この作品のレビュー
平均 3.8 (18件のレビュー)
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終戦前後の脱出に関する短編5編。樺太から、沖縄から、サイパンからの脱出。架空の主人公だろうが、まるでノンフィクションのよう。
投稿日:2022.08.01
1970(昭和45)年から1982(昭和57)年に各々発表―初出は雑誌に掲載―されている5つの短篇が収められている一冊である。(1篇が1970年だが、残る4篇は1980年前後ということになる。)読み易…いボリュームの各篇を順次読み進めると素早く読了に至る。が、自身の場合は1篇を読んだ後に直ぐ「次の篇は?」という感じになり、頁を繰る手が停められなかった。
5つの篇は、何れも第2次大戦末期から終戦の少し後、1945(昭和20)年頃、場合によってその翌年辺りという時代を背景としている物語だ。
表題作の『脱出』には“稚内町”―稚内が“町”から“市”となるのは1949(昭和24)年だった。―が登場する。樺太に戦禍が起こり、脱出をする人達という物語だ。
『焔髪』は、奈良の東大寺三月堂の仏像を「疎開」させ、他所に運び出したモノをまた戻すようにしたという顛末の物語だ。
『鯛の島』は、瀬戸内海の小さな島、作中に明記はしていないが、山口県と愛媛県との間の海域だと思われる場所で、鯛を釣る漁船で働いた少年を巡って色々と起こるという物語だ。
『他人の城』は、沖縄県から各地へ船で疎開するということになって、船が米艦の攻撃を受けてしまい、生き残る少年が辿る経過という物語である。
『珊瑚礁』は、サイパン島で砂糖黍農園を営んだ一家の少年が、戦禍が起こったサイパン島で辿る経過という物語だ。
何れの作品も、表題作の題名の「脱出」がキーワードになるかもしれない。戦禍に巻き込まれた地域から離れる、他地域から離れて独自な慣行が行われていた地域を離れる、貴重なモノを戦禍の危険から離そうとするというような事柄が、各篇の肝ということになる。
『焔髪』は東大寺の僧侶が視点人物となっている。他の『脱出』、『鯛の島』、『他人の城』、『珊瑚礁』の4篇は、何れも「地元の少年」が視点人物となっている。
「地元の少年」が視点人物となっている各篇の中、『脱出』と『他人の城』とが強く記憶に残る。
『脱出』は、戦争の経過の中で比較的影響が少ない様子が続いた「樺太」で、唐突に戦禍ということになり、沿岸部の村から小さな船で対岸の稚内へ向かうというような話し、そういう船を稚内の海岸で迎えようとする話しである。稚内や、樺太の一部については「現在」の感じが判る場所も作中に多く在り、吉村昭の重厚な筆致で描き出される情景が、何やら沁みた…
『他人の城』は、米艦の攻撃で沈んだ疎開船が実は数の中ではそれ程の割合ではなかったらしい中、攻撃を受けてしまって必死で生きようとする主人公が在る。そして、沖縄から九州各地に入った人達の様々な苦労が在って、戦後に何ヶ月間かを経て沖縄に入ってみると戦禍で変わり果てた様子に出くわすこととなるのだ。
作者の吉村昭は、1980年代位迄は「当時を知る、または知り得る人達」の話しを聴く取材を積極的に展開し、戦時中や終戦直後位の時期に関連する作品を多く発表していたという。本書の各篇も、そうした系譜の作品だと思う。
最近、人の生命を擦り減らすような戦禍というようなモノに心を傷める場面も在るが、過去からそれは何度も繰り返されている。その過去の戦禍の周辺で、時代を目撃した少年の目線で語られるような本書の各篇は「今、読むべき!」というように感じた。そして『焔髪』は、千年も大切にされたような、敬うべきとされる大切なモノが翻弄される様を見詰める僧侶の目線を通じて、戦禍の無情さを静かに訴えているように思った。実は作中に在る東大寺三月堂、その仏像の一部を収めた東大寺ミュージアムを訪ねた経過も在るので、作中に在るモノが少し判る。それで中身が何か迫って来た。
このところは「好い本」または「佳い本」に多く出くわしていると思う。そういうことに感謝せねばなるまい。因みに…本書に関しては、実は「稚内市立図書館の司書の御薦め」ということにもなっている。「(稚内の)御当地モノ」という要素も在る…続きを読む投稿日:2023.06.17
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