キャベツ炒めに捧ぐ
井上荒野(著者)
/ハルキ文庫
作品情報
「コロッケ」「キャベツ炒め」「豆ごはん」「鰺フライ」「白菜とリンゴとチーズと胡桃のサラダ」「ひじき煮」「茸の混ぜごはん」……東京の私鉄沿線のささやかな商店街にある「ここ家」のお惣菜は、とびっきり美味しい。にぎやかなオーナーの江子に、むっつりの麻津子と内省的な郁子、大人の事情をたっぷり抱えた3人で切り盛りしている。彼女たちの愛しい人生を、幸福な記憶を、切ない想いを、季節の食べ物とともに描いた話題作、遂に文庫化。(解説・平松洋子)
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商品情報
- シリーズ
- キャベツ炒めに捧ぐ
- 著者
- 井上荒野
- 出版社
- 角川春樹事務所
- 掲載誌・レーベル
- ハルキ文庫
- 書籍発売日
- 2014.08.18
- Reader Store発売日
- 2022.09.01
- ファイルサイズ
- 1.1MB
- ページ数
- 231ページ
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この作品のレビュー
平均 3.9 (73件のレビュー)
-
『焼き穴子、どういうふうにお料理するのがいちばんおいしいの?』
そんな問いかけをされたらあなたはどんな調理のイメージを思い浮かべるでしょうか?
『中華ふう、っていうのも案外いけるらしいわ』。
『…それもいいけど、わたしはやっぱりシンプルなのが好きだわ』。
『茶碗蒸しもいいしうざくみたいにしてもいいし…。そうそうお寿司もいいわね』。
『ちらし寿司!』
こんな風に『食べ物』の話をすると、なんだか気持ちが高揚してくるのを感じます。文字だけを読んでいるはずなのに、頭の中には美味しそうな食材のイメージが浮かんできます。そして、幸せな気持ちに包まれるのも感じます。
私たちが生きていくために必要とする”衣・食・住”、その中でも『食』は、人間だけでなく全ての生き物がこの世を生きていく中で必要不可欠なものです。『食』の話をして、思わず顔がほころぶのはそんな人間の基本的な欲求が顔を出すからかもしれません。
私たちにとってとても大切な『食べ物』。そんな話題を取り扱った作品は小説界では定番中の定番です。”栄養と愛情がたっぷりつまった美味しい料理”が味わえる古内一絵さん「マカン・マラン-二十三時の夜食カフェ」、”あたたかな食べものの匂いと、にぎやかな人々の笑い声”を描く伊吹有喜さん「オムライス日和」、そして、”「ふぅ、幸せ」という一言が象徴する幸せな食卓”を描く小川糸さん「あつあつを召し上がれ」などなど、美味しい『食べ物』が登場する作品は多々あります。そんな『食べ物』が登場する作品には共通点があります。それは、日々の生活の中にそれぞれに悩みを抱えながらひっそりと生きる人たちの人生の一コマが描かれることです。そして、そんな登場人物たちが『食べ物』を口にする時の幸せが、そんな作品を読む読者をも幸せにしていく、それこそが『食べ物』を取り上げる小説の最大の魅力だと思います。
さて、ここに、そんな『食べ物』を全編にわたって取り上げた作品があります。『桃素麺』、『豆ごはん』、そして『キャベツ炒め』と、それだけでお腹が鳴りそうなおいしい『食べ物』が次から次へと登場するこの作品。そしてそれは、そんな『食べ物』を食する人たちが『おいしい!すごくおいしいわ、これ』と語るその瞬間に、ひたむきに日常を生きる人たちのいっ時の幸せを見る物語です。
『巨大な釜は一升炊きだ。それが三つある』とそれらを眺めるのは主人公の一人・郁子。そんな郁子は『釜の蓋を開け』『炊きたての米の旺盛な湯気が、ぶわっと郁子を包む』と、『ああ、いい匂い』と声を出しました。それに『色っぽい声出しちゃってー』と江子(こうこ)が笑いながら、麻津子(まつこ)にも同意を求めます。『江子は六十一歳』、『片や麻津子はジャスト六十歳』という二人と『惣菜屋で、その名は、「ここ家」という』店で一緒に働く郁子、六十歳。そんな『「ここ家」のオーナーは江子で、麻津子と郁子は従業員』として働いています。『四軒長屋の中の一軒』という『ここ家』の『店頭の品書きの横に』は、『雑誌の切り抜きが貼ってあ』り、そこには『ニッコリ笑う三人のスナップ』と共に『「来る、待つ、行く?心優しき肝っ玉おっかさんたちの家庭の味」というコピーが躍ってい』ます。先日取材があった際に江子はそのコピーを『見事に揃ったでしょ。運命の出会いだと思わない?』