
『ベイジン』配信記念企画 作家:真山 仁 インタビュー

巨大原発「紅陽核電」では、日本人技術顧問の田嶋が共産党幹部・鄧に拘束されていた。鄧は北京五輪開会式に強行送電。眩い光は灯ったが……。希望を力強く描く、傑作エンターテインメント!
その他の真山仁さんの作品
インタビュー 真山仁さん
事実を伝える新聞記者からフリーライターを経て、『ハゲタカ』シリーズや『マグマ』など、政治経済の様々な事件や出来事を扱った小説を発表してきた作家・真山仁さん。今回、中国における原発とオリンピックを取り上げ、2008年の発売後はもちろん、東日本大震災後に改めて注目を浴びた『ベイジン』が電子化されることになりました。東京オリンピックの開催も決まり、また新たな読まれ方をするであろう『ベイジン』と『ハゲタカ』シリーズ最新刊『グリード』について、真山さんに直接お話をお伺いしました。
オリンピックと原発の関係

・・・北京オリンピックと原発を扱った『ベイジン』が、東京オリンピックの開催が決まったタイミングで電子書籍化されますが、そもそもは、なぜこの小説でオリンピックと原発を結びつけて取り上げられたんでしょうか?
真山さん:2007~2008年に「週刊東洋経済」で連載をしていた作品なのですが、連載をやらないかと声をかけてくれた方が、非常に中国に詳しい編集者でした。
2006年の秋当時、中国に対する関心が非常に高まっていました。2008年の北京オリンピックが終わったら中国経済は破綻すると言われていたんです。つまり、非常に無理をして経済成長を維持している状態なので、「治安もいい、いい国、中国」を演じるのもそろそろ限界だろうと思われていたわけです。そういう意味でも中国に注目したかった。アジアに力を入れている雑誌ということもあり、中国を舞台にすることは早い段階で決まりました。
次に中国の何を描けばいいのかを考えました。当時は、書店に行くと「中国に行けば成功する」というような中国ビジネスを礼賛するビジネス書だらけだったんですね。私がそれを煽ってもおもしろくも何ともない。やるなら中国という国を理解する本にしたいし、いままでメディアが伝えてきたものとは違うアプローチから中国を語れないかなと考えました。そのとき、中国に留学していたこともある中国通の担当編集者が、「実は、中国は今原発にすごく力を入れているんだけれども、自国には技術がない」と教えてくれました。当時まだ原発は3、4基しかありませんでしたが、10年で100基を造ると言っていたのです。
その前に『マグマ』という地熱発電に関する小説を書いたときに、原発の話を出したのですが、どうも中途半端に扱ってしまった感じがありました。そのため、原発については一度しっかり取材をして描きたいと考えていたのです。そのうち、何かで読んだ大阪万博の話を思い出したんです。いま日本の人はほとんど知らないと思うのですが、関西電力の美浜原発が、1970年の大阪万博開幕式に原子力発電の電気を届けるというプロジェクトがあったんです。それをヒントに、国家的なイベントであるオリンピックにあわせて世界最大の原発の営業を開始し、その電気を開会式会場に送ろうという構想が浮かびました。中国の人を見つめるためにオリンピックを出し、一方で原発を介して中国の成長と危うさを書いていこうと。そしてもうひとつ裏テーマとして、日本人が原発に持つ「怖いけど知りたくない」という感覚にもっと踏み込むべきじゃないか、という思いも込めて書きました。
・・・単行本が発売されたのは2008年。東日本大震災と福島第一原発の事故が起きた2011年以降は、この話が違う文脈で語られることも多かったと思います。そして今度は新しく東京オリンピックという、また違う文脈で言及されそうですね。
