
Serendipity ~偶発的な出会い~ vol.18 小説家になるということ

40代でデビューという遅咲きながら、『田村はまだか』での吉川英治文学新人賞受賞など、近年確実にその実力が評価されている小説家朝倉かすみさん。人物や心理の巧みな描写と構成で、人と人との関係をやさしくも正直に描いています。朝倉さんがどうして小説家になったのか、そしてその視線は何を捉えているか伺いました。
職業としての作家というのは全くわかっていなかった
――デビューが40代と遅いデビューだと思うのですが、きっかけは?
朝倉かすみ(以下A):デビューは43、4歳の時ですね。書き始めたのが30歳過ぎで、そこから10年以上書いてはやめてを繰り返していて、結婚してまた書き始めて今に至るという感じです。
――最初に小説を書こうと思ったのはなぜですか?
A:結婚できそうにもないし、契約社員で会社の給料も安くて将来的に不安だったんですね。だったら就職に有利な資格でも取ろうと何回か勉強を試みたんですが、全部途中で嫌になっちゃって。小説でも書こうかなと。
――資格をとるよりも小説のほうが続けられそうだと?
A:そうですね。続けられるというか、小説を書くほうが現実的な感じがしたんです。どれだけ資格取るのがダメなんだって感じですが(笑)、資格の勉強って教材が来た瞬間にやりきった感があって、しかも大体思ったよりも難しい。どうも教材を最初から最後まで読もうとするタイプで、問題だけを解いていれば続いていたのかもしれないんですが、それでは一流にはなれないと思っていて、頭から読んでいると問題に行き着くまでに嫌になっちゃう(と話す横にはウクレレ二台と楽譜が並ぶ/編集部注)。
――そんななか小説は続いたんですね。
A:教材テキスト的なものがないですからね。これが答えという答え合わせもありませんし。最初から最後まで自分で書いて直して、かっちり自分でできる小説が良い気がしたんでしょうね。
――作家でいこうと思い始めたのは?
A:文学賞に応募し始めた41歳ぐらいからはこれでいくんだと思っていました。
――小説家は思い描いていた小説家像と違いましたか?
A:違いましたね。小説家は毎日書いているだけの人で、それだけでいいと思っていました。なってみたらこうやって取材でお話することもあるし、書店さんに「よろしくお願いします」と廻ることもある。私はあまり出ませんがパーティーもあります。そこでは今まで読んだことしかない作家の方々とお会いして、ご挨拶したりします。たくさん書ける作家とたくさん売れる作家は、ある局面において良いものを書く人より偉い状況になることがあるみたいなんです。たしかにそういう作家のほうが仕事は頼みやすくていいですよね。そういったことをいろいろと知らなかったので、職業としての作家というのは全くわかっていませんでした。
――デビューして6,7年で、すでに20冊近くも出されていますよね。それは先ほど仰っていた、多く書く作家がいいということを目の当たりにしたからだったのでしょうか。
A:そうなんです、結構書いていますよね。始めの頃、とある編集者にあまり書けないと弱音を言ったら、「浜崎あゆみもビックになる前は凄い数のCDを出していました。作家も、本屋さんに行ったらいつもあなたの新刊があるようにすれば、名前を覚えられていくものです。今は辛いけど頑張りましょう」と言われ、そうなんだと納得しました。それに加えて、「ちょっと今は書けないので待ってください」とか言ったらもう仕事がもらえなくなるんじゃないかと思っていたのもありますね。
――最初は焦りがあったんですね。
A:そうです。今は連載2本と書き下ろしを1本やっているくらい。欲を言えば、1本ずつやりたいくらい。