と説明しました。『三ヶ月ほど前、自分が「ここ家」を訪れたときのことを思い出す』郁子。一ヶ月前にこの街に越してきて『八回目の来店』というその日に『あの、わたし、応募します』と『従業員募集!』の張り紙を元に店員の麻津子に声をかけた郁子。『飲食業はもちろん、正社員として働いた経験が自分には一度もないと、正直に明かしてしまった』こともあって、『厨房で行われた「面接」』で『不採用の空気が』濃厚になります。そんな時、『あなた!郁子さんっていうのね!』という江子の一言で採用が決まりました。そして、江子(来る)、麻津子(待つ)、郁子(行く)という三人が揃った『ここ家』。そんな時、『勝手口の呼び鈴』が鳴りました。郁子がドアを開けると、『こんちはっす』という『ひょろりとした長身』の青年が頭を下げます。『米屋です、コトブキ米店。今日から俺が配達担当なんです』という青年は、『春日進といいます』と名乗りました。『今日から新米です。新米が新米をお届けに上がりました』と挨拶する青年に『やだー面白い!新米が新米だって?』と『きゃはははは、と笑う江子』。そして、仕事が終わり『スナック「嵐」』に出かけた江子と麻津子の一方でアパートにひとり帰り、窓から公園を見ながら缶ビールを取り出した郁子は二枚の写真を見ます。二歳で亡くなった『息子の草(そう)』と半年前に亡くなった夫の俊介。そして、郁子は今日出会った『「新米」の春日進』に草の面影を見たと感じた今日の昼間のことを思い出します。そんな郁子が背負う人生が賑やかな雰囲気感の中にしっとりと描かれていく最初の短編〈新米〉。美味しい食の雰囲気感に包まれるこの作品世界に一気に連れて行ってくれる好編でした。
「キャベツ炒めに捧ぐ」というなんとも美味しそうな書名に心惹かれるこの作品。11の短編が連作短編を構成しながら物語は展開していきます。そんな物語の舞台が、『東京の私鉄沿線の、各駅停車しか停まらない小さな町の、ささやかな商店街の中に』あると言う『惣菜屋』の『ここ家』です。『そこそこ繁盛している』というそのお店には、オーナーの江子と従業員の麻津子と郁子の三人が働いています。そして、物語はそんな彼女たちに一章ずつ視点を順番に切り替え、それぞれが抱えている背景事情を明らかにしながら展開していきます。
そんな物語はなんと言っても舞台となる『惣菜屋』の『ここ家』で提供されるさまざまな『食』の描写が一番の魅力です。11の短編それぞれに登場する『食べ物』の中から三つをご紹介しましょう。
・〈あさりフライ〉: 『魚屋で見事なあさりを見つけたときから、それは決めていた』と『少々手間がかかる』調理に取り掛かる江子。『わずかに開いた殻の隙間にペティナイフを差し込み、ぐるっと回して小さな貝柱を断ち切る』という作業の中で『なげやりなあさりにがんばるあさり』もいると好感を持って接する江子は『二つずつ竹串に刺してからフライの衣をつけ』ます。そして、『まずビールを一口。それから熱々のフライを、最初はそのままひとつ食べる』中に、『はふはふはふ。ほいひー』と感嘆する江子は、『春は貝だ』と思います。そんな江子は『あの日もあさりフライを食べていた』と過去を振り返ります。
・〈ひろうす〉: 元夫の家を訪ねた江子は、『夕食の前に帰る』つもりだったのに目の前に『おでん鍋が運ばれてき』ました。『かつお節と昆布と鶏の手羽先で濃くとった出汁に、薄口とお酒と味醂少しで上品に味つけしたほとんど透明のおつゆ、そのおつゆがじゅうぶんに染みこんだ大根や里芋や玉子、つやつやの練り物がうわっと山盛りになっているおでん』というその見た目。『とてつもなくおいしい』と『食べる前からわかって』しまう江子は、『これ、ひろうすね』と指摘すると『ああ、僕が作ったんだ。旨いぞ』と言う元夫。そんな中、離婚して間もなくの頃のことを江子は思い出します。
・〈キャベツ炒め〉: 『その日の仕入れは今ひとつぱっとしなかった』という日に『唯一、瑞々しくておいしそうだったキャベツを五玉仕入れた』江子。『コールスローは?』、『鯵フライの付け合わせにもいいんじゃない』、『甘酢もいいよね』と話す三人。そんな中、『すぐ食べるんだったら、やっぱいちばんおいしいのはキャベツ炒めだよねえ』と言う麻津子に、『キャベツ炒め、わたしも大好き。バターで炒めてお醬油じゃっとかけて』と言う郁子。それに『あたしは断然、ソースがいいな』と言う麻津子と弾む会話の中、『江子さんは?お醬油派?ソース派?』と郁子に聞かれ『あたしは、塩』と答える江子。『ーそうよね塩もいいわよねえ』と二人が答える中にその味にまつわる想い出を回想します。
