須永朝彦小説選
須永朝彦(著者)
,山尾悠子(著者)
/ちくま文庫
この作品のレビュー
平均 4.2 (6件のレビュー)
-
このレビューはネタバレを含みます
2012年4月に廉価版「天使」を読んで以下のように書いた。
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*
もっともっと凄まじくおどろおどろしいものを想像していたのだが、意外にポップ。
にやりにやりと口元が緩んでしまう。
しかしまあ、それだけかとも思う。
薄い夕暮れの中にさまよう程度のもので、別の世界や遠いところへ奪取していかれるほどのものでもない、小品たち。
*
その後アンソロジーで出会ったり、え、Twitterとかブログとかやってんのと驚いて時々覗くくらいで、いい読者ではなかった。
が、この2021年5月15日にご逝去され、なんと山尾悠子が編んだというからには、読まずばおれまい。
「就眠儀式」「天使」収録の諸作では執拗に吸血鬼志向が描かれ、その徹底ぶりは凄まじい。
というか作者が楽しんで書いている感じがする。それがいい。
山尾悠子の指摘や作者自身の文章にもあるが、なるほどショートショートの隆盛に合致していたんだな、と知る。
しかし星新一や筒井康隆やの潮流とは全然違う、むしろ掌編小説と呼びたい、彫琢ぶり。
多少長めの「悪霊の館」では、導入が映画「汚れなき悪戯」っぽいと思いきや「耳なし芳一」っぽくなり、しかも架空の書物を翻訳したというてい。
(やや無理矢理かもしれないが皆川博子が「死の泉」で行ったのと同種の)「企んで書く喜び」に満ちている。
そして「聖家族」連作は、確かにこれほどの出来を単行本にできなかったのは無念だったろう。
個人的には技巧極まれりの意味で中井英夫「とらんぷ譚」を思い出した。
また「聖家族Ⅳ――ナボコフ・マニアのために」からは佐藤亜紀「バルタザールの遍歴」も連想した。
この連作は読んでよかった。
で、最後に配置された「青い箱と銀色のお化け――架空迷走報復舌闘・大正文士同窓会」で、終始にやにや。
稲垣足穂が登場したときは、花火のバラバラッバッラッという音と光を感じた。
もちろん作中に「マグネシウムの光とともに」と書かれていたからだが、ここでもまた作者の「企みの愉しみ」が、読んでいて届いたからだと思う。
「文豪ストレイドッグス」だか「文豪とアルケミスト」だかに足穂も出してほしいかと言われたらうーんと言うが、同趣向の架空対談を書く作者……やはり楽しそう。
なんとなく難解な印象を抱いていた作者だが、こんなに綺羅綺羅しい小説を愉しみいっぱいで書いてくれたこと、そして山尾悠子が思いたっぷりに編んでくれたことに、感謝したい。
あー面白かった。
(以下「就眠儀式」収録)
■契 Der Vertrag
■ぬばたまの Die Finsternis
■樅の木の下で Unter der Tanne
■R公の綴織画 Die Tapisserie des Herzogs von R.
