
平野文さん『築地に恋して』

東京の真ん中にありながら東京のどことも違う、粋な町。そんな築地に嫁いだのは、テレビアニメ『うる星やつら』のラムちゃん役や『平成教育委員会』(フジテレビ系)のナレーターで活躍中の声優・平野文(ひらの・ふみ)さん。ヨメという立場から築地のディープな日常を描いた平野さんの人気エッセイ集『築地魚河岸(つきじうおがし)嫁ヨメ日記』が満を持して電子書籍化! 夫であり、『ビッグコミック』(小学館刊)連載中のコミック『築地魚河岸三代目』の監修者でもある小川貢一さんとの馴れ初めや、結婚当初を振り返ってのエピソードなど、“築地愛”あふれるエッセイの舞台裏をじっくりお伺いしました。
ずっと変わらない町、築地

平成元年に築地に嫁いでから、はや23年が経ちました。築地という町と魚河岸の旦那衆に心底惚れこみ、お見合いを経て築地魚河岸の三代目・小川貢一サン(小学館『ビッグコミック』連載中のコミック『築地魚河岸三代目』の監修者)のヨメになってからの出来事を綴ったエッセイ集が『築地魚河岸嫁ヨメ日記』。今、自分で読み返してみても「ああ、全然変わってない!」と思えるところが築地のすごいところです。
築地に漂う活気やピンと張った独特の緊張感。ヨメとして魚の目利きよりも先に教わったのが「人間最後は、色気と食い気よ」という言葉でした。まさに活きたお金の使い方を心得ている、粋な江戸っ子気質。お礼と挨拶、助け合う心をなによりも優先する人情味あふれる心意気。粋で艶っぽい旦那衆。家族や友人、ご近所さんとのバランスのよい距離の取り方や潔い付き合い方。築地はすべてにおいて、平成元年に私が嫁いだころと何ひとつ変わっていません。だからでしょうか、安心するしホッとするし、やっぱり築地に嫁いで良かったとしみじみ思います。
20年ちょいじゃ、まだまだの町、築地
ちょっと築地をわかった風なことを言ってしまいましたが(笑)、ヨメ歴23年ごときの私なんて築地ではまだまだ新参者。結婚してちょうど20年目くらいのころ、築地場外のある旦那さんに「お前さんよ、築地に来てどれくらいになる?」と聞かれたことがありました。「そろそろ20年になります」と答えたら、ププッと笑って「ようやく、これからだね」と言われたんです。そうか、河岸ってそういうもんなんだ、と実感した瞬間でした(笑)。
ほぼ毎年行われる築地の本祭りも、場外市場のおかみさんからは、いまだに「いらしてくださいよ」なんて言われるんです。まだまだヨメのままなんですよね。でも、今年はようやく、祭り用の四丁目(場外)仕様の半纏(はんてん)を作らせていただきました!結婚23年目にしてやっとです。築地の祭りでは、丁目ごとに色の違う半纏を着て、本社神輿(みこし)は丁目ごとに担ぎます。生粋の築地っ子たちの半纏はしんなりとして年季が入ってるけれど、パリッとして真新しい半纏は新参者の証拠。一目瞭然なんです。なるほどなあ、と思って半纏についての感想を場外衆に話したところ「当たり前でしょ」と一言(笑)。いずれにしろ築地で生まれ育った人には当たり前の習わしが、外からやってきたヨメにとっては、ひとつひとつが新鮮で、感心の感嘆!そんな驚きをひとりでも多くの方に伝えてみたい、という気持ちは今でもまだ変わりませんね。
知れば知るほど、もっと知りたい町、築地

