説なら許される。ではありながら、再読時には、ここをしっかり読んでいれば、犯人が何故、ホームレスの串刺しにこだわるのか、事件がある一定の範囲で起きる理由も分かっただろうに、と思わされる記述が、実に丁寧に書かれていたことに思い至り、老練な作家の手腕に讃嘆しきり。サスペンスの女王という呼び名に偽りはない。
それにしても、地図上に描かれた道をたよりに、人物の行き来をたどっていると、よく歩くものだなあ、と感心せざるを得ない。しかし、考えてみれば無理もない。鉄柵で囲まれた園地内に車は入れない。周りを走る地下鉄を乗り換え乗り返して、それを降りてからまた歩くより、公園内を突っ切ってしまうのが一番はやいのだ。読んでいて、またロンドンに行ってみたくなった。続きを読む投稿日:2017.09.05
1996年作。
クロード・シャブロルという映画監督がいて、ヌーヴェルバーグの一派とされているようなのだが、ルース・レンデル原作の映画を幾つか作っている。それが普通に面白く、私もレンデルに興味を持つ…ようになって、『殺しの人形』だけはハヤカワ文庫のを買って読んだ。
が、いま探してみると、かつては角川文庫あたりでもラインナップがあったはずなのに、文庫で中古でなく購入できるルース・レンデルの小説がほとんど見当たらないのだ。この作家が亡くなったのは2015年らしいが、急速に忘れ去られつつある作家なのだろうか?
本書はハヤカワ・(ポケット・)ミステリという、新書版よりもさらに縦に長いサイズの本で、本文は2段組になっている。
面白いかと思って読んでみたのだが、残念ながら、これはつまらなかった。
一応ミステリっぽい「サスペンス小説」のはずだが、ようやくサスペンスが感じられ始めるのは350ページも過ぎた辺りからである。その前から殺人事件は起きているのだが、被害者がホームレスで身寄りもないせいか、周囲の反応も薄く、緊迫感は全然ない。
複数の人物を切り替えながら多層的に話を進めていくのだが、メアリの恋愛物語以外は特に進展する話もなく、ひたすら退屈である。しかも、読み終わってから振り返ると、そんなふうに多重視点で描いてゆく必要があったかどうか、疑わしい。
現在の日本のエンタメ小説界では当たり前の、改行だらけのスカスカ文体とは異なり、特に人物を念入りに描写しているようには見えるけれども、いかんせん、ヘンリー・ジェイムズの「描写」への凄まじい執念とそれが醸し出す緊張と濃密と比べてしまうと、どうしてもこれは三流止まりの描写なのである。
そんな感じで、読んでいてなんだか淋しくなってしまうような本だった。続きを読む投稿日:2023.01.19
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