この作品のレビュー
平均 4.3 (7件のレビュー)
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異形、というと高級感すらあるが、ゲテモノ、見世物芸人、不適応者、エグい、どうしょうもない、といった重層的意味を持たせているはずだ。
(オタク、マニア、といったニュアンスはまだなかったころの小説だ。)
…「存在しているだけで稼げる」という素晴らしいアイデアから畸形を作り上げる、という奇矯な家族小説からスタート。
フツウを見下すという価値の顛倒。囲いの中でのマジョリティとマイノリティ。
やがて カリスマへの傾倒が始まる。
躰の歪みだけでなく、家族の兄に対する/フツウのフリークスに対する傾倒という精神の歪み(内面のフリークス)でもある。
ここにおいて話は家族を超えて集団心理を描き出す。
その反面、語り手オリーのうちでは、愛される、から、愛する、へ思考が変容していく。
彼女だけは家族小説を醸成し続けていたのだ。
訪れる悲劇。
時間を経て、移動し続ける生活から、定住生活へ。
最後には娘を思う母、兄を卑小に再現する女から娘を守りたい、という家族小説に、見事着地。
奇想と構成の奇跡的な融合が、この素晴らしい小説を成立させた。続きを読む投稿日:2017.08.20
このレビューはネタバレを含みます
巡業サーカスを営むアルとリリー夫妻はある日、さまざまに品種改良を施された花であふれる薔薇園を訪れ、〈人工的にギーク(フリークス)を作りだす〉というアイデアを思いつく。薬物や放射線の力を借りて二人のあい…だに生まれた子どもたち - 腕と足の代わりにヒレがついたアザラシ少年のアルチューロ、シャム双生児のエレクトラとイフゲニア、アルビノで小人のオリンピア、そして一見”フツウ“の末っ子フォーチュネイト - を率いたビネウスキ一座は、やがて長兄アーティの天才的なひらめきによって宗教的熱狂の中心にまでなった。そんな”フツウ“が蔑まれ、ギークが崇め奉られる楽園の崩壊を見届けたオリーは、実の娘ミランダを陰から見守り細々と生活していたが、ミランダに近づくとある人物のことを知り、“フツウ”の論理からは外れた大胆な行動に出る。
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ビネウスキ一座の興亡を描いたメインパートに、サーカス団崩壊後のオリーを描いた「現在記録」パートが時折差し込まれるという形式で物語が進む。どちらも語り手はオリーであり、これがオリーの手記であるとわかる。
世間とは完全に転倒した価値観を持ちながら満ち足りた閉鎖空間を作り上げていたビネウスキ一家に最初のヒビが入ったのは、買い物に出かけた一家をライフル銃が襲い、子どもたちが外界の目を意識せざるを得なくなったとき。二つ目のヒビは、見た目は何もギークらしいところがないながら、分子レベルで物を自由に移動させられる超能力を持った末っ子チック(フォーチュネイト)の誕生だった。二つのヒビは次第に大きくなり、一家の父であり団長のアルを頂点とする秩序立った世界は崩れ、嫉妬深い策略家のアーティが猛威をふるい出す。アーティは四肢がヒレになっているせいで自分一人では移動も難しく、二人で一つの体でピアノを弾き歌をうたうエリーとイフィーに比べれば、ビジュアルのインパクト以外は何も残らないギークであることに痛いほど自覚的だった。だからこそ、アーティは自ら観客に天啓を与える指導者を演じることを思いつき、違法な人体実験をやりたくて仕方がないドクター・フィリスと手を組んで、“健常者”の四肢を切り落としてアーティのような”完全な体“に近づくというカルト教義〈アルチューリズム〉を打ち立てる。
カルト教主としてのアーティが目覚めてからはゾクゾクする面白さだ。予想以上の酷いことが次々と起こり、ページをめくるのが怖いとすら思うほど。人の痛みをよそへ移すことができるチックは麻酔代わりとしてフィリスの助手をさせられ、“フツウ”である劣等感と罪悪感を植えつけられる。アーティの嫉妬と羨望の的であり歪んだ愛のぶつけ先でもあった双子は、アーティの支配から逃れようと試み、より残酷な仕打ちにあってしまう。かつて自分たち家族を撃った男すらもカルトに引き込んだアーティは、自己破壊衝動の裏返しのようにサーカスの人々を追い詰めていく。一番のモチベーションは、ギーク第一の世界観を幼い自分に植えつけておきながら、チックの誕生をきっかけにそれを裏切った父への復讐だったのだろう。
