老人と犬
ジャック・ケッチャム(著者)
,金子浩(訳者)
/扶桑社BOOKSミステリー
作品情報
『少年と犬』(第163回直木賞受賞)馳星周氏絶賛!
「人は犬にいかに癒されるか。ケッチャムは暴力と流血の中でその事実を綴る」
『隣の家の少女』『オフシーズン』に次ぐ、待望の復刊!
老人が愛犬と共に川釣りを楽しんでいる。そこへ少年が三人近づいて来た。中の一人は真新しいショットガンをかついでいる。その少年が老人に二言三言話しかけたかとおもうと、いきなり銃口を老人に向け金を出せと脅した。老人がはした金しか持っていないと判るや、その少年は突然、銃を犬に向けて発砲し、頭を吹き飛ばした。愛犬の亡骸を前に呆然と立ち尽くす老人。笑いながらその場を立ち去って行く少年たち。あまりにも理不尽な暴力!老人は“然るべき裁き”を求めて行動を開始する。
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商品情報
- シリーズ
- 老人と犬
- 著者
- ジャック・ケッチャム, 金子浩
- ジャンル
- 小説 - ミステリー・サスペンス・ハードボイルド
- 出版社
- 扶桑社
- 掲載誌・レーベル
- 扶桑社BOOKSミステリー
- 書籍発売日
- 2020.09.23
- Reader Store発売日
- 2020.11.06
- ファイルサイズ
- 0.4MB
- ページ数
- 280ページ
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この作品のレビュー
平均 3.5 (2件のレビュー)
-
老人は愛犬と釣りを楽しんでいた。そこにショットガンを持った少年たちが通りかかり、金をよこせと脅す。老人がはした金しか持っていないと知ると、少年は突然犬に銃口を向けた。愛犬の理不尽な死。老人ラドロウは愛…犬レッドを殺した少年ダニーを探し出し、謝罪を求めた。ところがダニーの父親マイケル・マコーマックは息子がそんなことをするはずないと言い張り、ついにはラドロウを変人扱いする。直後、ラドロウはダニーから報復を受ける。ラドロウも黙っていられなくなった。もはやこれはレッドの復讐以上のものになっていた。威圧的な父親が支配するマコーマック家との戦いであった――
ケッチャムファンの間ではわりと好意的に読まれている作品だが、個人的にはちとやりすぎではないか?と思った。たしかにマコーマック親子はとんでもないやつなんだけど、だからってあの最後は……。私は動物に特に思い入れがないからかもしれないけど、犬好きの人はまた違った読み方をするのか。第4部があるのとないのでは大きく違う。あれでかなり救われた気がする。続きを読む投稿日:2020.10.31
ホラー小説界の異端児ケッチャムは、稀代の問題作「隣の家の少女」(1989)で精神的加虐性を極限まで抉り出し、読み手の度肝を抜いた異能の作家だ。1995年発表の本作は、そのイメージを引き摺ると肩透かしを…食らう。結論から述べれば、実に余韻の深いノワール・タッチの小説で、この作家の底知れなさに驚嘆した。他の作品で顕著な不快感を煽る過激且つ過剰なサディズム嗜好は抑えられており、暗流にあった屈折した抒情性をストレートに表出している。私見だが、これこそケッチャムの本質なのではないかと感じた。
老いた男は、町外れの川で釣りを楽しんでいた。傍には長年連れ添った愛犬。そこへ見知らぬ少年三人が近付く。最年長と思しき少年は、高価なショットガンを携えカネを出せと脅した。老人は僅かばかりのカネが車中にあるから自由に持って行けと答えた。端金だと知った年長者は、犬に銃を向け、躊躇うことなく頭を吹き飛ばした。少年らは笑った。犬の亡骸を抱えた老人は、去って行く三人を呆然と見つめ、打ち震えた。喪失感と、それを凌駕するほどの煮え滾る怒り。男は、すぐさま行動に移った。
