
名探偵たちが、お待ちかね(2)
◆書店員№001 尾之上浩司(おのうえこうじ)◆
本が織りなす路地は、ふかくて複雑です。その”景色”のワクワクやドキドキを楽しむために、その道に詳しい路地裏探索人の方に登場していただきます。今週は書店員№001 尾之上浩司(おのうえこうじ)さんです。
ヨーロッパを横断する、豪華な造りのオリエント急行列車。その車内で老富豪が刺殺される。真冬の景色のなかを疾走する列車は、一種の閉鎖空間。犯人は乗っている者の誰か。偶然、列車に乗り合わせていた名探偵エルキュール・ポアロは、乗客たちの捜査をはじめる。イギリスが誇るミステリーの女王アガサ・クリスティが創造したポアロが、奇想天外な謎に挑む名作長編がこれだ。乗客の素性も事件の状況も明らかにされ、容疑者も絞られているなか、あなたは真犯人を見つけられるだろうか? さあ、灰色の脳細胞を使って謎に挑んでみよう。
<名探偵たちが、お待ちかね(2)>20世紀黄金期の英米ミステリーを引っ張った三大巨匠
ご機嫌麗(うるわ)しゅうございます、お客さま。わたくし、おはようからおやすみまで、いつもおそばに待機している、本執事の尾之上でございます。お待たせいたしました。今回、ご紹介する特集は、名探偵ものの第2弾でございます。前回、シャーロック・ホームズの原典と、その亜流についてご説明しましたが、憶えてらっしゃいますか?ヴィクトリア朝の時期に登場したホームズとその亜流たちの活躍は、基本が短篇ということからもわかるように、主に、事件が起きて、探偵と助手役がその謎について調査し、考え、隠されていた秘密や謎を知るというパターンでできていました。
言い換えると、細部までトリックを構築し、読者にフェアな観点からその手掛かりを用意しておき、読み手の頭が良ければ、裏に隠されているものに気づくことができる、という構成になっているものは案外少なかったのです。このアイデア任せの典型のひとつが、エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」ですね。だって、お客さま、犯人は“人間じゃない”のです!(笑)
気になる方は、ぜひお読みください。ポカンとすること、間違いなしですから。
*アイデア・ストーリーから本格ものの時代へ
しかし、アイデアだけの、ある意味、語都合主義的な造りの作品よりも上をめざす作家たちが20世紀前半に次々と登場し、本格ミステリーの黄金期を築きます。
イギリスのアガサ・クリスティー、アメリカのエラリイ・クイーン(別名バーナビー・ロス)、アメリカ人ながらイギリスに恋い焦がれ、移住してしまったというジョン・ディクスン・カー(別名カーター・ディクスン)ら巨匠たちの登場によって。
*アイデア、トリック、人間ドラマのバランスが絶妙なクリスティー
日本でも海外でも、黄金期の作家の筆頭にあげられる作家なので、“ミステリーの女王”ことアガサ・クリスティーからご紹介いたしましょう。
『そして誰もいなくなった』、『ナイルに死す』、『アクロイド殺し』、『ABC殺人事件』など、代表作をならべていくと、スグニ10本以上になるくらいに名作が多いのが、クリスティーという作家の偉大さを示していると思います。
彼女が生み出した名探偵は、大物が5組おります。
ベルギー人で、「灰色の脳細胞」という決め台詞がお得意のプロの探偵エルキュール・ポアロ。小柄で口髭をはやしていますが、名前は“ヘラクレス(エルキュール)”というのが愉快です。大きな事件も小さな事件も、興味を抱けばみずから乗り出して解決してくださるありがたいお方。初期はワトソンのような親友ヘイスティングスを助手に活躍していますが、時代の変化とともに秘書のミス・レモンなどが助手役になったりしてなど、時代に合わせてシリーズを作り変えていくところは、さすがクリスティーでございます。
イギリスが誇るミステリーの女王、アガサ・クリスティーが創造した名探偵が、ベルギー人のエルキュール・ポアロ。「灰色の脳細胞」の活用を決め台詞に、論理を積み重ねて事件の謎を解いていきます。彼が活躍する有名な代表作が、これ。ヨーロッパを横断する豪華なオリエント急行列車。その車内で老富豪が殺される。真冬の景色のなかを疾走する列車は、一種の密室。犯人は乗っている者の誰か。列車に乗り合わせていたポアロは、乗客たちの捜査をはじめる。奇想天外な謎に挑む名作長編がこれ。あなたは真犯人を見つけられるでしょうか?
