思い出リバイバル
彩坂美月(著)
/講談社
作品情報
ひとつだけ、過去を「再上映」できるとしたら。今だから気付けることがあるーー思い出とは、未来へ一歩踏み出す自分を支えてくれるもの。
思い出をひとつだけ「再上映」してくれる不思議な存在、映人。
過去を変えることはできないが、今の自分の視点でもう一度過去を見直すことができる。
幸せだった頃を取り戻したい人、後悔にけりをつけたい人……映人に再上映を依頼する理由は様々だが、受けるか受けないかは映人なりの基準があったーー。
幸せなものでも、苦しいものでも、自分にとって価値があって大切なものだと心から思えたら、きっと「これから」が変わっていく。
思い出を再体験した依頼人たちは、何を得るのか。
そして、映人の正体と目的とは。
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この作品のレビュー
平均 3.2 (16件のレビュー)
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『たった一つだけ思い出を再上映できるとしたら、あなたはどれを選びますか?』
一日二十四時間生きていく私たちは、その一瞬一瞬にさまざまなことを体験していきます。もちろん眠っている時間はカウントできない…としても、私たちは数々の体験を『思い出』として記憶していきます。そんな『思い出』は人によって当然に異なります。例えば『思い出』の中の一つを挙げたとして、たまたま同じ場面を挙げたとしても人によってそこに見えていたものは異なるはずです。『思い出』として刻まれるのは『〈自分〉というフィルターを通したもの』だからです。
では、あなたがそんな『思い出』の中からもう一度体験してみたいと思うものを挙げるとしたら何を挙げるでしょうか?学校の部活動で大活躍しヒーローになった瞬間でしょうか?大切な人に告白された幸せ絶頂の場面でしょうか?それとも、人生の分岐点となったあの日、実は何があったのか?という裏側を知りたいと思う場面でしょうか?『思い出』というものを考えるだけでもそこには無限のドラマが存在する可能性が見えてもきます。
さてここに、
『たった一つだけ、人生の思い出を再上映できる』。
そんな噂の先に『思い出を体験』する人たちを描く作品があります。『過去の思い出を、もう一度体験できるという』一見甘美な誘惑に心躍るこの作品。『あたしは、これから何が起こるかを知っている』という中に『思い出』が『再上映』されていくのを見るこの作品。そしてそれは、そんな『思い出』の『再上映』の先に、主人公たちの人生が確かに変化していくのを見る物語です。
『はたして待ち人は約束の場所に現れるのか?』と思いながら雑居ビルの前に立つのは主人公の立花亜衣。〈白鳥シネマ座〉と『斜めに傾い』だ看板が『現在は営業していない映画館』を象徴する中、『建物内に足を踏み入れ』た亜衣は『顔も知らない、正体も定かではない相手と会うために』『こんな人気のない場所』に来てしまったことを戸惑う一方で『このまま帰ってしまったら、きっともう二度と、失ったものを取り戻す機会は私に訪れない』とも思います。そして、『スクリーンがそのまま残されて』いる映画館の中に『一つの人影』を見つけた亜衣。『全身黒ずくめの格好を』した『その人』を見て『美少年アイドルに似ている』と思う亜衣が『あの、わたし、その…』と話せないでいると『立花亜衣さん、でよろしいですか?』、『思い出を再上映する者。私が、〈映人(えいと)〉です』と声をかけられます。そして、座席に並んで腰を掛けた二人。『たった一つだけ、人生の思い出を再上映できる』という『奇妙な噂』を『人づてに聞いた』亜衣は、『ネット上で情報を集め』、『知り合った人から初めて映人のものだという連絡先を教えてもら』いました。『本当なんでしょうか。本当に、思い出をそのまま再上映できるんですか…?』