
Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.30 “やる気スイッチ”の正しい押し方

人材に関する幅広いサービスを手がけるコンサルタント・井上健一郎さんは、ソニー・ミュージックエンタテインメントで生産管理から制作、営業、プロモーションを経験、数多くのプロダクトを手がけた異色の経歴の持ち主。個性的でエネルギッシュなクリエイターたちを束ねてきた井上さんならではの、リーダーたちへのアドバイスは必見です。
「部下が変わらない」と嘆く、すべての上司たちへ

「言いたいことが上手く伝わらない」「部下が変わらない」。これは、部下をもち、実際に現場で仕事をするリーダークラスの上司たちの“2大ボヤキ台詞”です。部下の指導に悩む皆さんに「今、何に困っていますか?」と聞くと、98%の方は「いつも言ってるんですけどね…」「部下がちっとも変わらなくて…」と嘆く。私は、この“変わらない”という言葉がずっと気になっていました。
では、部下が変わらない原因は何か?まず言えるのは、「上司が言いたいことが、部下にきちんと理解されて伝わっていない」という状況だということ。そしてその一番の原因は、上司の“ものの言い方”にあるということ。つまり、曖昧ではなく、感情的でもない、きちんと根拠があって、部下にどうしてほしいのか、目的がはっきりとしている“ものの言い方”ができれば、こちらの意図は相手に正しく伝わるはずなんです。
ただし、そのためには、叱るにせよ、意見するにせよ、指示するにせよ、褒めるにせよ、部下のことを日ごろからとことん本気で考えていないといけません。同時に、その言葉を受け止める部下の気持ちも把握し、理解すること。どんなに言い方がよくても、お互いが別の方向を向いていたら、効果はないのと同じことです。つまり、私の言う“ものの言い方”とは、単なるしゃべり方や言葉の使い方というだけではなく、“何を伝えるべきか”を明確にした上での “対話”の手法、それらを総合的に含めた“伝える技術”だと言えます。
レコード会社の入り口から出口まですべてを経験
私は今、さまざまな企業の採用や人材登用のための能力分析やアドバイス、評価制度の仕組み作りや研修を通して組織運営のコンサルティングをしています。この仕事に就く前は、約27年間、ソニー・ミュージックエンタテインメントで工場での生産管理から制作、営業、プロモーションと、まさにレコード会社のINからOUTまであらゆる経験をしました。
入社早々配属されたのは生産管理部門。エンタテインメントの会社ですから、数字なんて関係ないと思いきや、すべては伝票から始まる世界。在庫管理や発注作業など、秩序と正確さが命の工場を相手に約2年、経験を積んだ後、今度はいきなり制作部へ異動。そこは、秩序なんてない、ゼロからモノを生み出すクリエイティブなエゴ集団で…(笑)。いわゆるADからスタートなんですが、毎日失敗の連続でした。お前なんてゴミ箱以下だ!なんて言われて、もう、才能ある人たちが好き勝手なことをやってるわけです。そんな人たちを、束ね、引っ張っていかなきゃいけない大役をまかされたんです。
大きなエネルギーが生まれる瞬間を体感