もう1人の大物が、イギリスの田舎町に暮らすおばちゃま、ミス・マープル。田舎町は大きな社会の縮図であり、自分の街にいる住民たちはそれぞれ人間の見本である、という見方をして、プロファイリングで謎を解いていくのです。おばちゃま、なかなかに手強いです。
イギリスの田舎町に暮らすお婆ちゃん、ミス・マープル。彼女は、田舎町は大都会の縮図であり、ここに暮らす住民たちはそれぞれが人間の代表的な定型の見本である、という見方をしていて「彼は〇〇〇に似ているから、こういうタイプの人間ですね」と、初歩的プロファイリングで関係者を分析し、謎を解いていきます。すばらしいですね。長篇では『鏡は横にひび割れて』『復讐の女神』などの傑作があるが、まずキャラの魅力に触れてもらうには、集った客人たちが遭遇した事件をマープルが解き明かす連作短編集『火曜クラブ』がおススメです。
さらに、小粒でも光る名探偵もおりました。
ロマンティック・サスペンスのはしりとして重要な、『秘密組織』のトミーとタペンス(タッペンス)のカップル。
困ったことや無茶な望みがございましたら、ご相談ください。どんな難題でも、解決してみますよ、という“悩み解決業者”がパーカー・パイン氏パイン氏。このパターン、なかなかおりません。ひょっとしたら、前世のわたしかもしれないと、時々思うことがございます。
人生の観察者サタースウェスト氏のそばに出現してアドバイスをしてくれるイケメン男。それが、ハリー・クィンです。全体的に幻想的な色合いが濃く、クリスティーはやはりイギリス作家だなと思わせてくれます。
ロマンティック・サスペンス業界における重要なカップルが、おっとり慎重派青年のトミーと、勘に従ってすぐに行動を起こすお茶目なタペンス(タッペンス)のコンビです。二人の関係は現在のロマンティック・サスペンスの原型のひとつで、これからクリスティーにはまっていく女性読者も少なくありません。第一作の『秘密機関』は、世界大戦でドイツ軍により沈没させられた汽船ルシタニア号の乗客が持っていた機密書類をめぐる陰謀に、失業中のカップル、トミー&タペンスが巻き込まれます。愉快で痛快な二人の冒険をお楽しみください。
クリスティーの素晴らしいところは、まず、普通の読者が、普通に知恵を働かせれば、真相を見抜くことができる作品が多い点。
さらに、小説としてよくできている、これも見逃せません。特に人間の描きこみ、きっちりとした背景の説明などのおかげで、いま読んでも小説として、人間ドラマとして、21世紀のエンタメ小説に負けていないのです。そこが、いまだに世界中で支持されている理由でしょう。
本にまとまっているのは連作短編集『パーカー・パイン登場』1冊だけの探偵です。困ったことや無茶な望みがございましたらパイン氏にご相談ください。どんな難題でも解決してみますよ、という“悩み解決業者”の広告を出しているのがパイン氏。このパターンの探偵、ほかになかなかいません。手下の謎めいた美男美女たちに手伝わせて、「中年夫人の事件」「不満な夫の事件」「あなたは欲しいものをすべて手に入れましたか?」といった題名からもわかる、いかにもな設定の難題を、知恵を使って解いてみせます。本当に楽しいです!
