
知られざる横溝正史モノを掘り下げる
知られざる横溝正史モノを掘り下げる
ミステリーは都市によく似合う。
各種各様な人々がひしめき合う高密度な場所、それが都市である。都市空間では、密室も、特殊な場所も、武器も、妖しい容疑者も、動機づけにもことかかない。
突拍子もないストーリーを仕組んでも、あり得るかも……と思わせてしまう懐の深すぎるリアリティーも持っている。
そしてミステリーは、魅力的な謎を合理的に解き明かしていく物語りである。「謎解き」は、パズル的な要素をともなう知的な作業、いわば遊び。高等遊民の集い暮らす都市のような場所とマッチしてしまうのも当然である。
基本的にミステリーは都会的なのだ。
そこで横溝正史センセイである。センセイの生み出した名探偵・金田一耕助! またぞろリバイバル・ブームの兆しもあるようですね。
最近は孫の金田一少年のほうがアニメの世界で活躍していたが、オレのようなおっさん世代にとっては、角川映画の、おかま帽をかぶった石坂浩二の活躍する、一連のおどろおどろしいミステリーこそ金田さんである。
横溝正史センセイのミステリーは、トリックだけを取ると、とりたてそれほどスゴイ独創的なものではない。横溝作品のすばらしさは、古今東西の様々なミステリー要素を消化吸収して、たぶんに個性的な、独自の世界に造り変えてみせた点にあるのだ。
角川で映画化された金田一モノは名作の獄門島を筆頭に、犬神家の人々、悪魔の手まり歌、女王蜂等々は、病院坂の首縊りの家を除けば、主な舞台は地方の島や村である。
ミステリー向きの都会とは正反対の場所である。そこに猟奇的な殺人とトリックを盛り込むことで、日本らしい懐かしい情緒性と風景を持った味わい深いミステリーを生み出すことに成功したのである。
ちなみに正反対といえば、金田一耕助という探偵のキャラクターもぶっとんでいる。それまでの探偵は、洗練されたシティーボーイだったのを、あえてドン臭い風采の上がらぬ、あたまぼりぼり掻いてフケまき散らしているような人物にしたてちゃったのだから。しかもその人物がひとたび事件の渦に飛び込むや、絡んだ糸がするりと解けるような謎解きと、爽快な結末を呼び込ときたもんだ。こういった落差のおもしろも横溝センセイの独壇場というか発明といってよろしいんじゃないかなと思う。
刑事コロンボをほうふつとさせるキャラクターを、ずっと以前に作り上げちゃっているんだもんなあ。
そんな様々な工夫と独自性が秘めつつも、さして頭を絞ることなく、軽やかな文章でするする読めてしまうあたりのプロフェッショナリズム。それこそが、時代を超えたロングセラーたりえている理由なんじゃないかなと、思うのである。
さて、そんなステキな橫溝作品であるが、何作も映画化されているし、孫もマンガで活躍しているし、代表作を数冊読んでおしまい……ていう方も少なくないと思う。
それもまあいいんだけど、橫溝センセイ、実は流行作家ゆえに多作でありあまして、映画化されていない金田一モノもたんと残っている。
そうなった理由もよくわかる。実は、映画化されていない金田一モノの大半は、東京すなち都会が舞台になっているのである。
ああ、やはり、基本的にミステリーは都会的なのだ。
地方を舞台とした代表作と比べると、設定の独自性では一歩ゆずるかもしれない。しかし、そうであっても戦後の東京の風俗がこってり描写されていたり、けっこうエロかったりするし、金田一耕助の意外な一面が垣間見えたりして、実におもしろい。
しかも、角川サンが大半の作品を電子書籍化してくれている。読まない手はないですな。個人的に、オススメな本を幾つか挙げてみると……。(HUGO HALL)
白と黒
なんと舞台は世田谷の新興住宅地の団地! 団地と金田一耕助の組み合わせがまずもって新鮮。ダストシュートの底からタールまみれの女性死体が発見。偶然居合わせた金田一耕助は、複雑怪奇な人間模様に巻き込まれていく……。画家や元ホステス、訳ありの教師、カラスを飼う不気味な管理人。住人の秘密を暴露する「レディース・アンド・ジェントルマン」で始まる卑猥な怪文書。さらには橫溝センセイらしき人物まで登場するサービスぶり。執筆された当時、1960年代の団地の暮らしぶりもアジ。金田一さん、西銀座に馴染みのバーがあったんだあ(笑)。
人形佐七捕物帳
橫溝センセイは、金田一ものとは別に、時代劇モノも書いている。多彩なり。
男前の岡っ引き・佐七が、持ち前の度胸と推理力で、次々と事件を解決していく連作もの。語り口調の軽い文体、恋女房とのなれそめあたりも楽しい也。お気軽に心地よく読み流せる捕り物ミステリー。