オリーはアーティと同じくギークとしての己の価値にコンプレックスを抱いており、だからこそ価値の転換という革命を成したアーティを崇め、病的なまでに愛した。ミランダはオリーがチックに頼んで、アーティの精子をオリーの胎内に移動させてできた子どもだ。こういう行動の何が正しい、何が美しい、を一般的な言葉で論じても本書のなかでは意味がない。美も正義もアーティが決める。それがビネウスキ一座のルールとなり、破滅の原因となった。
現在のオリーは古今の物語を朗読するラジオのパーソナリティを務めており、母であることを伏せながら孤児院育ちの実の娘ミランダと、記憶を失ってしまった実の母リリーと共に同じアパートで生活している。背骨の先に“尻尾”が生えているミランダは、ギーク専門のストリップクラブでバイトをしながらアートスクールに通う画学生で、オリーは他人のふりをしたままミランダのモデルとなり、ミス・リックなる人物が彼女に“尻尾”の矯正手術の費用負担を申し入れていると知る。ミス・リックに近づき、彼女の真の目的が「美しい女性から外見の美しさを剥ぎ取り、個々の能力が“正当に評価される”体に作り変えること」にあると聞いたオリーは、ミス・リックと親しく付き合いながら殺害する計画を練り始める。
アーティが信者たちに施した手術と、ミス・リックが若い女性たちに施した手術は、結果としては似ている。現にミス・リックは自分をアルチューリズムの後継者とみなすような発言もする。しかしアーティはペテン師であることに自覚的であり、また信者たちが自由意志で四肢を切り落としたいと言いだすまで待った。ミス・リックは大金をチラつかせて甘言を弄しながら騙し討ちのような手術を施し、女性たちを”知性が正当に評価される“姿に作り変えてしまう。どちらもギークという”障がい者“に対する社会全体の目線を下敷きにして組み上げられた理論であり、それを単なる狂気と片付けることはできない。事実二人とも狂ってなどいない。正気すぎると言ってもいいくらいに。
オリーはミス・リックと見せかけの友情を育むうち、自分自身との鏡像関係に気づく。孤独に包まれ、愛することも愛されることもなく、手術の対象者を盗撮したビデオを眺めて暮らす巨体の女。彼女にとって自分は生涯唯一の友人であり、自分にとってもそうなのだとオリーは自覚する。アーティはオリーからの愛だけでは満足しなかったし、記憶を失ったリリーに娘だと名乗ることや、ミランダに母であると明かすことをオリーは恐れていた。だから、オリーからの愛に充足した姿を見せ、また応えようとしてくれたのはミス・リックだけだったのだ。孤独を分かち合う相手が殺害目的で近づいた人間だけだったのは、オリーもまたアーティと同じ種類の人間だったからなのか。
これはビネウスキ一家という〈怪物〉の成長と破滅を描いたゴリゴリのピカレスク・ロマンだ。痛快なピカレスクが悪の哲学を持っているように、ここには団長アルの正義、リリーの情、アーティの逆説、チックの倫理、双子の反逆、オリーの愛、さらにミス・リックの生き様までもがひとつひとつ哲学として尊重され、成立している。ビネウスキ一座はその歪みゆえに崩壊したが、それは外の世界が見て見ないふりをしているだけで確実に存在している歪みであり、サーカスはこの世界が与えることのできない祝福を彼らに与える場所だったのだ。
ものすごく面白かったが、怖くて途中読み進められないときもあった。ホラー的な怖さや、グロテスク描写への嫌悪感ではなく、アーティが明晰な頭脳を持ってして考え出す次の一手とその結果が、予測できそうでできないのが恐ろしいのだ。後半、支配下を外れた双子に対するアーティの仕打ちは、それが独占欲に起因するとわかるだけに、こちらの心までズタボロにする。辛いといえばチックは始めから終わりまでずっと辛い。飛び抜けた才能ほど潰される構造は現実とさして変わらないかもしれないが。チックがオリーに物を動かす原理を教えてくれるシーンは一時の安らぎだった。この壮大なイマジネーションを支える文章も素晴らしかった。全体的にアート映画を思わせる映像的な描写で、時に詩的でありながら、曖昧なところがない密度の高い文章。一生忘れられない一冊になるだろうと思う。続きを読む投稿日:2020.05.20
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