- 最新巻
雪の階(下)
奥泉光(著)
/中公文庫
作品情報
親友の死は本当に心中だったのか。天皇機関説をめぐる華族と軍部の対立、急死したドイツ人ピアニストと心霊音楽協会、穢(けが)れた血の粛正をもくろむ「組織」(グルッペ)……。謎と疑惑と陰謀が、陸軍士官らの叛乱と絡み合い、スリリングに幻惑的に展開するミステリー。柴田錬三郎賞、毎日出版文化賞をダブル受賞、「週刊文春」「このミステリーがすごい」「ミステリが読みたい」ベスト10入り!〈解説〉加藤陽子
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商品情報
- シリーズ
- 雪の階
- 著者
- 奥泉光
- 出版社
- 中央公論新社
- 掲載誌・レーベル
- 中公文庫
- 書籍発売日
- 2020.12.25
- Reader Store発売日
- 2021.01.29
- ファイルサイズ
- 0.7MB
- ページ数
- 432ページ
- シリーズ情報
- 既刊2巻
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この作品のレビュー
平均 3.4 (11件のレビュー)
-
このレビューはネタバレを含みます
単行本の分厚さと素敵な装丁から既に漂う、物語の重厚感に惹かれ手に取ったものの、予想を遥かに上回るその多層性と荘厳さに面食らったのが第一印象。なにより一文が長いこと長いこと。直前までアガサ・クリスティーを読んでいたので慣れるまでちょっと時間がかかったけど、慣れてしまえばリズム感も良く噛みごたえ抜群な文体。古めかしい言い回しは時代を意識してなのか、作家さんの特徴なのかは分からないけど(まあ多分時代設定の一環)、物語の重厚感と登場人物たちの立体感を表現するのに抜群な効果。寿子の情死事件、政治家の小賢しい謀計、それにのせられる若き陸軍士官たちに愚かな民衆、日本をうっすらと覆う太平洋戦争直前の狂おしいほどの不穏な熱気と、その膜に気付かず粛々と生きる人々との対比、あらゆる層が折り重なって、ミステリーでありながら全く骨太な歴史小説でもある、その存在感たるや。
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徹底した客観描写が印象的。語り手の冷徹な視線は、読みながら歴史の勉強をしているような錯覚さえ起こさせるが、だからこそ稀に表れる心理描写が重く痛切で、否応なく物語に巻き込まれる(久慈中尉と黒河の感情は特に痛かった、、、)。加えて、絶妙な塩梅で事実にフィクションを交える手腕は見事。笹宮伯爵なんて、彼の矮小さ人間らしさも踏まえて存在しなかったのが不思議なくらいの立体感。
そしてなによりヒロインが魅力的。重ねて強調される容姿の美しさはさることながら、物語の終盤、なにより残酷な復讐をこの女なら平気な顔でやり遂げるであろうと思わせる人物像を、徹底して創り上げる緻密さと、それほどの悪女であるのに嫌悪感を抱かせない、寧ろ女性でありながらこの時代によくぞこれほどのマイペースを貫けるなと感心させる、その厚顔さが頼もしい。始終シリアスで重々しいのに、惟佐子が食い散らかした男どもがそうとは知らずに一堂に会する場面は本当にめっちゃ面白かった。だからこそ、もう一人のヒロインと言って差し支えないであろう千代子の平凡な愛くるしさと、可愛らしい恋愛模様に癒される。このダブルヒロインのコンビがはちゃめちゃ良かった。千代子がいなかったら惟佐子はただ美しいだけのロボットみたいに冷たい女だもんな。
物語の核でもある、二・二六事件の動機は正直荒唐無稽すぎてどうかなと思ったけど、皇室に対する認識が当時も一枚岩ではなかったのだろうと考えさせられる種にはなった。思えば当たり前だけど、天皇=神であるという狂信的な日本人ばかりではなかったのに、どうしてああいう歴史を辿ってしまったのか、今が平和な時代だと思っている私たちこそ熟慮しなければならない。飛び交う言葉が如何に力を持っていようとも、それが真実とは限らないのだということを、いつでも考え続けなければならないと思う。
「一君万民の理想はおのずと実現する。我々はおのずとなることのために死ななければならない。」という久慈中尉の言葉には芯からの日本人を感じたし、父親そっくりの卑小さに無分別を備えた惟浩の、四面四角で狂信的な士官候補への変貌、教育によるたった半年での人格矯正には恐怖を覚えた。千代子の結婚話で物語は結びを迎えるけれど、その後の日本の歴史を知る身としてはなんとも不穏な雰囲気を拭いきれない。作家の手のひらの上で踊ってる感がすごい。
というか神人の血筋云々は妄念だとして、「アインシュタインは敵に回すべきじゃない」とか、折々垣間見る焼けた大地の幻影とか、明らかに未来予知的な能力を惟佐子は持ってるけど、これは惟佐子のミステリアス設定のためだけの要素だったんだろうか。分からない。レビュー読み漁ろ。この人の現代小説も読みたいな。投稿日:2021.10.31
上巻に引き続いて、一気読み。
体に障るというのに…。
千代子と蔵原による調査は進展する。
寿子のはがきに押されていた消印は仙台、けれど死体が見つかったのは青木ヶ原。
時刻表と路線をめぐるミステリーの…様相を帯びる。
『点と線』かいな。
寿子の死に関わりそうな人物が鹿沼の紅玉院の庵主を信奉するという接点も浮かび上がる。
惟佐子は巻き込まれながらも、わずかなところで彼らの企図を妨害する。
そして、二・二六事件が起こり、その人物は志を遂げることなく滅ぶことになるのだが…。
「日本人は自ら滅びたがっている」という「彼ら」の主張は、しかしその後の歴史を考える上で、なんとも苦い味わいをもってよみがえってくる。
どう考えてもおかしい選択を、歴史上私たちはこれまでにもしてきてしまっているわけなので。続きを読む投稿日:2023.01.09
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