
弘兼憲史インタビュー

1983年、課長から始まった島耕作の物語は、2008年にサラリーマンの最高到達点である社長の座に着き、今なお進行中だ。最新の政治経済情報を巧みにマンガに取り込みながら、大手家電メーカーで働く男の生き様を描いた本シリーズは、間違いなく弘兼憲史氏の代表作。マンガ家として35年以上も活躍を続ける弘兼さんに聞いた、島耕作というマンガと電子書籍におけるマンガのこれから。
マンガという表現と電子書籍
――今後ますます電子書籍が普及していくと、マンガを発表する主たる媒体が変わっていく可能性があります。そのときマンガ家に何か変化はありますか? またマンガは変わっていくのでしょうか?
弘兼憲史さん(以下、H):子どもの頃から紙媒体でマンガを読んできたとはいえ、60歳を過ぎてから新しい物がでてくる事に抵抗はないのですが、面食らってはいます。印刷物は木という自然資源を使う以上、環境的にムダのないテクノロジーや端末が出てくるのは当然のことかなという気もします。書く側としては、紙と電子書籍では書き方がかなり違ってきますよね。日本のマンガの場合、右から左へと見てページを捲っていき、いつも見開きの状態で読んでいる。この2ページを読ませるために、マンガ家は目線の流れを考え、吹き出しの位置などを決めています。右上から読み始めてS字型に目線が動いて読んでいくので、その線上に自然に吹き出しがくるようにして、奇数ページ(見開き左ページ)最後のコマに、次のページを捲らせるための引きを必ず持ってくるんですね。
でもReader™は単ページで読んでいくから、奇数ページ最後のコマに引きを持ってくるという構成は変わってしまう。紙では見開きの見え方をいつも考えて、大ゴマと小コマのバランスを、S字を保ちつつどう構成するとか、いろいろなことをネーム段階でするのですが、それをしなくてよくなる感じはあります。タブレット端末では見開きで見られて、紙と同じようになるかもしれませんが、1枚1枚見る端末だと、僕らが工夫した構成の成果はあまり出ないかもしれませんね。マンガはアニメーションと一緒で、連続して流れる時間を画にしている訳ですから、見開きでみる流れと、一ページごとに見る流れは違うということなんです。
――昔は、絵巻物で物語を線的に辿っていくものだったのが、一枚の紙になり、見開く本になりという状況を経て、また次のフェーズに移りつつあるんでしょうね。
H:効果音や歩いてくる音がコマと連動して右から左へ聞こえるとかができるようになると、また違う描き方の展開もあり得ますよね。そうしたら音に合わせて流れるように画を描いていくだろうし、媒体によって画の書き方は変わっていくでしょうね。
「島耕作シリーズ」は情報半分、エンターテインメント半分

