
編集者×翻訳者対談!〈フロスト警部〉シリーズ誕生から現在までの舞台裏!!
翻訳者と編集者が明かす、名シリーズ誕生から現在までの舞台裏!
記念対談 芹澤恵(翻訳家)×松浦正人(初代担当編集者)
※聞き手:宮澤正之(現担当編集者)

――まずは自己紹介をお願いします。
芹澤恵 (以下芹澤) 〈フロスト警部〉 シリーズ翻訳者の芹澤です。
松浦正人(以下松浦) 以前、東京創元社に勤めていた松浦です。初代担当編集者として、第三作『夜のフロスト』まで関わりました。
■フロストとの出会い
――よろしくお願いいたします。ではまず、そもそも〈フロスト〉はどういう経緯で見つけたシリーズなのかを教えてください。
松浦 何か手品を使ったわけではなく、翻訳出版エージェントから検討用に送られてくる大量の原書に混じっていた本でした。もう一九九〇年代になっていたと思います。『クリスマスのフロスト』の原書が八四年刊なので、数年後ですね。既刊の一冊として、古ぼけたペーパーバックが届きました。『クリスマス』は最初に刊行したのがカナダの出版社で、英米中心に探していた当時はエアポケットにはいる恰好になっていたんですが、ちょうどイギリスでドラマ版の制作が始まったことをきっかけに、本国のエージェントが送ってきたのだったか……事情はちょっとわかりませんが。
――通常だとそこでリーディング(翻訳家やその卵に読んでもらい、レジュメを作成してもらうこと)に出しますよね。リーディングされたのも芹澤先生ですか?
芹澤 いえ、わたしではなく別の方です。キース・ピータースンの『裁きの街』をもうすぐ訳し終えるというときに翻訳を依頼されて、「一人称のアメリカ作品であるピータースンとは違う、三人称のイギリス作品ですが大丈夫ですか?」と訊かれたのを覚えています。
松浦 なんだか失礼なやつですね(苦笑)。ピータースンの〈ジョン・ウェルズ記者〉シリーズ(創元推理文庫)は、一作目の『暗闇の終わり』から芹澤さんにお願いしていて、一九九三年早々に訳書が刊行されることになる『裁きの街』は四作目でした。そのあと原書の続きが出ていなかったので、次は新しい別の著者の作品を訳してもらおうと考えたのです。
芹澤 師匠である田口俊樹先生に紹介していただいたのが縁で、『暗闇の終わり』が東京創元社での初仕事でしたね。
松浦 〈マット・スカダー〉訳者のお弟子さんなら、このハードボイルドのシリーズを気に入ってくださるのでは、と思いまして。いまでも憶えているのは、原書を読んだ時点では少々平板に感じられた第三作の『夏の稲妻』が、訳されてみると、静かだけど迫力のあるものに仕上がっていたことです。雰囲気や感情の起伏がつたわってくる訳文になっていたということでしょう。〈フロスト警部〉シリーズのほうは、イギリス風のユーモアもありつつ、人間くささも感じられる作品だと受けとめていましたし、警察小説とハードボイルド、直接つながるわけではないけれど、芹澤さんにならお任せできるだろうと思ってお願いしました。
――翻訳出版権を取得する前に、企画を社内会議にかけて認められる必要がありますが、そこでは何かありましたか? 長さが問題になったりとか。
松浦 特に何ごともなく通りました。たしかに文庫で五百ページを超えるので長めではありますが、当時はP・D・ジェイムズが立てつづけに大作を書き、東京創元社でもT・J・マグレガーの分厚いシリーズものを出していたので、気にはなりませんでしたね。「厚いな」と最初に思ったのは『フロスト日和(びより)』の訳文のプリントアウトの束を前にしたときだったかなあ。ともあれ、リーディングの手ごたえがあったので、企画書を出す前に『日和』の原書も取り寄せて検討していました。芹澤さんにお願いした時点で、もしかしたら三作目の『夜のフロスト』まで出すことが決まっていたかもしれないです。
――では、芹澤先生はご自身が翻訳をするとなってから初めて読まれたわけですね。
芹澤 はい。「三人称のイギリス警察小説」という情報しか持たない状態で読んだので、何度も「えっ?」と思いました。フロスト、いろいろ変なことしますよね。浣腸とか。もしかして、日頃は心の奥底に隠している不埒な思いが勝手に暴走して、無意識のうちに英文解釈に反映されているせいでそう読めるんじゃないかと心配になって……。二作目以降は何をしでかしても「まあ、フロストだから」と納得できましたが(笑)。
■『クリスマスのフロスト』刊行まで
――実際に『クリスマス』の翻訳・編集作業を始められてからは何かありましたか?