と訊く亜衣に、『もう一度、実際に思い出を体験していただくんです』と返す映人は『私は、依頼者の思い出を再上映するためのお手伝いをするだけです』と答えます。『お金とか、幾らくらい…』と訊く亜衣に『報酬は一切頂きません』と答える映人は依頼内容を聞かせて欲しいと伝えます。『私は、どうしても、あの日を取り戻したい』と思う亜衣は、『わたし、は』『父が殺された日を、再上映してほしいんです』と力を込めて答えました。そして、『高校生のときに両親が離婚し』た時のことを話し始めます。気が小さく、すぐに『酒に逃げ』ていた父親が転職を繰り返す中、散々に苦労させられてきた母親は、離婚を決意し、父親は家を出て行きました。それから二年が経ち、進学に悩む亜衣に『父にも相談してみてはどうか』と母親に言われ、一人『隣町の賃貸住宅』へと父親を訪ねて行った亜衣。しかし、辿り着いた建物の部屋から『見知らぬ女性』が姿を現し、思わず身を隠した亜衣。『今のは、誰だろう…?』と思う中、身を固くしながらチャイムを鳴らした亜衣の前に『酒飲み特有の顔つき』をした父親が現れました。散らかった室内を見る亜衣は『この人は、何ひとつ、変わっていない』と思います。そんな亜衣に『お母さんから、聞いた』、『お前の好きなようにすればいい』と言う父親に『カッと頭に血が上った』亜衣は『とにかく中に…』と肩先に手を伸ばした父親を振り切って部屋を後にしました。『それが、生きている父を見た最後の記憶です』と映人に説明する亜衣は『父が死んだと警察から連絡があったのは、その翌日でした』と付け加えます。『背中を鋏で刺され』、物が散乱した室内で『血の海』の中に息絶えていたという父親。しかし、『肝臓を患ってい』たという父親の生命保険によって、『大学に進学することができた』という亜衣。そして『父の死にきちんと向き合うべき』と考え、映人に連絡したと伝える亜衣は指示されていた『思い出の品』として志望校欄が空白のままのプリントを取り出しました。それを見て『あなたの思い出の再上映、お引き受けします』と言う映人はシートに横になるよう伝え、プリントを『じっと見つめ』るように言います。そんな中に穏やかな感覚に包まれていく亜衣。そんな次の瞬間、亜衣の目の前には『あの夏の日、父の家を訪れるために通った道』がありました…という最初の短編〈父の思い出〉。作品冒頭から読者を一気に作品世界に捉えていく好編でした。
“ひとつだけ、過去を「再上映」できるとしたら。過去を変えることはできないが、今の自分の視点でもう一度過去を見直すことができる。 幸せだった頃を取り戻したい人、後悔にけりをつけたい人。思い出を再体験した依頼人たちは、何を得るのか”と内容紹介にうたわれるこの作品。五つの短編が映人という謎の存在と、”過去を「再上映」”するという行為によって繋がっていく連作短編の形式をとっています。そんな物語には本編冒頭に次の一文が置かれています。
『たった一つだけ思い出を再上映できるとしたら、あなたはどれを選びますか?』
私たちは日々生きる中に数多の『思い出』を作りながら生きています。それは良い『思い出』である場合もあれば、悪い『思い出』である場合もあります。人がこの世を生きていく中には良い『思い出』だけという人はいないでしょう。一方で、そんな『思い出』はあくまで私たち個人個人の頭の中に記憶されていくものです。例え、過去の同じ場面に一緒にいたとしてもその『思い出』の記憶は人それぞれになるはずであり、また例え写真やビデオカメラで録画をしていたとしてもそれが『思い出』の全てとも言い切れないと思います。この作品は、そんな私たちの記憶の中に眠る『思い出』を『再上映』するという摩訶不思議な物語を見る中に『思い出』というものが持つ力を垣間見せてくれます。そして、私たちが『思い出』を語る時、それは誰か他の人との関わりを欠かすことはできないと思います。この作品の各短編でも必ず身近な人との大切な時間が『再上映』の『思い出』となっていきます。しかし、『思い出』を『再上映』と言ってもこの作品を読んだことのない方には意味不明だと思いますので、『再上映』というものについてご説明したいと思います。『再上映』の手順は以下の通りです。