真山さん:東京オリンピックが決まった時、総理が原発事故について発言をしたことが最後の決め手のようになりましたよね。日本人は勘違いしていることが多いのですが、オリンピックの主役は国じゃなくて都市なんです。そこに総理が出るということは、政治が絡んでるということ。同じように政治の道具に使われた顕著な例がベルリンオリンピックです。あれは、ヒトラーが「ナチスドイツこそがヨーロッパで最初に戦争から復興した国だ」ということを世界に誇示するために行われた大会で、実はあの大会から記録映画の撮影が始まっています。『ベイジン』でも、記録映画を撮ったレニ・リーフェンシュタールを尊敬する女性映画監督が登場します。今回の東京オリンピックの報道を見ていて、いろいろなことがダブって見えています。さすがに安倍さんがヒトラーだとは言いませんが、非常に扇情的な、情緒的なことで国民を焚き付けているところは似ている。
・・・オリンピックは、ロサンゼルスオリンピック以降のマーケティング的、経済的な話というよりも、政治的な文脈への意識があったわけですね。
真山さん:そうですね。簡単に言うと国威発揚の要素が強い。ふだん「日の丸」や「君が代」を反対と言っている人でも、オリンピックで日の丸が上がって君が代が流れると感激して泣いたりする。国家や国旗ってそういうもので、結局そこに自分のアイデンティティを感じてしまうんです。ということは、スポーツの国際大会をどんどん日本でやって日本が勝てば、すぐ日本人はひとつになっていく。それを国が利用すると、偏った方向に社会を動かす可能性もある。そのため私は、東京オリンピックの決定を冷めた目で見ていました。純粋にスポーツを楽しめればいいんですけど、特に最近のオリンピックは、とても政治経済色が強い。復活したイギリスを見せたいとか、南米では経済成長が著しいBRICsのひとつであるブラジルで絶対最初にやるべきだとか。投票の段階から、すごく政治的な動きがあるのは間違いないですね。
国によって違う人間の生理を描く

・・・『ベイジン』では、役人から現場の作業員まで日中両国の人が、様々なシチュエーションで書かれていました。例えば政治の世界で生きる鄧(ドン)であったり、原発村の中で生きる田嶋の同僚たちであったり、ある狭い世界に生きる人間たちの生理は、取材のもとで考えられているのですか?
真山さん:たとえば鄧がいた中央紀律検査委員会(中紀委)は、言わば中国国家の風紀委員で、規律を維持するために取締を行うところ。トップの胸先三寸で、「あいつバツ」と言った瞬間にその人は終わる。その人を物理的にも社会的にも滅ぼすだけの力を持っているんです。そういうところは当然取材ができません。資料をもとに想像しています。
ただ、中国という国家が中国人をどうやって統制するのかは、中国でビジネスしている人や北京大学のエリート学生たちに話を聞くとだんだん分かってきます。彼らは中紀委のことを質問されるだけで嫌がりますよ。盗聴されているかも知れないし、隣のテーブルの人が聞いて電話するかもしれないって。いまだに天安門事件がNGで、その言葉を大学内では口にしないでくれと取材の時に言われたくらいです。
・・・口にすることですら危険だと。
真山さん:ええ。オリンピック前で、中国としてはかなりオープンになっていた時期でもそうでした。普通は取材に行くと後ろに必ず警察が付きます。観光で入ってそのまま取材をしていたら即逮捕されるくらい厳しい時代が最近までありました。こういう国家組織のやり方は、KGBやCIA、MI6にしても同じなんです。つまり国にとってよからぬ人間を取り締まる人間の生理は、国が変わってもあまり変わらない。だからそういうものが描かれたスパイ小説も参考になります。ある事が起きたときにそれを取り締まる国家組織がどう対応するかはある程度推測できるのです。そして、聞ける範囲で中国の人に聞いてきた話をそこにはめ込む。あとは中国に詳しい担当編集者に指摘を受けたり、中国在住の翻訳家にも読んでもらったりしました。
・・・元々新聞記者の真山さんが、そうした政治的なテーマを描く時、ノンフィクション的/記事的な書き方ではなく、小説という方法をとることで表現できるものは違うと思われますか?
