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名探偵たちが、お待ちかね(1)

-好奇心の本屋-


本を読むことは、人生の路地を増やすこと。


抑えきれない好奇心。ちいさな好奇心。

ただただ楽しく、時を過ごしたいという好奇心。

きまじめな好奇心。ばかばかしくて下らなくて、まるで悪友のような好奇心。

その曲がり角の向こうには、まだ見ぬ”景色”が待ちうけているかもしれません。

◆書店員№001 尾之上浩司(おのうえこうじ)◆

本が織りなす路地は、ふかくて複雑です。その”景色”のワクワクやドキドキを楽しむために、その道に詳しい路地裏探索人の方に登場していただきます。今週は書店員№001 尾之上浩司(おのうえこうじ)さんです。

<名探偵たちが、お待ちかね(1)>

いらっしゃいませ。私が本店のミステリー棚を担当しております、本執事(ブック・スチュワード)の尾之上でございます。どうぞ、よろしくお願いいたします。

ミステリー担当者としての、私のモットーは――

1)謎と奇想がぐいぐいとお客さまがたに迫り

2)血も、汗も、涙も200パーセント増量の

3)魅力的で、風変わりで、謎めいたキャラクターが登場する

4)しかし、その謎は論理的に解明される

 ――ミステリーをご紹介することです。

おっと、このコーナーでは、論理的謎解きが主体の作品を“(本格)ミステリ”、一般的な、事件が起きてその解決までが描かれる作品を“ミステリー”と呼んで区別しておりますので、ご注意ください。ほっほっほっ。

さて、記念すべき第一回のテーマは、<名探偵たちが、お待ちかね(1)>。エドガー・アラン・ポーが創造した「モルグ街の殺人」のデュパン探偵と、コナン・ドイル創作のシャーロック・ホームズをきっかけに、“架空探偵業”が世界的に人気となってから二世紀が経ちましたが、いまも広義のミステリーは世界中で大人気であります。でも、“ミステリー”にせよ“本格ミステリ”にせよ、いままであまり読んだことがない、お客様のなかには「どれから読めばいいの?」と、お悩みの方も多いと思います。

そのような、海のように広大な情報のなかで溺れかかっている貴方(あなた)に、うってつけの浮輪のような1冊をご紹介することこそ、この本執事の仕事と考えております。

では、第一回は、内外の作品のなかからとっておきの作品をご紹介いたしましょう。基本中の基本にして、いまもミステリーをたしなむときの教科書として愛されている、あのキャラクターをご紹介いたします。

二人の本当の姿をご存じですか?

やはり、最初にご紹介しなければならないのは、イギリスのコナン・ドイルが創造した、シャーロック・ホームズ&ジョン・ワトスンのコンビでございますね。

戦前から日本でも人気がありましたが、現在の日本での根強いブームのきっかけは、1980~90年代にイギリスのBBC放送が制作し、ジェレミー・ブレット主演により長いあいだ作られたテレビドラマ・シリーズだと考えられます。

これが日本ではNHKの地上波で大々的に放映され、再放送もあったことから大ブームとなりました。

 

現在、そのBBC放送が舞台を現代のロンドンに置き換え、原典のパロディ集として再構成したテレビドラマ『Sherlock シャーロック』が、主演のベネディクト・カンバーバッチとマーティン・フリーマンの魅力もあって熱狂的に支持されていることは、ご存じでしょうか?

もちろん、ご存じでございますね。

ヴィクトリア朝の薄暗い霧の都ではなく、夜も看板表示や照明で明るく、様々な民族が入り混じって暮らしている大都会ロンドン。

そこに潜む怪しい犯罪者や謎めいた人々と、ホームズ&ワトスンのコンビが織りなす不可思議な冒険。一年以上の間隔をおきながら、ほんの数本だけしか作られないドラマでございますから、次の作品をまだかまだかと待っているファンが世界中におりますね。

でも、原典をお読みになったことは、ございますか?

