
【2021年!新春ゲスト企画】お正月だから知っておきたい「古典落語の楽しみ方」!立川流真打にして「本書く派」落語家・立川談慶師匠スペシャル・インタビュー

「コロナ禍」でも健在の落語ブーム、なぜ人気が続くのか?
──談慶師匠、あけましておめでとうございます。
あけましておめでとうございます。いやあ、あっという間に新年が来ちゃいました。このままだと来年まであと2週間くらいですかね。
──本当に去年は「コロナ、コロナ」で、気がついたら終わっていました(笑)。そこで「今年は正月から明るく落語を楽しみましょう」ということで、師匠に「落語の楽しみ方」についてうかがいたいと思います。
ありがとうございます。去年は落語会をしても開催延期とか会場の入場者制限とか、リアルの方はいろいろ大変で、オンライン落語会なども含めてなんとかお客さんに実演を観ていただけました。でも、厳しかったですね。私の場合、本を書く仕事もずっとしてきたので、執筆のほうにシフトして何とか1年間を乗り切りました。
──コロナ禍で大変だった一方、根強い落語ブームが続いているように思われます。その理由をどうお考えですか?
10年周期くらいでブームが盛り上がっている気がしています。ブームのときに落語を好きになった若い子たちが入門して、真打になるのに10年、そこでまた次の世代の人気者が出てきてね。お客さんの方も、最初はテレビのM-1とかR-1でお笑い好きになった若い人たちが、10年くらいして最後に落ち着くのが落語かなという気がするんです。
──それは、どうしてでしょうか?
テレビというメディアに即したスタイルになると、「芸」よりも芸人さんのキャラ優先になりますね。「笑い」をあつかう芸能として古典落語がスタンダードでいられるのは、テレビ受けするわけでもなく、完全にすたれることもない「じわじわ感」にあると思います。
──たしかに、座布団一枚の上で、一人の噺家が何人ものキャラを演じることも含めて、落語には幅の広さがありますね。
私の師匠の立川談志は、「言葉は文明だ」と定義しました。それに基づくと、漫才は「文明」寄り、落語は「文化」寄りでしょう。時間とともに変化し、進化するのが文明で、言葉とはそういうものですね。漫才はつねに言葉の最先端を追ってウケを狙っていくんですが、落語はそれをやり過ぎると「世界観」が瓦解してしまう。だから最後の砦として、「江戸の風」ということを談志は主張したのでしょう。
──「江戸の風」とは、どのような感じのものですか?
「良しとする落語の風情」とでもいいますか……。落語を演じる上で、「そこに『江戸の風』が吹いているか」を談志はとても大切にしていました。私たち弟子に、落語以外の江戸の伝統的な歌舞音曲も身につけろと厳しく教えていましたが、落語家として、変えてはいけない「江戸文化」の基本を体得しろというメッセージだったのでしょうね。

古典落語が、現代社会の日本人を癒やす理由
──そんな落語の世界が、「コロナ禍」の今だからこそ、私たちを癒やしてくれるように思います。
今は「自粛警察」「マスク警察」なんて言葉が生まれるように、「ルールを守る人、守らない人」の「二元論」で世の中を割り切ろうとしすぎて、みんな疲弊してしまっています。落語の世界は、「二元論」とか「不寛容」とは真逆の価値観ですから。
──たしかに「善と悪」、「美と醜」、「優と劣」のように2つに分け、一方を否定するような考えは、落語には感じられないですね。
人間にはいいときも悪いときもあるし、世の中きれいなことも汚いこともある。そのすべてを包み込んだ「一元論」の世界観がまさに落語であって、江戸時代から培われてきた庶民の感受性でしょう。「二元論」で峻別されて、頑張らされている人たちがホッとするんです。「なんだ、人間ってこれでよかったんだ」みたいな(笑)。
──熊さん、八っあん、与太郎にご隠居……。多種多彩なキャラがいますが、「しょうがねえなあ」って感じで、互いを許し合っていますね。
「もっと努力しろ」「結果を出せ」とか誰も言いませんしね(笑)。与太郎のような天然ボケでドジな奴でも、それを許すコミュニティがある。許すどころか、ポジティブに肯定していますよ。そんな落語の世界観から現代に提言したいことはたくさんあって、今年は「粗忽者」にスポットを当てた本を出そうと考えています。
──「粗忽者」ですか??
落語でも「粗忽長屋」「粗忽の釘」などの演目がありますね。「粗忽者」とは「そそっかしい奴」「ドジな奴」のことですが、頭のいい人ほど判断がはやいから得てして「粗忽」になるんです。「粗忽」をキーワードに現代の病理に迫ろうかと……。
──なんか難しそうですね。
たとえば、恋愛なんて「粗忽」そのものじゃないですか。相手の全人格なんてわからないのに、ちょっとした言動からの類推だけで相手を好きになったりして(笑)。惚れっぽいなんて「粗忽」の最たるものです。でも、そこが人間らしいじゃないですか。持って生まれた「粗忽スイッチ」を、落語のキャラたちように開放してみようよと(笑)。
──なるほど! それは面白い視点です。
「あ、言っちゃった」「やっちゃった」でいいんですよ。新型コロナウイルスで「分断」が進んでいる今だからこそ、しゃっちょこばってブレーキかけないで生きてみようよ、ということですね。「感染防止か経済を回すか」というときに、「感染対策」はしっかりした上で「居酒屋で一人呑みがかっこいいぜ」みたいな、二元論の間をいく前向きな明るい考えが、「落語的な生き方」から学べると思うんです。