真山さん:思いますね。すごくシンプルに言うと、記事やノンフィクションは事実という檻の中から出られません。もっと厄介なのは、例えばあるひとりから聞いた話は、裏付けがないと記事にはできない。マスメディアとして責任を持って発行しているところは、どこもそれをやっています。そうすると、話題となっていることの"核心"の話をしたいのに、どうしても周辺の話しか出せないんですよ。さらに言えば、当事者が喋ったからといって、それが本当か嘘かも分かりませんよね。でも一番知りたいのは、当事者の心の奥にある「なぜそんなことをしたのか」や「なぜそこまで耐えるんだろう」ということじゃないですか。その部分に関しては小説の方が圧倒的に書ける。
ただ「文章を書く」という意味では、新聞記事やノンフィクションと小説が違うかと言えば、そんなには変わらないと思っています。小説っぽい主観的なノンフィクションもありますし、新聞でも記者の主観で書くルポもあります。一点だけ違うのは、小説だけは確信を持って登場人物の感情を書けるということ。小説の強みは、ノンフィクションや記事では語り得ないところを語り尽くせるということであり、人間の本質を追求していくところにあります。
・・・そういうものを支えるのは、読み手の想像力なわけですよね。
真山さん:間違いなくそうですね。
小説という方法だからできること
・・・今ソーシャルネットワークがものすごく発達してきて、活字を読まないと言われつつも文字情報を読む機会はものすごく増えています。そうした時、スピード感で言うと、小説はいわゆるネット記事やツイッターなどに比べて遅いメディアになると思うんですけれど、情報伝達の速さが変わって、小説のあり方や書き方に変化はありましたか?
真山さん:新聞よりテレビ、テレビよりインターネット、今では携帯のニュースがすべての中で一番早かったりします。ただ、情報は早さだけがポイントではない。メディアにはそれぞれ役割があって、例えば速報性や情報量の面では映像の方が強いけれど、情報が多いことは受け取り手にとって必ずしもプラスとなりません。情報が多いと受け取る側がそこから必要な情報を選択するのが難しくなるからです。だから、ただ速度重視で何でもかんでも情報を出してしまうのは良くない。3.11の被害、原発の事故状況も、直後は錯綜しました。ちょっと立ち止まって情報を整理すれば、もっと違う対応が出来たかも知れなかった。
もうひとつあるのは、ある出来事を経験した後で「あの時にこうすればよかった」ということをしっかり教訓にしなきゃいけないということです。そのために、自問自答しながらじっくり考えて文字を読んでいくことが必要だと思うんです。その一番最後にあるのが小説なんでしょうね。最初にまず報道があって、次にノンフィクションが書かれます。その先にノンフィクションで語り尽くせないもの、小説が描くことのできる「あの時あそこにいた人たちは何を考えていたのか」ということが出てくる。小説が水面下の出来事や思いを補足し、繋いでいくことによって、情報量は10分の1かもしれないけれど、読者に伝えられる衝撃を10倍にすることもできるんです。それが小説の強みだと思いますね。
・・・10分の1で10倍になれば、それはすごく効果的なメディアですね。
真山さん:デビューしてもうすぐ10年になるんですが、最初に『ハゲタカ』を書いたこともあって、とにかく「いま起きている事件を書いてくれ」という依頼がよく来ます。たとえばちょっと前ですが、オリンパスの粉飾決算騒動のときも、オリンパスの内情を知りたくないかと言ってくる人がいました。個人もいるし、記者もいる。でも、私がそのタイミングで話を聞いても仕方ない。直後ではなく、1年、2年経ってようやく全貌が見えてきてからしか小説の取材は始められない。一報が出て終わる事件は内容が薄いんです。大きな事件になると、初めの一報は氷山の一角で、海の下にある秘密が浮かんできて徐々に明らかになる。初報の時は誰も喋らないから知りようがなかったのが、忘れかけた頃に、かつて喋らなかった人たちが喋り始めるんですよ。それからようやく本当にあったことの全貌が見えてくる。私が小説を書くときは、全部の素材を見てから「自分だったらどう料理しようか」と考え、情報を圧縮します。どこかをクローズアップすれば、読んでいる人に「ここをもっと知るべきだ」と伝えられる。『グリード』もそうで、舞台の2008年はいまから5年も前。でも、ようやくいまになってリーマンショックが何だったのかが、ほぼ見えてきて、それがまだ続いている理由もよく分かる。出来事からの時間差が小説には必要なんです。