芹澤 一作目のフロスト警部はとにかく傍若無人で、部下にしょっちゅう無体なことを要求しますが、これも本当にそう書いてあるのだろうかと、ずっと不安でした。浣腸のことも含めて、イギリス人の知りあいに何度も確認しました。
松浦 編集作業にほかの本と変わったことはありませんが、日本の読者の前に差し出したときの反応についてはいろいろ考えました。一作目では浪花節の要素はそれほど強くないし、フロストの言動も部下のクライヴ刑事を通して主に語られるので、真意がはっきりしない。読者の解釈に委ねられる部分が多いんです。感情に訴える場面は受け入れられるだろうけど、浣腸となるとさてどうだろう、と。僕自身、読んでいて当惑しましたから。あとはタイトルですね。警察小説だとわかるように、という趣旨だったかな、『クリスマスのフロスト警部』はどうかという意見も社内で出ましたが、ほんの少しでも短くまとめたほうがいいというふうに僕には思えたんです。その時点では、原題が人名であると同時に自然現象の霜(フロスト)という意味もかけてあることには気づいていなくて、だからそれについては完全に結果オーライ。議論をへて、警部抜きのままのタイトルでいくと決まりました。
――カバー装画が村上かつみさんのイラストになったのはどういった事情でしょう。
松浦 村上さんからはイラストの持ちこみを受けていたんです。ユーモラスな絵柄と、中にあったアイルランドのパブ巡りのイラストのことが印象に残っていて、国は違えどフロストの人間くささに通じると思い、依頼しました。
――いまではすっかり、フロストというとあの顔つきのイメージが定着しました。ドラマのビデオやDVDの装画も手がけられましたからね。もちろん『フロスト始末』の装画も村上さんになります。
芹澤 今回も上下巻だから二枚になりますね。楽しみです。
――『クリスマス』刊行後の反響はどうでしたか? 最終的には〈週刊文春〉のミステリー・ベスト10ランキングで第1位に選ばれました。
松浦 書評や口コミでの評判はわりとすぐに出ました。意識してなかったのですが、九月末という刊行時期もよかったのかな。各種年末ベストの〆切が間近で、面白そうな新作を捜していた人たちが速やかに読んでくれたようです。うれしかったですね。
芹澤 聞いた話ですが、『クリスマス』はもともと単発作品のつもりで書いたそうです。それを踏まえると、あの終わり方はいいですね。
松浦 プロローグが終わると時間が四日前にさかのぼったり、読みなおすとこれだけ少し書き方が違いますね。
【第1位『週刊文春』1994年ミステリーベスト10】クライヴは内心腐っていた。刑事に昇進したのも束の間、栄光のロンドンから七十マイル以上離れたこんな田舎町に配属になるとは。だが、悲嘆にくれている暇はない。じきにクリスマスだというのに、日曜学校からの帰途失踪した八歳の少女、銀行の正面玄関を深夜金梃でこじ開けようとする謎の人物など、市には大小様々な難問が持ちあがる。いや。最大の難問は、不撓不屈の仕事中毒にして、死体と女の話をこよなく愛する、上司のフロスト警部であったかもしれない・・・・・・。続発する難事件をまえに下品きわまる名物警部が奮闘する、風変わりなデビュー作!
■『フロスト日和』と書名の思い出
――そして九七年に出たのが第二作の『フロスト日和』です。この本についての思い出は何かありますか?
