
Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.26 「期待」という名の甘い罠

成長してほしい、リーダーシップを発揮してほしい、イイ子になってほしい、料理が上手くなってほしい。部下に、上司に、夫や妻に、子供や恋人etc. 人は、つい誰かに「期待」してしまうもの。逆もまたしかり。人は日々、期待をかけられる側でもあります。でも、もしその期待のかけ方が間違っていたら?期待の受け止め方を間違えてしまったら…?元早稲田大学ラグビー部監督であり、現在日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターとして活躍中の中竹竜二さんは、「期待をかけられ、かける」経験が豊富なエキスパート。そんな中竹さんならではの「期待」論とは?
「期待」という言葉とともに歩んで38年
振り返れば、ボクの人生は、「期待」という言葉と歩んでいるようなものです。早稲田大学在学中のラグビー部主将時代、卒業後に就任した早稲田大学ラグビー蹴球部監督時代、そして今、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターとして。もはや体の一部になってしまっているような「期待」という言葉を、今一度見つめ直して自分なりに定義づけてみよう、それが『人を育てる期待のかけ方』という本を書こうと思ったきっかけです。
主将、監督、コーチングディレクターと肩書きは変わっているものの、ボクがずっと感じてきたのは、「期待をかける側」「期待をかけられる側」のズレ。学生でも社会人でも、部下でも上司でも、どの立場であれ、一度はそのズレからくるジレンマを感じたことがあるんじゃないでしょうか。
スポーツに関する期待値は高いぶん、失望も大きい
まず言えるのは、「期待をかける側」は本当にいい加減、自分勝手だということ(笑)。強制的だったり、あいまいだったり、過剰だったり。とくにスポーツに関しては、「期待」の密度や温度はグンと高くなる。目標=勝利、とわかりやすいぶん、勝つことへの期待感は高く、負けたときの失望は大きい。さらに、結果がはっきりと出てしまうから、あの戦略がダメだった、あのタイミングでの交代はいかん、そもそもメンバー選びから問題が…など、“一億総監督”状態になる。サッカーのワールドカップやオリンピックを見ると、よくわかりますよね。
ましてや熱き男のスポーツであるラグビー、しかも名門・早稲田大学の監督ともなれば、その「期待値」はものすごく高くなります。とりわけ、ボクが2006年に早稲田大学ラグビー蹴球部の監督に就任したのは、あのカリスマ監督として知られる清宮克幸氏の後任。清宮監督のように、ぐいぐいチームを引っ張り、確実に勝利へと導いてほしい、そんな周囲からの大きな期待を痛いくらいに感じていました。
突然のオファー、迷い、決断

当時、大学卒業後イギリス留学を経て帰国してからはシンクタンクで働いていたので、約10年間、ラグビーからは縁遠い生活を送っていました。そんな中、突然、清宮さんから「後任監督の候補の1人として考えているから気持ちを聞かせてくれ」と電話があって。驚いたと同時に、うわ、大変そうだなぁ…というのが正直な気持ちでした。「前向きに考えたいと思いますが、なぜボクなんですか?」と清宮さんに聞いたら、「これからは若い世代を巻き込んで、歴史ある早稲田のラグビー部をもっと盛り上げて欲しい」と言われたんです。
その言葉を聞いたとき、ボクの中では答えが決まったんだと思います。その後、正式にオファーをいただいて、お引き受けしました。せっかく清宮さんが5年もかけて築き上げてきたもの、勝利への道筋をきちんとキープしたかったし、若い世代のためにボクが今やったほうがいいのなら、という使命感のようなものもありました。
何より、名監督・清宮さんの後任はボクしかやれないかも、という密かな自負がありました。だって、清宮さんの後なんて、絶対に勝たないといけないのはもちろん、勝っても負けても必ず清宮さんと比較される。それはそれはものすごいプレッシャーです。ある意味、究極の逆境、みたいなものです。監督経験うんぬんより、周囲から何を言われてもその逆境に耐えられる能力、つまりちょっと繊細さに欠ける(?)心臓をもつのはボクしかいないだろう、と(笑)。あ、だからって強靭なハートの持ち主、というわけではありません。あくまで監督として、いろいろな感情をコントロールできる自信がある、という意味です。
“無欲の強さ”で自分だけのスタイルを貫いた