案外、ホームズとワトスンのキャラは知っていても、原典やその設定、お約束ごとなどをご存じない読者が多いのが実情でございます。『Sherlock シャーロック』のお遊びを充分にご堪能いただくためにも、ぜひ、原典に触れていただきたいもの。

ということで、まずはホームズの口癖のひとつ“初歩的な(エレメンタリー)”ところから、ということで、ホームズものの第一短篇集『シャーロック・ホームズの冒険』を手に取ってご覧いただきましょう。収録作品は全部で12本。ホームズにとって“最大の謎”、そしてただ一人、彼の心を惹いたともいわれる女性キャラ、アイリーン・アドラーが登場する「ボヘミアの醜聞」。アイデアが面白く、パロディのネタによく使われることの多い「赤毛組合」。犯行手段のユニークさで有名な「まだらの紐」。ひとまずは、このあたりが読みどころでしょうか。

19世紀末の繁栄と犯罪が同居するロンドンの、ベイカー街。そこにある下宿に、名探偵のシャーロック・ホームズと助手のジョン・ワトスンは暮らしていた。説明不可能な難事件の数々を知力で解明していく名探偵の活躍を、勇敢な医者でもあるワトスンが綴る名作「ボヘミアの醜聞」「まだらの紐」など12篇を集めた、短編集第1弾。ドラマやアニメなどで常に人気のある人気コンビの原点は、いま読んでもじつに面白い。BBCテレビドラマ『Sherlock/シャーロック』のファンも、腐女子も、本格ミステリのマニアも、まずはここから始めよう!

お気に召しましたら、残りの原典もお読みいただけると、楽しんでいただけるはずです。

第1短篇集『シャーロック・ホームズの冒険』の前に、ホームズものの長篇が2冊書かれていた。短篇集にご満足いただけたなら、いったん順番に戻って、ここから読むのもいいだろう。第2次アフガン戦争で負傷してイギリスにやってきた軍医ジョン・ワトスンは、ロンドンのベイカー街221番地Bにある下宿に住むことになり、シャーロック・ホームズという男との共同生活がはじまる。そこに、スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)から行き詰っていた殺人事件への捜査協力要請がくる。パターンがすでに確立されていた、記念碑的1冊。

ホームズのもとに相談にやってきたのは、陸軍大尉の娘メアリー。父親は派遣先のインドで10年前に行方不明になっていたが、

それと関わりがあるのだろうか、謎の人物から毎年、貴重な真珠が贈りつけられていて、今回、その贈り主と会うことになったのだという。贈り主はショルトという男で、彼の父親とメアリーの父は、インドで駐留中に、ある財宝を入手したというのだ。その財宝をめぐって展開してきた波乱万丈な出来事が語られる。イギリスに運びこまれた宝のありかをめぐって、ホームズは追跡をはじめた。冒険活劇の典型の長篇第2作。

短篇集第2作。発表当時、ドイルはホームズ人気が過熱しすぎているのに困って、掲載していた新聞からの追加執筆依頼に対し、高額の原稿料を要求。ところが、相手がそれを了承したため短篇集1冊分の新作短篇を書かなければならなくなった。その成果がこれである。なかでもっとも重要な名作が、ホームズのキャラクターを葬り去るために書いた「最後の事件」である。最強のライヴァル、モリアーティー教授と対決することになったホームズは敵とともにライヘンバッハの滝へと向かう。ホームズの運命はいかに!?

ホームズものの執筆に一応の終止符を打ったコナン・ドイルだったが、ダートムーアに伝わる魔犬の伝説を耳にして、それを調査。調査結果を踏まえて、モリアーティー教授との対決以前の事件という設定で書きあげた長篇第3作。バスカヴィル家の主人チャールズが急死し、そばには大きな獣の足跡が残されていた。ホームズ・シリーズをあまり知らなくても、誰でも題名と設定は知っているのが、この『バスカヴィル家の犬』である。伝説上の火を噴くモンスターという設定は世界的にも有名で、映像化作品も数多い。必読の1冊である。

何年たっても、世界中の読者からの“ホームズ復活”を求める声は高まるばかりで、アメリカの大手出版社からも破格の契約金が提示され、ついにコナン・ドイルはシリーズを再開させる。それがこの短篇集第3作だ。モリアーティー教授とのライヘンバッハの滝での対決で何があったのかが語られる「空屋の冒険」。人形風の図形に秘められた意味を描く名作「踊る人形」。石膏で作られたナポレオンが次々と壊される「六つのナポレオン」など、作者がみずから進んで書いたことがよくわかる名作が多い。アイデアが光っている1冊である。

お断りしておきますと、天才的な名探偵ホームズと、どこか間の抜けた助手の医師ジョン・ワトスンのコンビ――というのは、後の時代にアレンジ、またはデフォルメされたイメージが強すぎるように思われます。