バブル崩壊後の日本を描いた『ハゲタカ』がドラマになった時、普段あまりテレビを見ないお父さんたちが、子どもたちの部屋とかに篭ってひとりで『ハゲタカ』を見ていたらしいんです。なぜわざわざ一人でと思ったら、みなさん泣いているんですよ。「バブルの頃の自分をようやく解放できた」と。実は想像以上にバブルの下で苦しんだ人たちが多いんですよね。貸し剥がしをやっていた銀行マンや会社が潰れたお父さんにとっては、映像化されたことでようやく歴史になって、ずっとモヤモヤしていた気持ちや罪の意識が吐き出されたみたいなんです。これは私にとっても意外なことで、小説はすごく主観的なものでありながら、起きたことを客観視するきっかけを作るのものでもあるんだと、初めて気がつきました。『ハゲタカ』を出した時に「こういう経済小説は1年も経ったら誰にも読まれなくなる、上澄みを取るだけの小説だ」と言われました。腐る、と。でも10年後のいまでも読んでいただけている理由は、「あの時代はなんだったのか」を知るための教科書としてではなく、人間ドラマを通じて、自分がそこにタイムスリップしたかのように感じられるからだと思うんです。小説の読まれ方は時間とともに変わっていくものだと、出来上がった作品や読者の方に教わりました。
個人の多面性が小説で浮かぶ

・・・小説を読むことで、歴史上のどこに自分を位置づけたらいいかがわかってくる、というのは読んでいてすごく感じました。そういう意味で、歴史的な出来事に加えて登場人物の考えや悩みや葛藤が、位置づけて読むためのきっかけになっている。人を描く時は、「こういう風にこの人物を描こう」と細かく決めて書かれるんですか?
真山さん:一応しますが、大体その通りにはいきません。
たくさんの人物を登場させてきましたが、気をつけることが変わってきました。最初の頃は身長や学歴のようなデータを重視していたんですが、いまはその人にとって大事なものや譲れないものは何か、幸せとは何か、あるいはやりたいことを実現するために攻める人なのか待つ人なのか、そういうことを先に決めて、核に据えるようにしています。そこは絶対ブレないと思うからです。もし攻める人がブレるとしたら、それは攻め方です。仲のいい人が他人と話しているのを聞いたら知らない友人のようでビックリすることがありませんか? つまり相手が変わると人は変わるんです。小説では、そうした変化する場面をいくつも作って見せてあげる必要がある。そうすることでその人物についての理解が深まります。
描こうとしている社会の問題を読者に吸収してもらいやすくするためには、時にはアクが強い人物がいた方がよくて、年齢や性別に関係なく強いキャラクターがひとりでもできるとうまくいきます。ただ、何年も書いていて、それはやっぱりずるいと思うようにもなってきています。普通の人間は実際そんなに強くないし、置かれた状況次第で強さを出せない。キャラクターの強さを前面に出さなくても読んでいる人には魅力的に見えるようにするにはどうすればいいか、毎回登場人物を作るときは葛藤しています。
・・・『ハゲタカ』に出てくる人たちは、嫌な部分を見せる人がたくさん出てきますね。
真山さん:『ハゲタカ』は、出てくる人は全部悪い人にしようと思って作りました。キャラクターを強くすると物語が劇的に動いても破天荒という印象を持たれにくいからです。キャラクターを強くする時に一番簡単なのは勧善懲悪にすることですが、正義の味方を主人公にすると、物語がパターンにはまりがちです。なので、"出てくる人はみんな悪い人です。この人たちが好きなのはお金で、他人のことはどうでもいいと思っています"という設定にしようと考えました。強いキャラクターたちがぶつかり合って、カネにみんな群がっていきながらも、守らなきゃいけないものがひとつでもある、というようにしていきたかったのです。