アイデアウーマンでもあったクリスティーが生んだなかでも、ひょっとしたら最高にエキセントリックな探偵なのが、ハーリ・クィン氏です。心優しき紳士サタースウェイトが恋愛絡みの事件に遭遇したとき、どこからともなく現れては助言を残して去るという不思議系キャラなのです。やはり連作短編集が1冊だけの探偵で、最後の作品「道化師の小径」で、その不思議なスタンスの理由がかすかに示されるというのが、じつにかっこいい。ただの謎解きだけではつまらない、というスレた読者におススメしたいですね。
*フェアで論理的な解明にこだわったエラリイ・クイーン
クリスティー以上に、読者がフェアに謎を解けるミステリー、それも、独自性の高いシチュエーションのものを作る、ということにこだわりつづけたのが、従妹同士のフレデリック・ダネイとマンフレッド・リーの合作名義、エラリイ・クイーンです。
デビューからしばらくは、題名に国名を入れた<国名シリーズ>で高い評価と人気を確立。このシリーズのなかでもっとも有名なのが『エジプト十字架の謎』。
登場する名探偵の名前もエラリイ・クイーン。彼のお父さんは警察のお偉いさんで、本人はイケメンのミステリー作家(後にハリウッドで脚本家もやるようになります)。彼が一級の素人探偵として活躍するパターンですが、終盤に<読者への挑戦>の章が入るなど、謎解きを全面に出した作風で人気を確立しました。
最初、二人による合作チームだということを伏せていたので、もう一人バーナビー・ロスという名義を作って<悲劇四部作>という短期シリーズを発表。
二人がそれぞれエラリイ・クイーンとバーナビー・ロスを演じて、公の場で論争したこともあったといいます。読者を騙すことに血道(ちみち)をあげていたのです。
後期になると、<国名シリーズ>とはちょっと毛色の異なる、人間ドラマにも比重を置いた作品を書くようになり、さらに評価を高めました。
個人的には、クイーンを、赤毛のお茶目な女子ニッキー・ポーターがふりまわすパターンの作品が好みですが、これは作者の余技の作品ですので、また別の機会に。
田舎町のT字路にあるT字形の道路標識に、なんと首を切り落とされてT字の形になっている死体が縛りつけられているのが見つかった。さらに、同じパターンの首切り殺人が続く。ミステリー作家エラリイ・クイーンは、この残虐な事件に取り組むことになるが……。従兄コンビが生み出したペンネームと名探偵=エラリイ・クイーンの<国名シリーズ>のなかでも、ダントツの人気で知られる名作である。イギリスのクリスティとともに20世紀に世界的人気を誇った、アメリカのクイーンが描く謎また謎の怪事件の結末には、あなたも驚くはずだ!
*不可能犯罪と怪奇趣味にこだわったジョン・ディクスン・カー
十代の頃からミステリー創作を始め、アメリカ人ながらイギリス小説に恋い焦がれてロンドンに移住したという巨匠が、ジョン・ディクスン・カー(別名カーター・ディクスン)です。
イギリス人女性と結婚して14年間、イギリスのブリストルに住みましたが、アメリカにもどったのは、第二次世界大戦のドイツの空爆で、家が吹き飛ばされたからだとか。ふと気がつくと、そばの壁が吹き飛ばされてなくなっていたというから凄まじいですね。
カーが死ぬまでこだわっていたのが――
1) ありえない状況下での犯罪発生と、その論理的解決。
2) イギリス的怪奇趣味へのこだわり
3) 古典的なキャラクターや語り口へのこだわり
――でした。
学生時代に生み出した名探偵が、パリの予審判事アンリ・バンコラン。日本では長寿マンガとなっている『パタリロ』に登場していたMI6のスパイ、バンコランは、このキャラのパロディです。ただし、作品がまったく電子化されていないのが残念です。
次いで生み出したのが、博識な学者ギデオン・フェル博士。
さらに、カーター・ディクスン名義で書いた、イギリスのスパイという設定のヘンリー・メリヴェール卿(略してHM)。
