
養老孟司さん『可愛い脳には旅をさせろ』

旅と脳の深い関係や虫取りの効能など“養老哲学”が1分でわかる、ワンショット・エッセイ集『旅する脳』。すでに電子書籍化されているこちらの本についてはもちろんのこと、養老先生ならではの電子書籍考や旅のお供の本の話、考える脳の鍛え方までじっくりお伺いしました。また、箱根の別宅の写真も特別に大公開。養老先生ファンならずとも必見です。
――養老先生は、電子書籍についてどのようにお考えでしょうか?

僕、電子書籍端末は、結構前から使っていてもう2台目になります。だから英語の本は、かなりの冊数を電子書籍端末で読んでいます。ソニーのリーダーは、先日電車の中吊り広告で見て、買おうかどうしようかと迷っていたところ。(実際にリーダーを手にとって)少し画面が小さめなのかな、でも字の大きさを変えられるからいいか。老眼だから字を大きくしないと見えないの(笑)。
ときどき、「電子書籍端末で読むと、紙の本と比べて読む速度が遅くなった気がする」という話を聞くけれど、それには理由があって、人間の脳は、無意識に“先も読んでいる”んですよ。たとえば、縦書きの本を開いた状態で、右ページの2行目を今まさに読んでいるとする。でもその見開きを開いた瞬間、無意識にまず全体をパッと見て、その先を読むために脳が“準備している”んです。特に黙読の場合はね。新聞を開くと、大きく全体を見渡せるつくりになっているのは、かなり先まで無意識に読めるようにしているわけ。だから、画面の大きさが決まっている電子書籍端末で文字を大きくしていくと、画面に表示される“読む”範囲はどんどん狭くなる。いわゆる準備ができなくて、読む速度が遅くなるというわけ。
ただしそれも、慣れればどうってことはないんです。僕の場合、紙の本を読むのと速度は変わりません。変わったのは、紙の本を持ち歩くストレスが減ったこと。『旅する脳』の中でも書きましたが、ボクは本がないとどうにもならない性分。そのくせ、自宅では絶対に本を読まないし、書斎にいても、ものを書くか虫について調べているか。本はほとんど移動時間か旅先で読んでいます。つまり、移動する時間がないと読書の時間がなくなってしまう。だから僕にとって旅は貴重なんです。
とにかく、旅先に重くてかさばる本を持っていくストレスが減ったことはとてもありがたい。電子書籍端末が登場する前は、読みかけの分厚いペーパーバックと、その次の巻の丸ごと2冊を持ち歩くのが嫌で、読みかけの方の読み終えた部分をビリッと破いて計1.5冊にしたことも。自分のスタイルに合わせて、紙の本と電子書籍を上手く使い分ければいいと思います。
――旅先に持っていく本はどんなジャンルのものが多いですか?

長編のファンタジー小説が多いです。1冊読み終ってもまだまだ続巻があるから、次に何を読もうか考える手間が省けていい。それから、海外のファンタジーものはやたらと約束事が多いところも好きですね。時代や場所、風俗など、架空の設定がいっぱいあるでしょう?
たとえば今読んでいるブラム・ストーカーの『ドラキュラ』には、ドラキュラはニンニクと銀の玉と日の光がダメだとか、現実の世界にはない架空の設定がたくさんある。そのうえ、ややこしい名前が多くて人間関係も複雑。おまけに、『ドラキュラ』は手紙と日記というスタイルで物語が構成されているから、手紙の冒頭の挨拶部分なんてオーバーな表現がえんえんと続くわけ。そういうのを我慢しながら、やっと約束事をしっかり覚えたのに、すぐに物語が終わってしまったら損でしょ。もったいないじゃない。だから、同じ設定のまま何十巻も読める長編ファンタジーはお得です。ま、要するに僕はケチなんです(笑)。
今、若い世代の人たちは長いものが読めなくなった、というけれど、長いものを読んでいるときの脳は、1か所だけを使って集中して動いている状態。逆に、短いものをちらちら読む、たとえばネットサーフィンをしているときの脳は、脳全体が広く浅く動いている状態。活動が散らばっているんです。脳は放っておくとどんどんラクするようにできているから、脳の1か所だけを集中的に使うという“忍耐力”が必要な行動をしなくなる。人間の脳は、しんどいことはなかなか覚えないくせに、ラクなことはすぐに覚えるんです。
――脳がラクをしないためには、どうすればいいのでしょうか?

“自分で考える癖”をつけるしかないです。僕は物心ついたときから虫が好きで、最初は形や生態を観察するだけだったけれど、そのうち採集を始めて自分でオリジナルの標本を作るようになりました。虫の世界は本当に不思議なことだらけ。人間よりもはるかに歴史ある虫の生態は、探っても探っても尽きることがないんです。なんでこんな形をしているんだろう、どうしてこんな場所に住んでいるんだろう。とにかく知りたいから自分で調べるんですが、当時は今みたいに懇切丁寧に説明してくれている雑誌なんてない。難しい文章を一生懸命読んでみて、足りないところは自分の想像力で埋め、それでもわからなければ実際に現物に触れてみようという好奇心が生まれる。“知りたい” “不思議だ” “なぜだろう?”という感覚があれば、イヤでも考える癖がつくわけです。
――では、考える人と考えない人の差はどこにあるのでしょうか?
なんでも面白いと思えるかどうか。いわゆる好奇心です。そして次に、その興味をもったものに対して、なんでだろう?と疑問をもてるかどうか。つまり、人の言うことや世の中をあまり信用しないってこと(笑)。
僕は世の中を疑ってかかるのは得意だし、いつもその場では答えが出ないことをいくつも並列して頭の中に持っているんです。だから常に何かを考えていて、頭の中はごちゃごちゃなわけ。まったく落ち着かない。で、あるときふっとその中のひとつが突然解決して、考えるリストから消える。でも同時にまた次の考えることが登場する。エンドレスに脳を鍛えているようなものです。
――そんなにずっと考え続けていたら、しんどくないですか?

