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松井今朝子さん『“その他大勢”から見た幕末』

※本記事は2012.9.28時点のものとなります。

直木賞作家・松井今朝子さんが幕末の若者を描いた初期作品『幕末あどれさん』がReader Storeで配信開始。リアルな“時代小説”が生まれた背景と、現代日本との共通項、そこに込められた熱い思いを語っていただきました。

今回ご紹介する本

黒船の来航から9年後、あらゆる価値観が激変する中で精いっぱいに生きる旗本の二男坊ふたり。武士の行く末に疑問を感じ、芝居の立作者に弟子入りしたものの葛藤を続ける久保田宗八郎と、徳川家への忠誠心から日本初の陸軍に志願する片瀬源之介。時代の渦に巻き込まれていく、名もなき若者の青春と鬱屈を描いた時代長編。

歌舞伎界と料亭で培われた、江戸時代の“リアル”

私は、京都・祗園にある料亭の娘として生まれました。南座にほど近いところで育ったこともあり、幼いころから歌舞伎に魅せられ、大学院で演劇学を専攻した後は松竹に就職。歌舞伎の企画・製作に携わり、その後もフリーランスで歌舞伎の台本や評論を手がけていました。そんな私が小説を書くことになったのは40代も半ばになってから。歌舞伎を啓蒙するロールプレイングゲームのようなものを書くつもりだったんですが、書き始めたら登場人物が自分の意志とは関係なしにどんどん動き始めて。結果的に小説になったのが、'97年のデビュー作『東洲しゃらくさし』。以来、江戸時代を中心とした"時代小説"を書き続けています。

江戸時代のことをよく書いているので、「江戸っていいですね!」と声をかけてくださる方もいます。少し前には、江戸時代が「狭い島国に人が密集し、いろんなものをシェアしながら、200年以上戦争もなく暮らしていた」ともてはやされる“江戸ブーム”もありました。でも実は私、江戸時代って全然よくないと思っているんですよ(笑)。私はもともと歌舞伎の世界にいたり、“奉公人”が日常的にいるような家に生まれ育ったりしたこともあり、江戸時代の"前近代的"な感覚がなんとなくわかる。だから、江戸時代はいいことばかりではなかっただろうと容易に想像がつきます。平和な暮らしを維持するためには、みんながどれだけ自分を抑制してストレスを感じながら暮らしていたことか。江戸時代は、少ない仕事をシェアするために仕事が細分化されて縄張り意識が強く、武士の間ではいじめが相当あったという記録もあるくらい。極端なことを言えば、今、日本がなかなか他国に理解されなかったり、毎年3万人以上を自殺に導いてしまうような、自分を抑圧する精神・社会構造も、江戸時代に端を発しているんじゃないか、と思っています。


ただ、人間はいやおうなく“時代”というものに支配されてしまうし、そこから逃れることはできない。そして、時代は変わっても、現代と共通する問題や美点はたくさんある。だから私は、“時代小説”という器を借りて、現代を描くことが、自分の“核”だと考えているんです。

多数派は、今も昔も“時代の波”に乗れない人々

『幕末あどれさん』を発表したのは'98年のこと。ソビエト連邦の崩壊後、グローバリゼーションが進み、Windows95が発売され、さまざまな分野で世の中が大きく変わろうとしていた激動の時代です。そんなタイミングでこの作品を書いたのは、幕末の、鎖国が終わってさまざまなモノや情報が流入し、人々が初めてグローバリズムに直面して大混乱していた様子が、ズバリ、'98年当時の日本と重なったからです。


時代が大きく変わろうとするとき、例えば坂本龍馬や勝海舟のように、未来を予見して次の時代を担っていける人は確かにいます。でも、それ以外のほとんどの人々は、仮に坂本龍馬のような能力があったとしても、環境が整わなかったり、運に恵まれなかったりして、脚光を浴びない。それでも一生懸命、真摯に生きている人が今も昔もいることを、フォローしたいと思ったんです。

「あどれさん」とは、フランス語で「若き者」という意味。作品ではおもに久保田宗八郎と片瀬源之介という、ふたりの旗本の“二男坊”が、時代に翻弄されていくさまを描いています。“二男坊”という設定は、あくまでも例えですが、実は私自身のこと。来年還暦を迎える私は“ポスト全共闘世代”。お兄さん世代に当たる"全共闘世代"が、世間の注目もいいところももっていき、世の中が彼らを中心に回っているように感じた世代です。オイルショックも重なって就職難だったし、就職したらしたで会社の中でも全共闘世代がのさばっていて(苦笑)、“割を食っちゃった”感が常にありました。今、30代の“ロストジェネレーション”にも、同じような感覚があるかもしれません。