老人の名はエイブリー・ラドロウ。犬の名はレッド。冒頭の悲痛なシーンによって、ラドロウがレッドの仇を討つという暴力的な流れに一気に突入するのではないかと、読み手は予測するだろう。けれども、ケッチャムはあくまでも〝正攻法〟で物語の土台を固めていく。雑貨店を営み、友人も多いラドロウは人格者であり、怒りをコントロールするすべを身に付けた理知的な男として描くのである。ラドロウは「目には目を」ではなく、あくまでも少年が罪を認めて謝罪し、相応に償うことを求める。この達観的境地がどう変わるのか、或いは変わらないのか。読者は憤りと共に読み進めるだろう。
老人はショットガンの薬莢を手掛かりに犬を殺した少年の名を突き止め、その家へと向かう。ダニー・マコーマック。その父親マイケルは、土地転がしとして名を知られ始めていた成金だった。傲慢にも息子の行為を認めず、逆に雑貨店の土地を売れと強要した。謝罪の言葉を得られれば許してもいい、という虚しい思いを呆気なく裏切られたラドロウは、法的手段へと駒を進める。だが、証拠は不十分で、マイケルが講じた裏工作によって、裁きの場はあっけなく打ち砕かれた。老人は次の段階へと移る。その挑発は、マコーマック親子の暴力衝動を瞬時に目覚めさせた。無論、すでにラドロウにも闘う覚悟はできていた。
ストーリーは至ってシンプル、引き締まった構成によってテンションは重圧感を伴いながら急激に上がっていく。主人公ラドロウは67歳、妻は10年ほど前に亡くなり、娘は結婚して家を出ていた。二人の息子がいたが、ラドロウは語ろうとしない。その残酷な真相は中盤で明かされるのだが、合間に挿入する過去のエピソードが、現在の有り様と徐々にオーバーラップし、老いた男の実存を補完する。このあたりの繊細な造形は見事で、作家の技巧が成熟していることが分かる。ラドロウの半生を知ることで、劇的な結末の必然性が高まるのである。
相変わらず不条理な暴力と退廃的な狂気が横溢しながらも、本作が〝安心〟して読めるのは、現実の猟奇殺人を基にしたという「…少女」には微塵も無かった〝救済〟という概念を根底にしっかりと置いているからだ。
また、トラウマを抱えた主人公の分厚い造型をはじめ、僅かしか登場しない端役でさえ強い印象を残すのは、誰もが生き辛さ、弱さを抱えながらも家族や友人のために力になろうとする、その関係性を丁寧に描き出しているからだろう。老人は孤独だが、人望という〝力〟を持つ。それは、喪失から再生への足掛かりとなるものだ。或る者は己の弱さを自覚し打ち克とうとする。或る者は業の命ずるままの享楽を経て自壊する。老いた男は、悪を体現する相手にさえ、思いやりを示す。この辺りの微妙なニュアンスを表現するケッチャムの筆致は洗練の極みにある。
「死とは、人が潜む闇だった」……このモノローグのあと、老人な最後になすべきことを悟り、最終的な決着の場へと赴く。
不条理な狂気の行き着く果てとしての暴力。終局に於ける情景に圧倒された。現実と幻想が入り乱れるレトリック。ズタボロになりながらも、愛するものを弔うために地を這い続ける老いた男の信念。その鮮烈なシーンは、巻末で解説者述べるところの映画監督サム・ペキンパーのバイオレンスに近いかもしれない。つまりは映画「わらの犬」や「ワイルドバンチ」のクライマックスに於ける暴力衝動の放出によるカタルシスだ。だが、本作の幕切れは、清々しいまでに生への〝希望〟に満ちており、単なる〝暴力の美学〟で終わらない感動へと導く。
私は、娯楽小説として見た場合の「…少女」に納得がいかず最低評価を付けたが、ケッチャムの才能を思い知らされた本作は、文句なく推薦できる。そして、カテゴリはホラーではない。ノワールだ。続きを読む投稿日:2021.05.19
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