
Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.32 もっとワインを楽しむために

「彼がコラムでほめたワインは市場から消える」と言われたワイン・ジャーナリスト、斉藤研一さん。’09年にドラマ化され話題となったワイン漫画『神の雫』のコラムとドラマ監修を担当した。日本初となる一般向けワインスクールの立ち上げに尽力、日本におけるワインスクールのビジネスモデル・コンテンツの基礎をつくりあげた斉藤さんが、ワインにどっぷり浸かったきっかけとは?斉藤さんの素顔に迫ります。
バブルが産んだ、ワインの申し子?!
「記者を経てワインの世界へ」。私のプロフィールにあるこの一文をお読みになった方からは、必ず「新聞社時代は“食”の分野のご担当だったんですか?」と聞かれます。記者として、食をテーマに取材などを繰り返すうち、ワインに興味をもってこの世界へ…と皆さんイメージされるのかもしれません。でも、私の場合はちょっと違うんです。
大学卒業後、私が新聞社に就職した時代はバブル真っ只中。いわゆるバブル世代です。入社1年目、“科学”分野担当だった私の最初の仕事はメーカー廻り。ところが時代はバブル、各メーカーがエンジニアを招いて開く技術講習会や新商品発表会の会場は、なんとほとんどが都内の有名ホテルやレストランだったんです。毎日のように美味しい食事をいただきながらワインやシャンパンを飲み、帰りにはカメラや家電などのお土産まで。今思うと、本当にいい時代でした(笑)。
毎晩毎晩ワインやシャンパンを飲んでいると、さすがに「同じシャブリでも、昨日飲んだものと今日飲んだものは味も色も違うし、ラベルも違う。なんでだろう?」と気づくわけです。それが私のワインへの興味の出発点です。もちろん、それまでもお酒は口にしていましたが、大学時代は山岳部でザ・体育会系ですから、お酒は大量に飲めればいいわけで…。お酒について味の違いだとか美味しいとか全然関心がなかったんですよね。
ハマるとトコトン! ワインスクールと独学道

とにかく、そんな恵まれ過ぎた環境の中、社会人になって初めてワインの面白さに気づいた私は、仕事をしながら小さなワインスクールに通い始めました。もともと、凝り性なんです。興味がわいてハマるとトコトンやる!というタイプ。ですから、興味をもったワインについてもっと知りたいと思ったら、自分で連絡先を調べてフランスやアメリカの生産者に直接FAXで質問表を送ったり、海外を行き来する輸入会社の方にワインに関する情報を教えてもらったり。独自にリサーチを重ねていました。
今思うと“科学”分野担当ということもラッキーでしたね。エンジニアリングはもちろん、エレクトロニクスやバイオテクノロジーも流行り始めていた時代。ですから、バイオ系の記事を書くため、と見せかけて(笑)、敢えて発酵会社や酒造メーカーへの取材を増やし、工場に見学に行ったりお酒について担当の方に質問攻めにしたりなど、相手の方からしてみれば「え、そこまで聞くの?」ということまで、かなりマニアックな取材をしていました。
当時は、ワインは今ほど一般的なお酒ではなかった時代。ワインスクールというと、大手酒造メーカーが手がけるスクールと、私が通っていた小規模のスクール、この2つしかありませんでした。生徒数も少なく、通っているのはワイン輸入関連の会社の方や航空会社のキャビンアテンダント、レストランのスタッフや酒屋の店主、といういわゆるプロの方々。そんな中、大学を卒業したばかりでワインとは関係のない職業の若造が、必死になってワインを勉強する姿はなかなか異色だったらしく、同じクラスの方からは多くのことを教えてもらいました。
学べば学ぶほど、知れば知るほど、もっとワインについて知りたい。そこで、休暇を取っては、フランスやイタリア、オーストリア、アメリカなどワインの産地を自分の足で訪ね、生産者の方に直接お話を伺いました。もう、語学なんて見よう見まねですよ。専門的な単語を必死で覚えて、あとは筆談と情熱(笑)。でも、あのころ自分の足で集めた情報の蓄積は、今でもボクの大切な財産です。
ワインはプロだけのものじゃない! そんな想いから…
仕事をしながらワインを独学で学ぶ日々を3、4年くらい続けていたころ、通っていたワインスクールのオーナーと食事をする機会がありました。「ワインに関する正しい情報をきちんと伝えたい!さらにはワインの楽しさ、身近さをもっとたくさんの人に知ってもらいたい!」と常々思っていた私は、生意気にもオーナーに「プロの方々だけでなく、もっと一般の方向けにスクールの仕組みを変えるべきではないか」と熱く意見したんです。「じゃあ、やってみて」と言われ、新聞社を辞めてそのスクールの経営に携わることになりました。一般の人向けに、ワインに興味をもってもらえるようコンテンツづくりから、楽しく長く通ってもらえるような仕組みやカリキュラムづくりまで。工夫を重ね、最初は100人くらいだった生徒数が気づけば2000人にまで増えたんです。
生徒数が増えると、当然、細かな交流は減ってきます。メインの講座ともなると1000人規模。生徒さんひとりひとりの顔や名前も覚えられなくなる中で、「ワインの生産者の声を正しく伝えたい。そうすることでワインへの興味がもっと高められれば」という本来の目的からかけ離れているなと感じ、フラストレーションが溜まっていったんです。ちょうどそのとき、漫画『神の雫』のワインコラムの依頼をいただきました。それを機に、原点に立ち戻ろうと決めました。自分の目の届く範囲で、ワインの魅力を深く語り合えるスクールを開こうと。2007年の秋のことでした。
ワインを語ることは自分を語ること