■就眠儀式 Einschlaf-Zauber
■神聖羅馬帝国 Das heilige römische Reich deutscher Nationen
■森の彼方の地 Transylvania
*(以下「天使」収録)
■天使Ⅰ
■天使Ⅱ
■天使Ⅲ
■木犀館殺人事件
■光と影
■エル・レリカリオ
■LES LILAS――リラの憶ひ出
*(以下「悪霊の館」収録)
■月光浴
■銀毛狼皮
*
■悪霊の館
■掌篇 滅紫篇
*(以下単行本未収録)
■聖家族Ⅰ
■聖家族Ⅱ
■聖家族Ⅲ
■聖家族Ⅳ
*(以下「世紀末少年誌」収録)
■蘭の祝福
*(以下「胡蝶丸変化」より、単行本未収録)
■術競べ
*(以下単行本未収録)
■青い箱と銀色のお化け――架空迷走報復舌闘・大正文士同窓会
*
◇編者の言葉 山尾悠子
◇解題 礒崎純一投稿日:2021.10.13
〈冥府よりの誘惑者、あるいは暗い美青年としての吸血鬼〉を創出し、天使や妖の美に悦んで屈服するマゾヒスティックな願望を描いた、耽美小説の極北。編者・山尾悠子。
吸血鬼小説を読み漁っていたころ、『就眠…儀式』『天使』は特にお気に入りの作品集だった。旧仮名遣いの綺羅綺羅しい文体と、主人公と読者を暗い森へ誘惑するヴァンパイア。萩尾望都の『ポーの一族』の初出が72年、アン・ライスの『インタビュー・ウィズ・ザ・ヴァンパイア』は76年。70年に「契」を発表した須永先生は、耽美的吸血鬼小説の先駆者だった。
とはいえ、その原型はやはりレ・ファニュの『カーミラ』に見つけられるだろう。『カーミラ』は、少女が激しく惹かれ憧憬を抱く相手が少女姿の吸血鬼だった、という物語で、暗にレズビアニズムを描いた小説としても評価されている。これは吉屋信子の『花物語』に描かれたような"エス"の関係にも近く、日本で少女文化が吸血鬼幻想を盛り上げてきたのも必然だったと思われる。
だが、『カーミラ』型の〈お姉さまと妹分〉の関係が、そのまま男性同士の関係にスライドしたような小説はなかなか書かれなかったということなのだろう。三島由紀夫は66年に「仲間」という、父と息子がもう一人の男性と「三人になる」幻想小説を書いていて、たとえば東雅夫・編の吸血鬼アンソロジー『血と薔薇の誘う夜に』では「契」と並んで巻頭を飾っているが、ここにでてくる人びとは吸血鬼と明示されているわけではなく、容姿が美しいともされていない。
そこで須永朝彦である。この人が金髪碧眼、全身黒装束の貴族然とした吸血鬼と男性同性愛的表現を結びつけた。そのことにみんな感謝したほうがいい。改めて読むと、歌人として師事していた塚本邦雄の瞬篇小説から小説のスタイルも同性愛表現も多大な影響を受けているのがわかったが、須永先生はさらにファンタジックな世界を書くことに舵を切っている。吸血鬼だけでなく、さまざまな化生の者たちの美に惑わされ、"奪われる"快感に満ちた作品を遺した。「天使 Ⅱ」は幻想怪奇と被虐願望が融合した傑作だろう。
『悪霊の館』の収録作と単行本未収録の作品は今回初めて読んだが、前二作からどんどん小説としての面白さを増していると思った。『アルハンブラ物語』を読み返したばかりで読む「悪霊の館」はイベリコ半島の空気が真に迫る暗いメルヘンだったし、「銀毛狼皮」はババリアに舞台を移した竹取物語のパロディのようで楽しい。
そして「聖家族」。これは血縁を巡る幻滅と妄執の物語で、ある意味吸血鬼小説と表裏の関係だと言える。愛憎の"憎"を押し出した分、塚本にもさらに寄っているが、小説としては一番面白い。特に「聖家族 Ⅲ」のラストの切れ味はブラックな笑いを喚起する。谷崎・春夫・乱歩・足穂の架空対談「青い箱と銀色のお化け」もめっちゃ笑った。佐藤春夫と足穂のキャラよ。
山尾さんの「編者の言葉」は、もしかしてアンソロジスト須永朝彦の解説のパスティーシュ?と感じるような書きぶりで愛を感じた。私も須永先生には『書物の王国』や『日本幻想小説集成』などのアンソロジー、『美少年日本史』『日本幻想文学史』などの評論でたくさんお世話になりました。この文庫をきっかけに、ヘルベルト・フォン・クロロック公爵の名前が知れ渡りますように。続きを読む投稿日:2022.05.19
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