以上三つの場面を切り取ってみましたが、共通するのは、美味しい『食べ物』が登場することをきっかけに、その『食べ物』に紐付くように主人公たちの記憶に残る過去の場面が蘇っていく…と展開していく物語です。私たちが生きる中で『食』は何をおいても欠かせないものです。それは生物としての人にとってのエネルギー源という側面はもちろんありますが、それ以上に『食』というものは人の気持ちと共にあるものです。祝いの場、激励の場、そして別れの場、人が区切りとするような場面には、必ず『食』がその場を演出していきます。そして、そんな場は当然に大切な想い出として刻まれてもいきます。そこに想い出と『食』が結びつく瞬間が生まれます。その結びつきは、『食』が想い出を呼び覚ます起点となってもいきます。
『食べることが好きでよかった、と言うべきかもしれない。結局のところ、生きものでよかった、ということに違いない』。
私たちが生きものとして生きていく中で欠かせない『食』。それを『生きものでよかった』と思う気持ち。それは、
『どんなに悲しくても辛くても、食べなければ生きていけないから。何かを食べるために動き出さなければならないから』。
というように私たちが生きることと食べることは一体不可分であることを改めて感じさせるこの作品。そんな『食』を起点とするストーリーの数々には、『食』をがそこに登場する説得力をとても感じさせるものがありました。
そんなこの作品は江子、麻津子、そして郁子の三人がそれぞれに生きてきたこれまでの人生の先にある今が絶妙に織り込まれていきます。過去と現在を行ったり来たりする中に描かれていくそれぞれの人生は思った以上に波乱に満ち溢れています。『日曜日、元夫の家へピクニックに出かける』、『出迎える白山と、彼の妻の恵海は、幾分ばつが悪そうな顔をしている』という不思議な関係性を元夫との間に続ける店主の江子。『旬のことは子供の頃から知っている』と『五十数年』の関係性の中、彼の結婚、離婚も知る中に、一方でそんな旬のことをどこか思い続けて『六十歳の独身女』として生きる麻津子。そして、『草は二歳で亡くなり、それから三十四年後の半年前に、俊介はこの世を去った』という悲しみの中の今を生きる郁子。そして、この作品は、『今日から新米です。新米が新米をお届けに上がりました』と挨拶する青年に『やだー面白い!新米が新米だって?』と『きゃはははは、と笑う江子』といったクスッと思わず読者に笑みをもたらす描写の数々含め、井上さんがお笑いに振られようとする雰囲気感の中に展開してもいきます。そこに登場する三人含め、時には漫才のようなやりとりを繰り広げる一方で、彼女たちが抱える上記したバックグラウンドを垣間見る読者は、どこか切ない、言わば泣き笑いの感情が湧きあがってもきます。そこに上記した『食』に関する描写が織り交ぜられるこの作品。さまざまな顔を見せる物語は思った以上に深い余韻を感じさせてくれるものがありました。
『いずれにしても、おいしいものをおいしいと感じられることは幸いと言うべきだろう』。
私たちが日々を生きていく中で欠かせないもの、それが『食』です。どんなに辛くても、どんなに悲しくても、そしてどんなに苦しくても私たちが生きていくために『食』は欠かすことはできません。そんな日々の中に『食』はささやかな喜びをもたらしてくれます。美味しい『食』の記憶は、その場面と共に記憶に刻まれます。それは、再びその『食』を口にした時、その記憶からそんな場面を呼び覚ます起点ともなりうるものです。この作品では、『ここ家』という『惣菜屋』に働く三人の女性の『食』の記憶を起点に、そこに繋がる過去の記憶の事ごとがその先の人生を紡ぎ出していく様が描かれていました。井上さんの絶品の『食』の描写に思わずお腹が鳴りそうになるこの作品。泣き笑いの人生の中に『食』が如何に大切な役割を果たしているかを感じるこの作品。
私たちにとって欠かすことのできない『食』が、人生を彩っていく瞬間を感じさせる、とても美味しい作品でした。続きを読む投稿日:2022.10.29
面白かった。
ただ何回読んでも主人公たちがもう少し若いイメージになってしまって。たぶん60過ぎの人と交流がないからだと思うんだけど。
あと10年20年たってから読んだらまた印象が変わりそうな本だな…ぁ
あー、白山さんだけ嫌い。続きを読む投稿日:2023.02.26
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