松浦 こちらもタイトルに関する思い出があります。当初つけていた仮題は『フロストの流儀』で、内容にも即しており個人的に気に入っていたものの、どこか納得しきれていなかったんでしょう。あれこれ案をこしらえては見くらべていたんですが……『フロスト日和』は完全にオリジナルの思いつきではないんです。数か月まえに別の編集者が出したクリストファー・ムーアの『悪魔を飼っていた男』(海外文学セレクション)という本がありまして、担当者が書きならべたたくさんの書名候補のなかにあった『悪魔日和』というのにしびれてしまったんですよ。捨てるのは切ないと思っていたので、フロストと組み合わせてみたというわけです。まあ、『悪魔日和』には負けるんですが(笑)、あとから考えれば「霜日和」という意味にもなりますし、結果的に変えて正解だったと思っています。
芹澤 ずっと『フロストの流儀』という仮題で進めていたら、ある日突然電話がかかってきて「『フロスト日和』というタイトルはどうでしょう?」と言われたのを覚えています。わたしもいろいろ思い入れがある作品です。珍しく、フロストがかっこいいですよね。特にラスト付近で交わす会話が印象的で。
――私もあそこは大好きです。ここからはシリーズものとして書かれたということで、前作との違いは感じましたか?
芹澤 『クリスマス』はひとつの章や段落の中で何度も視点人物が変わって大変でしたが、あとの作品になるほど同じ三人称多視点でも切り換えの回数が少なくなってきて、段落ごとの視点人物がだいぶ定まってきます。アメリカのミステリに近づいてきているように感じましたね。ただ、減ったとはいえ毎回切り換えがあるので、その都度悩みながら訳しています。
――ウィングフィールドの文章にはほかにどんな特徴があるんですか?
芹澤 ラジオドラマのシナリオ作家出身だからなのか、脚本にあるようなト書き風の記述が多いです。「●●通り何丁目、夜の何時」とだけ書いてあるとか。そのまま訳して日本語として読みやすく仕上げるだけの力はないので、文章にしたりして対応しています。
【第1位「このミステリーがすごい!1998年版」海外編ベスト10】ウェブスターの眉間の皺は深まる一方だった。切れ者の警部として鳴らしたこの自分が、上司に鉄拳をお見舞いしたばかりに、降格のうえ、役立たずのぼんくら親爺、ジャック・フロストのお守り役を押しつけられる羽目となった。だが、肌寒い秋の季節、連続婦女暴行魔は悪行の限りを尽くし、市内の公衆便所では浮浪者の死体が小便のなかに浮かぶ。ここはひとつ、ロートル警部になりかわって事件解決に邁進しなくては・・・・・・。皆から無能とそしられながら、名物警部フロストの不眠不休の奮戦は続く。笑いと緊張が堪能できる、まさに得難い個性の第2弾。/解説=温水ゆかり
■『夜のフロスト』と著者の性格
――三作目の『夜』、これはもうタイトルはいじりようがないですね。
松浦 はい、仮題から即決でした。
芹澤 原書を渡されたときから、これは悩まなくてすむね、と話していました。
――『冬のフロスト』のとき、芹澤先生と同じ会話をした気がします(笑)。
芹澤 二作目、三作目とどんどん原書が厚くなり、やってもやっても終わらないので、仕事場にイエス様がいらして、ひそかにページを増やしているんじゃないかと冗談にしていたくらいです。
――パンや葡萄酒を増やしたようにですか。
芹澤 キャラクターと複雑に入り組んだ筋のバランスは『夜』がいちばんいい気がします。『夜』以降はとにかく筋立てに凝るようになっていますね。書き方が変わったのは、テレビドラマが原因だという説もあります。放送に間に合わせるよう急かされて、へそを曲げたウィングフィールドが、あえて執筆に時間がかかるように、これでもかっ!とばかりに煩雑な筋立てにしたとか……。