そんな覚悟をもって挑んだ監督でしたが、最初はうまくいかなかった。「清宮監督のような指導を」という周囲の期待に応えたくて、清宮監督の練習法や戦術をビデオで研究し、取り入れたんです。でも、選手たちからは「清宮監督はもっと明確に戦略を打ち出してくれた、悪い点を指摘してくれた、的確な指導をしてくれたのに…」と不満の声があがってくる。どうしたら、彼らの期待に応えられるんだろう…とずいぶん悩みました。
今思うと、ボクの中のどこかに、選手の期待に応えたい=いい監督と思われたい、評価されたい、成功したいといった“欲”が少なからずあったんでしょう。そのせいで、本来のゴール=勝利を見失ってしまった。だから、まずはその欲をとっぱらってみたんです。不思議なことに、監督としての名声とか成功とか、そういう私利私欲を捨て、無欲になったことで、逆に怖いものがなくなりました。
同時に、気づきました。本来、人々やボク自身が期待すべきなのは「早稲田らしい監督像」ではなく、「チームが優勝すること」だということに。つまり、監督としてのゴールは、あくまで勝つこと。そのためにはどうやって選手のパフォーマンスを引き上げるかがいちばん重要です。彼らの期待に応え、満足させることがゴールではないんです。怖いもの知らずになったボクは、選手や周囲が描く「理想の監督像」という期待を華麗に受け流し(笑)、ボクのやり方を信じることにしました。
目指すは、選手個人のスタイルを重視し、個性を発揮することで、選手が自分たちで考え、勝利を勝ち取るチーム。ようは「監督に期待するな!」というチームづくりです。そのために、個人のパフォーマンスを上げることに集中し、冷静に戦略を練ることができました。ボクらしいやり方、つまりボクのスタイルを取り戻せたんです。
それともうひとつ。ボクらしいやり方を押し進められたのは、大学時代の主将経験が大きかった。レギュラー経験がほとんどなかったボクを、先輩や監督の反対を押し切って主将として推薦し、ボクのやり方や戦略を受け入れてくれた同期たちの存在と、彼らと思考錯誤しながら、「ひとりひとりの自律を重んじ、個性を発揮することで勝つ」という自分たちのスタイルを確立し、勝利を手にしたという経験。これは、ボクの自信の源です。それがあるから、「優勝」という明確なゴールに向かって、自分のスタイルを信じて貫けたんだと思います。実際、周囲が求める「監督像」の期待に応えようと必死になっていたボクに、「おまえはおまえらしくやればいいじゃないか」と厳しく言ってくれたのも、ともに大学時代に闘った同期たちでした。
人は「期待」してしまう生き物です
人は日々、多くの期待を抱いて生きています。かける側は、成長してほしい、立派な大人になってほしい、いい暮らししてほしい…など、よかれと思って、その人のためを思って、期待をかけます。逆に、期待される側は、その期待に応えたいと頑張るあまり、本来の目標を見失ってしまうこともある。「期待」という言葉に潜む甘い罠ですね(笑)。
期待のかけ方ひとつ、かけられ方ひとつで、成功やゴールの達成は大きく左右されます。つまり、正しい期待をかければ、そして正しく期待を受け取れれば、人は必ず成長できる。ボクはそう信じています。
Text / Miho Tanaka(staffon)
期待したのにかなえられず失望する。期待に応えられなくて焦る。人を伸ばす期待、ダメにする期待とは?他者への期待を使いこなし、最高の成果を引き出す手法から、自分への期待をコントロールし、自らのゴールを達成する手法まで。「期待」という視点で、新たなマネジメント論を説いた一冊。
Profile
中竹 竜二 (なかたけ りゅうじ)

1973年福岡県生まれ。
早稲田大学人間科学部入学、ラグビー部に所属。3年生までレギュラー経験がなかったにもかかわらず、仲間からの人望とリーダーシップにより主将を務め、大学選手権準優勝に導く。卒業後はイギリスへ留学。帰国後、三菱総合研究所に入社し、教育政策や人事育成等を担当。
2006年から三協フロンテア勤務、同年4月早稲田大学ラグビー部蹴球部監督に。07年、2008年と全国大学選手権2連覇を達成する。2010年4月より、日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクターに就任。
2019年日本で開催されるラグビーW杯に向けて、指導体制の確立、指導者の育成に携わる。
また、杉並区学校運営協議会初代会長(現顧問)も務める。著書に『挫折と挑戦』(PHP研究所)、『リーダーシップからフォロワーシップへ』(阪急コミュニケーションズ)、『判断と決断』(東洋経済新報社)など多数。