・『再上映人』である映人の連絡先を入手し連絡を取る
↓
・希望を受け入れてもらったら映人に指定された場所に『思い出に関係する物』を持って赴く
↓
・映人に、希望する『思い出』の瞬間を説明する
↓
・映人の指示に従って、横になり、『思い出に関係する物』を見つめ続ける
↓
・『思い出』の瞬間 = 『過去の自分の中』へ入り込む
どことなくイメージできるでしょうか?上記した説明ではこの作品はファンタジーなの?という疑問がわくと思いますが、最終章の存在がこの答えを若干躊躇させます。ただし、基本的にはファンタジーとして読むのが幸せだと思います。そして、そんな『再上映』に際して映人から『決して破ってはならない三つのルール』が提示されます。
① 『過去を悪用してはならない』: 『自身や周囲に少なからず悪影響を及ぼすような行為は』してはいけない。
② 『内容を誰にも話してはいけない』: 『再上映で体験した詳細な内容』は他言無用。
③ 『何が起こっても、生じた結果は、自分自身で責任を負うこと』
こういったファンタジー作品では定番とも言えるルールですが、この作品では特に”③”の制約が主人公を縛るというより、物語にある種の深みを与えていきます。過去の出来事の中には、その瞬間に気づけなかった事ごともたくさんあったはずです。同じ場面を再度経験すれば当然、過去に気づけなかったことにも気づいてしまう可能性があります。それによってどんなことになってもそれはその人の責任、結果責任は主人公が負うことになります。当たり前と言えば当たり前ですが、このダメージが如何に大きなものであるかを物語は見事に描き出していきます。作品を読み始めて、私も『思い出』を『再上映』してもらいたい!と一度は思ったのですが、早々に気が引けてしまいました。『思い出』は『思い出』だから美しい、『思い出』は『思い出』のままがいい、そんなことも感じました。では、この作品の三つの短編を何が『再上映』のポイントかという点を踏まえて簡単にご紹介しましょう。
・〈父の思い出〉: 高一の時に母親が離婚を決意し『酒に逃げ』るばかりの父親と離れて暮らしていた主人公の立花亜衣。そんな亜衣は高校卒業後の進路の相談に父親の家を訪れますが、過去のままのだらしない姿を見て部屋を後にします。そして翌日に『父が死んだと警察から連絡』を受けた亜衣は、『父の死にきちんと向き合うべき』と『父が殺された日』の『再上映』を希望します。
・〈恋人との思い出〉: 『結婚前のような愛情と関心を向けてくれなくなった』夫の雅人に不満を覚えるのは主人公の林里佳。そんな里佳は、高校時代に付き合っていた佐倉真吾のことを思い出します。『デートした日の帰り道、運悪く事故に巻き込まれて死んでしまった真吾のことを懐かしむ里佳は、『佐倉真吾と、最後に過ごした一日』の『再上映』を希望します。
・〈青春の思い出〉: 『やる気があるのはわかるけど…』とクライアントとのやりとりに小言を言われる主人公の三橋陽太。『率直に自分の意見を述べた』ものの、場の中で浮いてしまい、後輩の機転に救われた陽太は、そんな後輩を『媚びを売るのがやたらと上手い』と思い、上司のことも不満に思う中、『自分が一番、輝いていた』『高三の、文化祭の一日』の『再上映』を希望します。
もちろん人にもよると思いますが、これら三つの短編はダイレクトに読者の心に響いてくると思います。そして、読めば読むほどに一つの作品の名前が浮かび上がってきます。辻村深月さん「ツナグ」です。”僕が使者です。死んだ人間と生きた人間を会わせる窓口”と現れる使者の歩美の力によって、死んだ人間と会話していく主人公たちの姿を描いたこの作品は涙なくしては読めない傑作中の傑作です。この彩坂さんの作品は死んだ人を呼び出すわけではなく、過去の『思い出』の中に依頼者を落とし込むといった面持ちであり、設定はかなり異なりますが、不思議と読み味は似ています。しかし、辻村さんの「ツナグ」は続編「想い人の心得」が刊行されましたがそこまでです。あの作品世界の感覚をもう一度と思われる方には是非おすすめしたい作品だと思いました。