――今回掲載している短編「ファックスで失礼」にも『フロスト気質(かたぎ)』の執筆を催促されていると書いていますね。あれは実話だったのか……。
芹澤 とにかく、催促されるのが何より嫌いな人だったみたいです。
松浦 もともといたラジオ業界は〆切が厳しかったのではないですか。せっかく小説家になったのに、また時間に追われるのはごめんだという気持ちだったのかもしれませんね。
【第1位『週刊文春』2001年傑作ミステリーベスト10/海外部門】新任部長刑事ギルモアが配属されたのは、しけた町だった。まあ、ここは眼も眩む高みに昇りつめるための梯子の一段目にすぎない。こき使われる心配がなさそうなのも幸いだった。だが、いざ出勤してみれば、猛威を振るう流感に、署は壊滅状態。折悪しく、町には中傷の手紙がばらまかれ、老女ばかりを狙う切り裂き犯が暗躍を開始する。なんたる不運。そのうえ、だらしない風体に、悪夢のような下ねたジョークを連発する男、フロスト警部と組む羽目になろうとは・・・・・・。さすがの名物警部も、今回ばかりは青息吐息。爆走する英国警察小説、大好評第3弾!/解説=霞流一
■『フロスト気質』はつらいよ
――四作目の『気質』からは私が担当になります。思い出といえば、なんといってもイギリス版とアメリカ版の違いですよね。
芹澤 英米両国で時間をあけて出た作品の場合、そのあいだに著者が手を加えて文章や内容が変わることはあるんですが、『気質』では本筋とは関係ない、本当に些細な部分がいくつも違っていて……。
松浦 例えばどんなところですか?
芹澤 あとに出たアメリカ版では、一度しか出てこない犬に名前がついていたり、一場面しか出てこない端役の一家のひとりだけ名前が変わっていたり……。フロストが会う泥酔した女性のズボンが、イギリス版では足首までずり下がっていたのが、アメリカ版では単に「だらしない服装」になっていた件などは、ある種の道徳的配慮が働いた結果だと理解できるんですが、ここまで細かい違いだとなぜ変えたのか、いまだに不明です。
――あれこれ相談して、先に出たイギリス版を底本にするという結論になりました。途中までアメリカ版で翻訳作業を進めていたので、大変でした……。松浦さんは読まれていかがでしたか?
松浦 フロストの中間管理職らしさがよく出ているのが新鮮でした。一読者として肩の荷が下りた状態で読んでもいましたし、とても面白かった。この作品も題名が決まるまで難航しませんでしたか?
――『フロスト○○』にはしたいと思い、あとに来る漢字二文字の単語をいろいろ考えていて、Hard=堅いからの連想で堅気→気質と思いついた……のだったような。
芹澤 由来はいま初めて知りました(笑)。
【第1位『週刊文春』2008年傑作ミステリーベスト10/海外部門】ハロウィーンの夜、行方不明の少年を捜していた新米巡査が、ゴミに埋もれた少年の死体を発見する。そのうえ連続幼児刺傷犯が新たに罪を重ね、15歳の少女が誘拐され、謎の腐乱死体が見つかるなど、デントン警察はいつも以上に忙しい。よんどころない事情で払底している幹部連の穴埋めをするべく、これら事件の陣頭指揮に精を出すのは、ご存じ天下御免の仕事中毒、ジャック・フロスト警部その人。勝ち気な女性部長刑事や、因縁浅からぬ警部代行とやりあいながら、休暇返上で働く警部の雄姿ここにあり! 警察小説の大人気シリーズ、待望の第4弾。
■テレビドラマ版との違い
――先ほどから何度かドラマの話が出ていますが、おふたりはご覧になっていますか?