そりゃあしんどいよ(笑)。でも同時にものすごく楽しい。謎が解けたとき、予期しなかった答えが出たとき、未知のものと遭遇したとき…。その瞬間は“達成感”を感じているわけです。これは一種の中毒みたいなもので、人間は一度体験するとやめられなくなる。だから世の中には学者っていう変な人種がいるわけで(笑)。自分で考え抜いて答えを出した経験、達成感を知ってしまった人たちなんですよ。
以前、大学で教えていたとき、学生たちに「水が入ったコップに、インクを一滴落としてしばらく待っていたら消えるのはなぜか?」と聞いたんです。そうしたら「そういうもんだと思ってました」って言われてひっくり返りそうになった(笑)。「そういうもんだ」と思っておけば、それ以上学ぶ必要も考える必要もない。脳だってラクしたいから、「できるだけ考えないですむ方法」を必死で探してくるんです。そうやって、脳にうかうかラクさせちゃいけないんです。
――現代は何もかもが便利で、うっかりすると自分の頭で考えなくても十分に生きていける世の中ですよね?
いたれり尽くせり過ぎるんですよ。テレビ番組ははどんどん短くなって、ちょっと飽きたら簡単にチャンネルが変えられる。本も、手にとってもらうためにお話を短くしたり写真をつけたり。ちやほやし過ぎなんです。ちょっとくらい面倒で忍耐力を強いるくらいの方が、自分で考え、自分で達成したという感覚が身につくんです。
話題になった『奇跡のリンゴ』という本の中で、無農薬でリンゴを育てた木村秋則さんの話にもあったけれど、肥料も農薬もなしで、あのリンゴの木は、自分がもっている力と自然の力を使ってびっくりするほどおいしいリンゴを実らせたわけでしょう? それらの木の根っこはすごいんです。深く広く、しっかりと大地に根を張っている。自分で根を伸ばさないと栄養がとれないから、それだけ必死なんですよ。逆に、肥料を与えたり、手間をかけ過ぎると植物だって怠けます。そういう木は、図体だけ大きくなって根っこが全然張ってないから、自然災害なんかに弱くてすぐに枯れてしまうんです。
“根性”とはよく言ったもので、自分で自分の根をしっかり張らないとダメなんですね。
昔の人はそのへんをよくわかっていたんです。「可愛い子には旅をさせろ」なんてまさにそう。一度突き放して、自分で考え自分で生きる術を身につけないといけない。考える癖も同じです。誰かにお膳立てしてもらって環境を整えてもらって鍛えるものじゃない。自分の好奇心や興味をもとに、うんうん悩んで考え続ける。そうすれば脳も頑張るんです。
――とは言え、やっぱり便利過ぎる世の中です…。どうすれば、そんな世の中でも“怠けず、ラクをしない考える脳”を手に入れることができるのでしょうか?

その質問もある意味ラクをしようとしている気がするけれど(笑)。僕は今、鎌倉にある自宅と箱根の家とを行き来しているんですが、田舎は本当にいいですよ。昔から“別荘族”っていたでしょう?あれは何も金持ちの贅沢なんかじゃないんです。都会の暮らしで疲れた脳、あるいは便利過ぎて怠けてしまった脳を、強制的に山や海のある田舎へ行くことでいったんリセットし、鍛え直すという効果があるんです。
脳と身体は密接に関係しています。都会に比べて不自由な田舎で生活をして、まずは身体の鈍りを取り去ること。タクシーや地下鉄がない場所ならイヤでも歩かないといけないし、娯楽がないから夜は早く寝て朝は早く起きる。都会のスポーツジムで汗を流すのとはまったく違う。身体全体の筋肉を均等に使うから脳も活発になる。すると、“考えること=頭だけで考えるのではない”ことに気がつく。考える脳と言ったって、頭でっかちじゃダメなんです。
自然の中でキレイな景色を見ておいしい空気を吸って、ちょっとばかり不便な暮らしをする。都会の暮らしでは気づかない色彩や温度など、五感がフルに回転する。小さな虫の存在にだって気づくはずです。考える脳と考える身体を鍛えるには、田舎へ行け。それが僕の結論です。
Text / Miho Tanaka(staffon)
Profile
養老孟司(ようろう たけし) 解剖学者

1937年神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学医学部卒業後、東京大学解剖学第二講座教授に。1995年に東京大学を退官し、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。現在は東京大学名誉教授、代々木ゼミナール顧問、日本ニュース時事能力検定協会名誉会長。
人の営みは脳という器官の構造に対応しているという"唯脳論"を提唱。解剖学者としての顔だけでなく、思想・哲学・自然科学・社会評論など幅広い分野で執筆や講演活動などを行っている。また、趣味の昆虫採集は有名。
著書にベストセラー『バカの壁』(新潮新書)ほか、『唯脳論』(青土社)、『正義で地球は救えない』(共著・新潮社)など多数。