でも、そんな割り切れなさを感じながらも、宗八郎は武士としての将来に見切りをつけ、人気狂言作者・河竹新七(後の黙阿弥)に弟子入りし作者修業を。一方、源之助は、徳川家への忠誠を誓い、武士としての道をまっとうしようとする。大政奉還に向けて急速に動き始めた嵐のような時代の中でも、ふたりの若者は人生を切り拓こうと奮闘します。その努力は必ずしも報われるとは限らないけれど、歴史の教科書には登場しない、多くの宗八郎や源之介がいて初めて、歴史は“今”という時代までつながってきたのではないでしょうか。

グローバリズムの裏側で…

作品を発表してから10年以上経った今も、日本の混乱した状態はそのまま。それを打開しようとするどころか「変化が怖い」「昨日と同じようにやればいいじゃないか」というムードが蔓延しているように思います。一方で、グローバリズムが進むということは、その中の優れた人だけが生き延びられるということ。自分の生きる道がふさがれてしんどい思いをしている人もいるし、その反動でナショナリズムに傾く人も増えている。さらには震災を経て、「国が強くなるということの、最終的な結論が原発だったわけ!?」という、明治維新以降の日本の土台を揺るがすような疑問を、だれしもが無意識のうちに抱くようになったはず。そこを乗り越えていくまでには、まだひと波乱、ふた波乱あるでしょう。幕末から明治初期の日本も、西南戦争が終わるまで足かけ20年くらい混乱していたので、それくらいの時間はかかるかもしれませんが、もうそろそろなんとかなってくれないと…。

今の日本は高齢化社会で、世の中をガラッと変える瞬発力とパワーに欠けているし、政治家も頼りなく、根本的な解決策を見出すのは実際問題、難しいと思います。ただ、ひとつ言えるのは、いつの時代もみんな悩みを抱えているということ。宗八郎や源之介のように、命がけで生きていたもっと悲惨な時代もあったことを考えれば、今は、いきなり戦争に突入したりすることがないぶん、まだ幸せ。とにかく頑張りましょうよ、と伝えたいですね。


先日、私のブログに「松井さんの小説の主人公はみな、何かを成しはするが、心根はどこにも属さない、というところに救われた」と投稿してくださった読者がいたんです。それまで自分では意識していなかったんですが、確かにそうかもしれない。私が描く主人公たちは、さまざまな価値観を相対的に見て、どの言い分も理解できるがために、どこにも"偏れない"。ただ迷っているんですよね。それは、古いものが嫌で京都から東京に飛び出し、老舗映画会社の社員からフリーランスになり、と、極端に居所を変えてきた私自身も同じこと。でもだからこそ、何にも属さないことの自由と迷いをそのまま素直に書くことが、何かに迷っている人たちにとっての、ひとつの代弁になっているのかもしれない。そして、そんな作品をこれからも書き続けたいと気持ちを新たにしました。そのためには、膨大すぎて買いそろえきれない史料を、なんでも電子リーダーで買えるようになると助かるんですが…。ソニーさんもグローバリズムに負けず、頑張って! よろしくお願いします(笑)。


Text/Akiko Sakai(staffon)

Photo/Mari Tamehiro

Profile

松井今朝子(まついけさこ) 作家

1953年生まれ。早稲田大学大学院で演劇学を専攻し、修士課程修了後、松竹株式会社で歌舞伎の企画・制作に携わる。その後、フリーとして歌舞伎の台本や評論を手がける一方、『マンガ歌舞伎入門』(講談社)や『ぴあ歌舞伎ワンダーランド』(ぴあ)などの監修で、歌舞伎の啓蒙にも積極的に取り組む。'97年に小説家デビュー、同年『仲蔵狂乱』(講談社)で時代小説大賞、'07年に『吉原手引草』(幻冬舎)で第137回直木賞説新人賞を受賞。日々の晩ごはんなどをつづったブログも人気で、その内容は『今朝子の晩ごはん』(ポプラ社)シリーズにまとめられている。

公式HP:http://www.kesako.jp/

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