松浦 実は観たことがないんですよ、不勉強ですけど。
芹澤 わたしも『クリスマス』を訳したあとに最初の数話を観ただけです。よれよれの中年男性なのは同じだけど、フロストがひどく渋いので焦りました。いやらしいことも言わないし。で、やっぱり読み間違えたかと……(笑)。その後、パイロット版を観たウィングフィールドが「よくできているけど自分のフロストとは違う」と言ったと聞いて安心しました。
――以前、ドラマ版の吹替を新しくした際にした声優インタビュー(〈ミステリーズ!〉vol.32収録)でも、ドラマはよくできているけど、原作よりは上品だよねという話が出ました。
芹澤 毎回出てくる、あの痰壺の話なんて絶対にしませんよね、ドラマのフロストは。
■『冬のフロスト』について
――本書は初登場のモーガン刑事の存在が強烈ですね。これがとことん役立たずで、ダメな警察官です。
芹澤 いいんです、モーガンはあれで(笑)。おかげで相対的にフロストのダメな部分が目立たなくなって、どんどんできる人に見えてきちゃいますけど。フロスト自身も言ってましたが、かばうのは同病相憐れむからだと思います。
――そのモーガン刑事ですが、『始末』にも再度登場します。ファンのかた……いるのかな?はお楽しみに。
【第1位『IN★POCKET』2013文庫翻訳ミステリーベスト10/総合部門/作家部門/読者部門/翻訳家&評論家部門】寒風が肌を刺す一月。デントン署の管内では、いつものように事件が絶えない。二ヶ月以上も行方の知れない8歳の少女に続き、同じ学校に通う7歳の少女も姿を消す。売春婦殺しは連続殺人に発展し、ショットガンを振りまわす強盗犯に、酔ったフーリガンの一団、“怪盗枕カヴァー”といった傍迷惑な輩が好き勝手に振る舞う、半ば無法地帯だ。われらが名物親爺ジャック・フロスト警部は、とことん無能で好色な部下の刑事に手を焼きつつ、人手不足の影響でまたも休みなしの活動を強いられる・・・・・・。史上最大のヴォリュームで贈る、大人気警察小説第5弾。
■シリーズ最終巻『フロスト始末』
――六月に出ます『始末』までたどり着きました。ちなみにこれは決定題です。
芹澤 原題のKillingは活かしたいと思い、シリーズ最終巻という意味も込めて『始末』としました。『フロスト仕舞』という案もあったのですが、漢字で書くと警部がすり足で踊っているようなイメージが浮かんでしまって……(笑)。
――今回新たに登場するスキナー主任警部は、図体と態度のでかい、とにかく嫌なやつです。面倒事はすべて他人に押しつけ手柄だけをさらっていくうえに、フロストを最大の危機へと追いこむ張本人。
芹澤 嫌なやつですね。いっそのことオカマ言葉でしゃべらせようかとも思ったんですが、それだとマツコ・デラックスになってしまうし……。今回も起きるのは陰惨な事件ばかりです。デントン市、本当に治安が悪くて。
松浦 イギリス社会の縮図という含みなんでしょうね。『クリスマス』によるとデントンの人口は十万、ちょっとした地方都市なんですが、読んでいるともっと小さい町のような気がしてきます。『日和』の解説で、温水ゆかりさんがこんなことを書いてらっしゃるんですよ。フロストが町の無名の人々や小悪党と知りあいであることをうかがわせる雰囲気がとても好きだ、フロストは彼らを見守り、気遣っていると。なるほどなあ、と思います。もちろん、『始末』では二〇〇〇年代らしく監視社会、インターネットや監視カメラについての話も出てきて、時代の変化をとらえて調べて書いていることがわかります。それから、亡くなった奥さんとのエピソードがずいぶん出てくるでしょう。そのあたりは最終巻らしいところかも。
芹澤 ちょっとおセンチになってる感がありますね。昔関わった事件の話も何度か出てきますし。
今宵も人手不足のデントン署において、運悪く署内に居合わせたフロスト警部は人間の足遺棄事件と連続強姦事件、スーパー脅迫事件を押しつけられる。そこへ赴任してきたスキナー主任警部は、さながらマレット署長の小型版(体型は大型版)で、フロストを異動させるべくやってきた御仁だ。署長と主任警部のイヤミ二重唱を聞かされ続け、超過勤務をぼやきつつも、フロスト警部は捜査をやめない、やめられない。経験の浅い見習い婦人警官や、頼りにならない駄目刑事と行動を共にするうちに、さらなる難事件が・・・・・・。超人気警察小説シリーズ最終作。
■ウィングフィールドにもの申す!
――先ほど出た、著者の小説作法や書き方の癖などの話をもう少し訊きたいのですが、ほかに何かありますか?