今思うと、秩序と無秩序、工場の現場とは真逆の人々とその世界に、新人のうちに触れることができたのは大きな財産です。つまり、そのギャップがあまりにも大き過ぎたために、ものごとを客観的に見る力が自然と身についた。その結果、面白いものを生み出すのも、それを世の中に送り出すための戦略をたてることも、お金や数量を管理することも、すべて「何をどう相手にきちんと伝えるか」その能力に尽きる、と気づいたんです。同時に、異なった価値観をもち、異なった世代の人と人、個と個が激しくぶつかり合う中で、それらが同じ目的に向かったときにはとんでもなく大きなエネルギーが生まれて、組織、いや会社全体が元気になる。私はそんな勢いのある時代を体感できたんです。
では、みんなが同じ方向に向かうには、どうしたらいいのか。大切なのは“課題設定力”です。つまり、ゴールとコンセプトを明確にすること。まずは「こっちです、こんなふうに進めたいんです」と道筋を指し示す。次に、その目標に向かって、具体的に「こんなことをして欲しいんです」と相手(部下)の特性に合った具体的スローガンを掲げる。そうすれば、迷うことなく、皆で同じ方向に進めるんです。
生意気な部下時代に響いた、上司の言葉とは?
ずいぶんとえらそうなことを言いましたが、私自身はかなり生意気な部下でした。「ちゃんとやってりゃいいんでしょ?」と自分勝手に仕事を進め、やり切る自信があるもんだから、上司にまったく報告しない。いわゆる「ホウ(報告)・レン(連絡)・ソウ(相談)」を全然しない、極めて扱いにくい部下でした(笑)。
そんなとき、当時の上司に言われたんです。「キミの話を聞くのが、ボクの仕事なんだ」と。「もっとホウ・レン・ソウしなさい」と正攻法で言われたら生意気盛りの私は大反発したでしょうけれど、こう言われてしまったら、逆に「ああ、この人にはきちんと話さないといけないな」と、素直になれた。私のやっていることを認めてくれた上で、話を聞こうとしてくれているんだ、と思えたから。なるほど、これはうまい言い方だな、と“ものの言い方”について考える最初のきっかけとなった、私にとってのキラーフレーズでした。
また別の上司には、「お前、何考えてるんだ?」と言われたことがありました。上司としては、何一つ報告をしない私に「一体、何やってるんだ! どうしてそんなことやってるんだ!」と怒り心頭だったんでしょうけれど(笑)。「何考えてるんだ?」と言われたことで、「あれ、何考えてたんだっけ?」と一度立ち止まってじっくり考え、素直に自分の意図を上司に説明できた。頭ごなしに否定しないで、私の仕事っぷりを受け入れてくれてるんだな、とついうれしくなりますからね。これも、いまだに心に残っているフレーズです。
けれども、このふたつのフレーズはあくまで私に響いた言い方です。生意気盛りの小僧にとってこれらのフレーズは、小さなプライドをくすぐる、実に上手な言い方だったと言えます。それは、上司が私を本気で理解しようと、日ごろから私を観察し、何気ない対話を繰り返してくれたおかげ。自分が上司という立場になると、それがいかに難しいことなのかよくわかります。
時代背景もあるけれど、やっぱり元気な日本にしたい!

人はそれぞれ、個性がありますから、相手によって当然、アプローチは変わってきます。特に今、若い部下をもつ上司の方々の多くは、彼らのエネルギーの弱さにがっかりしているかもしれません。今後大学新卒として出てくる若者は、1990年のバブル崩壊後に生まれた世代。ゆとり教育やリーマンショックを経て、「守り」の姿勢に入るのはしょうがないことです。イケイケドンドン、「攻め」の時代の人から見れば、ちょっとおとなしく物足りないかもしれませんが、彼らは彼らなりに、真面目に、きちんと、言われた仕事をこなしていくことでこの時代を乗り切ろうとしているのです。
とは言え、やはり個々が元気で前向きなエネルギーがないと組織は活気づきません。ですから、部下ひとりひとりの“やる気スイッチ”を正しく押してあげることで、個々のエネルギーを最大限引き出して、組織、会社、ひいては日本を元気にしたい。そのためには、リーダーである上司の皆さんが、まずは部下のリングに立ち、明確な課題設定のもと、自分の想いを自分の言葉で語ること。私の著書、『部下を育てる「ものの言い方」』では、「上司の言い方」実例を123個、紹介しています。悩める上司の方々にとって「そうか、そう言えばいいのか!」と、部下の能力を引き出し、部下を育てるものの言い方のヒントになれば幸いです。
Text / Miho Tanaka(staffon)
部下が育たない、指示どおりに動いてくれない、成果が上がらない…。それらは実は、上司の「ものの言い方」のせいだった!「ものの言い方」次第で、部下は育ちもするし腐りもする。上司としてのしっかりとした考え方、方向性の示し方をふまえ、部下のやる気を引き出す「言い方」実例123を掲載。具体例に基づいた、目からウロコの「ものの言い方」は悩める上司のヒントになること間違いなし。部下が育ち、自分自身も変わるための「上司の言い方」を徹底講習します。
Profile
井上健一郎 (いのうえ けんいちろう) 人材開発・組織構築コンサルタント

慶應義塾大学経済学部卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントを経て、2010年独立。レコード会社で、多くの価値観に触れ、多くの「人と人との接点」を見てきたことから、「人を知り、人を育て、人を活かす」をモットーに、企業の組織構築を人材の側面から支援。特に、「人材アセスメント」による人材の能力分析と、その結果を活用した組織構築、人材能力開発には定評がある。また、人材育成型の評価制度「LADDERS」の開発を手がけ、導入実績企業は5年で100社に及ぶ。究和エンタープライズコンコード(株)顧問。概念化能力開発研究所 上席研究員。中小企業診断士。
井上オフィス代表。
http://www.i-noueoffice.com