『現代落語論』──天才・立川談志が語る「古典落語の魅力」
──たしかに。落語の世界からいま受け取れるメッセージは多いですね。さて、ここから本題ですが、今回は「落語入門」ということで、おすすめの3冊の本に託して、新年から落語に親しもうと思う人たちにアドバイスをいただきたいと思います。
最初はなんと言っても、師匠談志が真打になって二年目に書いた『現代落語論』(三一書房)をご紹介します。昭和40年(1965)年、私が生まれた年に書かれた本ですが、当時はベストセラーになったそうです。落語家が本を書くなんて、考えられない時代ですから。
──談慶師匠がお読みになったのは、いつですか?
高校3年生のときでした。まさか自分がこの人の弟子になるとは思わずに読んだんですが、当時29歳の若手真打がこれほど人を引きつける文体で、センセーショナルな落語論を書いたことに衝撃を受けました。「談志の原点がここにある」という1冊です。
──本書のどういうところが、画期的だったのでしょう?
うちの立川流一門をはじめ、人気と実力を兼ね備えた大真打の先輩がたの多くが、何らか影響を受けている落語家の『聖書』みたいな本です。当時、落語が「能」のような伝統芸能になってしまうのを危惧した若き談志が、「現代で落語を演るとは、こういうことだ」と明確な方向性を示した作品ですね。

──天才と言われた談志師匠とはいえ、29歳でそれほどのものが書けてしまったのは、すごいですね。
この本を読んで、かつての名人といわれた落語家たちの実演をYouTubeとかで観ると、「ああ、いい古典落語とはこういうものか」と理解できるんですよ。談志は古い権威を否定しているように思われがちですが、「生きた演芸」としての古典落語とは何かがよくわかります。
──立川流設立は昭和58年(1983)ですから、この本からはずっと後のことです。
師匠の五代目・柳家小さん師匠から破門されてね。落語協会会長だった小さん師匠と大げんかしたから東京の寄席にも上がれなくなり、「立川流家元」として弟子を連れて独立したわけです。弟子の真打昇進をめぐる対立だったんですが、談志には自分の古典落語に対する価値観に絶対の自負があったんです。その2年後には、『あなたも落語家になれる──現代落語論其2』(三一書房)を世に出しています。
──立川流誕生の原点になったのが、『現代落語論』なんですね。
談志の気概、若さ、センス、その語るところの「古典落語の魅力」。「俺があこがれた古典落語のあるべき世界は、こうなんだよ」という立川談志の肉声が伝わるような本です。これから落語に親しんでみようという人に、最初の1冊として、ぜひおすすめしたいですね。まだ電子書籍化されていないそうで、熱烈希望します(笑)。
『赤めだか』──「師匠の遺伝子」はこうして受け継がれる
──次に2冊目ということで、平成20年(2008)刊行の立川談春師匠の『赤めだか』(扶桑社)をご推薦とうかがいました。
もう13年前の本ですか……。いまは文庫本になっていますが(2015年・扶桑社文庫)、単行本で出たときに、10万部を超えるベストセラーになっていますね。
──本書の著者の立川談春師匠は、談慶師匠の兄弟子ですよね?
談春兄さんは昭和59年(1984)の入門ですから、立川流ができた翌年の弟子で、私より7年先輩です。この本をおすすめしたいのは、談志の遺伝子を継ぐ者として、談春兄さんが文才を発揮して入門から前座修業の苦悩を経て、一人前の真打になるまでを自らの筆で赤裸々に書いた作品だからです。
──談春師匠は、「もっともチケットのとれない落語家」と言われる人気真打の一人です。
「立川談春」という芸人をここまで大きくしてくれたものは何か。立川談志という巨星のもとで、どうやって自分の居場所を作るか。17歳で高校を中退して談志に弟子入りした談春兄さんが、談志という北極星を回る星座として自らを見事に確立して、「一枚看板」の落語家になるまでの青春ストーリーとしても読めます。
──その意味では、とくに落語に詳しくない人でも、立川談志というカリスマにあこがれた少年の成長物語としても読めますね。
読み物として面白いですし、ドラマ化もされました。ただ、この2つの本に共通するのは、私は「嫉妬」じゃないかと思うんです。

