リボン
小川糸(著)
/ポプラ文庫
作品情報
小さな命が、寄り添ってくれた――少女と祖母は家のそばで小鳥の卵を見つけ、大切に温めて孵す。生まれたのは一羽のオカメインコだった。リボンと名づけ、かわいがって育てるが、ある日逃がしてしまう。リボンは、鳥の保護施設で働く青年、余命を宣告された老画家など、様々な人々と出会う。人々は、このオレンジ色の頬をした小鳥に心を寄せることで、生きる力を取り戻していく。
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商品情報
- シリーズ
- リボン
- 著者
- 小川糸
- 出版社
- ポプラ社
- 掲載誌・レーベル
- ポプラ文庫
- 書籍発売日
- 2015.03.31
- Reader Store発売日
- 2021.09.22
- ファイルサイズ
- 1.1MB
- ページ数
- 358ページ
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この作品のレビュー
平均 3.6 (59件のレビュー)
-
生きとし生けるものにはすべて寿命があります。身近な動物では、犬や猫はおよそ14年くらいが寿命のようです。では、犬や猫以外で私たちがよく目にする動物というと何が思い浮かぶでしょうか。恐らく鳥ではないかと…思います。大空を自由に羽ばたく鳥。ある意味、自由の象徴にも見える彼ら。そんな彼らの寿命は思った以上に長く、長寿の象徴とも言える鶴で40年、白鳥に至っては70年も生きるそうです。では、ペットとしての鳥はどうでしょうか。この作品にも登場するオカメインコだと20年くらい生きる場合も珍しくないとのこと。思った以上に長寿な世界。そして犬や猫に次いで我々の身近な存在である彼らは、その一生の中で我々が思う以上に、いろんな人々の生き様をいろんな角度から見てきているのかもしれません。大空を自由に飛び回れる彼らだから、目にする世界も幅広いはず。自由に羽ばたいた先に見えるもの。一方で、そんな彼らを見上げる人間の様々な人生。この作品は世の中に生きる普通の人たちのいろんな人生に順番に焦点を当てていく物語です。
『大の愛鳥家である』というすみれちゃんと『私』は『私たちは無二の親友だ』という仲。でも『同級生の子たちは、年が離れているのに親友だなんておかしいと口をとがらす』という『私』は『すみれちゃんを「おばあさん」だと感じたことはない』と実はおばあちゃんと孫の関係である二人。『中里ひばり、という名前を私にプレゼントしてくれたのも、すみれちゃん』という『私』はある日、すみれちゃんの部屋に呼ばれます。『絶対に、秘密でございますよ』と『すみれちゃんは再び部屋のふすまをぴったり閉め、私をじっと』見ます。そして『帽子のつばに手を伸ばします。帽子を取ると、頭の上にこんもりと束ねられたお団子頭が出現した』のを見たひばりに『ご覧になって』とお団子の中を見るよう促します。そこには『薄桃色をしたパタパタがのっかっていた』。そしてパタパタを持ち上げたその下に『何度まばたきしてみても、どこからどう見ても、卵だ』という展開。『親鳥さんが、ほうらんを止めてしまったみたいなのです』というすみれちゃん。『こうして、私とすみれちゃんとの、卵を温める日々が始まった』。そして『私の心からは、片時も卵のことが離れなくなった。寝ても覚めても、卵のことばかり考えてしまう』という日々。かつてシャンソン歌手だったというすみれちゃん。かつて自身が歌ったレコードをかけ『胎教をね、してあげようと思ったのです』。でも『すみれちゃんの今の声で歌ってあげなよ』と言うひばりに再び歌を口にするすみれちゃん。そして、ある日『鳴き声のようなものが響いてくる。ツェッ、ツェッ、という、舌打ちをするみたいな音だ』とついに『割れ目はどんどん大きく広がって、その間から、中で動く雛の様子がかすかにみえる。「がんばれ。がんばれ。」私は、必死にエールを送り続けた』。そして…。