――他の取材で、ある時期にエンターテインメントを書こうと決めたとお話しされていましたが、エンターテインメントな小説というのはどういうものだと考えていらっしゃいますか?
A:まず、気持ちとして絶対最後まで読んでほしい。あなたがこの小説を最後まで読んでくれるなら、私は何だってやりますよという気持ちがエンターテインメントだろうと考えています。他の作家さんのインタビューを読むと、純文学でそういうことをお話しされる方があんまりいないんですね。だから私はエンターテインメントを書いているんだろうなと思っています。
――そのための仕掛けを意識的に入れたりもしていますか?
A:それはしていません。ただ思っているだけです。
――ナチュラルにそういう素質がお持ちなんですね。
A:自分ではわからないです。そういう気持ちではいますけどね。私の狙いが相手にはまるかはわからない。けれども、例えば筋だけで引っ張れないところは描写だけ読んでほしいなとか、展開がくるくるくるくる変わることで飽きさせないようにとは考えないです。いろいろな読み方をして欲しい。
男性の方が傷つきやすい人が多いような気がするんです。
――初めて異性と付き合うや処女や童貞の喪失、もしくは童貞でいることなどがよくモチーフとして使われています。
A:大好きなんです。自分でもなぜかわからないんですが。
――無意識に書いてしまっているんですか?
A:なんだろう。書かなきゃいけないみたいな気はちょっとしています。そこに頑張れみたいな気持ちもあって、処女や童貞の皆さんに何でもないことだよと言いたいのもあります。
――それは、何かを経験してないことがキャラクターとして特徴を持つということですか?
A:一番わかりやすいことですよね。何でもないことなのに何か引け目を感じたりするじゃないですか。皆に笑われたりとか、変だ、気持ち悪いとか思われる。それはおかしいなって。実際問題のある人もいるのかもしれませんが、考えを持ってそうしている人もいると思うんです。子どもが注射を、「痛かった? 痛かった?」と訊くみたいに、処女とか童貞の人たちは経験するまでずっと「痛かった?」と聞いているようなもだと思うんです。
――常に怖いし、引け目を感じている。
A:うん、何かがある訳ですよね。ジェンダーとか性差のようなことは、そんなに意識はしていないのですが、男の人を書くときにはちょっと優しく書こうとしています。容赦なく書くと傷つきそうな気がして、悪いなと思ってしまう。男性の方が傷つきやすい人が多いような気がするんです。男は弱いからという気持ちがあります。
――それは女性より男性が?
A:そうです。それに10代とか20代前半ぐらいまでの若い人にも同じような感じがしていて、男の子も女の子も同じように優しい気持ちで見てしまいます。
――10代や思春期のナイーブさのようなものに対してですか?
A:そうですね。今は全体に大人しい人が多いような気がするんです。凄く生意気な人であれば読んでも平気だけど、普通はやはり自意識もすごく強いでしょうし、読んで勝手に駄目だと思ってしまったら可哀想。だからそういうことは気をつけようと頭では思っています。
――そういう意味では登場人物も気遣われる側の普通の人々ですよね。
A:はい、普通ですね。
――それはそういう優しさの視点が働いているんですね。
A:そうかもしれません。できれば笑ってもらいたい。凄くだめなところとかくだらないこと、自分で持て余しているところっていうのは、ほらこんなに面白いんだよ。ちょっと離れたところから見れば、こんなに笑えるんだよって。
起きたらまずミクシーをやります。

――なるほど(笑)。では、生活の中で書く時間は決められていますか?
A:起きたらまずミクシーをやります。ミクシーアプリの「サンシャイン牧場」。レベル75までいきましたが、音楽かけながらやります。そうしたら体も頭も起きてくるので、そこから書き始めます。
――書くのをやめるタイミングというのは?
A:途中で止まるのはしょっちゅうなので、止まったと思ったら「サンシャイン牧場」に行く。
――凄く役立ってますね(笑)
A:役立ってますねー。だから仕事が詰まっているときのアクセス頻度たるや、すごいですよ。いつでも最終ログイン5分前みたいな(笑)そうするとマイルールは、まずミクシーをやってからということですかね。それだけではあまりに恥ずかしいので、もう一つ。牛乳の入れたコーヒーは必ず飲みます。普通でしょ?(笑)。
本の良さはものの見方が変わること
――読者としても色々な本を読まれてきていると思います。楽しいから必要だからはあると思いますが、そういったこと以外で本を読む理由のようなものはありますか?
A:本の良さはものの見方が変わることですね。ある主人公はこれを観たときにどう思うのか、そしてこの作家はそれをどういう表現をするんだろうとか、現実とは違う世界に連れて行ってくれる。もっていかれる感覚ですよね。人攫いにあったみたいな。ああいうものは小説以外にはあんまり無いと思う。
――そういう意味で読んできた中でいちばん当てはまるものは?
A:ジョン・アーヴィングの『ホテルニューハンプシャー』です。読んだらびっくりしました。次から次へといろいろなことが起りながらも下品じゃなくて、変な人しか出てこないんだけど読後に悪い気がしない。すばらしかった。
――変なやつが出てくるけど読後に悪い気がしないというのは、朝倉さんの作品と近しいところを感じます。
A:ああ、ありますね。
――先程電子書籍に触られてどうでしたか?
A:これを本だと思うと、ここが違うそこが違うと思ってしまいそうだけど、別のものだと考えればいい。こういうものなんだと思うといいですね。スムーズに読める気がします。古い文庫なんかは文字が小さいから文字サイズが変えられるのはありがたいですね。
朝倉かすみさんの紙で味わう一冊
『ホテル・ニューハンプシャー上 下』/ジョン アーヴィング(著), 中野 圭二(訳)
/ 新潮文庫

1939年の夏、ウィン・ベリーは海辺のホテルでメアリー・ベイツと出会い、ベリー家の歴史が始まる。それぞれに問題を抱えた家族は、父親の夢であるホテル・ニューハンプシャーを開業。現実というおとぎ話の中で、傷つき死んでゆくすべての人々に贈る、現代アメリカ文学の金字塔と呼ばれる美しくも悲しい愛の寓話。
Profile
朝倉かすみ ( あさくら かすみ) 小説家

1960年、北海道生まれ。2003年、「コマドリさんのこと」で第三七回北海道新聞文学賞、'04年、「肝、焼ける」で第七二回小説現代新人賞受賞。'09年に『田村はまだか』がベストセラーとなり、吉川英治文学新人賞を受賞。他著書に『ともしびマーケット』『夏目家順路』など。


