廃市・飛ぶ男(新潮文庫)
福永武彦(著)
/新潮文庫
作品情報
誇り高い姉と、快活な妹。いま、この二人の女性の前に横たわっているのは、一人の青年の棺。美しい姉妹に愛されていながら、彼はなぜ死なねばならなかったのか……? 夏雲砕ける水郷に茜の蜻蛉の舞い立つとき、ひとの心をよぎる孤独と悔恨の影を、清冽な抒情に写した秀作「廃市」。ほかに「飛ぶ男」「樹」「風花」「退屈な少年」「影の部分」「未来都市」「夜の寂しい顔」の7編を併録。
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この作品のレビュー
平均 4.1 (15件のレビュー)
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『夜の寂しい顔』
僕に欠けているのは、存在の感情なのだ。
親戚に預けられて心に空白を持つ少年。
夜ごとにある少女の夢を見る。
ある夜少年は、その少女の顔が自分そっくりだと気がつく。
僕の本当の…存在が毎晩僕を訪れて来るのだ。
『影の部分』
心休まらない家庭を持つ売れない画家の僕は、ある母娘のもとを訪れていた。
だが娘が嫁に行ったことによりその訪問を取りやめていた。
母は、あなたは娘を愛していたのだと言い、
娘は、あなたは母を愛していたのだと言う。
僕の心はどこにも行けずに漂っている。
『未来都市』
ヨーロッパに滞在する画家の僕は、ふと立ち寄った「自殺酒場」で毒酒を煽る。
だが僕は死なずに「未来都市」に招かれた。
そこは「哲学者」が規則を決め、希望と幸福に向かった世界だった。
しかし負の感情のすべてを排斥したその未来都市は、人間の個性を潰し過去を忘れてゆくものだった…。
『廃市』
かつて僕は卒業論文のために、掘割の巡るある町に滞在していた。
僕がお世話になった家には、明るく爽やかな安子という娘、その姉で気品があり静かな強さを持つ姉の郁代、郁代の夫で貴公子然とした直之がいた。
しかし郁代は、直之が別の女性を愛していると言って、彼らの邪魔にならないようにと家を出て寺に滞在しているという。夫の直之は、自分が愛しているのは郁代一人だと言っても聞いてもらえず、やはり家を出て他の女性と暮らしていた。
一人の男と二人の女の愛のすれ違い。互いを思いやろうとして自分だけの道を突き進んでいて、その思いは空回りしあっている。
「こんな死んだ町は大嫌い。なんの活気もない。だんだんに年を取って死に絶えてゆく町」
「この町の掘割は人工的なものでしょう、従ってまた頽廃的なものです。町の人たちも本質的に頽廃しているのです。私が思うにこの町は次第に滅びつつあるんですよ。正規というものがない。あるのは退屈です、倦怠です、無為です。ただ時間を使い果たしてゆくだけです」
「人間も町も滅びて行くんですね、廃市という言葉があるじゃありませんか、つまりそれです」
『飛ぶ男』
彼は病院のベッドでただ死ぬことを待っている。
彼は病院のエレベーターに乘り病院から出る。
意識が二分される。一つは彼の魂、一つは彼の肉体。
彼は幼い頃から空を飛ぶことを夢に見ていた。
彼は橋の上から病院の窓を見る。
地球の終わりの日に重力がなくなりすべてのものが宙に浮く。彼も浮く。地球が砕けて宇宙の地理となるときに、初めて人間は空を飛ぶことができるのだろう。なんと自由なのだろう。空気のない宇宙空間に彼の死骸が漂い流れる。
彼の見つめる窓から、一人の男が空に飛び立つ。飛んでいる、軽やかに空中を飛んでいる、それを見ている彼の顔に初めて会心の微笑が浮かぶ。なんと気持ち良さそうにその男は空を飛んでいることか。(P199)
===
物語は冷静な第三者により語られる。
死を待つだけの停滞した時間、地球が泯びる悲鳴、しかし最後の瞬間に空を飛ぶその自由。
最後の場面は…融合したの??
『樹』
売れない芸術家の夫は、貧しいながらも妻と娘を愛して、彼の画く絵には妻の面影があった。
だが個展のために描いた絵は彼だけのものであり妻の影はなかった。
その絵を見た妻はある決意をする。
『風花』
療養所にいる男は窓から風花を眺める。
いつ出られるかわからない自分に疲れて、妻は自由になりたがっている。子供は自分を忘れるだろう。
だが自分の道のあとにはかすかながら足跡がついているに違いない。だからそれでいい。
「風花のようにはかなくても、人は自分の選んだ道を踏んで生きていくほかはないのだろう。」(p247)
『退屈な少年』
母親をなくしたある一家の光景。
再婚を望む父、その父に望まれた若い娘、友人との関係でガールフレンドとの行き先に陰が挿した兄の舜一、そして思春期ただなかの弟謙二。
少しずつ心が動き、そして心の中の微妙な変化は今後も決して消えずに彼らの行く先について行くのだろう。続きを読む投稿日:2020.02.29
安部公房という名前をチラホラ見るが、彼よりも情緒的で、かなり感情の部分を大切にしている気がする。
著者の描きたい事・目線はどちらかと言うと康成寄りなのかも。
レベルの高い短編集だった。投稿日:2022.09.09
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