地球の平和
スタニスワフ・レム(著)
,芝田文乃(訳)
,沼野充義(解説)
/国書刊行会
作品情報
自動機械の自立性向上に特化された近未来の軍事的進歩は、効果的かつ高価になり、その状況を解決する方法として人類は軍備をそっくり月へ移すことを考案、地球非軍事化と月軍事化の計画が承認される。こうして軍拡競争をAI任せにした人類であったが、立入禁止ゾーンとなった月面で兵器の進化がその後どうなっているのか皆目わからない。月の無人軍が地球を攻撃するのでは? 恐怖と混乱に駆られパニックに陥った人類の声を受けて月に送られた偵察機は、月面に潜ってしまったかのように、一台も帰還することがなかったばかりか、何の連絡も映像も送ってこなかった。かくて泰平ヨンに白羽の矢が立ち、月に向けて極秘の偵察に赴くが、例によってとんでもないトラブルに巻き込まれる羽目に……《事の発端から話した方がいいだろう。その発端がどうだったか私は知らない、というのは別の話。なぜなら私は主に右大脳半球で記憶しなくてはならなかったのに、右半球への通路が遮断されていて、考えることができないからだ》レムの最後から二番目の小説にして、〈泰平ヨン〉シリーズ最終話の待望の邦訳。
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この作品のレビュー
平均 3.0 (4件のレビュー)
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レム最後から二番目の小説の初の邦訳。<泰平ヨン>シリーズ最終話。シリーズ作品ではあるが内容的には完全に独立した作品であり、とくに他作品を読んでいる必要はない。本文320ページほど。巻末に訳者あとがきと…解説がある。
軍事的進歩をAIに依存する未来の地球では、各国合意のもとすべての軍備をそっくり月面に移すという選択がなされていた。AIによって推し進められている軍事開発の内容は、事前の取り決めによって徹底した監視下におかれ、地球上の人類はその内実を一切知らなかった。究極の軍縮をなしとげ一時的な平和が達成された地球上の人類だったが、やがて月面上のAIの反乱を恐れ始める。月の軍事施設を管理する超国家機関ルナ・エージェンシーは、月の現状を知るために自動偵察機を送り込むも、偵察機が破壊されて情報を得ることができなかった。
そんな状況のなか、調査依頼を引き受けた泰平ヨンは、ルナ・エージェンシーでのトレーニングのあと月に向かう。船内から遠隔操作用のパワードスーツといえる遠隔人(リモート)を用いて調査を試みるヨンだったが、調査の過程で自らが月面に降り立った際になんと遠隔完全脳梁切断術(カロトミー)を受けてしまい、左脳と右脳の意識がバラバラになってしまった。そのうえ、手術の影響により月面着陸時の記憶を失ったまま地球に帰還する。
全11章。冒頭の時点でヨンの月への探査はすでに終了しており、第一章で上記までの情報が明かされている。物語はヨンがルナ・エージェンシーに依頼を受けてから月の偵察までの過去と、地球帰還後の現在の日々を交互に織り交ぜながら進む。その過程でヨンがおこなった偵察の詳細や、失った記憶によって月の秘密を握っていると目される、カロトミーによって分離され別人となったた右半球との不思議なやりとり、そして重要な情報を持ち帰ったヨンの身に迫る危機が描かれる。
「AIによる兵器の進化」「脳梁切断による分離脳」の二つがテーマとなっている。AIに託された軍事技術の進歩がどのような結果を招いたかは最終章まで明かされず、最後まで謎への興味は失われなかった。ヨンによる月の軍事施設偵察で現れる不思議な体験の数々はSFらしい楽しみがあり、人類の手によるものでありながらその一切が不明な軍事開発の現実に初めて触れるという意味では、一種のファーストコンタクトを描いたものともいえる。また、物語の背景となっている、テクノロジーに浸りきって退廃的にもみえる地球社会の実情も興味深く、部分的には現在との符号を連想させる箇所もあり古さは感じなかった。右半球とのコミカルなやりとりや脱線からの長広舌などといったシリーズらしい諧謔性も変わらずだが、展開が進むにつれてシリアスなトーンに傾いていく。
二つのテーマを軸に、大きな謎の解明に迫りながらその過程としてSFやアクションといった見せ場も多く、仮想された未来社会の様子も面白い。とりわけ「脳梁切断による分離脳」が意味するものが何なのかについては、意味深く感じさせられる。続きを読む投稿日:2021.12.27
(SF)どうせ自分には読み取れないよくわからないと覚悟しつつも、世界観に浸りたい欲望で手に取り、やっぱり難しかった。というか頭が情報処理をしないんだよな。 でも他の作者の作品に比べると読み側への愛情?…気配りは感じられる。続きを読む
投稿日:2024.02.27
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