――島耕作が部長時代、部下の星が電子ペーパーのベンチャー企業を起こすと話す回がありました。
H:その頃、電気業界で電子ペーパーがそろそろだろうと話題にはなっていたんだと思います。
――その時は、いまのような状況を想像されていましたか。
H:その頃でも透明な紙みたいな液晶は考えられていましたよ。僕が松下に入った昭和45年当時の中央研究所では、3D立体テレビをもう研究していました。試作はもの凄く先取りしているんですが、実際商品化するのは何十年も後になってしまうんですよ。
――新商品や新技術をマンガの中で紹介するタイミングは?
H:今はメーカー内部にいないので、どういう研究をやっているのかわからないので、業界紙とかを見て調べています。例えば、今年はまた昔なじみのヤカンを置くような石油ストーブが売れるらしいと出ていたんですね。これはもうマンガの中で使わなきゃと。節電のなか、多くの電気を使うエアコンや電気メーカーの石油ファンヒーターは使いにくいわけですよね。石油ストーブが売れると当然ケトルも売れるので、ケトル業界も今増産しているとかも描ける。そうやって関連商品が動いていく世の中の状況も描いていきます。
――島耕作シリーズは、情報50%・エンターテイメント50%だと耳にしたのですが、読者に対してどういう位置づけのマンガと考えていますか。
H:最初は読み切りのオフィスラブものだったのですが、シリーズ化して連載するに従って「スーパーサラリーマン」というコンセプトができてきました。恐らく日本人の80%以上は、給料をもらっているという意味では何らかのサラリーマンですから、そういうサラリーマンがとことんまで中央を走るマンガを描いてみようと。マンガの主人公って、華々しく活躍するよりも虐げられたり屈折したりしている方が描きやすいんですよ。だから、島耕作のような男前がまっすぐサラリーマン道を歩くようなものって、本当は描きづらい。でもあえてそれをやってみようと思ったんです。時事的な政治経済を描き続けていくうちに、私自身にも総理大臣や政治家などや、大企業の社長たちとお酒を呑んだりする機会がでてきたんですが、そういった自分が経験した普通では体験できないことは全部マンガに出してやれと思っていて、『加治隆介の議』はそういう知識を使って作品にしたものです。一般の人にはわかりにくい、今、日本の政治や財界のトップがどういうことしているのかをお伝えするみたいな感覚はあります。そういう意味での情報マンガって今まであまりなかったんじゃないでしょうか。
――弘兼さんは島耕作以前、『ハロー張りネズミ』など探偵ものを描かれていましたね。
H:そうですね。あれは完全に娯楽、エンターテイメント100%な作品です。『黄昏流星群』も多少そういう面もあって、90%ぐらいはエンターテイメントですね。
――島耕作的な情報50%・エンターテインメント50%というのは、描きやすい、描きにくいというのはありますか。
H:描きにくいですよ、島耕作は。情報を調べなきゃいけないし、数字を間違っていたらいけないので編集の人にチェックも必要になる。それより島耕作が1番描きづらいのは、マンガで流れる時間と現実の流れる時間が同じなことなんですよ。現実の今年の夏がマンガの今年の夏。だから“さて3年後”みたいな展開ができない。いろいろなプロジェクトのエピソードを出すけれど、例えば結果は10年後ぐらいにでるということになると、結果が出せないまま次のプロジェクトを描いていかないといけませんし、結果はこうだって描けないのは辛いですよね。
――島耕作シリーズが描かれて30年近く経ちます。その時は夢だなと思っていたことで、今実現できていることはありますか。
H:島耕作の社長就任ですね。出世しようとはしていなかった彼が社長にまでなったのは、1番大きな驚きです。
――島耕作は欲のない人間です。欲のないキャラクター/人間が社長まで昇りつめるマンガも珍しいと思うのですが。
H:以前、有名企業の社長さんたちと対談したことがあります。そうしたら、意外と私利私欲のない人が多かったんです。まあ口だけかもわからないですけど、本当に自分のためじゃなくて会社のためにという方ばかりでした。日本はトップ企業でも、せいぜい年収は1億円とか2億円。ところが、アメリカでは100億円以上の役員報酬とるのが何人もいると聞きました。こうなってくると、向こうのトップと日本のトップでは何のために働くかも全然違いますよね。
常にその時起きていることを取り上げること
――3月11日に地震があり、大きな状況の変化があったと思います。描かれるマンガにも影響はありますか?
H:島耕作は現実に則して描いているので、あの地震を無視する訳にはいきません。島耕作が社長を務める「テコット」という会社が現地へどれだけの物資を供給、寄付するのかを考えるために、某電気メーカーの広報の方に取材して一覧表をもらい、それに準じた額や数を描きました。
――日常からは隔離された状況で生活しなくてはいけないとき、マンガのような娯楽を皆が欲したと聞いて、マンガの役割は大きいのだなと思いました。
H:日本の電気メーカーたちは懐中電灯やラジオなどすぐ必要な物を送ったのですが、そういったものはいろいろな人たちからもたくさん送られていました。一方韓国のサムスンとかLGは、この機に乗じて電子端末をばんばん無料で寄付したらしいんです。取材した電気メーカーの方が最後に、サムスンがすごい攻勢をかけてきていて市場を取られそうだと焦っていました。こういうテレビであまり取り上げない情報も、マンガの中には入れています。焼け野原の中に、今がチャンスとシェアを取りに来る韓国はすごいですよね。かと言って日本企業が同じ事をやってしまうと、もっと必要なものくれと言われてしまうそうですが…。端末って、現状遊び道具に近いじゃないですか。子どもたちが端末で遊んで、「すごい、何これ?」となって「サムスン」を皆が覚えてしまえば、どんどん子どもたちの頭の中にすり込まれていきます。親ではなく子どもたちに喜ばれるという意味で、これが10年後20年後に効いてくることはありますよね。50年ぐらい前のソニーが、アメリカの人たちにそうだったように。
これからの弘兼憲史

――今後の期待しているマンガメディアのあり方は?
H:やっぱり電子書籍だと思います。講談社ももしかしたらなくなるかもしれませんよね(笑)。冗談ではなく。出版業や書店、レコード会社はなくなるかもしれない業種。会社はあるとしても、販売網も変化して大きな流通革命も起こるでしょうし、大きな変化は間違いなく起きると思います。でも作家が編集を通さずに自分で発表するようになれば、校正が足りず誤字脱字は多いでしょうし、マンガ家の場合は取材に編集の協力がないと難しい。マンガ家一人だけで描き続けられる人はそんなにいないでしょうね。若いマンガ家たちはストーリーまで編集と打ち合わせをして、一緒につくるケースもありますから。
――今後、編集者の職能も変わってくるかもしれませんね。ご自身で直接、読者に届けることはお考えですか?
H:いや、僕は面倒くさいからやりませんね。僕はとにかく楽なのが1番良いので。
――マンガ家は死ぬまで続けていきますか?
H:死ぬまでというか、もうすぐですよ(笑)。もう64歳ですから。だから、何歳ぐらいまで描けるかなってとこですね。ご高齢のマンガ家で、先にアシスタントが亡くなってしまったケースもあります。
――弘兼先生のアシスタントさんは?
H:うちは55と56歳のアシスタントもいます。3つものを頼んだら、2つ忘れるようになりました。みんな老人力をつけてきて(笑)、目も見えないし、老眼鏡というか虫眼鏡みたいなものを使って描いてますよ。
弘兼憲史の作品
Profile
弘兼 憲史 (ひろかね けんし) マンガ家

1947年生まれ。山口県出身。
1970年早稲田大学法学部卒業後、松下電器産業に入社。退職後、74年にマンガ家デビュー。『人間交差点』で小学館漫画賞、『課長 島耕作』で講談社漫画賞をそれぞれ受賞。中高年の恋愛模様を描いた『黄昏流星群』(小学館)では、文化庁メディア芸術祭優秀賞、日本漫画家協会大賞を受賞。









