
Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.31 みんな、もっと元気出しや!!

アメリカのソース王。またの名を“イチローの次に有名な日本人”。アメリカでは知らない人はいない超有名人、ヨシダフーズ創設者、現会長・吉田潤喜さん。そんな吉田さんの満面の笑みと長~いタイトルが印象的なビジネス書『無一文から億万長者となりアメリカンドリームをかなえたヨシダソース創業者ビジネス7つの法則』が電子書籍化!本についてはもちろんのこと、ちょっと元気のない日本のビジネスパーソンのために、シンプルで豪快、熱いメッセージをいただきました。
1969年、吉田潤喜19歳、京都から無一文で渡米。お金もなく英語も話せず何のあてもない。あったのは「強い国、アメリカへの憧れ」と「成功するまで絶対に帰らない」という強いパッション(情熱)のみ。そんな吉田さんが創業したヨシダグループは、今や18社、年商250億円の大企業グループに。まさに“アメリカンドリーム”を地でゆく吉田さんの人生哲学を、キーワードから読み解きました。
●ボクの原点

今でこそ、ボクは“イチローの次に有名な人”だの“アメリカンドリームの体現者”だの言われているけれど、ボクの人生、そんなカッコいいもんじゃないよ。在日コリアン二世で7人兄弟の末っ子、家は貧乏どん底でごはんどきはおかずの取り合い。4歳のとき、すぐ上の一番仲のいい姉と遊んでいて、針が右目の眼球のど真ん中に刺さって失明してね。“片目のチョーセン人”。子供は容赦ないから、小さい頃はそう言われていじめられ、バカにされた。それがもう悔しくて悔しくて。「こんちくしょう!今に見てろ!」。この想いこそ、ボク原点やと思う。
●強さへの憧れ
だから、“強くなること”がすべてだった。毎日ケンカに明け暮れて“京都一のごんたくれ(=手に負えない、どうしようもないワル)”と言われ、中学で空手に夢中になったのも、とにかく強くなりたかったから。そんな中、ちょうど中学3年生のときかな、東京オリンピックでアメリカ人が勝利する姿を見たボクは「アメリカはなんて強い国なんや!」と脳裏にインプット。だから、大学受験に英語で失敗したにもかかわらず、「アメリカに行く!」と宣言したのは、強いものに強烈に憧れていたボクにとって、ある意味当然の流れだったと言えるね。
●逃げ道を断つ
一度言い出したら聞かないボクの性分をよくわかっている母は、コツコツ貯めていたお金でアメリカ行きの往復航空券を買ってくれた。足りない分は近所に借金までして…。大金やで。ボクはアメリカに着いたらすぐ、帰りの航空券を現金に換えた。アメリカで何ひとつあてはなかったけれど、当時は「日本を出て強い国へ行く」ということがボクの夢であり、憧れだった。だから、その夢や憧れに対して、絶対に逃げ道を作りたくなかった。
●パッションこそエネルギー

夢や憧れについて、パッション(=情熱)をもって語る。最近、そういう人って少ないと思う。そんなんじゃアカン! だって、“パッション”こそが、何かを生み出す大きなエネルギーになるんやから。だいたい、近ごろのサラリーマンは「リスクマネジメントが…」なんて言うけれど、ボクにしてみれば、アホちゃうか。リスクなんてマネジメントするもんと違うで。最初から逃げ道作ってどうするの?その時点で負けてるやん。
●パッションは100%
ボクの人生は、一見、順風満帆に見えるかもしれない。でも4回も破産しかけたし、びっくりするくらい失敗もしてきた(詳しくは本を読んでほしい)。それでも今があるのは、100%のパッションをもって、死にもの狂いで自分の夢を追いかけてきたから。あるとき、「本当はやりたいことがあったけれど、不景気だから、親が金を出してくれなかったからどうしようもなかった」という人がいて、ボクは思わずそいつに聞いた。「ほんなら、死ぬ気でやったんか?死ぬほどのパッションはあったんか?」と。「99%はあったと言えます」と言われて思わず言った。「あのなぁ、悪いけど99%のパッションなんてゼロと一緒やで」。
●99%はゼロと一緒
自分の夢や目標、やりたいと思ったことに対して、どれだけ死にもの狂いになれるのか。どれだけ本気なのか。99%と100%。たかが1%と思うかもしれないけれど、実質的にはゼロと100の違いに等しい。そして、そんな風に100%のパッションをもっているヤツ、つまり命をかけてるヤツの周りには、必ず人が集まってくる。本気であればあるほど、パッションの純度が高ければ高いほど、多くの人を巻き込むパワーが生まれる。ボクはそうやって多くの人を巻き込み、支えられてここまでこられたと思っている。
●ボクの恩返し