・・・『グリード』(=強欲)に登場するキャラクターの"強欲さ"はかなりアクが強いですよね。
真山さん:今回登場人物のほとんどがアメリカ人です。私は、日本人が一番理解できない民族は、アメリカ人と中国人だと思います。好き嫌いではなく、価値観が違う。価値観が違うということを理解した上でアメリカ人や中国人を見ると、ものすごくよく分かります。それで好きになる人もいると思う。日本人は「話せば分かる」と思っている、世界でも希有な民族で、世界では話して分からないから交渉をするんです。さらに、話して分からないから戦争になるんです。
もっとしっかり自分たちの言うことを相手に訴えて、どこまで自分たちの言うことを貫いて、最終的にどこまで譲歩するかを考えている国の人の方が多い。日本人はそれをどうもあまり理解していない。2011年にニューヨークで取材したとき、金融マンたちに、「グリードは善なのか?」と何度聞いても、「当たり前だろ」と答えられました。グリードがなかったらアメリカンドリームはないし、ドリームのためにみんな一所懸命生きて働いている。「そうできない人は退場すればいい。この国にいらないんだ」という考え方。"グリード"は、アメリカ人にとって道徳よりももっと大事なもの、自分たちの夢を手に入れるために一番大事なものだって、悪びれもせず言いましたよ。もちろんこれはニューヨークだから特に、ですけどね。そういう考えに対して、日本人は道徳を大事にするから「それは人としていかがなものか」と言うんですが、アメリカ人からすると道徳は食の足りた人が言うこと。豊かな生活ができる人が言うのが道徳。だからアメリカ人は金持ちになったら堂々と寄付するんです。日本人は、その感覚が全然理解できていないと思います。逆に「そういう人たちなんだ」と思うと、一気に分かりやすくなるかも知れない。
中国人もそう。初めて中国に行った時は、「見た目は自分と変わらないのにこの人たちを全然理解できない」とずっと思っていて、取材をしていてもすごくしんどかった。でも、「もしかしてこの人たちと似ているのは顔だけで、根本的に違うんじゃないか」と思った瞬間に、中国人がすごくよく分かりました。だから『ベイジン』が書けたんです。『ベイジン』で、批判も含めていろいろな感想をいただきましたけど、嬉しかったのは日本に留学している中国人や日本語が分かる中国人が読んでくれて、「真山さんは何年中国に住んだのですか?」とか「奥さんは中国人ですか?中国人の友達がたくさんいるんですか?」とか聞かれたことです。中国に居たのはのべ1ヶ月もないし、中国語はできないし、自分の周りにも中国人はいないと言うと、「じゃあ何でこんなに中国を書けるんだ。私たちの一番痛いところを全部突いてきている。ここは反省しなきゃ、と思うようなことばっかりだ」と。中国を書いた『ベイジン』とリーマンショックの頃のニューヨークを舞台にした『グリード』は全く違うように見えてよく似ているんです。
・・・『グリード』がシリーズ第4弾。『ハゲタカ』シリーズは、今後も継続していかれるわけですよね?
真山さん:そうですね。再来年ぐらいまでには次作の連載が始まると思います。
・・・ぜひ楽しみにしています!
プロフィール
真山 仁(まやま・じん)

小説家。1962年大阪府生まれ。新聞記者、フリーライターを経て、2004年『ハゲタカ』でデビュー。2007年に『ハゲタカ』『ハゲタカⅡ』を原作とするNHK土曜ドラマが放映され話題になる。地熱発電をテーマにした『マグマ』は2012年にWOWOWでドラマ化された。 最新作は、「ハゲタカ」シリーズ第4作となる『グリード』(2013年10月29日刊、講談社)。その他の著書に、日本の食と農業に斬り込んだ『黙示』(2013年2月刊、新潮社)、中国での原発建設を描いた『ベイジン』、短篇集『プライド』、3.11後の政治を舞台にした『コラプティオ』などがある。
公式サイト http://www.mayamajin.jp/