松浦 一作目の段階では登場人物に関する記述がかなり具体的で、例えばフロストだと髪の生え際が後退していて、そこから頭皮のそばかすが見えているといった外見描写が、いま読み返すと思いのほか生々しいですね。のちのち常連として活躍する他のキャラクターについても年齢がいちいち書き添えられているので、チェックしてみると納得したり驚いたり、楽しいですよ。
芹澤 いつのまにかどこかに行っちゃう人もいますよね。アレン警部とか。
松浦 ああ、たしかに。でもですね、ジョーダン巡査は『クリスマス』では外回りの一員だったのが、『始末』になると自発的に動いていて頼もしくなったと思いませんか? そういうふうにちょっとずつ成長させている節もあります。
芹澤 ……いえ、それは単に前に何を書いたか、忘れているだけかも。
松浦 そうかもしれないね(笑)。
芹澤 それからこの人、本当に名づけが下手でしょう。姓だとロバーツやリドリー、名だとアイダやセイディといった、特定の名前をとにかくくり返し使う。だから、名前は同じだけど『クリスマス』のジョーダン巡査と『始末』のジョーダン巡査は実は別人かもしれない。『始末』のスキナー主任警部も、同名の警部が『夜』に一瞬出てきますが、こちらはおそらく別人です。マレット署長くらいはっきりキャラクターが固まっていれば忘れないだろうし、ブレないので、訳すほうもやりやすいんですが。
――逆にほぼ同一のキャラクターなのに、名前が違っていたこともありましたね。
芹澤 『気質』のとき、あまりにも「ロバート」さんがたくさん出てくるので、姓で呼ばせたり愛称のボビーにしたりと、呼び分けで苦労しました。犬に名前をつけるんだったら、こういうところも変えてほしかった。
――海外の編集者はチェックしないんですかね……。〈フロスト〉シリーズの謎本だけは作りたくないです。
芹澤 でも、本人はとてもいい人だったと思います。『日和』のとき、うちの家族が病気になって一年ほど翻訳作業ができなくなってしまったんですが、そのときイギリスからあった問い合わせに、松浦さんが丁寧に事情を伝えてくれたら、「わかった、待つから状況が変わったら知らせてくれ」と簡潔な返事が来て。エージェントが下した判断かもしれないけど、わたしはウィングフィールド本人だったと信じてます。
松浦 こちらが勝手に思っていた、寡黙な人というイメージどおりの返答でしたね。「キャラクターの個性が強い作品だから訳者は変えたくない」という意見を容れてくれて、ありがたかったです。
芹澤 『クリスマス』のあとがきを書くので、経歴が知りたくて問い合わせたら、ぶっきらぼうにアメリカ版ペーパーバックの著者紹介文をそのまま使えとだけ返してきたり、作中の疑問点について訊いても答えてくれなかったりしたので、この対応はよけい印象に残っています。ぐっときました。
――では最後に、『フロスト始末』を楽しみにしている読者へのメッセージをお願いします。
松浦 著者・主人公・読者のすべてが女性の、いわゆる3F……さらにこれに翻訳者が加わって4Fと称されることもある作品の人気が、一九八〇年代以降、日本でもおおいに盛りあがりました。その活気がまだまだ衰えない時期に、はたしてこのフロストのキャラクターが受け入れられるか不安でしたが、幸いこれだけ多くの読者に愛されるシリーズになった。ほんとに感慨深いです。
芹澤 六月に刊行できるよう奮闘しております。いつもは泰然自若としているフロストが、最大のピンチを迎える今回、さすがに心が弱くなるときもありますので、そこも含めて楽しんでください。
――本日はありがとうございました。
(二〇一七年二月二十七日、東京創元社にて収録)
【対談者紹介】
芹澤恵
英米文学翻訳家。成蹊大学卒。主な訳書にウィングフィールド〈フロスト警部〉シリーズのほか、ウィルソン『地球の中心までトンネルを掘る』、パチェット『密林の夢』、ピータースン『暗闇の終わり』、マンスフィールド『キャサリン・マンスフィールド傑作短篇集 不機嫌な女たち』がある。
松浦正人
文筆業者。1963年大阪府生まれ。京都大学卒。東京創元社編集部勤務を経て現在フリー。文庫解説や雑誌への寄稿などで活躍している。