──「嫉妬」……ですか??
師匠談志は、真打昇進のときに後輩の古今亭志ん朝師匠に抜かれたことに、強い嫉妬を抱いていました。しかし、それを負の感情にとどめるのではなく、「ならば、志ん朝にできないことを俺はやろう」と切り替えたわけですね。本を書くことによる落語の理論化はその一つで、それが『現代落語論』になったわけです。
──『赤めだか』にも、「嫉妬」に基づくエネルギーがあると?
談春兄さんの場合には、立川志らくという超人的なセンスを持った弟弟子が現れて、やはり真打昇進では志らく兄さんに抜かれるという苦渋を味わっています。構図として似ているんです。先ほど「自分の星座を確立する」といった言い方をしましたが、談春兄さんは「志らくにないものを俺は極めるんだ」という方向で、「立川談春」というほかの誰とも違う「自分の星座」を作ったんですね。

──なるほど、師弟を貫く「立川流」の精神的な系譜が見えてきそうです。
「立川流」の立場から言わせていただくと、立川流ができる前に書かれた『現代落語論』は紀元前、『赤めだか』は紀元後という感じですか(笑)。「談志イズム」がどのように生まれ、発展し、受け継がれたかが、この2冊でよくわかります。伝統芸能ではなく、「活きた演芸」として落語が生き残ってきた理由が、臨場感をもって理解できますね。
『本所おけら長屋』──落語をふまえ、江戸庶民の人情を描く
──いよいよ3冊目は、小説作品から挙げてくださるとか……。
落語をベースにした小説はたくさんあるんですが、「古典落語」を翻案するとかではなく、完全フィクションで長屋暮らしの江戸庶民の日常を描き、落語的世界観をうまく文芸の世界に落とし込んだのが畠山健二さんの『本所おけら長屋』(PHP文芸文庫)だと思います。
──この作品は、去年秋に15巻が刊行されていて、累計120万部近いロングヒットシリーズになっています。
会話を中心としたテンポいい語り口と、「笑って、泣ける」という演芸作家出身の畠山さんならではのストーリー構成で、今までになかった落語テイストの小説ですね。ヒット作ですし、落語は初心者だけど小説好きだという人は、この作品を楽しんでおいていただくと、すんなり落語ワールドに入れますよ。
──実演される側の談慶師匠が言われるのですから、たしかですね。
「昔はきっとこういう長屋がたくさんあって、みんなが助け合って生きていたんだろうな」とか、江戸庶民の日常をリアルに実感させられます。人と人とが共感する世界、自分ではなく人のために怒ったり泣いたりすることの素晴らしさを、フィクションで感じさせることに成功している稀有な小説です。
──そのあたりは、「古典落語」に私たちが求めるものと同じかもしれません。著者の畠山さんとは、古いお付き合いなんですか?
畠山さんとの出会いは、三遊亭竜楽師匠の会の前座をやっていた時の楽屋でした。お世話になった先生です。自分からお願いしに行って寄席で前座仕事をさせてもらっていたんですが、そのときに知り合って、いろいろ教えていただきました。
──落語の原作をお書きになってきた演芸作家ですから、「落語的」な小説づくりはお手の物なのでしょうね。
畠山さんご自身が、江戸っ子の存在を具現化したようなキャラです。たまに落語会に来てくださると、楽屋に差し入れを持ってきて「今日は、勉強させていただきます。あ、これ、賞味期限切れているけどな」みたいな(笑)。粋で気づかいが行き届いた人だけど、どこか照れ屋で、一言余計なことを相手に言うんです。

