源氏物語 巻四
瀬戸内寂聴(訳)
/講談社文庫
この作品のレビュー
平均 3.9 (18件のレビュー)
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平安時代の平均寿命を調べてみると、男性33歳、女性27歳くらいとのことですが、これを貴族に限定すると、それぞれ50歳、40歳くらいとなり、やはり、あらゆる面で恵まれていたのもあるのでしょうが、今と比…較すると、とても短命で、その刹那に生きた姿には感慨深いものもありますよね。
そして、巻四の源氏は、31~36歳までの人生を描いており、もう既に人生の半ば以上でありますが、まあ、何でしょうね。ここまで来ての、この体たらくに、最早何も言うことが無いというか、やはり、この作品は反面教師的意味合いが強いのか、貴族の驕り高ぶりを皮肉っているのか、どうしようもない性格の人間にも生きた証のようなものがあるのか、逆に、こんな奴はいないといったコメディとしての面白さなのか、色男故の悲劇を描いているのかは、分かりませんが、まあ、なるようになるんじゃないですかね。
「薄雲(うすぐも)」
初っ端から、「明石の君」とその姫君の別れの場面が、なんともやり切れなく、この後、しばらく母と会えなくなることを、まだ認識していない姫君の「お母ちゃまもお乗りなちゃい」には、胸が詰まる思いでいっぱいとなり、こんなことさせるなよと思ってしまうが、結果として、嫉妬に苦しむ「紫の上」に気を紛らわせる役割を与えるきっかけになりそうなのが、またなんとも皮肉的である。
また、源氏にとっての大きな悲しみが、「藤壺の尼宮」の崩御であり、そのすぐ後に、例の秘め事を「冷泉帝」が知ることになるのは、話の展開を狙いすぎた感があるものの、既に太政大臣もお亡くなりになった状況で、源氏に再び暗雲が立ちこめる中、何故か、「前斎宮の女御」を口説き初める、困ったお心も発現し・・・ほら、女御が少しずつそっと奥の方へお引き取りになる姿を見て、察しろよ。
しかも、彼の凄いところは、「こうした無理な恋に胸のふさがるような癖が、まだ残っていたのかと、我ながら思い知らされる」と、ちゃんと自己分析しているのに、それを抑えられない点にあり、更に、過去のあの過ちについて、「あれはまだ思慮の浅い若者の過ちとして、神仏もお許し下さったのだろう」と、堂々と言える姿には言葉もありません。はいはい。
「朝顔(あさがお)」
「朝顔の姫宮」の父、「式部卿の宮」がお亡くなりになり、その喪中のお見舞いを口実に、源氏は再度、朝顔の姫宮を口説きに通うが、それを隠している事に紫の上は本気で憎しみを燃やし、その思いは、「馴れてしまうのは、たしかに厭なことの多いものですわね」と辛辣で、以前はこんなこと言う人じゃ無かったのにと悲しく思うが、源氏はどこ吹く風で、女童たちと雪ころがしや雪の山作りを無心にしている姿には、却って、恐怖を感じさせるものがあったが、その報いを受けたかのように、彼の夢の中に現れた、ある女性の恨み言はまた恐ろしく、おそらくこれは、故桐壷院も交えて冥界で繰り広げられているのかと思うと、この現世と冥界の曖昧で緩い境界線こそが、この作品で最も恐ろしいものなのかもしれないと思い知った。
「乙女(おとめ)」
故「葵の上」と源氏の息子である「若君」がメインの話で、この若君に対して、源氏がいきなり高い位にせずに六位にしたことが、後々の悲しみを引き起こすこととなり、この源氏自身の価値観で子どもの事を決めつけるやり方には、普遍的な子育て問題にも通じるような、子どもの意志を反映させないものを感じさせられて笑えないものがあり、若君が好きになる「雲居の雁の姫君」の乳母に、「どんなに御立派なお方にしろ、せっかくの御結婚のお相手が六位風情ではねえ」と言われる始末で、そんな中でも、若君の御乳母の宰相の君の計らいで久々に会えた時の、若君の「恋しいと思って下さいますか」に対して、姫君がかすかにうなずく姿には、この作品を読んで初の正統派かと思わせるものがあったので、この後の、この作品特有の常道の展開にはがっかりさせられた。
「玉鬘(たまかずら)」
かつて源氏が恋した「夕顔」の娘「玉鬘の姫君」は、築紫で乳母の一家とひっそり暮らしていたが、ある日、そこに住む勢力のある武士から求婚されたことをきっかけに京へと旅立つのだが、そこで見られた、乳母の一家の主従関係の容赦の無さが印象的で、そこの長男は妻子を、妹は長年連れ添った夫を捨てての同行なのだから、その覚悟たるや凄いものがあったが、それに応えるように、かつて夕顔に仕えていて、今は紫の上に仕えている「右近」との劇的な再会も感動的な中、そのことを源氏に報告したときの彼の浅ましさには、ちょうど新たに造営した六条の院へ姫君を移すのを見ていた女房たちの、「厄介な骨董趣味だこと」が、誰よりもその勘の良さを発揮しており、なんとも侘しいものがあった。
「初音(はつね)」
新年早々、源氏が色々な女性を尋ね回った上、とある出来事で紫の上を怒らせたという、ごくごく、日常的ないつもの出来事。
「胡蝶(こちょう)」
六条の院で暮らすことになった、玉鬘の姫君は、その母親の良さを引き継いだ華やかな可愛らしさに、何人もの男が恋してしまう中、あの男も・・・「何とまあ、お節介な親心もあるものですこと」といった皮肉では済まされない、これは本当に怖いし、ここで次巻へ続くといった終わらせ方も、作者は、上手いところで終わらせたなと思っているのでしょうが、怖くて笑えません。もうここまで来ると常識を疑ってしまうが、元々、そんなものが備わっていないから、こうした歴史を積み重ねているのでしょうね。
ちなみに、「初音」で登場した「男踏歌」の行事は、紫式部が執筆した、一条天皇の時代には既に無く、物語の時代設定がもう少し昔の『延喜・天暦の治』の頃であることを表しており、この言葉は、当時の摂政や関白を置かない、天皇を中心とした治世を、後世に理想化し称えたものだそうで、そうした素晴らしき時代に、この男ありといった面白さも考えていたのではないかと、思わずにはいられなくなりました。それにしても酷すぎるけどね。あるいは物語の中に、帝を積極的に登場させたかったのかもしれないけれど。続きを読む投稿日:2023.08.26
薄雲・朝顔・乙女・玉鬘・初音の5帖が収録.全編を通して特段の盛り上がりがある訳でもなく,太政大臣となった光源氏の傍若無人さが淡々と描かれる.本文中の語り手が描写する源氏への評価がてんでバラバラなので,…紫式部の意図や思惑が測りきれないが,少なくとも読んでいて自分を投影できない為人であることは確かである.平安と令和とで,これほどまでに人の価値観念が移ろいゆくものだとは,80年程度の寿命では理解のできない時間そのものの潜在力を目の当たりにする.続きを読む
投稿日:2024.03.22
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