この作品は一編の長編ではありますが、生まれたオカメインコが、中里家を早々に逃げ出した後、8人(8家庭)の元を順々に巡って物語は進んでいきます。それらは関係のある人同士である場合と、全く無関係な場合がありますが、いずれであっても8人(8家庭)それぞれの人生がそこにはありました。そして、作品は、インコ視点といった特異な描き方はしておらず、移った先の人物視点に順に切り替わり、インコは演出道具のひとつとして、あくまでそれら登場人物の人生の苦悩が描かれていきます。そういった構成もあって、オカメインコを共通素材として紡いだ連作短編集のような印象も受けました。また、様々な立場、境遇にある人の人生が短くもしっかりと描かれていることで、どの場面を読んでもそれぞれにとても奥深いものを感じさせてくれます。そして、インコがまた違う人の元に移っていくことで、全く違う物語を読んでいる印象さえ受けます。小川さんは『一羽の鳥がいろんな人を結びつけていくお話が書きたかった』と語られているまさしくそのままに、インコがいろんな形でそれぞれの人物の人生に影響を与えていきました。そしてこのことを象徴する面白い表現が出てきました。玉ねぎの絵に関する説明の中の一節なのですが、『その絵には凛とした強さと上品さが、通奏低音のように流れていた』という箇所。『通奏低音』。バロック音楽で作品を通して奏でられるチェンバロによる伴奏部のことです。通奏低音は決してその音楽の主役にはなりえません。でも、その伴奏が共通して奏でられているからこそ生まれる作品の統一した雰囲気感が生まれます。また、その伴奏があってこそ生まれる響きもあります。作品を通して登場するインコはまさしくこの役割を演じているようにも感じました。
しかし、この作品はさらに大きなインパクトを読者に与える展開を後半に隠し持っています。後半四分の一にわたるお話。この「リボン」という書名、表紙、そして私がここまで書いてきたことなどでは全く予想だにできないストーリーがそこにはありました。正直な感想として、前半の展開からは、『ありえない』内容、『ありえない』舞台、そして『ありえない』沈鬱なストーリーが突如として現れます。こんな別次元にカッ飛ぶような展開の作品は今まで見たことがありません。さらに、私、この舞台となった場所(ネタバレになるのではっきり書けませんが、ドイツのベルナウ通り関する悲しい歴史的事象、とだけ書いておきます)に、赴いた事があるので、その時感じた思いも混ぜ合わさって、まさに胸にドスン!と響いてきました。そして、ここで、小川さん凄いや!と思ったのは、その異物感のある後半四分の一の展開の結末へ向けて、前半のインコ誕生までの微笑ましい部分に実は山のように散りばめられていた伏線があり、それを最後の最後で怒涛のように回収して、美しく作品を締めてくれたところです。そして、後半四分の一に描かれる異常なレベルの重い内容を、読者は十字架のように背負わされるのかと一時不安にもなりましたが、そこに描かれたのは、美しく、爽やかで、そして前向きな結末。まさに豪雨の後に雲間から差してきた眩ゆい光を感じた読後感でした。
読む前からは全く読後感が予想できなかったこの作品。単にインコの絵だ、としか思わなかった表紙の黄色いオカメインコのイラストが、読後、全く違う見え方をするこの作品。小川さんの作品では、例えば「ツバキ文具店」では、お店を訪れ代書の依頼をしていく人々を代書という点で繋いで一本の作品が生まれていますが、この作品は、それがオカメインコであると考えると、両者を比較する上でわかりやすいと思います。そして、この作品は「ツバキ」に比べて作品が背負っているものがあまりに大きくて重いものであるという点が異なります。可愛いインコのイラストの先にこんなに奥深い世界が広がっているとはまさか思いませんでした。
『切なくてあったかいものが広がってきた』読後感、小川さんの素晴らしい傑作だと思いました。ありがとうございました。続きを読む投稿日:2020.06.04
ページが進むにつれて切なくなってきて、心がキュッと締め付けられていく。
でも、リボンにはリボンの鳥である人生があったんだ。
すみれちゃんとひばりさんの絆がまた泣けてくる。投稿日:2024.05.21
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