──本当に「落語のキャラ」の会話です!
『本所おけら長屋』はまったくの創作ですが、畠山さんに関しては江戸っ子として「言行一致」の作家だから、安心してすすめられますね。
──そういえば談慶師匠も今、初の小説に挑戦されているとか?
去年の9月から『PHP 増刊号』に「花は咲けども 噺せども」という、談志に憧れた二ツ目の若手落語家が真打をめざして悪戦苦闘する小説を連載しています。主人公が妻子の愛情や周りの理解者に力を借りながら成長していく、ハートフルな小説にしたいと思っています。
──ご連載後は、書籍として刊行されますね。楽しみにしています!
「第3回」が1月18日発売予定の『PHP 3月増刊号』に掲載予定です。5回まで掲載して5月ごろに文庫判で刊行する予定です。「現代版・おけら長屋」をめざしますよ。畠山さんからは先日、「私の世界に来ないで、落語をやっていてください!」とメッセージが来ましたが(笑)。

撮影/冨田 望
取材・文/荒野孝雄
【profile】
立川談慶(たてかわ だんけい)

1965年、長野県上田市生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、株式会社ワコールに入社。3年間のサラリーマン生活を経て、1991年に立川談志に18番目の弟子として入門。前座名「立川ワコール」。2000年、二ツ目昇進とともに師匠談志が「立川談慶」と命名。2005年、真打昇進。近著に『ビジネスエリートがなぜか身につけている 教養としての落語』(サンマーク出版)、『安政五年、江戸パンデミック。』(ソニー・ミュージックエンタテインメント)、『落語はこころの処方箋』(NHK出版)などがある。
立川談慶師匠の著書
【立川談慶師匠おすすめの3冊】
『現代落語論』(立川談志/三一書房)

【立川談慶師匠コメント】
言わずと知れた落語界のバイブルです。落語という、廃れつつある芸能を見事に蘇生させました。いやー、この本がなかったらこの世から落語は消えていたはずです。少し古くなっている部分は無論ありますが、それは読み手の感性で差っ引けばいいだけの話ですし、逆にそんな感性こそが問われる本なのかもです。伝統を受け継ぐことと改革すること。これはどのジャンルにも当てはまる、どんな分野の人にも合う書物であります。
談志という怪物を産んだ落語界は健全なのでしょう。29歳でこんな本を出すほどの人でありました。これから落語に親しんでみようという人に、最初の1冊として、ぜひおすすめしたいですね。まだ電子書籍化されていないそうで、熱烈希望します。
※『現代落語論』は未電子化作品です。
【立川談慶師匠コメント】
極端にいえばこの本が東映の「仁義なき戦い」シリーズを彷彿とさせるのは、談春兄さんのキャラクターからでしょうか。談四楼師匠の「シャレのち曇り」を発端とする実名実録ドキュメンタリー私小説の系譜の見事な集大成であります。
談春兄さんが入門したばかりの頃の談志は血気盛んの40代後半、怖さしかない人だったはずです。そこに入る覚悟にもまた怖さしかありません。その背中を負う後輩からしてみれば天才性しか感じられない談春兄さんの志らく兄さんに対する猛烈な嫉妬にこそ激しいシンパシーを覚えたものです。そしてこの本に触発されて、私は小説を手がけることにしました。立川流は嫉妬を受け継いでゆく一門なのかもしれません。感動より触発。影響を受けたのならば還元しなきゃという気持ちにさせられました。
【立川談慶師匠コメント】
いまのコロナ禍は、現代人の不寛容さを可視化させています。それは繋がりよりも個を優先してきたツケなのでしょうが、この小説には我々のご先祖様たちが住んでいたであろうコミュニティが活写されています。この本で笑って泣くこと、かつての感受性を取り戻す訓練ができそうな気がしています。落語がパクられているのではなく、落語の世界観が踏襲されている文体に、ぜひ浸ってみてください。
昔は良かったという安直なノスタルジーなどではなく、人と人とが思いやりを持つためには将来どうしたらよいかという極めて未来志向な発想にたどり着くはずです。そういう意味で、落語の宣伝本なのであります。畠山さん、しつこくその背中を追い続けますよー。
【立川談慶師匠のコメント動画公開中】
※立川談慶師匠独演会は中止となりました
年始めは寄席に行こう!第15回 立川談慶 国立演芸場独演会
日時:2021年1月13日(水)18:00開場/18:30開演
場所:国立演芸場


