そんなこの作品ですが、上記した三つの短編までは辻村さんの作品の感覚を味わえる絶品だと思います。問題は、次に続く二つの短編です。このことに触れずにはこの作品は語れませんのでネタバレに気をつけながら説明したいと思います。まず、四編目〈ある犯罪の思い出〉です。他の方のレビューに、この四編目が最高傑作と書かれていらっしゃる方もいる通り、なかなかに深い世界を見せてくれるのがこの短編です。上記した三つの短編とは全く違う視点から物語が組み立てられているのがこの短編です。三つの短編とは全く読み味を変える中に、それでいて感動のストーリーを作り上げていく彩坂さんの工夫を強く感じさせます。間違いなく素晴らしい短編だと思います。
ということで、上記した三つの短編+四編目までは見せ方は異なれど間違いなく感動の一作です。そう、私は、ここまで読んで”五つ星”確定の大傑作を見つけたという思いを抱きました。それが、えっ?となったのが五編目〈映人の思い出〉です。そもそも謎の人物であるはずの映人という名前が短編タイトルに含まれるこの短編は、それまでの短編とは全く赴きを異にします。そして、内容紹介には実はこんな一文が存在します。
“映人の正体と目的とは”
この五編目にはこのことを決着させるための物語が展開していきます。もちろんネタバレになるのでその内容は伏せますが、謎は謎であるからこそ面白いという側面があるはずです。上記した辻村さんの「ツナグ」でも、その続編において使者である歩美に焦点を当てる物語が描かれてはいます。しかし、そこに見るのは歩美の使者としての苦悩であって謎解きではありません。こういった面持ちの作品では謎は謎のまま残して欲しかった…というのが正直なところです。しかもなんともハッキリしない幕切れでもあり、最後に至ってとても残念な思いです。もし過去を変えることができるなら、数時間前に遡って、四編目まで読み終えた自分の手からこの本を奪いたい、五編目には触れることなく終わりたい、そんな思いです。ということで、これからこの作品を読まれる方には、是非、さてさてを信じていただいて四編目までで本を置くことを強くおすすめします。そうすることで〈思い出リバイバル〉というこの作品はあなたの中に間違いなく傑作として刻まれることになると思います。
『過去を変えることはできない。けれど、思い出の中から何かを得ることで、今の自分が変わることはできる』。
『思い出』を『再上映』するというファンタジーな物語内容に心躍るこの作品。そこには五つの短編それぞれに『思い出』と向き合う主人公の姿が描かれていました。『思い出』に向き合うことの意味を教えてくれるこの作品。そんな『思い出』の『再上映』の先に、確かに何かが変わっていくのを感じるこの作品。
『過去の時間を再上映することで、今の自分を再生する』。そんな『思い出』の可能性に酔わせていただいた印象深い作品でした。続きを読む投稿日:2023.11.01
思い出を呼び覚まして、本人に再上映(リバイバル)できる人、「映人」を取り巻く物語。
五話に分かれていて、それぞれの話の中で主人公が映人によって過去の思い出を”体験”し、そのことを通じて現在(今)のこと…を改めて理解する。
過去があって今がある。そんな当たり前のことを思い起こさせてくれる物語です。彩坂先生らしい、ミステリアスであり、甘酸っぱくもあり、どこか哀しい小説です。続きを読む投稿日:2024.02.10
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