私が主宰する「サロン・ド・ヴィノフィル」は、1クラス12人制。ワインやスパークリングワインの基礎知識をお伝えするのはもちろん、その日テーマとなるワインについて語り合うことに重点を置いています。どんな感想でもいい、どこが好きか、なぜ好きかなど、ご自身の言葉で語ってもらいます。確かに、最初は気恥ずかしいし難しい。でも正しい答えなんてないんですよ。ワインを語ることは、自分を語ることと同じなんです。この味、この色、このボトルの形、好き!から始まって、1年もたてば自分の言葉でワインを語れるようになります。
大切なのは、ワインを通したコミュニケーション。人によって味や色の捉え方は違いますし、嗜好も違います。お互いに会話を愉しみながら、それぞれが本当に好きなワインを探し、出会っていく。その1本に出会えたら、一緒にその生産地を訪ね、生産者に会いに行くお手伝いもします。つまり、ワインという媒体を通して、生産者と消費者がつながることで、自分自身が社会の中で密接な関わり合いをもてる。ただ美味しいといって味わうだけでなく、造り手の想いや哲学に触れ、それも一緒に味わう。これって最高の贅沢だと思いませんか?
造り手の哲学に触れれば、ワインはもっと楽しくなる
電子書籍で配信中の『シャンパーニュから始まるスパークリングワインの世界』もそうですが、私の本では、ワインやシャンパンの味の感想や相性などをただご紹介するだけではありません。生産地の情報や造り手の想いをしっかり伝えることで、そのワインを飲むときにこんな風に感じてもらえたら……という私からのメッセージも込めています。ワインを介して、読者の方と私、そして生産者と、お互いが深くつながりあえたら、これほどうれしいことはありません。
昔と比べて、今やワインはレストランや食卓に普通に並ぶようになりました。とは言え、レストランなどで、ソムリエに対してワインリストからワインを選ぶとき、テイスティンググラスを置かれたとき、やはりまだドキドキする方は多いですよね。ワインはもっと気軽で身近で親しみやすい存在であっていいはず。ですから、今のスクールや生産者を巡るツアー企画、本の執筆活動などを通して、もっともっと多くの人にワインの魅力を知ってほしい。今後も、その環境づくりや仕組みづくりに携わっていければと思っています。
実は大の本嫌い!ところが今は…

大学時代は哲学科。当時、大の本嫌いだったという斉藤さんが唯一愛読していたのが哲学書だった、というのがその理由。「物語に感情移入できなかったんです。なんでそんなバカなことするんだーっ!自分だったら絶対にしないのに!とかリアリティが感じられなくて。ようは理屈っぽいんですよ(笑)。だから哲学書や評論ばかり読んでいました」。ところが社会人になり、さすがに哲学書を読む体力が落ちてしまい、往復1時間の通勤時間をなんとか有効活用しようと物語を読み始めました。「小説の世界の会話やストーリーに引き込まれてしまって。大人になったのでしょうか(笑)。ある作家を好きになると、芋づる式に知りたくなって、関連本やその作家が好きな作家、影響を受けた作家の本まで全部読む。やっぱり凝り性ですねぇ(笑)」。
(初めてリーダーに触れて)
「おお、軽いですね!ボクみたいにハマるととことん!というタイプは、関連書籍をまとめて持ち歩きたいタイプ。なので何冊も一度に持ち歩けるこの軽さは本当にありがたい。あとは、読書の時間の確保をしなくては!」
Text / Miho Tanaka(staffon)
ワインの魅力をわかりやすく紐解いてくれるワイン・ジャーナリスト斉藤研一さんが手がける、スパークリングワインの解説本。世界中のスパークリングワインの味や香り、スタイルの紹介はもちろん、その楽しみ方や著者の感想、生産地の詳細情報から生産者の熱き想いまで、ぎっしり詰まった1冊。
Profile
斉藤 研一 (さいとうけんいち) ワインジャーナリスト

1967年生まれ。新聞記者を経てワインの世界へ。2007年からワインスクール「サロン・ド・ヴィノフィル」主宰。漫画『神の雫』(講談社)のワインコラムを担当(1~23巻)。ワイン専門誌への寄稿、ワインに関する講演など幅広く活躍中。著書に『世界のワインガイド』(小学館)、『ワインラバーズBOOK』(グラフ社)、『ワインの基礎力80のステップ』(美術出版社)など。
サロン・ド・ヴィノフィル