この二人のシリーズ・キャラクターの作品が、カーの評価や人気を確立させました。
21世紀になって新訳が進むようになり、日本での評価や人気度もさらに高まっているところです。
事件が起き探偵が犯人を探しあてるのが本格ミステリーの基本。それを踏まえたうえで、さらに「こんなことありえないよ!」と読者が驚くような犯行現場をえがき、犯人がどうやってそれを実行できたのかについて解明する設定にこだわったのが、大御所作家の一人、ジョン・ディクスン・カーである。ここで登場する名探偵フェル博士は、同日に起きた、密室殺人と、雪の夜に足跡を残さずに殺人を行なわれた事件の両方を解決しなければならなくなる。江戸川乱歩作品から『名探偵コナン』にまでに大きな影響を残している、巨匠の代表作である。
メアリと愛し合うジェームズは、結婚のためにロンドンにいる彼女の父親を訪ねるが、通された書斎で相手から勧められた酒を飲むと意識を失った。気がつくと、父親は壁に飾られていた矢を胸に突きたてられて死んでいた。書斎はドアも窓も頑丈で、二人以外には誰もいなかったはずで、今も施錠されたまま。異変に気づいた家人が書斎にやってきて、ジェームズは殺人事件の嫌疑をかけられる。しかし、被告側の弁護人のヘンリ・メリヴェール卿は、真犯人は「ユダの窓」を通じて被害者を殺したのだと主張する! 密室殺人ものの傑作です!
さて、巨匠たちが生み出した近代的名探偵たちに、ご興味がわいてきましたでしょうか?
彼らは、江戸川乱歩など昭和の日本のミステリー作家たちに多大な影響を与えているだけではありません。新本格ブームも、名探偵コナンや金田一少年などのコミックやアニメなど、今日の名探偵にも大きな影響を残しているのです。
原典を知ることで、それをどのように応用しているのかが見えてきて、興味深いですよ。
「温故知新」古い言葉ですが、価値がありますので、おススメいたします。
ではまた、機会がありましたら、いらっしゃってください。
おはようからおやすみまで、いつもあなたのそばで見守っている本執事のことを、お忘れなく。
尾之上浩司(評論家・翻訳家)書店員No.001
ホームズ誕生以降、様々な名探偵が生み出されてきたが、ここまでハードなハンディを負わされた名探偵は今までいなかっただろう。NY市警の科学捜査部部長だったリンカーン・ライムは事故により両手両足が麻痺し、いまでは死を望むばかり。しかし彼の興味を惹く連続猟奇殺人事件に気づき、その解明のために尊厳死を先延ばしにする。活動的な女性警官アメリアを代理に、ひねくれた手掛かりや予告を残しながら惨殺を続ける犯人の正体と動機は? デンゼル・ワシントン主演で映画化されたこともある、現代アメリカを象徴する名作だ。
かつてはイギリスとアメリカがミステリー小説のリーダーシップを取っていたが、現代の翻訳ミステリー業界は“北欧”の作家たちを抜きには語れなくなった。なかでも人気となっているひとつが、デンマークの作家ユッシ・エーズラ・オールスンが生み出したカール・マーク刑事が主人公の、未解決事件特捜部Qシリーズだ。過去を引きずる人間臭い刑事と、その部下でシリア人系なゆえに妙なやりとりが起きるアサドの二人の、コンビネーションが面白い。事件は謎にまみれたドロドロとしたものばかり。北欧ならではの新風を味わってみてほしい。
英米のドラマには大きな違いがある。決定的に異なっているのは“ユーモア”だ。アメリカのそれが陽気なのに対し、イギリスは底意地が悪くひねくれている。21世紀の名探偵かつ迷探偵ものの傑作<ジャック・フロスト警部>シリーズは、その典型。不法侵入の警部が撃たれ、イギリスの田舎警察署の慌ただしい日常が語られていく冒頭から、脚本家でもあった作者による“テレビを見ているような語り口”がじつに心地よい。肝心の名探偵殿のダメ親父ぶりについては、ぜひ読んでみてください。ラストで貴方も苦笑いし、続編を買うことになるから。