アメリカに行きたいという想いを応援してくれた母、アメリカに着いてすぐ不法就労時代に強制送還の危機から救ってくれた移民局のおばちゃん、ソース・ビジネスを立ち上げたときの取引き先の担当者、調子に乗って会社が傾いたとき黙って小切手を差し出してくれた義理の父、長女の病気を救ってくれたドクターたち、そしてどんなときもそばにいてくれる最愛の妻、家族。いつだって100%の情熱をもって死に物狂いに走り続けるボクを支えてくれたすべての人たちに、今度はボクが恩返しをする番。19歳でアメリカに渡って約40年、今こそ、ボクができる限りの「恩返し」をしたい。ちょっとカッコつけ過ぎかもしれないけれど(笑)。
●初のビジネス書
今回、ビジネス書を出版しようと思ったのも、言ってみれば恩返しのひとつ。ボクの今までのビジネスや人生について、さまざまな場所で講演する機会があって、ボクの話を聞いてくれた人たちから「元気が出た」「勇気が出た」という言葉をたくさんもらった。成功という言葉は大嫌いだけれど、ボクの経験やポリシーを包み隠さず語ることで、震災以降、傷ついて元気のない日本の人々に明るく前向きな気持ちになってもらえたら…、そんな想いが根底にある。
●とにかく「ガハハ!」
なんと言っても、アメリカでボクのニックネームは“ヒューマン・バイアグラ”やからね(笑)。ほんまにみんな、もっと元気出しや!! まずは下を向いてないで、とりあえず「ガハハ!」と笑ってみ。ボクはね、「成功者」と言われるよりも「笑顔がカワイイ人」と言われたい。だって、満足した人生を送ってる人はたいがい笑顔がかわいいから。人生は一度きり。できるなら、ああ、オモロイ人生やったな、と笑ってあの世に行こうやないか!
Text / Miho Tanaka(staffon)
今やアメリカの食卓でおなじみとなった「ヨシダソース」を創業、無一文から億万長者(年商250億円)になった著書の人生経験に基づいた、ビジネス成功のための7つの法則。愚直さと正直さ、誠実さと情熱。アメリカンドリームを体現した著者ならではのシンプルで力強く、ダイレクトに胸を打つ教訓や格言は、ビジネスのみならず「生き方」を考えるきっかけとなるはず。
Profile

吉田 潤喜 (よしだ じゅんき) ヨシダグループCEO
1949年、京都府生まれ。'69年に単身渡米、空手指導などて生計を立てながらアメリカ生活をサバイブ。'82年、ヨシダ食品工業を設立。自家製秘伝のタレをヒントにした醤油ベースのソース「ヨシダソース」は爆発的ヒットに。ソースのみならず、物流、不動産など事業を拡大し、現在、18のグループ会社の会長兼CEO。2003年、インテルやAOLなどと並び、アメリカの優秀中小企業家賞を受賞、殿堂入りを果たすとともに、'05年には『ニューズウィーク』日本版にて「世界で最も尊敬される日本人100」に選ばれる。現在は、グループ会社の会長職務と地元テレビの料理番組に出演するほか、各地で講演活動を行う。オレゴン州知事経済顧問、小児病院や子供ガン協会の理事なども務める。
http://yoshidasauce.jp/







