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Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.13 酒場を楽しむ

※本記事は2011.5.27時点のものとなります。

街の表情が画一化され、どこへ行っても目の前には同じような風景ばかり。チェーン店舗に駆逐された駅前の飲み屋街からも、古くて味わいのある居酒屋が減っています。その一方では、明確な意識を備えた若い世代による新しいタイプの居酒屋も続々と出現中。20年の歳月をかけ、居酒屋を追い続けてきたアートディレクター/作家、太田和彦さんの目から見た昨今の居酒屋事情とは?

落ち着く居酒屋の条件は、「いい酒、いい人、いい肴」

酒は昔から好きでしたが、居酒屋にはまったのは40歳のころですね。僕は資生堂の宣伝部にデザイナーとして勤めていまして、そのころ飲みに行くのは銀座とか青山とか西麻布ばかり。流行を創り出す立場で、業界人が集まるところが多く、酒を味わうよりも、仕事の話がメインだった。ところが40歳ぐらいになって、いつもの人たちから離れてみたい気持ちが起きた。男の20~30代は働き盛りだけど、40代は、仕事にある種の達成感を感じ初める時だからでしょうね。で、同じころ偶然、「まだこんなに古い店があるのか」って冷やかし半分で月島の古い居酒屋「岸田屋」に入ったんです。ひとりで飲んでたら、とても心が落ち着いて。居酒屋通いが始まったのは、そのとき以来です。


それ以前は「新しいものに価値がある」という価値観で仕事を続けてきたんですが、「古いものにも価値がある」ことがわかってきたんですね。あとは自分自身に少しだけ、振り返る過去ができてきたことも影響していたのかな。となると、気持ちの動きを支えるためには居酒屋が最適だったんです。以後は、昼間は仕事で新しいことを追い求め、夜は過去を振り返る……と、気持ちのバランスをとっていくようになりました。ある年代に達しないと、そういう気持ちにはならないんじゃないでしょうか。


大切なポイントは「名改装」


落ち着く居酒屋の条件は、「いい酒、いい人、いい肴」。加えて、望むらくは歴史ですね。その酒場に通い続けた人の悩みや喜びや悲しみや愚痴やため息や酒が、カウンターに染み込んでいる店。歴史が重なって自然に堆積してきたものを味わいに行くというか、コップのなかの歴史を飲んでるような、そんな気持ちもあるわけです。

古い店が減りつつあるのは残念だけど、仕方がない要素もあるんです。建物が限界、水まわりが痛んできたとか、耐用年数がすぎたものはいかんともしがたい。いくらノスタルジーといったところで厨房やトイレは清潔な方がいいに決まってるし、防災も大切。「建てなおした方がいいです」という状況下で、どこまで意地を張り切れるかもありますしね。改装が悪いわけではないんです。うまく改装すればいい。机も椅子も壁もなにもかも、使えるものは全部使って、もちろんレイアウトも変えずに、ただし厨房とトイレは全部きれいにする。結果、「どこを改装したのかわからない」と感じさせるのが名改装なんです。最近だと大阪の「明治屋」が再開発で撤去になって、新しいビルに入るので気にしていたんですが、驚くほど昔の面影を残してホッとしました。北千住の「大はし」も、改装して客が逃げることをご主人が心配していたんですが、名改装で乗り越えました。お客さんもどっと戻ってきて、それでまた何十年か持つというわけです。改装するなではなく、「しても変えない」が大事。絶対にお金を出したって買えないものなんだから、木の丸椅子を新品にしちゃだめなんですよ。


宿題にしている居酒屋は常に何十軒もあるんだけど、ここ3年くらいは新しくできた居酒屋がいい。古い店を知ったうえで自分の店づくりをして、「足りないものは時間だけ」といういい店が増えてるんです。今後も増えていくでしょうね。昔と違っていまは、若いうちから日本酒も料理も経営の仕方もしっかり勉強して、充分に根回しをしたうえで万全を期して開く人が多く、初日からまったく問題がない。下高井戸の「まきたや」、人形町の「釉月」もそうですが、心構えが全然違うんです。とても頼もしいですね。足りないのは歴史だけだから、これからつきあっていってお互いに歳とっていけばいい。

太田和彦さんの紙で味わう一冊

『居酒屋百名山』 / 太田 和彦(著)/ 新潮社

深田久弥の「日本百名山」になぞらえて、日本の名居酒屋について書いた、僕の集大成の一冊。北海道から沖縄まで、日本全国から百軒のお店を選びました。居酒屋は地域性や県民性が強く反映されるものですから、その土地によって酒も肴も人の気質もまったく違う。読むことで、日本という土地や人々の多様性が浮かび上がればいいなと思って書きました。

Profile

太田 和彦(おおた かずひこ) アート・ディレクター/作家

資生堂宣伝部デザイナーを経て、アマゾンデザイン設立。デザインワークの合間をぬって日本全国の居酒屋を訪ね歩き、20年の歳月をかけて『居酒屋大全』、『ニッポン居酒屋放浪記』など、居酒屋に関する多くの著作を送り出す。

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