結婚23年でもそんな風ですから、築地での暮らしはいまだに毎日が面白くて、興味が尽きることがありません。そしてそれは、夫婦に関しても同じ感じなんです。
たとえば、築地では 家族経営の商いが多いため、四六時中夫婦や家族単位で行動することがほとんど。ですからどこの家庭でも、お互いを“認め合う心”と"ありがたがる気持ち"というのが、自然に育まれてくるのでしょう。小川の両親も仕事が終われば「ありがとね」、ちょっとはさみを取ってあげても「ありがとね」でした。どこのご夫婦も、年齢に関係なく、皆仲がいいんですよ。夫婦で出かけることも当たり前。
小川サンはそれを「多分、気持ちに余裕があるからじゃないか」と言います。認め合っているから、ケンカの種も生まれないんですね。そういえば小川サンも義父譲りで、誰に対してでもやさしいですね。特に女性には(笑)。そういえば、築地が育んできた夫婦や家族の在り方っていいものだなあ、などとわかった風でいた、つい先日のこと。小川サンさんの携帯電話の着信音が、驚いたことにチャイコフスキーの交響曲だったので、思わず「どうしたの?」と聞いたら「いや、俺クラシック好きだから」って平然と・・・。初めて知りました。築地でクラシックだなんてね(笑)。とまあ、知れば知るほどもっと知りたくなるのが、築地と築地衆でして。ヨメとしてはいまだ興味が尽きません。
私を変えた町、築地
さて、築地も人もずっと変わらないという話ばかりしてきましたが、私自身は、築地のヨメになって以来、変わった点がいくつかあります。まず、ちょっとやそっとじゃ動じなくなったこと。え?もともと動じないタイプだって?そんなことないですよ(笑)。何が起きても築地のヨメはどーんと構えていないと。それは『嫁ヨメ日記』の中にも頻繁に出てくる小川サンのお母さんであるおかみさん、つまりお姑さんの影響が多大にあると思います。築地でも名物おかみであるおかみさんの見事な仕切りっぷり、気の配り方、人との付き合い方…。今だに真似はできないけれど、少しでもあやかりたいと思っています。
それから、相手を思いやる気持ちの大切さ。築地は商いの町ですから、当然、相手が何を考えているのかを察し、どうやったら相手に喜んでもらえるのかを築地衆は普通の人よりもずっと強く考えているわけです。自分より、まず相手ありき。その心根の優しさは、23年も見てくれば、自分では同じようにできなくても頭では理解できます。その経験は、ありがたいことに、私自身の感情の厚みを増してくれていると思うのです。そしてそれは、声優としての演技の幅までをもぐっと広げてくれているのではないかとも・・・。
多くのものをもたらしてくれる町、築地

たとえ ば以前は絶対にできなかったいじわるな役。今、韓国ドラマでものすご~くいじわるな母親役の吹き替えをやらせていただいているのですが、監督さんや共演の声優さんたちが「平野さん、こ、 こわいです・・」って本気で怯えてくれるんですよ(笑)。いじわるというのは、優しさと対極の感情ですよね。ですから築地で本物の優しさをずっと見ている分、その優しさと同量分の真逆のいじわるさを、演技として表現できているからではないかと思うんです。築地という濃度の濃い町に身を置くことができているおかげで、演技の上でも感情の振り幅が豊かになり、人としての経験値さえも、徐々に増してきたような気がするほどなのです。
何より、厳しい反面“懐の深い”築地という町に身をゆだねていられる安心感。それが、ちょっとやそっとのことでは動じなくなったバックボーンとなっています。あるいは単に年齢的に図々しくなっただけのことかもしれませんけれどね(苦笑)。いずれにしろ、築地に嫁げたことは、公私ともに実に多くのことを私にもたらしてくれています。本当に感謝しています。
2008年に出版された『築地魚河岸嫁ヨメ日記』を、このたび電子書籍化していただけたこともなにかのご縁です。自分で申し上げるのもおこがましいのですが、この本は、ヨメという立場で築地という町と人をフカン目線で綴った一冊でして、かつ日記と銘打ってはおりますが、築地の、おそらく最も築地らしいであろう一家の、リアルなレポートでもあります。自分と築地と小川サンとの関係を、今一度振り返るいいきっかけになりました。電子書籍という新たなツールで気軽にお読みいただき、今まで以上に築地という町と、築地で生まれ育った人々、ひいてはおいしい魚にまで、一層親しみとご興味を持っていただければ、ヨメとしてこれ以上誇らしく、うれしいことはありません。
Text / Miho Tanaka(staff on)
撮影協力/魚河岸三代目 千秋はなれ
東京都中央区築地4丁目7番5号 築地KYビル B1
Tel : 03-3543-8700
築地に魅せられ、魚河岸衆に惚れ込み、果ては見合いで築地魚河岸三代目に嫁いでしまった平野文さん。ヨメならではの独特のフカン目線で綴った築地の日常は、感心感嘆、オドロキの連続。今なお粋な江戸っ子気質と人情味あふれる築地の空気を堪能できる、痛快エッセイ集。
Profile
平野 文(ひらの・ふみ) 声優・ナレーター・エッセイスト

1955年東京生まれ。子役から深夜放送『走れ!歌謡曲』のDJを経て、'82年テレビアニメ『うる星やつら』のラム役で声優デビュー。アニメや洋画の吹き替え、テレビ『平成教育委員会』の出題ナレーションやリポーター、ドキュメンタリー番組のナレーション等幅広く活躍。'89年築地魚河岸三代目の小川貢一(現『魚河岸三代目 千秋』店主)と見合い結婚。著書『お見合い相手は魚河岸のプリンス』はドラマ『魚河岸のプリンセス』(NHK)の原作にも。

