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Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.11 ミステリーと正しさのものさし

※本記事は2011.4.28時点のものとなります。

仙川環さんが日本経済新聞の記者から作家に転身してデビューしたのは、2002年。大学、そして記者時代に培った医療やバイオテクノロジー、遺伝子の知識を駆使したミステリー作品は、エンターテインメントとしても高く評価されています。

多視点で描かれる仙川さんの小説。仙川さんは、医療問題を前にいったい何を描こうとしているのでしょうか。仙川環さんにインタビューしました。

ミステリーを書くという講座を見つけて、“あ、こっちのほうがおもしろそうだ”と思って行ったのが書き始めたきっかけ

Q. 仙川さんは、大学の医療研究科を専攻されていたとのことですが。

 

大学は生物学科で、興味のあった生命科学を勉強するために大学院で医学研究科に行ったんです。細胞とかタンパク質とか、バイオテクノロジーの研究をしていました。そもそも生命の仕組みってどうなっているのかという興味からでした。よく誤解されるのですが、医師免許は持っていないですし、患者さんを診た経験もないです。

 

Q. そこから新聞社に入られたのは、学んだことを伝えたいという思いからですか?

 

そういう高尚な理由は全くなく(笑)。博士課程に行きたいなと思っていたのですが、けっこうなお金がかかるんですよね。それで就職しようとなり、どうせなら違ったことをしたいと思い、新聞社を受けました。3年目くらいからバイオテクノロジーなど医療系の取材をし始めました。それは単にローテーションで順番が回ってきたからなんです。その後シンクタンクに2年間出向して、遺伝子を取材するようにもなっていて、実は本名で「遺伝子ビジネス」というビジネス書も出しているんですよ。

 

Q. そこから小説家への道は?

 

書き始めは1997、8年くらいからで、それから2002年に『感染』で小学館文庫小説賞をいただいてデビューしました。シンクタンクに出向したとき暇だったので(笑)、これから中国の時代だから中国語を勉強しようと思ったのですが、授業料の問題などで挫折。それで安いところを探してカルチャーセンターのパンフレットを見ていたら、ミステリーを書くという講座を見つけて、“あ、こっちのほうがおもしろそうだ”と思って行ったのが書き始めたきっかけです。元々ミステリーを読むのは大好きで、そういうところに行ったら感想を語り合える友達とかできるかな、と思ったんです。

 

Q. 普通の人がカルチャーセンターに行くのと同じ動機だったんですね(笑)。ジャーナリストとして記事を書くことと、小説家として小説を書くことは違いましたか?

 

全然違います。例えば、新しい医療技術の話があって、新聞では"こういう新しい技術が開発されて、こんないいことが起きるかもしれませんね。でもこういう課題もありますよ"という書き方になります。実際に問題が起きるまでは、こんな良くないこともあるというのは、サラッと片付けてしまいがち。だったら何が起きるのかを考えて書いたら小説になるかな、というのが私の小説の書き方の出発点です。

Q. まだ見ぬ可能性を考えてみると?

 

こういう問題がありますよという事実をただ言われても、「へー」くらいにしかならないと思うんですね。実際にそれが物語になったら、ある程度自分のこととして考えられるのかなと。とはいえ、そのために小説を書いているわけではなくて、私の小説はエンターテインメントだと思っているので、そういう問題意識みたいなものは後づけというか、結果として付いてきたというくらいに捉えています。

Q.「これが正しい」とか言うことは怖くないですか?ジャーナリストの経験が活きているとは感じますか?

 

ジャーナリスト経験が活きているとすれば、物事をなるべく両面から見るということですかね。何か一つのことを正しいと思っても、他の人は違うって言いますよね。その両方を、なるべくどちらも活かすというのを意識しながら書くようにしています。

 

Q.仙川さんの小説は、どれも三人称多視点書かれていて結論づけもそれぞれ。どれか一つが正しい結論ではないように書かれていたので、今お伺いしたお話しはすごく納得がいきました。

 

だから、こうするべきだとかこうするのが正しいと言う気は全くない。何が正しいかわからないですねという立場です。何が正しいとか言うのって怖くないですか?間違っていたらどうするんだろうって。自分とは違う考え方があって、賛成するかどうかはともかく、理解はしたいと思いますよね。

 

Q. ご自分の著作が、患者さんの参照元になる可能性もありますか?

 

私の小説はまだ現実まで来ていないと思うので、それはないと思います。書くときは、なるべく現実よりちょっとだけ先を意識しています。新聞記者だったので、現実のことだったら取材してそのまま書いたほうが私の場合はいい。だから現実にはまだないかもしれないけど、ちょっと近い将来あるかもしれないことに焦点を当てています。

 

Q. 医療問題を小説のテーマとして扱うことって、人間そのものを扱うことになるので、すごく広く扱えますよね。

 

そうですね。医療は誰にでも関係すること。医療に限らずですが、あなたにも私にも起こるかもしれないことを書いていきたい。医療はそういうことにぴったりはまる感じがします。

Q. 医療問題は、法律があって、倫理、技術の進歩、家族問題と。本当に構成要素が多すぎるくらいにありますよね。

 

倫理の場合、難しいけど興味深い。みんなが良ければそれはいいことなのか。絶対的に正しい倫理というのがあるのかはわからないですよね。多数決で決めていいのか。一人でも反対しているひとがいたら、その人が正しいこともあるかもしれない。そういう葛藤は、やっぱり小説にしたらおもしろいと思います。大多数以外の一人が言っていることに、意外と自分が共感することもあるわけですから。

 

Q.書くときに自分で決めているルールなどはありますか?

 

全然進まないとき、「キッチンタイマー自己管理法」というのをやっています。キッチンタイマーを15分に設定して、「15分だけ集中しよう。15分だったらできるよね」と言い聞かせてやってみるんです。15分集中できると、ほぼそのままできちゃう。ただ、使っているキッチンタイマーが100円ショップのもので、だんだんこんな安い物に管理されている自分て何なんだろうと思い始めたりもして(笑)。

 

Q. 医療と食については書かれていると思うんですが、他に興味のある分野はありますか?

 

いろいろあります。ひとつは「仕事」ですね。働くってなんだろうということには、興味があります。なんのために働くのかって、人それぞれで面白い。会社員時代は会社員なりの組織での難しさがあって、当時はうわーって感じでしたけど、今だったら興味深い体験だと思えます。社内の勢力争いとか(笑)。

 

Q. 小説を書いていて、読んでほしいポイントみたいなものはありますか?

 

もう好きなように読んでいただければ。医療問題の警鐘と受け取る人もいれば、純粋にエンターテインメントと受け取ってくれてもいい。自分が人の小説を読むときもそういう風に読んでいます。何時間かを愉しく過ごせるってすごいこと。そういう時間を提供できたらうれしいですね。

Profile

仙川 環(せんかわ たまき) 作家

2002年、『感染』で第1回小学館文庫小説賞を受賞し、同作品で作家デビュー。主な作品に、『転生』『繁殖』『再発』『潜伏』(以上小学館文庫)、『ししゃも』(祥伝社文庫)、『無言の旅人』(幻冬舎文庫)などがある。

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