
最後の一歩を踏み出せば、きっと夜は明けるはず。(夜は短し歩けよ乙女)
最後の一歩を踏み出せば、きっと夜は明けるはず。
京都と青春の思い出
学生時代、長期休みのたびに京都へ遊びに行っていました。
小学校からの付き合いの友人が京都の大学へ通っており、
彼女の下宿先に転がり込めば宿代がタダだったのです。
好意に甘えて、長いときには一週間近く泊めてもらいました。
…振り返ってみると、ただの非常識なやつですね。苦笑
それだけ京都が面白くて、やみつきだったのです。
春は桜。秋は紅葉。夏は暑く、冬は寒い。
駅を下りるたび、角を曲がるたびに違う表情を見せ、
何度訪れても飽きることのない街並み。
私は京都が大好きです。
あれだけ遊びつくしたはずなのに、まだ足りない。
機会があれば何度でも行きたいと思ってしまいます。
特に大きな心残りは、鴨川の三条河原でデートをしなかったことです。
好きな人と行けるチャンスがあったのに。。
当時の私は、そこがどれだけ有名なデートスポットかよく知らなかったうえ、
明らかにラブラブな人たちばかりの場所へ自ら「行きたい」と言うのは気が引けて、
チャンスを逃してしまいました。
自分の無教養っぷりと勇気のなさが悔やまれます。
適切なタイミングで一歩を踏み出せるかどうか。
頭で分かっていても上手くできないのが恋愛です。
シチュエーションは違えど、
同じような後悔を抱えていらっしゃる方もいるのではないでしょうか?
今日ご紹介するのは、そんな私たちのノスタルジアを刺激してくれる一冊です。
ハッピーエンドだ。誰もが赤面することうけあいだ。
大学の後輩である「黒髪の乙女」に想いを寄せる「先輩」は、
「なるべく彼女の目にとまる作戦」=通称・ナカメ作戦に打って出る。
夜の先斗町で、下鴨神社の古本市で、大学の学園祭で―…。
しかし、先輩の想いに気づかない彼女は、
頻発する“偶然の出逢い”にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。
そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと、珍事件の数々だった。
独特な語り口調で綴られていく今作。
ほんのり古めかしくて軽妙な文章は、森見先生自身が「影響を受けた」とおっしゃっている夏目漱石を彷彿とさせます。
初期の『吾輩は猫である』や『坊つちやん』のようなユーモア。
『夢十夜』のような不思議な空気。
明治・大正期の文学のよさそのままに、
平成らしい読みやすさがプラスされていて、ぐいぐい引き込まれます。
第一章は、表題にもなっている「夜は短し歩けよ乙女」。
京都らしく、古き良き日本の風情が残る花街を舞台に、
大勢の人々の事情が絡み合って収束していくダイナミズムは大変面白いです。
どこまでが現実なのか分からない、ふわふわしたファンタジックな描写も魅力的。
ただ「若い女子が一人でお酒を飲み歩く」という内容のため、
正直私は、黒髪の乙女の無防備さが心配で、素直に楽しめません。笑
今作の真骨頂は第二章でしょう。
糺の森で開かれる古本市の場面と、幻の一冊を求めて翁の試練に立ち向かう場面。
夢と現のバランスが絶妙です。
私が一番好きな第三章も、学園祭で黒髪の乙女を追い、
ハッピーエンドを求めて奮闘する先輩の姿がいじらしいです。
彼を取り巻く人々―…仙人のような翁、天狗なみの力をもつオッサン、古本市の神様、好き勝手にサークル活動をしている大学生たちなども個性に溢れ、爆笑必至のエピソードを展開してくれます。
最終章は再びファンタジー色がグッと強まります。
しかし今回の主役は先輩です。
そこまで徹底して考えろと言うのならば、
男女はいったい、如何にして付き合い始めるのであろうか。
諸君の求めるが如き、恋愛の純粋な開幕は所詮不可能事ではないのか。
(中略)
だがしかし、あらゆるものを呑み込んで、
たとえ行く手に待つのが失恋という奈落であっても、
闇雲に跳躍すべき瞬間があるのではないか。
第一章では情けない姿ばかり見せていた先輩が、
半年かけて成長し、遂に決定的な一歩を踏み出そうと決意するシーンは感涙もの。
そして先輩に見守られながら(本人は気づいていないけど)、
数々の珍事件を乗り越えてきた黒髪の乙女も、半年間で確かに変わっているのです。
先輩のナカメ作戦の結末を、ぜひ見届けて下さい。
終わらない夜を歩き続けているあなたへ
京都が好きな人。夏目漱石などの明治・大正期の文学が好きな人。
ファンタジーと現実が入り交じる作品が好きな人。
何より―…ほろ苦い青春の思い出を糧に、行く当てを探して歩き続けているあなたへ、
オススメしたい一冊です。(Reasnot)