敢えて申しあげるなら、異様な事件しか扱わない奇人変人のホームズと、軍医として第二次アフガン戦争に参加し負傷兵となって帰国した、勇敢で実直なワトスンのコンビ、と表現したほうがいいかと。

そして、いかにもイギリス的な常識人のワトスンが、天才だからこそ無茶や常識外れの行動をするホームズを牽制し、逆にホームズはそんなワトスンを信頼し、場合によっては友人の真面目さを利用して事件の解決をはかっているのでございます。

このあたりは、原典をお読みになれば実感されるかと。

長篇第4冊。謎の暗号文を受け取ったホームズは、それを解読して、ジョン・ダグラスという人物に危機が迫っていると知って出動するが、相手はすでに死んでいた。ホームズの最強の敵モリアーティー教授も関係してくる事件を描いた力作である。

事件の発端と経緯が前半に描かれていて、後半ではその背景になっている、「恐怖の谷」と呼ばれていたアメリカ・ペンシルヴァニア州の炭鉱町の物語が語られているという構成。

シャーロック・ホームズの短篇集第4作。ホームズは引退していて、許可をもらえた事件について、ワトスンが文章に起こして発表するという設定になっていた。「〈ウィステリア荘〉」「ボール箱」「赤い輪」「ブルース=パーティントン設計書」「瀕死の探偵」「レイディー・フランシス・カーファクスの失踪」「悪魔の足」など、第一次世界大戦の影響や、ドイルの神秘主義への興味が垣間見える作品が含まれている。最後の作品「シャーロック・ホームズ最後の挨拶──ホームズ物語の終章」は、その名の通りのエピローグ作品である。

本当に最後の単行本となってしまった、ホームズ短篇集の第5巻目。「サセックスの吸血鬼」はホラー色濃厚な人気作品。「這う男」は、おそらくシリーズ中もっとも奇怪で無気味な短篇で、ホームズのシリーズにはこういうトンデモな作品も含まれていたのだなと、読者もビックリされるだろう。ほかに「高名の依頼人」「白面の兵士」「マザリンの宝石」「〈三破風館〉」「ガリデブが三人」「ソア橋の怪事件」「ライオンのたてがみ」「覆面の下宿人」「〈ショスコム・オールド・プレース〉」「隠退した絵の具屋」などを含んでいる。

日本オリジナルのコミック版『Sherlock シャーロック』

さて、余談になりますが、ドラマ『Sherlock シャーロック』は、3話分について、日本オリジナルのコミック版も出ておりますので、こちらもご覧になると、より一層、理解の役にたつかと思います。原典がどのようにしてパロディ・アレンジされているかも。

 さらに、ドラマのガイドブックも出ております。

“ホームズのライヴァルたち”

雑談ですが、コナン・ドイルが生んだ、ヴィクトリア朝を代表する名探偵シャーロック・ホームズにより探偵小説のブームが起きました。日本のミステリー業界で俗に“ホームズのライヴァルたち”と呼ばれる探偵たちが、様々な作家によって生み出されていったのでございます。

●オースチン・フリーマンが生んだ、<ソーンダイク博士>。法医学の専門家で、科学的思考が売りでした。

●ジャック・フットレルが生んだ<オーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドゥーゼン>。論理的思考があれば必ず問題は解決すると言い、俗に“思考機械”と呼ばれていた硬そうな名探偵です。

 ●バロネス・オルツイが生んだ<隅の老人>は、いつも店の片隅の席に座ってチーズケーキとミルクを食べている爺様のことです。女性新聞記者のポリーが未解決になっている事件について説明すると、老人は推理を展開して解説してくれるというスタイル。老人はいつも紐をいじっていて、これが後の事件ともかかわってくるのですが……おっと、これは後のお楽しみということで。ほかにも大物から小物、怪奇ものからSF系まで色々なタイプの“新たなるホームズ”が誕生し、その動きは現在まで続いているわけでございます。こういった話は、機会がございましたら改めて――。

 さて、長くなりましたので、今回はここまでにさせていただきます。また、お目にかかれることを期待しております。え? SFを紹介しているときとは口調が違う、と思われますか。困ったことに、お気づきになったようですね。まあ、色々と大人の事情というものもございまして。では、くれぐれも夜道を歩かれるときには、背後にご注意くださいね。ほっほっほっ(私、書店員です、セールスマンではございません)。


尾之上浩司(評論家・翻訳家)

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